【インタビュー】モバイルソーシャルゲーム業界におけるM&Aの動向

ブラウザからネイティブゲームへの以降に伴い開発費やプロモーションコストが年々増加する中、モバイルソーシャルゲーム業界におけるプレイヤーの顔ぶれも変遷している。

資本力のある大手ゲーム会社の存在感が増す一方、スタートアップ企業の減少、中小デベロッパーの事業縮小・整理・倒産が増えている印象のある一年とも言えた。

このような状況下、モバイルソーシャルゲーム業界におけるM&Aの動向について、デロイトトーマツの美田和成氏にインタビューを行った。

今回は、会社組織動向に関するインタビューの後編にあたる。
 

開発費用高騰とヒットにおけるボラティリティの高さによる業界変遷


―――: よろしくお願いいたします。改めてのお伺いになりますが、お仕事について教えていただけますか。

美田氏: デロイトトーマツで、通信・メディア・テクノロジー(ゲーム含む)業界を担当するコンサルタントをしており、ゲーム業界については市場調査や、M&A、ゲーム会社の戦略・組織づくりのお手伝いをしております。仕事柄、守秘義務がありますので、お話できることは限られているのですが、よろしくお願いいたします。


―――: まずモバイルソーシャルゲーム業界におけるプレイヤーの変遷についてお聞かせください。

美田氏:プレイヤーの変遷については、ここ2~3年で大手、もしくは大手資本をバックにした企業の寡占状態で、その傾向は年々強くなっております。一方でスタートアップはここ2年で激減しました。

ブラウザ時代(2010年前後)では私の知る限り設立3年以内の開発会社は300社以上あり、毎年100社近い起業社数がありましたが、2015年以降は数えるほどしかなく、自社パブリッシングにチャレンジする企業については両手で数える程度に減少しております。

その背景として、ネイティブゲームの開発費、プロモーション費用の増加、それと反比例してヒットにおけるボラティリティの高さを考えると、資本力のある企業しか勝負の土俵にすら立てなくなってるという状況かと思います。


 
―――: なるほど。中小企業の経営状況はいかがでしょうか?

自社パブリッシングでヒットがある企業は比較的経営は安定しておりますが、先行きは不透明ですね。タイトルの売上維持のためのプロモーション費用が継続的に結構かかりますし、ヒットもいつまで続くかわかりません。また次のタイトルへの投資も必要となってきます。

ヒットに恵まれない企業の場合、受託案件中心の経営になりますが、受託は当然ですが利益率が低く、自転車操業に近い形になります。また受託案件の減少に伴い受託にも恵まれない企業が増えてきており、これらの企業はキャッシュフローの悪化から会社の売却や整理・解散に向かうケースが増えてきました。

そういう流れの中で、ライン拡充を目指す大手が、経営悪化した開発会社を買収するケースが急速に増えております

 

ポジションに応じた施策設計を…ゲーム業界のM&A動向と留意点



―――: このようなケースも含め、最近のモバイルソーシャルゲーム業界のM&Aの動向はいかがでしょうか?

美田氏:ゲーム会社(開発機能有り)を想定した場合、
M&Aのパターンとして大まかに以下の5パターンが考えられます。

 
  1. 類似開発力を買収し、量産化
  2. 異なる開発力(ジャンル等)を買収し、ポートフォリオ強化
  3. IP保有企業を買収し、集客力、共通機能強化
  4. 川上(プラットフォーム、デバイス)を買収し、他社をコントロール・模倣防止
  5. 川下(広告、メディア)を買収し、収入拡大
 
これに添ってゲーム業界の傾向をご説明させていただきます。
 

―――: それでは順番にお聞かせください。

美田氏:まず1.「類似開発力を買収し、量産化」のケースについては、資本力のある大手が勝負にでるべくライン拡大を図る流れの中で、経営状況が厳しくなった、もしくは経営者サイドの考えで事業の継続をやめることになった中小の開発会社を買収するケースで、今一番案件として多いように思います。
大手側としては、ネイティブ開発ができる人材はまだ市場で枯渇している中、個々に採用を行なうと手間がかかる背景もあり、多少割高でもM&Aで会社ごと買った方がライン拡大のスピードが上がり効率的だという判断です。

また2.「異なる開発力(ジャンル等)を買収し、ポートフォリオ強化」のケースは、ラインの拡充に加えて、異なる開発スキルを求めて開発会社をM&Aするケースで、こちらもも増えております。2D開発系が3D開発系を買収したり、RPGが得意な会社がパズル系を買収したり、等ですね。
ただ本当に優秀な開発者がいるのか?またM&A後抜けてしまわないような仕組みつくりがでいるか?などデューデリジェンスや契約面が重要となります。

 

―――: このような1.2.のケースの場合、買収金額の算出方法はどのような手法になるのでしょうか?

