【連載】安藤・岩野の「これからこうなる!」 - 第17回「私はなぜスクエニの部長をやめたのか?」


【「これからこうなる!」は毎週火曜日12時頃に更新】
『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、数々のスマホゲームアプリをヒットさせた、スクウェア・エニックス所属のゲームクリエイター・安藤武博氏と岩野弘明氏。そんなふたりが毎週交互に執筆を務める「安藤・岩野の“これからこうなる!”」では、スマホゲーム業界の行く末を読み解く、言わば未来を予言(予想)する連載記事を展開していく。

メディアやコンサルが予想するのとは大きく異なり、ふたりは開発者であるがゆえ、仮説を立てたあとに実際現場のなかでゲームを手掛け、その「是非」にも触れることができる。ゲーム開発現場の最前線に立つふたりは、果たして今後どのような未来を予想して、そして歩むのか。


今回の担当:安藤武博氏

 

■第17回「私はなぜスクエニの部長をやめたのか?」

 


実は2015年3月31日付で3期つとめた部長職をやめました。私からの提案に会社が協力してくれたのでやめることができたわけですが、スクエニ経営陣はチャレンジに対してのサポートと理解が手厚く、これがこの会社の一番いいところです(この連載も読んでくれているそうでとてもうれしい。)

今回は、そもそも「なぜ部長をやめたのか?」を書きたいと思います。

まず、新しいブレイクスルーを見つけないと今後死ぬ可能性が高い。これは前回書きました(関連記事)。それが何なのか明快に見つかっていないので全力で探さないといけないのですが、相当新しいものでなければ突破口はありえないので、暴れる必要があります。

暴れる。つまり、さまざまな行動を爆速で起こし、実験・失敗・改善を猛烈なスピードで繰り返さなければいけません。ですが、その中には時代を先行しすぎて「頭がおかしい」と思われるものが、おそらく含まれます。

例えばそれは、1950年代にテレビが社会に出現した頃、街頭テレビで力道山の試合を観ている群衆に向かって「30年後ファミコンという電子玩具をつなげることで、テレビはその出力装置になるよ」「そしてそれが社会的なブームになるよ」というようなものです。しかも今回の場合は技術の進化だけではなく、情報過多になった後の人間の行動や、人知に追いつくコンピューターとの対峙の仕方、ライフバランスの取り方など一層複雑になっています。時代が追いつくまで先行者は狂人そのものでしょうね。

クレイジーにやるためには自由でなければならない。また、組織の長が頭おかしいというのも迷惑がかかります。というわけで部長をやめました。企業はチームスポーツのようなものですから攻撃者がいれば守備者もいます。時代の趨勢が決まるまでの過渡期には「そこまで先行する必要がない人」にとって、こういった動きはウザイだけですし、互いに折り合いをつけるための調整時間すら惜しい時代です。よって切り分けることにしたのです。

これら攻撃を組織戦でマネジメントしながら展開できる人もいますが、私はブレイクスルー探しの大半を「現場」でものづくりすることによってやってきました。部長をやめるということは、私にとってホームである「現場」に戻ることを意味しています。本来、現場の人間はマネジメントの対価でなくアイデアを出すことで食べていくべきですからね。

そんな事はもともとわかっていたので、3年前に部長に就任した時から下記のことをあらかじめ決めていました。

・つくらない
部長職と現場の両立は不可能です。そんな器用なこと私にはできない。よって現場で制作することをあきらめました。ひたすら任せて、ものづくりに関して途中で口を挟まないと決めたのです。……ていうか、そんなこと私に無理なのもわかっていたので、最初に任せたあとはとにかく見ませんでした。

・はやく譲る
そもそもいろいろな人のサポートがあって運良く部長になれただけなので、極端な話「この幸運は負債」くらいに考えていました。はやくその運勢のボールを他の人にパスするように心がけました。部長職は自分がいなくても十分に回る人員の組成と定義していたので、はやく譲れないという事はイケてないのです。

・二作目のヒットまではやる
一発目のヒットはラッキーパンチの可能性があります。二発目は実力です。一発目『拡散性ミリオンアーサー』のヒットは部長就任後10日もたたないうちにやってきました(2012年4月10日サービス開始)。それから『乖離性ミリオンアーサー』のヒット(2014年11月19日サービス開始)まで約2年半。これは両作品をプロデュースした岩野に感謝。マジで助かったわ。


またこれらの実現に向けて以下のことを重点的にやりました。

・我慢した
任せきるために、ひたすら口を出さずに我慢。要するに積極的に「何もしない」わけですが、ものづくりで生きている人間にとってこれはただの苦行。しかしながら全部任せないと現場は、特に優秀な人間ほど手抜きをするので結果として実力が伸びません。ただただツラい日々でしたが、はじめて心の底から他人の成功や失敗で一喜一憂できるようになりました。

はっきり言って昔は他人の成功は嫉妬の対象、したがって失敗は「ざまーみろ」くらいに思っていたのですが……修行の結果、新たなチャクラが開いたんですね。

・後継者を全力でさがした
三年間のうち一年目のほとんどを採用と移籍交渉に割きました。これも自分がマネジメントやお金周りのことが苦手で、できれば他人にやってもらいたいと願う一心だったのですが……結果幸運にもそれらに長けた飛車角とも言える人材(現第8ビジネスディビジョン部長の広野と第10ビジネスディビジョン部長の友光)にサポートしてもらうことができた。また採用や組織運営に関して上司の理解も抜群でした。三年間黒字だったのは彼らが「守った」おかげです

