MyDearestにみるVRゲームの勝算。メタバースは来るのか、来ないのか…中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」第92回

中山淳雄 エンタメ社会学者&Re entertainment社長
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VRは2022年に2087億ドル(約30兆円)、メタバースは2030年に1.3兆ドル(約200兆円)になると言われていた時代がある。予測とは期待値であり、期待値は時にBtoBの投資を呼び込むために根拠なくメディアに煽り立てられたものであったりもする。「VR」と聞くと、私自身も事業化を検討していた時代があっただけに、そういった“負の記憶"を消し去ることができない。だがその「VRゲーム」の市場において、一社気焔をはいている企業がある。2016年設立のMyDearestだ。設立から8年、出したゲームはすべてオリジナルIP。VR冬の時代にも関わらず大手企業からの受託案件を何一つ受けることなく、ただ純粋にゲームを出し、数千円で数十万本もの世界的ヒットを飛ばしてきた純然たるVRコンテンツ企業である。これほど期待値のアップダウン激しく、激流のなかを1社単独で生存してきたベンチャーはいま一体どんな夢をみているのか。VRゲーム市場における勝算について話を聞いてみた。

  

   

■日本30万人、米国1000万人。米国Z世代の心を掴んだVR市場

――:自己紹介からお願いいたします。

岸上健人(きしがみけんと)です。MyDearestという会社を2016年に立ち上げて、VR事業をやってきました。

――:これまでゲーム作品としては何作品出されているんですか?

『東京クロノス』というミステリーアドベンチャーを2019年にリリースしたところからでいうと『アルトデウス: BC』と『ディスクロニア: CA』で3作品です。それ以前に作っていたVRマンガやVR小説なんかも含めると7作品ほどになります。

 

 

――:2016年の『VR元年』と言われた時代が今は昔。何度も“失望の谷"を経験してきたVR業界で、VRゲーム一本槍で展開されている貴社の会社業績はどうなのでしょうか?

会社としては堅調ですね。作品の多くが黒字ですし、VRプレーヤー数も増え続けています。いま弊社としては半数以上が米国ユーザーなんですが、その米国において、VRユーザーの多くを占めているのが10代の子供たちなんですよ。

――:なるほど、それは認識と違いました!2021年10月にFacebookがMetaに名前を変え、2022年の雑誌はどこもかしこも「メタバース」連呼のような状況でした(2023年になって一気に終息しましたが)。会社としてこの期間に恩恵は受けたのでしょうか?

実はあまりなかったんですよね。そのタイミングで資金調達していたわけでもないですし、弊社みたいなBtoC(一般消費者向け)のVR企業って実は少ないんですよ。メタバースブームの恩恵を受けていたのはほとんどBtoB型のVR空間やプラットフォームを作っている企業じゃないですかね。

――:確かに。HIKKYのシリーズA調達(2022年2月:70億円調達)、ClusterのシリーズD調達(2023年5月:52億円調達)も、NTTドコモのコノキュー別会社化・XRメタバースへの600億円投資も、「期待値」の結果でしかないですもんね。まだそれらの数字で“ユーザーが定着した"という印象はないです。

そうですね、我々のゲームに関しても、あのメタバースブームのタイミングでユーザーが劇的に増えた、とは明確に言えない状態です。一方で、やっぱりVRやメタバースには「ゲーム」が一番親和性が高いと考えているので、ユーザーが熱中して遊び続けられるVRゲームが作れるかというところが弊社の焦点です。

――:いまアクティブにVR自体をプレイしている人って日本と米国でどのくらいいるんですかね?

厳密な数字は分からないですが、この8年間くらいの間に世界でVRハードがおそらく累積4,000~5,000万台ほど売れているのではと。ただ日本に限るとだいたい100万台ほどの肌感かなと。VRハードで触れているコンテンツはゲームがメインです。今も日本国内でアクティブでプレイしているのは数十万人というところじゃないかと思います。属性は20代もかなり増えましたが、30~40代の男性が多い印象です。

でも米国は数百万、下手すると1000万人くらいはアクティブなプレーヤーがいて、しかもそのほとんどが10代なんですよ。米国のZ世代・アルファ世代がコロナ期に親から(だいぶ安くなった)VRハードを買い与えられて、毎日のように没入している、というのが現状で、その意味ではこの先のVR市場はポジティブだと見ていますね。

