【連載】安藤・岩野の「これからこうなる!」 - 第19回「良い作品をつくるために必要な三つのこと」


【「これからこうなる!」は毎週火曜日12時頃に更新】
『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、数々のスマホゲームアプリをヒットさせた、スクウェア・エニックス所属のゲームクリエイター・安藤武博氏と岩野弘明氏。そんなふたりが毎週交互に執筆を務める「安藤・岩野の“これからこうなる!”」では、スマホゲーム業界の行く末を読み解く、言わば未来を予言(予想)する連載記事を展開していく。

メディアやコンサルが予想するのとは大きく異なり、ふたりは開発者であるがゆえ、仮説を立てたあとに実際現場のなかでゲームを手掛け、その「是非」にも触れることができる。ゲーム開発現場の最前線に立つふたりは、果たして今後どのような未来を予想して、そして歩むのか。


今回の担当:安藤武博氏

 

■第19回「良い作品をつくるために必要な三つのこと」

 
・どういう時にアイデアを思いつきますか?
・良い発想を得るために何をしたらよいですか?
・面白いゲームをつくるためにどうすればよいですか?
・ゲームをたくさん遊んでおいたほうが良いですか?
・やっておいたほうが良いことがあれば教えてください

 
などなど……アイデア勝負の我々の仕事において、知的生産性を高める方法を教えて欲しいというのはしばしば聞かれる質問です。これらに確固たるメソッドは無く、正体すら量的に捉えられるわけでもないので、正確に返事をすると実は「人それぞれ」としか言いようのないものです。
 
とはいえ、そのように答えても感じが悪いし、話もそこで終わってしまいます。そういった時、私は下記の三つをやりなさいと答えるようにしています。
 
・人と会え
・本を読め
・旅にでろ

 
これはゲームクリエイターだけではなく、およそ、ものを作り出す人全員にとって大事な「インプットの本質」だと思っています。なぜこの三つなのか? 今回はこの話をしたいと思います。
 

ジェームスWヤングは著書「アイデアのつくり方」でこう言っています。
(※この本は70年前に書かれたものですが名著です。すぐ読めます)
 
”草を食べずにミルクを出す牛がいるか”
 

言わずもがな商品やアイデア(ミルク)を産み出したい人間にとってインプット(草を食べること)はとても大事です。
 
一方でインターネットとスマートフォンの出現により、異常なまでのインプット過多になっているのが現在です。放っておいても情報は絶え間なく入ってくるような状態。一方で24時間しかない可処分時間が増えることは現代の科学では起こりえません。結果、中学生や高校生の年頃から「忙しい忙しい」といっている
 
私がこの年齢だった頃は、お金はないけど時間はあり「暇やー」が口癖の友人も多かった。それがこの年齢から見ること、聞くこと、やることが多すぎて時間すら無くなってきている。大人だって言わずもがな。前提としてそんな「超・超・情報過多時代」に立向いながら、膨大なインフォメーションの中からインプットを「選ぶ」必要があります。
 
つまり、大事なのはインプットの質をあげる努力であり、これができない人はこれから良い作品をつくれません。むしろ情報を浴びすぎて余分な情報を大切なインプットと勘違いしている人が多い。これはインプットではなく「ノイズ」です。
 
イケてない草を食べまくったところで美味しいミルクが出るはずがありません。では良質な草とはなんなのか? それが前述の3つなのです。
 
 

■ 人 と 会 え


あなたの人生を変える大きな出来事のほとんど全ては他人との出会いによって起こされています。したがって人と会わない=人生を変えるほどの大きな出来事は起きにくいと考えるべきです。

今なぜこの会社で働いているのか?
なぜこのプロジェクトに参加することになったのか?
なぜこの職種・部署なのか?
はじめてのパソコンやゲーム機を買ってくれたのは誰か?
そもそもなぜここで育ち、ここに住んで生きているのか?

