ゲームデザインとゲームシナリオの関係性とは? Game Developer's Meetingで『テラバトル』シナリオライターの波多野大氏が特別講演

ディー・エヌ・エーは9月29日、「Game Developer's Meeting:ゲームプランナー向け勉強会Vol.4」を開催した。会場ではスマホRPG『テラバトル』(ミストウォーカー)などのシナリオで知られるセブンスエンタテインメントの波多野大氏が登壇し、「“なにか”を“伝える”ために考えてきたこと ~ストーリーを扱うゲームデザインについて~」と題して講演を行った。

波多野氏は2011年に会社員を経て独立し、ゲームデザイナーやシナリオライターとして多数のプロジェクトに参加。2014年にセブンスエンタテインメントを設立した。これまで『LAST STORY』(カットシーン演出、ゲーム内台詞)、『SOUL SACRIFICE』(背景設定、モンスター設定)、『スーパーロボット大戦UX』(シナリオ一部)、『テラバトル』(シナリオ、文字表示)、『ペルソナ5』(シナリオ一部)などを担当。他に小説『テラバトル-英雄失格-』(集英社)の執筆も行っている。

もっとも、その中でも転機になったのが『テラバトル』だった・・・波多野氏はこのように切り出した。
 

▲波多野大氏


 

■坂口氏からの電話がきっかけだった


2013年某日、『ファイナルファンタジー』シリーズ生みの親として知られる坂口博信氏から連絡が届いた。面会の席上で波多野氏は坂口氏から、「次回作でシナリオを依頼したいが、スケジュールが・・・」という依頼を聞き終わらないうちに「やります!」と快諾していたという。「坂口さんからRPGのシナリオ依頼を受けるなんて、滅多にない」というわけだ。

もっとも、その直後に「今度はスマホゲーム」だと言われて、内心衝撃もあったとあかした。その当時のスマホゲームにおけるシナリオの重要性について、自身でも若干の割り切れなさを感じていたことや、それまでコンシューマの大作ゲームの開発が中心であり、自分自身もそこにやりがいを感じていたこと、そしてなにより、幼少期よりそういった家庭用ゲームに触れてきたことで、そこに明確な固執があったと話す。

そんな波多野氏に対して坂口氏は「俺たちの時代は、テレビに映すしかなかったからそうした。今がスマホなら、それでいいんだよ、おもしろそうじゃん」と語ったという。この言葉に目から鱗が落ちたという波多野氏。自分が『ファイナルファンタジー』シリーズを遊んで業界にあこがれ、ゲームクリエイターになったように、自分が作るゲームを通して業界を志す人もいるはずだと考え、『テラバトル』のシナリオ執筆に俄然、意欲がわいたと振り返った。

 

■テラバトルの酒場に込められた意味


ここから講演は本題となる「ゲームシナリオとゲームデザインの関係性について」に移った。

波多野氏は「シナリオ(=脚本)」とは設計図のことで、設計図には「書く技術」と「読む技術」があるという。特に「機械の設計図などと違い、シナリオは日本語で書かれているため、特に技術がなくても読めてしまう」落とし穴があるとのこと。シナリオを読む際には、細かい文章には囚われず、「文章の魂や、作者が表現したいもの、シナリオの意図などをつかむ」ことが大事だと語った。

それではシナリオに書かれた意図や狙いを実際に、どのようにゲーム上で表現するべきだろうか。ここで波多野氏は「メッセージを読ませるのではなく、シナリオの意図をゲームプレイを通して、プレイヤーに体験してもらうことが重要だ」と指摘した。
 

さらに波多野氏は「ゲームは体験装置であり、ゲームプレイを通してプレイヤーを『引き込む』『錯覚させる』『勘違いさせる』」ことが大切だと説明した。その上で世界観を伝えるとはゲームのプロローグを語ることではなく、キャラクターの視点を通して得た情報を、「説明」するのではなく「体験」してもらうことが大切だと補足した。