――:そんなにいるんですね!衝撃です。2024年2月、バーチャル歌い手グループのSTPR(すとぷり)が、『SANRIO Virtual Festival』などをやっているXRコンテンツスタジオGugenkaを買収しました。ようやく事業買収らしい動きがこの業界にも出てきたな、と。

動きが出てきましたよね。VR業界が再注目を集めるトピックが出始めてきたかと思います。

――:そうですよね。こちらはVR市場規模ですが2018年に89億ドルと3年で激増する予測でしたが、実際には倍の6年かけて到達しています。それでも未だ100億ドル(1.5兆円)のVR市場の8割がハードウェア。家庭用のように「ソフトが買われる」ようにならないと「市場」としての有望性はまだ証明できません。それでも7割弱が米国、ということは現状のVRゲーム市場は米国のZ世代・アルファ世代をターゲットにできるという点は明確なアドバンテージですね。

 


出典)Statista; Statista Advertising & Media Insightsより中山作成。元年予想はSuperDataの2016年時点のもの

 

■「VR元年来たので辞めます」ソフトバンク1年で辞め同期と3人で起業

――:岸上さんのご出身はどちらなんですか?また起業はいつごろから考えられたんですか?

僕は生まれ育ちが徳島で、大学から東京にきました。親が事業を営んでいたのですが、継ぐつもりはなかったですし、普通にサラリーマンになるつもりでした。起業しようと思い始めたのは大学3年ごろになってからですかね。

――:2016年4月というまさにVR元年真っ只中にMyDearestを起業されています。「VR」というのはいつごろから気づかれていたんですか?

2015年に1年間だけソフトバンクでサラリーマンやっていたんですが、その前の大学時代に寮暮らしで3人部屋に住んでいたんです。その時の後輩が当時(2013~14年段階)ですでにOculus 開発機(2013年リリース)をもっていたんですよ。

――:それ、めっちゃくちゃ早いタイミングですね!

パルマー・ラッキー(Oculus創業者)がKickstarterで開発費用の資金集めしていたタイミングですからね!(結果2012年8月に約1万人から2.5百万ドルを達成。その後Facebookが2014年3月に20億ドルで買収)。それに加えて、ちょうど大学2年のときにソードアート・オンラインのアニメが始まるんです(2012年7-12月)。

それで「今が時代の転換点だ」と思って、VRで起業しようと既に決めていました。最初に起業の勉強になりそうな会社をと探していた先がソフトバンクだったんです。

――:ソフトバンクでは何をやっていたんですか?

普通に法人営業です。ソフトバンクの営業ってなんでも自由に売っていいんですよ。携帯でもインターネット回線でも、あのPepper(ペッパーくん)でも。そういった点では面白かったですし、何よりソフトバンク時代に勉強になったのはソフトバンクアカデミア※ですね。

※ソフトバンクアカデミア:2010年に設立した企業内学校で、国籍、学歴、職歴は不問で、20歳以上45歳未満が月1-2回の頻度で開催される。募集社内1500人、社外150人で公募され、毎年成績下位の20%は入れ替えられる。

――:新卒でいきなりアカデミアに入れるなんて、優秀ですね!

いえ、優秀さというよりユニークさで取っていたみたいですね。優秀な方はほかにいっぱいいました。「数年で辞めて起業」とか「VR元年です」みたいなことをずっと言っていて、面接では(「VRなんて来ないよ」みたいな煽りを入れられて)言い合いにまでなったので落ちたと思ったんですが、それでも通してくれたくらいですから。

――:完全に1人で起業なんですか?

いや、そのソフトバンクの同期だった千田翔太郎と郡陽介の3人で起業したんです。千田は同じ法人営業やっていて、郡は経営企画だったんですが、僕が辞めた半年後に退職して合流しています。

2人ともスゴイ優秀で、正直僕が社長をやっている理由って「2016年3月に最初に辞めた」の一点だけだと思ってるんです。2人は6月でちゃんとボーナスもらってから辞めたんです笑。

――:なるほど笑。しかも新卒1年で貯金もたまってない段階で数十万円のボーナスはかなり大きいですよね?よくそんな性急に起業しましたね?

