【連載】第9回「これからはプラットフォームの垣根が無くなると言ってきたけど、どうも違う。という話」 - スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」


【「これからこうなる!」は毎週火曜日12時頃に更新】
『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、数々のスマホゲームアプリをヒットさせた、スクウェア・エニックス所属のゲームクリエイター・安藤武博氏と岩野弘明氏。そんなふたりが毎週交互に執筆を務める「安藤・岩野の“これからこうなる!”」では、スマホゲーム業界の行く末を読み解く、言わば未来を予言(予想)する連載記事を展開していく。

メディアやコンサルが予想するのとは大きく異なり、ふたりは開発者であるがゆえ、仮説を立てたあとに実際現場のなかでゲームを手掛け、その「是非」にも触れることができる。ゲーム開発現場の最前線に立つふたりは、果たして今後どのような未来を予想して、そして歩むのか。


今回の担当:安藤武博氏

 

■第9回「これからはプラットフォームの垣根が無くなると言ってきたけど、どうも違う。という話」


■今回の記事
Apple、腕時計型のデバイス「Apple Watch」を発売 新機軸のゲームアプリも多数登場
「テーマ」、「ターゲット」ときたので今回は「プラットフォーム」の話をします。SGIの読者の方で、携帯電話以外のゲームプラットフォームを本気で意識している人は少ないかもしれません。携帯だけで十分市場も成熟していますしね。その一方でコロプラがOculus Rift向けのゲーム開発に積極的であったり、ポケラボもハコスコ対応のVRアプリを発表しています。海外では早速Apple Watch向けのRPG『Watch Quest』『RuneBlade』が開発中……と、ビジネスの可能性は未知数ながらも、ゲームを提供できる新しいプラットフォームにチャレンジしている会社も見受けられます。

この動きは最高です。まだみんなが「ピンと来ていない時代」から先んじて新しいプラットフォームに突っ込んでいく人は勝ちます。

勝つタイミングは新ガジェットが「一般化」するときです。それは今ではないですが、「腕に巻いても熱くない」「身につけていることを感じさせなくなる」など、コモディティ化しうる機能が追加・改善された時に、それに応じた新しいゲーム体験が組み合うことで起爆するでしょう。

私が2006年にクリックホイール付きiPod向けのRPG『ソングサマナー~歌われぬ戦士の旋律~』(公式サイト)をつくっていたときは、同僚から「バカゲーばかり作っていた安藤の頭が本格的におかしくなった」と真剣に思われていました。当時はニンテンドーDSとPSP®の全盛期ですから無理もない。

それでも2008年に7月に全世界同時リリースされたこの作品はアーリーアダプターを中心に30万本ほどダウンロードされました(売価は600円)。奇しくも同月アメリカでiPhone3GSが発売され、ただのiPodに「電話+α」の機能がついたことで、ついに大爆発が起こった。先んじてAppleと仕事をしていたため、スマホのゲーム開発に爆速で突入することができ、1年半後の2010年4月には『ケイオスリングス』(公式サイト)で日米同時にトップセール1位を獲ることができた(売価は当時1500円)。黎明期の偶然が起こした話ですが、新ガジェットが出ると、このことを思い出します。
 
 
▲日米同時トップセールス1位を獲得した『ケイオスリングス』
 

私はプレステ1の頃から制作をしているので専用ゲーム機のことも常にプラットフォームとして頭の中にあります。PlayStation®Vitaやニンテンドー3DSで展開している『拡散性ミリオンアーサー』の市場規模(詳細は第一回を参照)を考えると”携帯電話→専用ゲーム機”への横展開はビジネスとして全然アリです。

これが可能だったのは、私たちがどのプラットフォームでも「つくれる」からでしたが、これまで「つくれなかった」各社もネイティブアプリへのシフトが進み、専用ゲーム機の開発経験者も多く加入していますよね。真剣にプラットフォームとして参入を考えてみると勝つ確率はあがりますよ。なぜか? もはや死の海と化した「超・激戦区」のスマホに比べるとライバルが少ないから。普及台数がスマホより少なくても濃い二万人がいればF2Pモデルならば成立します

 

■プラットフォームの垣根は無くなるのか…


■今回の記事
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どちらかというと“専用ゲーム機→携帯電話”の流れの方が、勢いを増しそうです。市場が成熟すると中身で勝負の時代になりますから、品質や商品プロデュースに自信があるゲーム屋が参入してくるのは自然な話です。とは言ってもこの発表会で個人的に一番驚いたのは『ファンタジーライフ2』がニンテンドー3DSからあっさりスマホにプラットフォームを変えてきた事。本当にサラッと発表していましたが、パッケージで30万本を売り上げた人気コンソールのタイトルの続編がスマホのストアに並ぶわけです。このタイミングでの強力ライバルの登場は、「超・超・激戦区」の到来を意味します。全世界から、このようなライバルが参入してくるわけですからね。
 