世界観を「説明」するのではなく「体験」させる・・・。好例としてあげられたのがディズニーランドの待機列にある標示物だ。長い行列を楽しんで待つことができるように、アトラクションにまつわる年表やアイテムなどが陳列されており、観客は知らず知らずのうちに世界観に引き込まれていく。「もし、これらが立て看板だけだったとしたら? ペラ一枚の説明書きだけだったとしたら? 観客は楽しんで行列に並ぶことはできなくなってしまうでしょう」(波多野氏)

波多野氏はこのように「ゲームを通してプレイヤーに『伝え方』を設計する人がゲームデザイナーであり、ゲームシナリオはそのための手段にすぎない」と指摘した。

 

■レベルデザインとゲームシナリオ


続いて講演はレベルデザインに移った。レベルデザインとは一般にステージの形状を考え、モンスターやアイテムなどの配置を行う、いわゆる「マップレイアウト」のことだと考えられがちだ。しかし波多野氏は「ステージ上での体験を通して、プレイヤーに喚起させられる心情をデザインする」役職であり、「ステージのうねりの創造主」であるべきだという。

ここで波多野氏が提唱したのが「ゲームには車輪がある」という概念だ。車輪とは「ゲームシナリオから得られるイメージ」と「実際のゲームプレイの感触」のことで、これが一致していることが望ましいという。たとえば「誰も帰還したことのない迷宮」という説明があったにもかかわらず、実際にプレイしてみるとまったく迷うことなく、窮地にも陥らずにクリアできてしまったらどうだろうか。プレイヤーは「想定と違う」と不満を抱き、ゲームをやめてしまう原因にもなるというわけだ。
 

一方でゲームには「このあたりで新しいギミック(必殺技、アイテム、新キャラクターなど)を入れたい」というタイミングが存在する。プレイヤーがゲームに飽きてしまうことを防ぐなど、そこにはさまざまな理由がある。しかし、何の脈絡もなくそうしたギミックが登場するのでは、没入感が削がれてしまう。そうした時にもゲームシナリオ側が工夫することで、そこに意味を持たせられる。このようにゲームデザイナーとゲームシナリオライターは二人三脚で進めることが望ましいという。

『テラバトル』のヒットをはじめ、最近ではスマホゲームでも骨太のシナリオを備えたゲームが増えてきた。しかし実際には日々、悶々としながら作業をすることも少なくないという。特に発注側から「他のゲームとは異なる、おもしろい奴をよろしく!」などと言われると、「おもしろいとはなにか。そのためにゲームデザインやゲームシナリオが貢献できることは何か」と、考え込んでしまうことがあるというのだ。

もっとも波多野氏は最近になって、「おもしろいとは結果論であって、作り手が考えるべきは、プレイヤーに『おもしろい』と感じてもらうための手段を、どのように作るか」だと考えるようになったという。

クリエイターが作品を作るとき、そこには必ずプレイヤーを「笑わせたい・怖がらせたい・泣かせたい」といった動機がある。一方でプレイヤーはゲームを遊んで「笑えて/怖くて/悲しくて、おもしろかった」という感想を抱く。そのため、「おもしろさ」に至る感情をどのように刺激するかが重要であり、それを考えるのがゲームデザイナー。そして、その手段がゲームシナリオである、というわけだ。

「つまりストーリーを扱うゲームデザインにおいて、ゲームシナリオとは『なに』を伝えるかの設計図だといえます。そしてゲームデザインとは『なにか』を伝えるために考えることだと整理できます」(波多野氏)。

その上で「おもしろい・つまらない」というレベルで議論をすると混乱しがちだが、メッセージが「伝わる・伝わらない」というレベルは技術論のため、クリエイター同士で議論ができる。プロとして「なにかを伝えるためにどのような手段を選択したのか? その選択でプレイヤーの感情は動いたのか?」という点について、プロとして常に考えていきたいとまとめた。

 