・情報収集を徹底した
つくらない、マネジメントもしない、となるといったい私は何をしたらいいのでしょうか? 超絶スピードで移ろいゆく業界と市場の情報を集めて、「時代の気分」をより正確に伝える。これに集中しました。情報がないと戦争に勝てない。というわけ対談記事やトークイベントの運営を中心に誰よりもヒットメーカーに会いました。また優秀なクリエイターとの出会いにより、新たなプロジェクトがはじまるという福音も数多く起こりました。

・ノウハウを惜しみなく与えた
キャリアが浅い人間の構造的欠点は経験と人脈がないことです。前者に関して私個人「それなんではやく教えてくれないのよ?」と感じていたことを、よりわかりやすく、しつこく伝えることにカロリーを割きました。後者に関しては「本来は俺のものにしておきたい」虎の子のクリエイター・制作会社を優先的に紹介していきました。

・ひたすらつくらせた
組織において執行権限を持った時にもっとも実現したかったのが、とにかく「つくりまくる組織」でした。少なくとも当時は次に何が当たるかわからなかったので、いろいろなことを試すことが戦略的に有効だったのです。2年半で2作ヒットが出たわけですが、この期間私たちは開発中止も含めると30タイトル以上をつくりました。つまりざっくり言うと「全体の93%は失敗した」。これをどうみるか?

これだけ打席にたったから見えた球筋は確かにあるので、ここまでつくったから2作目が当たったのは間違いない。効率化は無駄が出ることからスタートします。結果、無駄打ちも減りました。とにかくこの商売、種をまかずして収穫はない。これだけは今後も変わりません。

また、あさっての方向に向かってバットを振った若者に貴重な失敗経験が蓄積されました。どれだけキャリアの浅い人間でも任せ切ったので、彼らには「あのとき口出しされなければ当たっていた」「あのときつくらせてくれていればヒットしていた」という言い訳がない。この完全自己責任の失敗体験は「ほんものの失敗」です。この人たちは未来のヒットメーカーになります。

というわけで、このようにして「やめるフラグ」がすべて立ち、私は部長でなくなりました。いろいろ書きましたが結局は「運が良かった」「人に恵まれた」これに尽きると思います。みんなのおかげで私は自由に新しいチャレンジができる。

ひとつの肩書きだけで仕事する時代は終わりました。

厳密には肩書きの内容が時代と共にかなり変わった。

この感覚を証明するために先行突撃するフェイズがいよいよはじまりました。これは大きなエンタメ企業の部長という肩書きで仕事ができるチャンスに恵まれたからこそ、いまの私に備わった考えや視点とも言えます。その点でも私はラッキーですから、もらった幸運を活かして誰よりも自由に楽しく暴れてみせますね。それでは!

■追伸
ツイッターはじめました。細かなアクション報告や思考の記述はこちらで毎日やります!
https://twitter.com/takehiro_ando
 


■著者 : 安藤武博
スクウェア・エニックス プロデューサー。同社ではスマートフォンゲーム事業に携わり、F2P/売り切り型を問わず『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、複数のヒット作を生み出す。
 
公式ツイッター:https://twitter.com/takehiro_ando
公式Facebook:https://www.facebook.com/andot.official?fref=ts
 

■スクウェア・エニックス

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■スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」 バックナンバー

第16回「日本のスマホゲーム業界が危うい」 (岩野)

第15回「サラリーマンクリエイターの働き方はすでに限界を迎えている」 (安藤)

第14回「ゲームを売る上で一番大事な人」 (岩野)

第13回「市場のピンチを知らせるクリエイターからのSOS」 (安藤)

第12回「F2Pゲームにおける最強の商品とは?」 (岩野)

第11回「今後どんなゲームが売れるのか、全力で考えてみた」 (安藤)

第10回「開発初期段階で必ず決めなくてはいけないこと」 (岩野)

第9回「これからはプラットフォームの垣根が無くなると言ってきたけど、どうも違う。という話」 (安藤)

第8回「打席に立つために必要なこと」 (岩野)

第7回「ほとんどのターゲット設定は間違っている」 (安藤)

第6回「売れるゲームには◯◯がある」 (岩野)

第5回「ゲーム制作、これが無いとヤバイ。」 (安藤)

第4回「IPを育てよう」 (岩野)

第3回「制作費が二億円を超えそうなときに読む話」 (安藤)

第2回「岩野はこう作ってます」 (岩野)

第1回「ここに未来は予言される」 (安藤)


 
株式会社スクウェア・エニックス
https://www.jp.square-enix.com/

会社情報

会社名
株式会社スクウェア・エニックス
設立
2008年10月
代表者
代表取締役社長 桐生 隆司
決算期
3月
直近業績
売上高2428億2400万円、営業利益275億4800万円、経常利益389億4300万円、最終利益280億9600万円(2023年3月期)
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