 
▲2015年夏リリース予定の『ファンタジーライフ2』


▲『妖怪ウォッチ』に続くレベルファイブのクロスメディアプロジェクト第4弾『スナックワールド』


『スナックワールド』もあっさりスマホと3DSが同発ですが、これも一時期のことを考えると時代が大きく変わった感じがします。あっさりと感じるのは素直に、特別な意識なく、時代に応じてお客様がいるところに展開しているということです。『ドラゴンクエスト』をどのプラットフォームに出すのか? という基準もやはり素直に、もっともお客様がいるところに出すという方針がエニックスの頃からありました。今回のレベルファイブの発表を見ると、いよいよプラットフォームの垣根がなくなってきたように見えます
 
でも、果たしてそうでしょうか? 私が色々なプラットフォームでつくってみた結果「ある意味で垣根はなくなるが、無くならない垣根がある。」というのが率直なところです。

ある意味というのは前述のとおり、同じゲームが色々なプラットフォームで普通に出る時代になった……好きなゲームがどこでもライフスタイルに応じたガジェットで遊べる時代になるため、ハードの垣根が無くなるという事。この流れはゲームデータのクラウド化によってさらに促進されます。リビングの大画面TVで遊んでいた専用機のRPGの続きを、移動中の電車ではスマホでやる。言わばg-mailやicloudを使っているような感覚でゲームも遊べるようになるというのが、数年前から考えている予想。

一方で、それぞれのプラットフォームに紐づいている「お客様」は、今後も垣根を越えることは無い。と最近は考えています。技術は垣根を超えるが、お客様の嗜好は“特にゲームに限って言えば”そう簡単にプラットフォームを超えないのです。STEAMやPS4でコアゲームに夢中になっているプレイヤーが、同じゲームが遊べるからといってスマホでそれをやるなんて到底想像がつかない

『拡散性ミリオンアーサー』もスマホと3DSとVitaでは全然お客様のプロフィールが違います。ほとんど被りが無い。もし被っているとしたら、毎日こんなに登録しないだろうという数の方が新規ではじめていますし、CERO「D」指定(17歳以上対象のレーティング)ですが、明らかに3DSはお子さんが遊んでいる気配もある(遊ばないでね)。

またスマホとVitaで同じコラボレーションをしても響き方が全然違ったりと、同じタイトルでも明快に垣根が存在するのです。これは昨年スマホとVitaで同日発売を試みた『ケイオスリングス3』でも同様でした。私は物理コントローラーの有り無しなど、お客様の環境に応じて選んで欲しいなと思ってリリースしたのですが、Vitaのプレイヤーは最初からVitaで買う以外の選択肢はなく、スマホの人はVita版があることも知らないという方が多かったように感じます。

またスクエニのようにリッチなゲームを期待されたり、そういった規模・内容でつくるのを普通に良しとしている環境だとついつい見落としがちなのですが、スマホでゲームを遊ぶお客様は、専用ゲーム機のプレイヤーと比べると、「超・超ライトユーザー」です。この連載で書いたり、現場が論じているようなゲーム論からはるか遠くに存在する「暇つぶしで遊ぶ」というお客様が大多数。ゲーマーとは永遠に交わることのない層です。プラットフォームの垣根が無くなったからといって同じように展開していては、あさっての方角に向かって大砲をぶっ放すことになりかねない。ではどうしたらよいのか?

それは「プラットフォームによってサービスや内容を変える」です。

当たり前のことですが、今のところこれしかないですね。

 

■売り切り型と運営型と…


スマホとゲーム機のもっとも大きな違いは売り方です。残念ながら、もはやスマホで5800円の前払い形式というのは通用しない。よってゲーム機のタイトルがスマホに来る場合はF2P形式にすることになります。売り切りとF2Pではお客様がお金を支払う対象が異なるので、それに応じてゲームの内容と売る商品も変えないといけない。それをやるというアプローチ。

でも、これ書くのは簡単ですけど、やるなら「別のゲームにするくらい変えないとだめ」です。ちょっと変えるくらいだとどちらのプラットフォームでも売れるのは難しい。そのくらい売り方に紐づくゲームの作り方が両者で違う。これが乗り越えにくい垣根の正体のひとつ。ここを理解してそれでも気合でがんばるのはアリ。その場合、パッケージが得意な人とF2Pのサービスが得意なスタッフで、プロジェクトチームを分けたほうがいいですね。しかし、今のところどちらも得意なスタッフが揃っている会社は少ない。逆に捉えると、ゆえに意図的に最初に組閣しきったものが勝つでしょう。

さて、この「スマホと専用機で作り変えるのが大変だぞ」問題、実は『拡散性ミリオンアーサー』のように販売形式がいずれもF2Pであれば解決可能です。主にUIとUXの調整とハードの特性を生かした機能追加でプラットフォーム関係なく「同じ内容」で行けます。でも、あえて専用ゲーム機のパッケージ前売り形式(ここでは頻繁な運営を必要としないゲームと定義します)と、スマホのF2P形式の「両方の成立」を前提にして、こだわっているのには以下の理由があります。