 
思い返してみれば自分ひとりで完結して、アウトプットできたものなど一つとしてないはずです。人との出会いこそが良質なインプットなのは未来永劫かわりません
 
はっきり言って今回書いた三つの中で、この一つをやっていればほとんど良いくらい人と会うのは大事です。ですが、人と会えといっても、同僚や同期など近しくて親しい同じ人間と複数回・定期的に会うというのは、あまり効果的なインプットは期待できませんので注意してください。
 
なぜならば気楽な仲間というのは予定調和になっています。気が楽と書くくらいであり、刺激はほぼ無いです。また同じ会社の場合、こういったメンバーで群れると情報の共有が容易すぎて愚痴を言い合って終わる場合が多い。ストレスの解消にはなりますが、これは良いインプットにはなりません。思い切って別の環境や違う生態系で活躍している人や目上の人など、話すときに多少の緊張感や良い意味でのストレスがある人と交流を持つのが良いです
 
 

■ 本 を 読 め


それでも人に会うのが億劫である、ないしは会いたい人が存在的にも遠くてすぐに会えない場合、本を読むことで「人に会う」ことの代替になります。
 
そもそも書籍はその人間が考えている事が書かれているものですから、それを読むことでその人の考えを共有することができます。1冊本を読むことで、その人に1時間あって話を聞くくらいの効果があるかもしれません
 
裏を返すと直接その人に会ってガッツリ話し込むと2時間でその人の著作を2冊読んだのと同じくらいになりますので、可能であれば実際に会ったほうが良いです。
 
また読書は自分で考える余地がある方がより自分のものになり、アウトプットの発明につながります。よって構造的にそうなりやすい小説などの「物語」を読むのをおすすめします
 
「~しなさい」「~はやめなさい」「なぜ~は~なのか」「だからお前は~なのだ」「何何力」「知っておくべきN個の方法」みたいな自己啓発系の本は、迷いがちで決められたい人の気休めにはなりますが、これも良いインプットにはならないので注意してください。バッサリ言い切るのがこれらの本の特徴ですが、世の中そんなにシンプルではありません。複雑で多様であることを取り入れることで人間はあれこれ思考し、そこから新たなアイデアが生まれます。
 
今回の私の記事のようなタイトル……もっとそれっぽくかけば「良い作品をつくるために必要な“たった三つ”のこと」みたいなエントリーや書籍はこの場合、一番悪いお手本です(笑)。鵜呑みにすると良いアウトプットには繋がらないので注意してください。こういうタイトルをつける場合、やるほうもビジネスやPVを稼ぐためにやっています。
 
 

■ 旅 に 出 ろ


本を読むのが面倒な人、結構いますよね。がんばって旅に出てください。自分の行ったことのない場所であれば近場でも構いませんし、散歩でも結構。まだ人に会うのが億劫なあなた。もちろん一人旅でも良いです。行ったことのない場所に行くと見たことのないものを見られますし、食べたことのないものも食べられますし、会ったことのない人と話す機会だって増えます。これが相当良質なインプットになるはすです。
 
旅行紀を読むのが楽しいのはこれの疑似体験ができるからですが、できれば自分で行ったほうが良いです。そしてできれば遠くに行って欲しい。旅は自分のモチベーションをどこかで再確認させてくれます。自分はどんな動機で生きているのか? なにをしたら幸せで、どうなるとストレスなのか? 自分の本当にしたいことはなんなのか? ……なぜか旅に出るとそれが浮き彫りになることがあります。
 
また旅行は旅程や、かかる費用を意識しないと実現しません。バックパッカーの自由旅行であれ、高級ツアーであれ、それぞれ路銀を考える機会がある。これがプロジェクトの疑似体験として最適なのです。

前回の記事(関連記事)で岩野がスーパープロデューサーと言った男、スクエニの柴貴正プロデューサー(そう書かれて本人もまんざらでもなさそうだった)。同級生なのでそういう感じになっているのは、なんかくやしいんですけど(笑)まさしくそのとおりで、彼の動きは違う視点からの「これからこうなる」です。未来を見てゲームをつくれる数少ないプロデューサーであることは間違いありません。
 
彼は中学生の頃から僕に比べて全然本を読まない人でした。ただし読んでいる数少ない本が「アルスラーン戦記」や「創竜伝」、「銀河英雄伝説」、「ロードス島戦記」、「吸血鬼ハンターD」に「未来放浪ガルディーン」など……いまの仕事の糧になるものばかりで、僕もとても影響を受けました(要するにツボは抑えていた)。
 
それが旅の数になると、誰よりも圧倒している。三年前は南米ボリビアで年を越し、二年前の年末はキリマンジャロから年賀メールをよこし、今年は南アフリカを旅行して最近話題のジンバブエドルをお土産にもって帰ってきた。土砂崩れが起きたグルジアに閉じ込められて帰れなかったこともあった
 
僕自身も比較的自由旅行はしますが、柴の比ではないし、そもそも旅の楽しさと大事さを教えてくれたのも大学時代に二人で行った一ヶ月のヨーロッパ放浪旅行でした。スクウェア・エニックスのファウンダーである福嶋康博(現名誉会長)もビジネスの種火を放浪から得ています。各国をその目で見て回り、先進国から未来、これから伸びる国に過去、そこから日本の立ち位置を現在にアジャストして、時代の気分を読み、今後どういうビジネスが流行るのかを事業計画していったそうです。
 