そうなんですよ。1年経って配属希望の紙にも「VR元年が来たので辞めます」って書いたら、人事にも止められて。普通に考えたら少なくとも3カ月粘ってから辞めますよね?笑。でもその時はもう間に合わない!みたいな気持ちがあって・・・でもそれがあったから日本を代表するライトノベル編集者である三木さんとも出会えたので、結果的に本当に良かったと思ってます。

――:3人で起業としても、どうしてVRというジャンルになったんですか?千田さんも郡さんもVRに必然性があったわけじゃないですよね?

ウマがあったので同期の中で「一緒に起業しようぜ」というのは決まってました。ただ僕がVRVRと言い続けていたので、2人はそれに合わせてくれたんだと思います。

 

■三木氏のカバン持ち。ボジョレーヌーボー化するVR業界で地獄道の2017~18年

――:それでぜひ聞きたいのは『とある魔術の禁書目録』『魔法科高校の劣等生』『ソードアート・オンライン』などKADOKAWAラノベで大ヒット編集長だった三木一馬さんが独立したタイミングで弟子入りしていた点ですね。

そうなんです。三木さんが生まれ故郷である徳島県のアニメイベント「マチ☆アソビ」で講演していたときに、三木さんにサインもらいにいって「弟子入りさせてください!」って言ったものの、「気持ち悪っ!無理」って反応で。でもそのあと会社資料とか自分たちの思いをまとめてメールをお送りしたら「ちゃんとメールでその後資料送ってくるなら大丈夫だと思って」と受け入れて頂けたんです。創業後の2年くらいは、週2~3日ほど、とにかく“三木さんのカバン持ち"としてプロジェクトに同行させていただいてました。

※三木一馬(1977~):日本のライトノベル編集者。徳島県出身で2000年メディアワークス入社後、鎌池和馬『とある魔術の禁書目録』、佐島勤『魔法科高校の劣等生』、川原礫『ソードアート・オンライン』などを手掛けたラノベ界の大ヒット編集者。2016年4月に独立し、株式会社ストレートエッジを設立し、現在はラノベのみならず、アニメ、ゲームやウェブトゥーンのプロジェクトも推進している。著書に『面白ければなんでもあり 発行累計6000万部--とある編集の仕事目録』など。

――:カバン持ちの“副業"やりながらだったんですね笑。三木さんの仕事術はどうでしたか?

凄かったです。脚本会議や編集のやり方、大企業との付き合い方、超売れっ子の作家とどうやって世界を創っていくのかという作品を創っていく裏側のプロセスを間近で見せて頂きました。出版界にいながらゲームやアニメなどあれだけ広いネットワークをもった方は他に見たことないです。

そして、やっぱりユーザー目線が凄いんですよね。どんなに人気作家でも結局読者がどう見ているかという視点って必要じゃないですか。三木さんはディスカッションのなかで常に「アイレベル」という言葉を使って、読者目線からはこうじゃないか、という打ち返しをするんですよね。だからこの人は名編集者なんだ、というところを見ていました。

――:ラノベ業界でメディアミックスという概念を創っていったのが三木さんですよね。

はい、マンガ編集者でメディアミックスを“発明"したのが鳥嶋和彦さんだとすると、ラノベ編集者として初めてメディアミックスを実現していったのは三木一馬さんだと思います。

――:中山もブシロード時代に(ちょっとうまくいかなかったプロジェクトなんですが笑)『トリプルモンスターズ』でご一緒させて頂いてました。思ってみたら、ストレートエッジ自体も2016年4月創業。MyDearestと同期なんですね。

あ、トリモンですか!僕も当時裏側で拝見してましたよ。そうなんです。三木さんも初めての創業だったので来るもの拒まずで、最初だったからこそ僕みたいな怪しい奴も入れてくれたんだと思います。オフィスまでストレートエッジの一部を間借りしていて、もうMyDearest自体が三木さんに育てて頂いたようなものです。

