本作で特徴的だったのが、LINEスタンプを活用した事前登録キャンペーンだ。これまでもSNSを利用した事前登録はあったものの、LINEスタンプ活用となると決して多くはない。どれだけのファンを獲得できるか、懐疑的な見方があったのも事実だろう。しかし蓋を開けてみれば、事前登録者数は235万人以上を突破し、ひと月経たずの200万DL達成という反響だ。これは本作のみならず、スマートフォンアプリの新しい可能性を切り開いたと言えよう。
今回はKLabのマーケティング部 部長、柴田和紀氏にインタビューを行い、LINEスタンプを活用したキャンペーンを実施することになった背景と反響、そして今後の展望について伺った。
◼︎一貫していた「ユーザーファースト」の考え
マーケティング部 部長
柴田 和紀氏
――まずは『キャプテン翼 ~たたかえドリームチーム~』のリリース、おめでとうございます。
ありがとうございます。リリースできたことはもちろん、多くのユーザーさんがダウンロードし、遊んでくれていることがなによりも嬉しいですね。
――本作は事前登録の段階から注目を集めていて、3日で100万人を突破するなどかなり期待が大きかったと思います。まずはリリース前のプロモーションとして、どんなことを行ってきたのか振り返ってもらえますか。
事前登録で配信前のゲームを盛り上げている手法は、現在どの会社さんもやっていると思いますが、リリース前に盛り上げること自体は映画だったりコンソールゲームだったり、エンターテインメントであれば当たり前のことです。しかしスマートフォンアプリの場合は事前登録の数が独り歩きするというか、本来はユーザーさんに楽しんでもらうための施策なのに、数字だけが意味を持ってしまっている気がしていたんです。
――そういった傾向は確かにあると思います。
もちろん人数が分かることで事前にサーバーを用意したり、良い面も多くあります。ですがそれ以上に数字が生々しく報じられ、マーケッターはそれを追いかけすぎてしまうのです。「数字を達成することに意味がある」みたいな。その結果、なんでもいいからとにかく数を集めることが目的になってしまうのではないかと感じました。私はそれは本来の目的ではないと思っていて、ユーザーファーストのゲーム、ユーザーファーストの事前登録キャンペーンを作り上げようと考えたのです。
――それを『キャプテン翼 ~たたかえドリームチーム~』で実行したと。
はい。私の考える事前登録は、ユーザーさんが楽しむための環境を整えるためのものと思っていて、それを実現させるためにまずは「『キャプテン翼』とはなんなのか」というところから考えました。『キャプテン翼』のターゲット層はどこにあるのかをじっくり調べました。週刊少年ジャンプで原作コミックスが連載されTVアニメが放送されていたときに小学生だった人たちは現在35才~48才になっています。
『キャプテン翼』は家庭用ゲーム機でもシリーズ展開されており当時プレイした人たちも含めると20代後半まで入ってきます。また当時は男女ともに人気の高い作品だったので、ターゲットとしてはかなり広い作品であることが分かります。
――確かにその世代だと、知らない人はいないと言っていいと思います。
そうなんです。しかしそんな世代の人達でも、今でも『キャプテン翼』のことを語り合っているかと言ったら、それは珍しいと思います。みなさんのなかで、良い思い出になっているのです。このようなターゲット層を相手にゲームを盛り上げるのは、想像以上に大変なことです。
――まずはどのようなことから取り組んだのですか?
やはり、かつての良い思い出を蘇らせなければいけません。そこで、幅広い層が気軽に使っているLINEを利用することにしたのです。良い思い出は仲間とのコミュニケーションの中で呼び起こされるものです。そういう意味でもLINEは、同級生とか、家族とか、同じ体験をした世代が集まるツールであり、自然な盛り上がりが生まれると考えました。
まずはLINEアカウントを使用した事前登録キャンペーンを行い、さらに無料スタンプも配布しました。LINEさんとしても、ゲームの事前登録を無料スタンプで行うのは珍しいことだったみたいで、最初は驚かれていましたけど、結果的には235万人以上もの登録者数になりました。
――配信前のタイミングから無料スタンプを配信するというのも珍しいですよね。
『キャプテン翼』を知っている人、良い思い出がある人を掘り起こすための施策で多くの人たちと接触するきっかけを作れたのは良かったことだと思います。
――スタンプの内容も吟味されたのですか?
もちろんです。ゲームを開発していたスタッフたちも『キャプテン翼』世代ですし、『キャプテン翼』の楽しさを創ることに自負を持っている人たちですから、どういったスタンプが喜ばれるかゲームの開発メンバーが考えていました。
――『キャプテン翼』というコンテンツは巨大なものですし、ほかにはないプロモーションを仕掛けるのにプレッシャーもあったのでは?
事前登録で何人獲得できるかの目標は設定しておらず、純粋に盛り上がりを作ることだけを目的にしていましたから、どうなるか想像もつきませんでしたね。ゲームシステムも、『キャプテン翼』を知らない人でも楽しめる作りにはなっていますが、原作や家庭用ゲームを体験した人にはグッとくる演出が入っています。開発もチャレンジングなものでしたし、それを伝えるためには私たちもチャレンジをしなければいけないという気持ちが強かったです。
――LINEでのキャンペーンは30代を中心に反響があったと思いますが、それ以外、例えば若い世代などの反響はいかがでしたか?