【パッケージ前売り形式】
・パッケージで前売り形式のゲームはこれからも無くならない
・このやり方でしか表現できないゲームがある
・このスタイルでしか獲得できないファンがいる


【スマホのF2P形式】
・F2P形式のゲームがビジネス規模で主流なのは間違いない
・運営にしか表現できないサービスがある
・このスタイルでしか獲得できないお客様がいる


通常、新しい形式のものが登場すると、過去のものが塗り変えられていくのがテクノロジーです。携帯電話やパソコンがそうですね。ゲームに限って言えば、新しいものが出てきても過去のものは駆逐されずに地層のように積み重なっていく。これがかなり特徴的なんですね。オフラインもオンラインもアーケードも専用機もPCもスマホも、一定数のお客様に棲み分けられ、無くならずに並行して共存するんです。物理メディアとしてのパッケージゲームはダウンロード形式になり衰退するでしょうけど、それとて完全に無くなることはない。

パッケージゲームに比べてF2Pのビジネス規模が圧倒的になっているから、もうどのプラットフォームも全部F2Pでいいじゃん。そういう時代になるよという意見もありますが、絶対にそうはならない。

売り切りで遊びたいお客様はいなくならない。

エンディングで終わる形でしか届かない物語があり、それによって長年記憶に残るキャラクターやゲーム体験は確実にあります。例えばスクエニのスマゲでも『FINAL FANTASY Record Keeper』『ドラゴンクエストモンスターズ スーパーライト』『ブレイブリーアーカイブ』は前提としてパッケージゲームでの良い思い出があるからこそ成立していますよね。裏返すと、こういう良い思い出を提供しないと20年30年残るブランドにならない。スマートフォンのゲームを手がけていて強く感じるところです。

今回は無いようで実はあり続けるプラットフォームの垣根、そしてそれにどう立ち向かえばお客さんに長年愛されるゲームを、それぞれのプラットフォームで提供できるかという話でした。作り手は「それぞれが得意なことをやる」。これで良いと思います。

運営前提のものが得意な人は引き続きやる。終わりのある作品をつくるのが得意な人も引き続きそれをやればよい。どちらも専門的なスキルを要するものですので、あえてどちらかしかやらないというのもクリエイターの戦略です。結果、IPは一つであっても形を変えて、色々な遊びやサービスが各プラットフォームでリリースされれば、お客様はうれしいわけですからね。


■今回の記事
サイバーエージェントの『ガールフレンド(仮)』がバンダイナムコよりPS Vita向けに2015年夏にリリース決定…フルボイス&一部バイノーラル音声でさらにドキドキできる!?
 

▲PS Vita向け『ガールフレンド(仮)』

ひとつの答えがここにもありますね。今後スマートフォンのゲームは、ファンを獲得するブランドにならなければ短期間でオワコンになる可能性が高い。『パズドラ』は先駆けて3DSにアーケードにと、バリバリ展開していますもんね。例えば『ミリオンアーサー』や『グランブルーファンタジー』や『ブレイブフロンティア』がPS4や3DSなどで売り切りのRPGになったら遊んでみたくないですか? CMをかける費用があれば十分つくれるし、こちらの方がよっぽど長期的な支持者=ファンの獲得になります。

CMや広告を適切に打つことは否定しませんが、TOP20の常連である『乖離性ミリオンアーサー』はCMを打っていない。大半が打っているのでCMを流さなければヤバイと考えがちですが、その前に、他の有効な使い方も考えみてはどうでしょう。スマゲをコンソールのゲームにしたい方、プロデュースしますよ! それではまた次回!
 


■著者 : 安藤武博
スクウェア・エニックス第10ビジネス・ディビジョン(特モバイル二部)ディビジョンエグゼクティブ兼プロデューサー。同社ではスマートフォンゲーム事業に携わり、F2P/売り切り型を問わず『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、複数のヒット作を生み出す。


■スクウェア・エニックス

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■スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」 バックナンバー

第8回「打席に立つために必要なこと」 (岩野)

第7回「ほとんどのターゲット設定は間違っている」 (安藤)

第6回「売れるゲームには◯◯がある」 (岩野)

第5回「ゲーム制作、これが無いとヤバイ。」 (安藤)

第4回「IPを育てよう」 (岩野)

第3回「制作費が二億円を超えそうなときに読む話」 (安藤)

第2回「岩野はこう作ってます」 (岩野)

第1回「ここに未来は予言される」 (安藤)


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株式会社スクウェア・エニックス
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会社情報

会社名
株式会社スクウェア・エニックス
設立
2008年10月
代表者
代表取締役社長 桐生 隆司
決算期
3月
直近業績
売上高2428億2400万円、営業利益275億4800万円、経常利益389億4300万円、最終利益280億9600万円(2023年3月期)
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