今も頭が上がらない一番の恩人で、実は結婚式のスピーチは三木さんにお願いしています笑。

――:実は僕自身2016年にバンダイナムコスタジオシンガポールでVRプロジェクトやってたんですよ。『サマーレッスン』(2016年10月リリース)の展開も始まってましたし、当時は凄いブームがくる勢いを感じてました。

懐かしい笑。2016年は大手の動きが早くて、脅威を感じてました。バンダイナムコさんとかGREEさんとか(『シドニーとあやつり王の墓』をモバイルVRで15年11月リリース)。あのまま大手がやってIPのゲームが浸透していたら、僕らは生き残れなかったですね。

2017年に大手がこぞって「VRハード普及しないね、お客さんもつかないね」と手を引いていった中、ベンチャーだったからこそ残り続けられたんです。

――:VR詐欺のようにも言われましたよね。1兆円市場になる、10兆円市場になる、と言われていたけど毎年毎年予測が更新されるけど「実績市場」自体はほとんど上がっていかず。

“VRボジョレーヌーボー市場"とも言われましたね。もう2016年から「今年こそは」みたいなのがあって、「今年のVR業界はどう?」って、とれたての葡萄を品評するかのように毎年評価が変わってました。そのくらい吹けば飛ぶような状況で、2017年以降は誰もが見向きもしなくなってしまいました。投資家もVRと聞くと逃げるような状況で。

――:ではやっぱりMyDearestとしても一番キツかったのはこの時期ですか?

地獄でしたね。数百万円くらいのミニゲームをいくつか作っていたけどtoCでの売り上げは伸びない。Oculus Riftも日本だとやっぱり数万台みたいな売上でユーザーも増えない。エンジェル投資のようなものでなんとか食いつなぎながら、2017年11月に企画を開始したのが『東京クロノス』でした。

 

■パルマーの一言が支えた一本勝負『東京クロノス』で景色一変、VRゲームのトップディベロッパーに

――:どうやって開発資金は集めたんですか?

それまで数百万円のミニゲームばかりだったものが、一気に5千万円必要な巨大開発企画でした。当然お金は足りないわけです。最初2018年7月にCAMPFIREのクラウドファンディングで250万円目標のところ800万円集まりました。そして転機になったのがOLMベンチャーの横田秀和さんです。

僕も散々投資家に断られて嫌な思いばかりだったので「投資家嫌い」になってたんですよ。横田さんが来社されたときも最初こそ淡々とした印象がありましたが、とても真摯に話を聞いてくれたのをよく覚えています。それでクラファンで足りなかった資金を埋める投資を決断してくれて。三木さんにもプロデューサーで入ってもらい、会社すべての命運を賭けて2019年にリリースしたのが『東京クロノス』でした。

――:ホントにベンチャーキャピタルがあって初めてベンチャーって生存できますよね。しかしそんなギリギリの3年間過ごしてたのに、よくそこで大型ゲームで1本勝負しようと思えましたね!?

マチ★アソビにOculus創業者のパルマー・ラッキーが来てくれて、彼がくれた一言が大きかったですね。当時はまだ僕も(スマホを嵌めて使う)モバイル型VRのほうがいいんじゃないかと考えていたんですよ。でもパルマーが「君の悩みを解決するようなデバイスが今度出るよ」と言っていて、それに賭けたんです。それがOculus Goでした。その時に「スタンドアローン型(PCやスマホに繋がずに単独で起動するデバイス)のVRハードにあわせて、重厚なストーリーもののゲームで最後の一発勝負をしよう」と思えたんです。

 

 

――:結果はどうだったんですか?

大成功でした。MyDearestとして初めて収益らしい収益が立ったのが、このタイミングなんです。日本で数万本売れて、当時のFacebookがこれはスゴイ!とプラットフォームとして持ち上げてくれて、「Fan Backed Hit」という言葉でプロモートしてくれたんです。それで全世界で多くの方に『東京クロノス』を購入いただけただけでなく、1000以上ものVR作品がある中で、8作品のみが選出されるOculus Essentialsにも選ばれました。

――:2019年当時におけるVR市場での大ヒットタイトルになったわけですね。日本での当時のシェアだとどんなもんなんですかね?購入プレイヤーのコンプリート率とか出してます?

