【連載】第8回「打席に立つために必要なこと」 - スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」


『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、数々のスマホゲームアプリをヒットさせた、スクウェア・エニックス所属のゲームクリエイター・安藤武博氏と岩野弘明氏。そんなふたりが毎週交互に執筆を務める「安藤・岩野の“これからこうなる!”」では、スマホゲーム業界の行く末を読み解く、言わば未来を予言(予想)する連載記事を展開していく。

メディアやコンサルが予想するのとは大きく異なり、ふたりは開発者であるがゆえ、仮説を立てたあとに実際現場のなかでゲームを手掛け、その「是非」にも触れることができる。ゲーム開発現場の最前線に立つふたりは、果たして今後どのような未来を予想して、そして歩むのか。


今回の担当:岩野弘明氏

 

■第8回「打席に立つために必要なこと」



 
周りで「やりたいテーマはあるけど、どういうゲーム性に落とし込めばわからない」という声を度々聞きます。特に若手やゲーム業界歴の浅い人からの声が多いです。というわけで、今回はテーマ選びの“次”に考えることについて触れたいと思います

まず、やりたいテーマがあったとしても、そのテーマの本質的な面白さを理解していないと前に進めません。なので、自分自身がそのテーマについてすごく詳しいとか現在進行形でハマってるとかじゃないと、そもそも話にならない。

「よくわからないけどなんとなく面白そう」とか「流行ってるから」とか「市場に無いから良さそう」とか……こういう理由だけでは無理です。自分がそのテーマのおもしろさを理解せず、どうして人に伝えられましょうか。ただここについては、“とにかくそのテーマを徹底的にしゃぶり尽くして面白さの本質を理解して人に伝えれるようにしましょう”…としか言いようがありません。

なのでいったんその先に進んで、選んだテーマをゲーム性に落としこむにはどうするか。それはとにかくゲームをやること。そう、結局ここでもインプットなんです。第2回の記事(関連記事)でも書いた通り、きょうび全く新しいゲームを作ることはまず無理です。もちろん天才的なひらめきによって全くの新しいものが生まれることがないわけではないけれど、ほとんどの場合は既存の要素の組み合わせで作っていくことになる。だから既にあるゲームを参考にするしかないのです。

 

■インプットの際に意識することは

 
とにもかくにもテーマ選びからゲームへの落とし込みまで、インプットしないと打席に立てないわけですが、コンテンツというのは世に無数にあるわけで、闇雲にインプットしていても時間が足りません。特にこの業界に入ってから本格的にゲームに触れ始めた、という人にとっては時間が足りないどころではありません(ちなみにこういう人は結構多いです)。だから、ある程度インプットするものを絞り込みたい。私の場合はこんな感じです。

1. 第一印象でビビッときたもの
(いわゆるジャケ買い。吸収が早く、自分の強みを伸ばせるから)

2. 全く興味ないけど売れてるもの
(新しい気づきがあるから)

3. 一部で支持されているもの
(アプローチを変えればマスに響くかもしれないから)


特に2個目と3個目は重要ですが、3個目は常にアンテナを張っていないと気づかないのでなかなか難しいです。その上で、実際インプットする際に有効な方法をひとつご紹介します。

それは、ある凄腕プロデューサーが言われていたので私も意識するようになったのですが、例えば映画を見る際は2回見る。1回目は純粋に楽しみ、2回目は1回目で楽しめたポイントをなぜ楽しめたのか分析しながら見る。そうすることで受け手がどういった部分にグッとくるのか、その理由を把握できる。仮にその分析が間違っていたとしても、いざ自分がものづくりをする際の訓練になる。

これは何も映画に限った話ではなく、漫画やアニメ、もちろんゲームでも実践可能です。特に最近はネットに情報があふれているので、自分の面白かったと感じた部分を他の人の意見と比べて分析の答え合わせができます。アニメなんかはニコニコ動画で最新週の話を何度も無料で視聴できますし、ゲームも実況動画があって自分以外の人がどこを楽しみながらプレイしているのかを見ることができます。昔よりも随分とインプットのための環境が整っていますよね。でも自分の考えをしっかり持っていないと、他の人の意見に流されて考えがまとまらなくなってしまうので注意したいところです。

話を戻します。まだゲームを遊び込めてないのであれば、まずは先述の通りプラットフォーム問わず売れてる(売れてた)ゲームをたくさん遊んでみることをお勧めします。欲を言えばテレビゲームに限らず、ボードゲームからスポーツまでゲーム性のあるものならデジタルからアナログまでなんでもやるべきです。

 