マーケッターとしてさまざまな予測はしますけど、それはあくまで予測であり、実際の反応は分からないものです。その中でもズバリ当たったところもあって、事前登録された方のデモグラフィック属性を見たところ、235万人以上のうち男女比率がほぼ半々だったのです。初代『キャプテン翼』が連載されていた当時から、女性人気が高いというデータは残っていたんです。女性ファン向けの二次創作が人気だったとも聞きますし、私の周りを振り返っても、男女問わず見ていた記憶があります。そのため女性からの人気も高くなるのではと予想していまして、見事に当たりましたね。
年齢構成は40代の男女が最も多く次に30代後半でしたので、予想が当たったといえるでしょう。LINEのアクティブユーザーは若い人が多く、事前登録の年齢層もそれに引っ張られる可能性もありました。しかし実際には、当初のターゲットとしていた層にしっかりとアプローチできていました。
◼︎ファンが一緒にワクワクできるような体験を伝えていきたい
――ちなみに、LINEスタンプを用いたキャンペーン以外は考えたのでしょうか?
もちろんありますよ。例えば画面合成を利用して「『キャプテン翼』に入ってみた」とか(笑)。それもSNSでシェアしてほしい狙いがあってのもので、『キャプテン翼』という共通体験を元に、みんなでコミュニケーションを取ってほしいという思いがあったからこそです。
▲「『キャプテン翼』に入ってみた」
――キャンペーンの鍵になっていたのは、やはりかつての思い出だったと。
ただ、同時に怖さもありますよね。思い出を掘り起こすまでは良いけど、いわゆる“思い出補正”がかかっていて、今見ると「何か違う」、みたいな。みなさんが持つ思い出補正の上をいくクオリティを保たなければいけず、それはプレッシャーでもありました。しかし実際に配信してみると、ユーザーさんからも「求めていた『キャプテン翼』だ」という声をいただいて、今は安心しています。
――事前登録の力もあって『キャプテン翼』は好スタートを切ったわけですが、柴田さんはモバイルゲームの事前登録はどうあるべきだと考えていますか?
私はリリースに向けて、ファンの方にワクワクしてもらいたいんです。ゲームはみんなと一緒に待つから楽しいのであって、このワクワク感がなくなったら、魅力は薄くなってしまいます。どんな特典をつけるかではなく、それによってどんなワクワク感を提供できるかが重要ですね。
『キャプテン翼』に関しては、先日200万ダウンロードを突破しましたが、この作品に良い思い出を持っている方はもっといるはずです。普段はゲームしない人でも、きっと楽しめると思うので、さらにアピールしていきたいです。
――今後の展開としては、海外への進出は外せないと思います。
その通りです。『キャプテン翼』は、特にサッカーが盛んな地域での人気が凄まじく、すでに多くのファンがリリースを待っている状況です。サッカーが盛んな地域というと、主にヨーロッパと南米です。これらは日本のアプリがあまり浸透していない地域ですが、挑戦のしがいはあると思います。その一方でローカライズなどハードルの高さも感じています。ヨーロッパだけでも各国で言語が違いますし、南米、それに中東とさまざまです。もちろんマーケティング手法も国によって違ってくるでしょうし、日本とは違ったチャレンジになりそうです。
――日本では、例えばリアルイベントなどを行う計画はあるのですか?
本作は対戦して楽しむゲームであり、みんなで楽しむことも、本気プレイで勝利を目指すことも可能です。なによりファン同士で集まればそれだけで思い出話が盛り上がるはずですからね。オフラインでの取り組みもぜひ考えていきたいです。
――では最後に、読者に向けてのメッセージをお願いします。
モバイルオンラインゲームのマーケティングにおいて、ユーザー獲得と数値管理、効率管理はとても重要です。しかし最近は、どうしたらファンに喜んでもらえるか、楽しさをどう広げていくかが最も重要だと考えています。私はこれからゲームを通してファンにワクワクしてもらえるような体験を伝えていきたいですし、一緒にチャレンジしてくれる仲間を大募集しています。
――数字だけを見ていくと、自然と可能性を狭めてしまいますからね。
ファンが喜んでくれることをすれば、自然と数字がついてきます。数字が良くないのは、ファンが受け入れないことをやっている証拠ですから。
――なるほど、ありがとうございました。
©高橋陽一/集英社
©高橋陽一/集英社・テレビ東京・エノキフィルム
原作「キャプテン翼」高橋陽一(集英社文庫コミック版)
©KLabGames
会社情報
- 会社名
- KLab株式会社
- 設立
- 2000年8月
- 代表者
- 代表取締役社長CEO 森田 英克/代表取締役副会長 五十嵐 洋介
- 決算期
- 12月
- 直近業績
- 売上高107億1700万円、営業損益11億2700万円の赤字、経常損益7億6100万円の赤字、最終損益17億2800万円の赤字(2023年12月期)
- 上場区分
- 東証プライム
- 証券コード
- 3656