率は出していないんですが、体感値的には買った人の半分くらいでしょうか。

――:コンプリート率50%ってめっちゃくちゃ高いですよ。それはスゴイ!何が成功要因だったんですか?

欧米のVRゲームが体感によっているところ、資金力では勝てないのでアイデアとストーリー中心の「鑑賞」スタイルに舵をきったコンテンツ側の戦略が当たったんです。当時はどのVRゲームもミニゲームで30分くらいのものばかりでしたが、我々は真逆に振って10時間で完結する大長編にチャレンジしたことが良かったんだと思います。

もう一つは『プロセスエコノミー』のはしりみたいなマーケティングが成功したんです。クラファンで集めた後に千田が毎月のようにイベントを開いて、コアファン向けに『東京クロノス』の制作プロセスを全部公開してエンタメ化していったんです。最初は数十人だったお客さんが、そのまま増え続けて100人の会場が満杯になるようになっていきました。2018年9月の東京ゲームショウでβ版を出した時も「いいじゃん!」という声をもらって、我々としてはそうして足で稼いだファンダムがあったまっていたところで発売と同時に皆が買ってくれました。

――:あの「成功者のいない市場」でよく10時間のコンテンツつくりましたね。“VR酔い"も解消されていないデバイスだから普通プラットフォーマーが止めそうですよね。

『東京クロノス』の3,990円という販売金額についてもだいぶ言われました。Facebook社自体が「普通は500円単価だよ。3990円なんて売れっこない」って。でも我々としてはクオリティに自信があったし、他のミニゲームと一緒にしてほしくなかった。結果あの金額でも売れるものは売れる、というのはFacebook的にも驚きだったようで、その後はプラットフォーマーとの距離もグッと近くなりました。

「Oculus Go」(2018年5月)向けに出したんですが、「Oculus Quest」が19年5月に出るんですよ。そこに載せるVRゲームがほとんどない時代だったので、その時もなにがなんでもストアに『東京クロノス』を入れてくれ!とストア担当を説得してました笑。

 

図2:各VRハードウェアのリリース時期・価格・販売台数


出典)『エンタメビジネス全史』などから中山作成

 

――:まさに2016年にGoogleもHTCもOculusもSonyも一通り不遇の時代を経験した上で、第二ウェーブとなった2018年Oculus Goと2019年Questの波に乗れた感じですね。しかしさらっと聞き流しましたが、Oculus創業者ってそんな距離感で話せるものなんですか!?

パルマーって僕の1個下なんですよ。16歳(2009年)で初めてVRヘッドセット開発して、19歳(2012)でKickstarter成功させて、21歳でFacebookにOculusを売ったわけですからね。その若さにビックリですけど。

余談ですけどMetaのマーク・ザッガーバーグも1984年生まれでまだ30代なんですよね。本当に若いうちに成功しているから、その資金を使ってビジョンに沿った長期経営が可能になる。これもMetaに期待できるポイントだと思うんです。

――:確かに。まさにアメリカンドリームで歴史の分岐点になった経営者・発明家があんまり若いんでちょっとバグりますね。その後の作品はどんな状況でしたか?

2作目の『アルトデウス: BC』は2020年12月に出ましたが、『東京クロノス』よりも売れました。Oculus Quest Storeで2021年1月末までの全リリース作品での評価1位を獲得した他ファミ通・電撃ゲームアワード2020ではアドベンチャー部門最優秀賞受賞。Quest2のローンチタイトルにもなりました。続く『ディスクロニア: CA』も、2023年2月に発売されたPlayStation VR 2のローンチタイトルに選ばれたほか、電ファミニコゲーマー主催の「神ゲー・オブ・ザ・イヤー 2022」にVRゲームで唯一ノミネートされて総合第2位を獲得するなど、多くの方にプレイしていただいています。

 

■全員プランナー主義。職種問わずアイデアが試せるVRゲーム開発の現在地

――:厳しかった2017~19年を乗り越えて、VRソフトは数百億円もない市場だったところから2020年大きな弾みがつきます。VRハードで45億ドル、VRソフトで9億ドルで当時為替で5000億円市場を超えたあたりから「VR来始めたね」という感触だったと記憶しています。

そうですね。Quest2の存在が大きかったです。1800万台売れて、明らかにプレイヤーが増えたのは2020年末からでした。廉価版のQuest2で普及を促し、そのあと高位機種の3を出した順番は戦略的に良かったように感じます。

Quest3は約7万円($499)で高いのでQuest2と比べると台数は伸びてませんが、正直性能からでいうと全然安いですよ。あの価格設定はある意味マーク・ザッカーバーグがAppleにケンカを売りに行った値段だなと感じました笑。

――:MyDearestの社員はどのように増えてきたのですか?