スーパークリエイターは、あまり人のゲームを遊ばない方が思いのほか多く、一方で今回の三つの要素に関して、そのいずれかで突き抜けている人が多いような気がします。ゲームを数やればやるほど発想に良いわけでもないのです。また本や人であっても、やたら数を読めば良い、たくさんの人に会えば良いというわけではなく、ひとつひとつをどれだけ深い思考のきっかけとして捉えられているかが大事です
 
つねに人に接触する環境、本の虫、旅行の達人……つまりは新しいものへの「好奇心」の塊。これがつねにあるか。良質なアウトプットを導く一番の秘訣はここです。この三つに当てはまらない、ないしはプロセスは違えども好奇心が薄い人にスーパークリエイターはいません。

成功体験にとらわれず、逃げ切ることなど考えず、つねに新しいものを追い求め続けている。そうすれば自然と三つに行き当たりますし、それとてあくまで一例にしか過ぎない。スーパークリエイターにいい意味で子供っぽい人が多いのも好奇心の持続が原因かもしれませんね。
 
くり返し書きますが、今回のお題に明快な答えはありません。ですが、ひとつの考えるきっかけになれば幸いです。インプットに関しては岩野が第8回(関連記事)でも書いていますね。これとあわせて考えてみるさらに良いかと思います。それでは!

■今回の記事
「SPAJAM2015」本選が本日開幕! アプリ開発の最優秀チームを決定するハッカソンイベント
 
クリエイティブはとにかくみんなでつくり始めてしまえば、何かが動き始めて、そこからさらに新しい何かが産まれるということも多い。SPAJAMのように「見る前に飛んでしまう」のも良いアウトプットをするためにとても有効だと思います。なにより温泉でやる(でもたぶん締切まで温泉でゆっくりせず、寝ずにつくっている)というところがなんだか楽しげで、エンターテインメントになっており最高ですね! これにも人との出会いと、旅の要素が自然と入っています。まずはこういった「イベント」に参戦してみるだけで、新しい世界が広がると思いますよ。今後はこのような「イベント」を楽しく開催・参加できる人たちが勝っていくでしょうね。
 


■著者 : 安藤武博
スクウェア・エニックス プロデューサー。同社ではスマートフォンゲーム事業に携わり、F2P/売り切り型を問わず『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、複数のヒット作を生み出す。

公式ツイッター:https://twitter.com/takehiro_ando
公式Facebook:https://www.facebook.com/andot.official?fref=ts
 

■スクウェア・エニックス

企業サイト


■スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」 バックナンバー

第18回「スマホゲームにおけるプロデューサーの重要性」 (岩野)

第17回「私はなぜスクエニの部長をやめたのか?」 (安藤)

第16回「日本のスマホゲーム業界が危うい」 (岩野)

第15回「サラリーマンクリエイターの働き方はすでに限界を迎えている」 (安藤)

第14回「ゲームを売る上で一番大事な人」 (岩野)

第13回「市場のピンチを知らせるクリエイターからのSOS」 (安藤)

第12回「F2Pゲームにおける最強の商品とは?」 (岩野)

第11回「今後どんなゲームが売れるのか、全力で考えてみた」 (安藤)

第10回「開発初期段階で必ず決めなくてはいけないこと」 (岩野)

第9回「これからはプラットフォームの垣根が無くなると言ってきたけど、どうも違う。という話」 (安藤)

第8回「打席に立つために必要なこと」 (岩野)

第7回「ほとんどのターゲット設定は間違っている」 (安藤)

第6回「売れるゲームには◯◯がある」 (岩野)

第5回「ゲーム制作、これが無いとヤバイ。」 (安藤)

第4回「IPを育てよう」 (岩野)

第3回「制作費が二億円を超えそうなときに読む話」 (安藤)

第2回「岩野はこう作ってます」 (岩野)

第1回「ここに未来は予言される」 (安藤)

 
株式会社スクウェア・エニックス
https://www.jp.square-enix.com/

会社情報

会社名
株式会社スクウェア・エニックス
設立
2008年10月
代表者
代表取締役社長 桐生 隆司
決算期
3月
直近業績
売上高2428億2400万円、営業利益275億4800万円、経常利益389億4300万円、最終利益280億9600万円(2023年3月期)
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