■インプットのその先に



そして、ここからが個人的に重要なポイントなのですが、売れてはいるけどプレイヤーとして不満のあったゲームに注目するようにしています。皆さんも「こうしたらもっとおもしろいのに」「こうしたらもっと売れそうなのに」と思ったゲームが必ずあるはずです。そういった気づきを「あの時思った“こういうゲームにすればいいのに”フォルダ」に保存しておいて、いつしかやりたいテーマが見つかった際に、そのフォルダからネタを検索してそのテーマの面白さの本質と相性の良さそうなものを組み合わせる。私の場合はいつもこのパターンです。ただ、こういうのってすぐにではなく、数年越しで形になったりするからおもしろいものです。

実は先週、第2回の記事で書いた“すぐにでもやりたい企画”が社内の提案会議で通ったのですが、その企画はスクエニ入社当初にプレイしていたゲームと最近のゲームの「自分ならこう作りたい」と思った部分を組み合わせたものでした。プラットフォームとインフラ、そしてプレイヤーの意識が最適なタイミングだと思ったから今提案しました。

この企画が実際売れるかどうかはわかりませんが、インプットを増やしておけばあらゆる時代や状況において最善に近い手を打てることは確かです。『パズドラ』や『モンスト』といったスマホのメガヒットゲームも、その仕掛け人の中に経験豊富なベテランがいますよね。『乖離性ミリオンアーサー』でもそうでした。側替えではもうなんともならない、新体験がないと売れない今(単に異常な確変時期が終わった だけですが)だからこそインプット量が活きてくるわけです。

なのでテーマ選びはもちろん、その次に進めないと悩んでいる人の多くはインプットが足りていないだけです。打席に立つ準備ができていないんです。それで迷った挙句最近の流行りゲーム性をくっつけておけば安パイ、という考えに陥りやすく、結果ありふれたゲームあるいはコンセプトのよくわからないゲームが出来上がる。

ただ悲観する必要はありません。とにもかくにもインプットをすれば打席に立てるからです。

 

■行動あるのみ!


この記事をご覧の方の中には「そんな簡単で当たり前なことやらないやつなんていないでしょ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、仕事に忙殺されていたりすると意外と、というか大抵やらないものです。

よく安藤が部内の若手向け講義で言っていましたが、「当たり前のことを当たり前にやるやつは100人中10人程度」。その10人だけが打席に立てる。でも10回打席に立ってヒットは1本でるかどうか。だから100人いてもヒットを出せるのはその中に1人いるかどうか。ヒット率1%とは、なんて難しい仕事なのか。でも当たり前のことをやるだけでヒット率は10%にまで跳ね上がる。そう考えたら、ちょっとは希望が持てると思いませんか? ではでは今日はこの辺で!

P.S.
アニメ「ダンジョンに出合いを求めるのは間違っているだろうか」のヘスティアちゃんが話題です。何が話題かって、そう、あの「例の紐」です。あの紐が一本あるだけでこうも魅力が跳ねあがるのか、と感服しました。まさにグッドデザイン賞ですね!

これと似た事案がもう一つあります。「NEW GAME!」という漫画の青葉ちゃんというキャラなのですが、この青葉ちゃん「今日も1日がんばるぞい!」というセリフがウケにウケ、とある書店では「この一言でココまできた女」という紹介のされ方までされたすごいキャラなのです。

もちろん、絵も可愛くて話も面白いので個人的に大好きな作品なのですが、やはりこういった話題になる作品には必ずわかりやすく・かつインパクトのあるセリフやデザインがあるものですね。ただ、得てしてこの手の設定はここまで話題になることを意識して作ったものではないので、キャラ作りというのは本当に奥が深いですね。(計算してのことでしたらゴメンなさい…!)
 


■著者 : 岩野弘明
スクウェア・エニックス第10ビジネス・ディビジョン(特モバイル二部) プロデューサー。『乖離性ミリオンアーサー』を筆頭に、同シリーズ全体のプロデュースを担う。


■スクウェア・エニックス

企業サイト


■スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」 バックナンバー

第7回「ほとんどのターゲット設定は間違っている」 (安藤)

第6回「売れるゲームには◯◯がある」 (岩野)

第5回「ゲーム制作、これが無いとヤバイ。」 (安藤)

第4回「IPを育てよう」 (岩野)

第3回「制作費が二億円を超えそうなときに読む話」 (安藤)

第2回「岩野はこう作ってます」 (岩野)

第1回「ここに未来は予言される」 (安藤)

 
株式会社スクウェア・エニックス
https://www.jp.square-enix.com/

会社情報

会社名
株式会社スクウェア・エニックス
設立
2008年10月
代表者
代表取締役社長 桐生 隆司
決算期
3月
直近業績
売上高2428億2400万円、営業利益275億4800万円、経常利益389億4300万円、最終利益280億9600万円(2023年3月期)
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