最初の3人から『東京クロノス』が出る2019年で9人、『アルトデウス: BC』の2020年末には25人にまでなっていきました。そこから3年かけて現在の80人くらいになってきましたね。開発ラインがどんどん増えてはいるのでまだまだ人材不足ですけど、うちは本当に採用には力を入れて精査しているので。スキルと情熱どっちかではなく、どっちもないと入社してもらわない、という妥協ない採用戦略でやってきています。

――:中山も1名ご紹介しようとしたときの岸上さんの食いつきとかスケジューリングとかで「熱量」感じました。創業の3人はどういう役割分担なんですか?

僕が色々アイデアとか人とかを豪快に外からいろんなものを引っ張ってくる役割で、人事が一番力入れている感じです。千田がビジネスやプロモーションを、郡がクリエイティブ統括をやっています。郡は音楽をやっていたこともあって、社内もゲームクリエイターが多いじゃないですか。モノを創れない人って尊敬されない傾向があって、そういうところは僕や千田じゃなくて郡がやっています笑。

3年ほど前から若尾拓実がCFOとして入ってくれたんですが、CFOってめっちゃくちゃ大事ですよね。資金調達がちゃんと戦略的にできるようになりました(2021年6月に9億円調達して以来、2年半ぶりに2023年11月にシリーズCで約11.6億円調達)。あとCFOなのにゲーム大好きなんですよね。あの、例えが悪いのかもしれないんですが、動物園みたいな会社で皆の飼育員のように入ってくれた人が、なんか隣で同じ笹の葉を食ってくれているみたいな。職種・ポジションで分断されていない会社ってチームとして一緒にやっていくときに大事なんですよね。伝わりますかね・・・笑?

――:いやいやめっちゃわかります。戦略コンサルとか金融からコンテンツ業界入ってくるけど「同じもん食ってないよねこの人」みたいのってすぐばれちゃいますよね。やっぱりゲーム業界からの転職が多いですか?

そうですね、冬の時代に『東京クロノス』を一緒にやっていたのはアニメ監督をやっていたとか、むしろベンチャー適性があってゲーム業界の人はほとんどいなかったです。逆に最近はどんどんラインが増えているので、いわゆる誰もが知っているゲーム会社でシニアな人材も入ってきています。弊社もベンチャーですけど社員の平均年齢はもう37歳くらい。そのくらい40代でキャリアある人でも今はVRゲームに興味をもって入社してくれるようになりました。

――:アーケードやコンソール、モバイルと違ってVRとしてのつくり方の特性ってありますか?

プランナーが少な目かもしれません。3Dだからいわゆる「ゲームの企画書」って平面で描けないんですよ、物理的に。だから本職はエンジニアやデザイナーだけど、実はこういうゲームづくりしたかったんですよねという人たちが、自分のアイデアを目に見える形で提案したり、反映させやすかったりというのはあります。だから弊社は“全員プランナー主義"を掲げてます。

――:おおーそれは10数年前のモバイル黎明期のようですね。エンジニアがいつのまにかディレクターやってたりしましたし。大手からベンチャーへの転職者としては年収ダウンが気になるところですが・・・

あ、そこはわりと近いレンジで出せるようにはなってきていると思います。中華系ゲーム会社から来た人はちょっと年収ダウンせざるを得ないですが笑。

――:え、もうそんなに違います!?

はい笑。やっぱり今の中華系はとんでもない年収積んでるんだなと日々差を感じてます笑。

 

■10年前のモバイルアプリ・Steam段階。ROBLOXも参入し成長ポテンシャルの高い未開拓市場

――:VRゲームの売上って時期的なものとか変動はあるんですか?