美田氏:経営悪化した企業と、そうでない企業で大きく異なります。企業価値(=買収金額)の計算方法は一般的に、純資産法、類似企業比較法、DCF法の3パターンになりますが、経営悪化とは関係ない完全なスタートアップの場合ですと、まだ売上が立っていないため類似企業比較法をとるケースが多いです。

実績のある開発者が起業する場合は期待値が高く、まだゲームの開発すら始まってなくても企業評価で5~10億円の評価がつくケースもあります。このような他のM&A事例を基に対象となる企業の買収金額を算定します。

一方経営悪化している場合は、タイトルの売上がほとんどないこともあり純資産法もDCF法はFITしないため、経営者が抱えている負債額を買収額とするケースや、開発者を採用した場合の採用コストで換算するケースが多いですね。

ただし、かつてのIPOブームで上場している企業も多く、経営悪化したとしても買いにくいという側面もあるかと思います。非上場なら相対取引で値段を決めれますが、上場しているケースだとそうはいきませんから。

 

―――: 3.「IP保有企業を買収し、集客力、共通機能強化」についてはいかがでしょうか?

美田氏:ルイ・ヴィトン等のブランドを保有するLVMHによるブランドの買収がわかりやすい事例ですが、ゲーム業界でも身近にある事例です。現在の大手ゲーム会社も、IPを保有する会社間のM&A・統合で生まれた企業もありますが、一方の会社のIPと、もう一方の会社のアーケードやCSの開発力でゲームビジネスが拡大した事例もあります。

ゲーム業界の場合も他の業界と同じく技術の融合には時間がかかることが多く複雑な部分はありますが、IPは明確なメリットのある買い物になるというか、共有しやすく、アセットとして残りますね。また最近では、キャッシュリッチなゲーム会社の中には、大型IPの買収でなくとも、IPになりつつあるIP予備軍を保有する開発会社を買収することでラインの拡充、ヒットの確度を挙げるM&A方針の会社もあります。


 
―――: なるほど。最後に4.5.についてはいかがでしょうか?

美田氏:オンラインゲームの特性上、物流が発生しないため他業界に比べると4.5.の事例は少ないですが、プラットフォーム⇒開発⇒広告⇒決済というプロセスは存在するため一定の事例はあります。

特に4.「川上(プラットフォーム、デバイス)を買収し、他社をコントロール・模倣防止」については、過去に大手ゲーム会社によるプラットフォーム事業(ハード)参入の事例などもありますが、かなり事例として少ないです。ただし今後、ブラウザ技術の進化によりブラウザゲーム市場が再度拡大した場合、プラットフォーム事業にチャレンジするゲーム会社も出てくるかもしれません。


5.「川下(広告、メディア)を買収し、収入拡大」については、ブラウザ時代のプラットフォームによる開発会社との資本提携などかかなり活発でしたね。CS事業でもよく見られるケースです。  

―――: M&Aの際の留意点はいかがでしょうか?

美田氏:はい。M&Aのメリットといわれるものの中には、見落としがちな盲点もあります。一般的なM&Aのメリットとして①「相乗効果を生む」、②「経営者・スキルの獲得」③「買収で時間を買う」というものが挙げられます

まず①「相乗効果を生む」ですが、確かにM&Aすることで開発基盤の拡張、販路獲得、共同購買によるコスト削減などのメリットはあります。しかしM&Aするだけでこれらのメリットが生まれるわけではなく、仕様や品質基準などの共通化、企業毎の文化、商習慣等の刷り合わせが必要になりますし、M&A後の追加投資(特にクロスボーダーM&A)が必要となるケースが多いです。

②「経営者・スキルの獲得」 については有能な人ほどM&A後にいなくなってしまうケースが多く、クロスボーダーM&Aの場合これが顕著ですので契約面での注意が必要です。

③「買収で時間を買う」については、開発基盤、販路を獲得する時間を買えるのであって、本来のM&Aの目的である利益を創出するまでの時間ではありません。組織間の融合やリストラ、共通基盤構築などの経営統合に時間を要してしまい独自進出よりも時間を要してしまうケースもあります。

 

―――: ありがとうございます。最後に今後のこの業界におけるM&Aの展望はいかがでしょうか?

美田氏:前述しましたように開発コスト・プロモーションの高騰やボラティリティの高さなどが影響し経営環境はより厳しくなるため、統廃合が進みM&Aは増えると思います。大手、中小問わず生き残りをかけてそれぞれのポジションに応じた施策を準備しておくべきですね。ただ他業界も含め多くの企業が失敗してきたように、単純に規模をもとめるM&Aはそれぞれの強みを損なう大企業を生み出して終わるケースに陥いる可能性があります。

それぞれのクリエイターとしての良さを活かしつつ取り込むストラクチャー(子会社として傘下に取り込む、ブランドを残す、経営者がコアコンピタンスなので絶対手放さない、開発者が流出しないような仕組みを作る、等)の設計が大事になります。

 

―――: 本日はありがとうございました。
 
※インタビューに関して意見に関連する部分はすべて私見によるものとなります。