■聴講者と共に盛り上がった質疑応答



セッションの終盤には質疑応答の時間も設けられ、活発なディスカッションが行われた。

はじめに「ゲームデザイナーとゲームシナリオライターは分業が多く、一般的にゲームデザイナーは開発チーム、ゲームシナリオライターは協力会社やフリーランスという形式が多い。こうした立ち場の違いを超えて、両者がコラボレーションするにはどうしたらいいか」という質問がなされた。

これに対して波多野氏は「一般論だが」と断って、ゲームデザインはゲームシナリオを踏まえて行われることが望ましいとした。はじめにプレイヤーに伝えるべきメッセージやコンセプトがあり、それを体験するのに適したゲームデザインが行われることで、世界観とゲームシステムとゲームシナリオが有機的に結び付き、プレイヤーに提供できるというわけだ。

もっとも、ゲームシナリオには原案に相当するものから、一つひとつの台詞に至るまで、さまざまな段階がある。そのため、まずは原案に相当するものがあり、それをもとにゲームデザインが行われ、それをふまえて細かいシナリオが作られるというように、段階的・複合的に行われるのが望ましいという。『テラバトル』でも坂口氏によるシナリオ原案があり、ゲームデザインが進んでおり、それを踏まえてた上での依頼だったという。

続いて「シナリオスキップ機能についてどう思うか」という質問がなされた。質問者は「プレイヤーの時はシナリオをスキップしまくって、一切読むことがないが、クリエイターとしてはシナリオ作成に心血を注いでおり、態度が正反対になっている」とのこと。このことに自分でも割り切れなさを感じているが、波多野氏はどうかというわけだ。

これに対して波多野氏は「仕方がないかなあ」と割り切っているとあかした。ゲームシナリオライターとしては、読んでもらえないのは悲しいところもあるが、読んでもらうための工夫を怠ってしまえば仕方がない部分もある。一方で遊び手としてはだらだらとボイスが再生されるのが嫌で、ついついスキップしてしまうという。この矛盾の解決については自分自身としても、さらに突き詰めていきたいと語った。

コンシューマとスマホゲームのシナリオの書き方の違いに関する質問もあった。波多野氏は両者ともに文字の改行位置や言葉の配置に気を配っているという。一目で理解できる情報量を気にかけつつ、縦画面ゲームでは一行の文字数を減らす、横画面ゲームでは一段落の行数を減らす、などだ。

またコンシューマと違ってスマホゲームではゲームの展開に自由度が乏しく(ルーチンワークで必ずボス的が出現するなど)、ここに不満を感じているとのこと。そこで自由度を高めるような新しいアイディアを入れていきたいとした。

このほか、コンシューマとスマホゲームの大きな違いとして「運営」の有無がある。特にイベントで新規キャラクターが定期的に登場するようなスマホゲームでは、どのキャラクターのどのような言動が人気を集めたのか、検索エンジンで検索しながらチェックを繰り返しているとのこと。その上で「過去に登場したキャラクターの後日談」や、「成長した姿を披露」といった具合に、新規シナリオを追加することもあるとあかした。

最後にゲームシナリオの書き方や管理のコツに関する質問もあった。これに対して波多野氏はゲームデザイン側での都合にあわせてゲームシナリオを修正しやすくするため、できるだけ細かくシナリオを分割し、シナリオの構成を管理しやすくしているとあかした。イベントチャートを作成し、イベントIDをふり、IDに沿ってシナリオや台詞を書いて管理していくというわけだ。

IDとそのシーン単位でのあらすじは表計算ソフトのリストで管理し、実際のシナリオはテキストなどで別に管理しているという。これにより、あらすじレベルでの変更なのか、シーン単位の変更なのかの対応かも別々に可視化でき、コミュニケーションロスが発生しないよう気をつけたり、急な差し込み修正にも対応しやすくしていると説明した。

講演終了後は軽食や飲み物が用意され、乾杯が行われた。波多野氏を囲んで聴講者からさまざまな質問が行われ、交流が行われた。ゲームシナリオに関する勉強会は業界でも珍しく、最後まで盛り上がりを見せていた。
 
(取材・文:ライター  小野憲史)