これはまだ市場の7割が米国だからというのもあると思うんですが、非常にSeasonal(季節性)です。ブラックフライデーやクリスマスがある11-12月に一気に売れるんです。

――:なるほど、まさに米国玩具市場的な売上トレンドなんですね。運営型のようにコツコツという形にはならないものでしょうか?

もちろん運営型のゲームで、どんどんコンテンツをアップデートしていくようなモデルも出始めています。我々も今年『ブレイゼンブレイズ』という運営型のゲームをリリース予定です。ただVRゲームはFree to Playにはまだ向かない気がします。ゲーム内課金自体は上手くいく事例が出てきてますが、無料でゲームをプレイし始めた後で課金というのはうまくいった事例があまりなくて。既にお金出してハードを買っている人たちなので、良質な作品をお金かけてでも買う市場なんですよね。最初に値段を設定してゲーム内課金も含むという両軸で良いと思います。

――:VR側から家庭用・PCゲームに入ってきているのは分かります。貴社のゲームもPlaystation版なども出てますし。逆にゲーム側からVRプラットフォームに来る事例は出ているのでしょうか?

ROBLOXから来ていますね。2023年にMetaとROBLOXが提携を発表して、Roblox for questが出てきています。

――:デイリーで6600万人が入っているROBLOXにQuestからログインできるようになった、というのは大きいですね。一番売れたタイトルが『Beat Saver』の400万本でしょうか?チェコの開発会社Beat Gamesが売上100億円越えをしていて衝撃でした。

発表時点で400万ですからね。『Beat Saver』はDLCなどを含めると実際1000万本くらい売っているんじゃないかと思っています。日本だとまだ100万本いっている作品はないかもしれません。弊社も「100万本売れるVRゲームを作る」が目標です。

――:BtoB系のVR企業はいくつも知っているんですが、BtoCでMyDearestさんのようなヒット作品を生み出しているメーカーは他にもあるのでしょうか?

具体的な数は公表されていないのでわからないのですが、水口哲也さんらが手掛けた「テトリスエフェクト」(2019)や「Rez Infinite」(2023)が一番売れているんじゃないでしょうか。そことMyDearestを除くと、他にVRゲームで何十万本売れてますという話はあんまり聞かないです。

――:今後の会社の方向性としてはどんなところを考えてますか?

3本柱で考えています。一本目が「マルチプレイのVRゲーム」(『ブレイゼンブレイズ』2024年リリース予定)です。やっぱりホラーやアドベンチャー的なものって日本では一般的ですけど、米国だとPvPのアクションベースのものが一番人気なんですよね。それでマルチプレイのアクションでド本丸を狙う、弊社としては新ジャンルを作っています。

2本目が『ディスクロニア: CA』のような、弊社が得意としている「ストーリー重視のVRゲーム」。そして3本目の柱になってくるのが、「他社VRゲームのパブリッシュ業務」なんです。

――:そうそう、確かに3rd PartyのパブリッシュというのはPCインディーゲームなんかを見てても有望じゃないかと思ったんです。VRってどのくらいパブリッシャーが重要になってくるのでしょうか?

例えばQuestには2つストアがあるんですよ。1つが「MetaStore」で2019年から始まったもので月10本くらいしか許可が下りずに出せないもの。もう1つが「App Lab」で、ラボという名前の通り玉石混交のVRゲームが何千本と棚に並んでいるものです。

この「Meta Store」のほうに出すハードルがどんどんあがっているんです。Meta社でセレクトされた、良いパブリッシャー・ディベロッパーの作品しか通さないというので、そこにすでに3本作品をリリースした実績があり、Meta社の担当もついている弊社の介在価値が出せるのではないかと思っています。実際に「Meta Storeにどうにかゲームを出せないか」という相談がもう毎日のようにベルギーやフィンランド、中国など、世界中から来ているんです。

――:なんか10年前のSteamみたいな状況ですね?

ホントにその通りでVRゲーム業界は今10年前のSteam状態なんです。これからパブリッシャー/ディベロッパーという関係性が出来てきて、プラットフォームとして成長してくるタイミングなんです。今後パブリッシングは凄く大事ですよ。

――:IP化はどうなのでしょう?Steamもそうですし、App StoreもGoogle Playも2009~13年ごろは『AngryBird』とか『パズル&ドラゴンズ』とかオリジナルIP主体でしたが、2014年ごろからドラゴンボールやNARUTOなどの既存IPを扱ったゲームが増えていきます。

はい、そういった動きもどんどん出てくると思います。弊社は今まで受託をやらなかったので3本は全部オリジナルですが、実は大手のIPゲームを創らないかという相談も来始めています。そういう意味でも10年前のアプリストアを再び立ち上げていくようなプロセスに今のVRでもまた来ると思っています。

 

■ユーザーから目を離さないアイラインこそ生命線。BtoCで戦い続けるMyDearestの矜持

――:結局資金調達にせよ、ゲームの売上にせよ、MyDearestとしては2016年VR元年とか2020年Oculus2ブームとか、2022年のメタバース景気で会社にブーストはかからなかったんですか?

前述のように我々はVRの会社なのに「ブームに乗っかったことがない会社」なんですよ。本当にこの新しいフォーマットの中で完全なオリジナルIPのゲームを作って、4000~5000円で買ってもらうというシンプルな商売なので。だからブーム的ではなく、本当に徐々に、着実に購入してくれるユーザーが増えている。そこに向けて約80人の少数精鋭でVRにおけるゲームの最適解を模索し続けているんです。

――:よくブレなかったな、というのが個人的に一番岸上さん達がスゴイと思うところです。横目でみると、やれ大企業がメタバースに投資する、とかやれ数十億円調達しましたみたいなニュースがどんどん流れていたじゃないですか?そういうなかで、本当に木刀掘り出して一振り入魂みたいなカタギな攻め方だけをよくぞまあ・・・

動じなかったのは「ユーザーの支持があったから」なんですよね。クラファンやファンイベントでゲームで通用しているという手ごたえがあったので。

もちろん我々にも受託のお話はあるし、考えるタイミングはありました。でもBtoBってちょっと麻薬みたいなところがあるじゃないですか。本当にユーザーがいるかどうかわからない中で、でも「ユーザーがいそうだ」という期待値で投資家が集まる。でも成長に対する強くプレッシャーがあって、もっと金を使えと言われる。でも肝心のユーザーが動いていないのに、ドーピングのようなお金の使い方をして一体何になるのか、と。

――:たしかに。エンタメって究極的には全てBtoCビジネスなんですよね。

苦しかった時、ずっと脳裏に浮かべてたのってソフトバンクの孫正義社長の言葉なんですよ。ソフトバンクも2000年のドットコムバブルで時価総額で日本2位になった直後、急転して株価が100分の1になったことがあったじゃないですか。あの時、孫さんを支えてたのって「『それでもネットユーザーは増え続けている』という事実が目の前にあったからだ」って言ってるんですよね。

我々も同じです。VRのプレイしているユーザーが伸び続ける限り、ゲームを楽しむユーザーから目を離さないでいられる限りは、軸をぶらさずに進めると思います。

――:MyDearestってどういう企業を目指しているんですか?テック系という感じでもないですよね。任天堂とかVALVEとか、クリエイティブに振り切った会社なんでしょうか。

それでいうと、あの『原神』や『崩壊学園』シリーズを生み出したmiHoYoから2年前にメールがきたことがあるんですよ。オフィスに遊びに行っていいかと言われて。あの『原神』のmiHoYoがわざわざ!?一体どんなビジネス提案があるのか!?と思うじゃないですか。そしたら、うちのゲームが面白かったから雑談したくてという感じで本当にふらりと来たんですよ。そういう「モノづくりの純粋な興味が会社の一番の原動力」みたいなところにいたく感動しましたね。

まさにmiHoYoや任天堂、VALVEもそうなんですが、どうやったらああいうクリエイティブでもっと世界を感動させられる会社になれるのかって考えてます。彼らって流行にのっかるんじゃなくて、流行そのものを創ってきた会社ですよね。だからMyDearestもどうやってVR業界においてどうやってその域に達することができるかをいつも考えています。

 

MyDearest

会社情報

会社名
MyDearest
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会社情報

会社名
Re entertainment
設立
2021年7月
代表者
中山淳雄
直近業績
エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
上場区分
未上場
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