【連載】安藤・岩野の「これからこうなる!」 - 第22回「「がっこうぐらし」のニコ動再生数が異常な件について」


【「これからこうなる!」は毎週火曜日12時頃に更新】
『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、数々のスマホゲームアプリをヒットさせた、スクウェア・エニックス所属のゲームクリエイター・安藤武博氏と岩野弘明氏。そんなふたりが毎週交互に執筆を務める「安藤・岩野の“これからこうなる!”」では、スマホゲーム業界の行く末を読み解く、言わば未来を予言(予想)する連載記事を展開していく。

メディアやコンサルが予想するのとは大きく異なり、ふたりは開発者であるがゆえ、仮説を立てたあとに実際現場のなかでゲームを手掛け、その「是非」にも触れることができる。ゲーム開発現場の最前線に立つふたりは、果たして今後どのような未来を予想して、そして歩むのか。


今回の担当:岩野弘明氏

 

■第22回「がっこうぐらし」のニコ動再生数が異常な件について」

  
今期のアニメもほぼほぼ全て1話が放映されて、それぞれどんなアニメか周知されてきたかと思います。個人的には「干物妹!うまるちゃん!」と「Charlotte」、そして「監獄学園」がそれぞれ違った方向性で面白くて今後も注目しています。ちなみに「うまるちゃん」と「監獄学園」はどちらも原作モノで、Amazonのランキングなんかを見ていても各巻上位に名を連ねていることから早速アニメ効果が表れているものと推察できます。おもしろいと思ったものがちゃんと売れるというのは嬉しいことなので、このままアニメの方も売れて欲しいですね!

そんな中、今期アニメのニコ動再生数が異常な作品があります。

「がっこうぐらし」です。
 

▲「がっこうぐらし」キービジュアル(1)

7月22日現在までに、第1話が170万、2話も100万再生を超えている(※7月第3週調べ)のですが、第1話が460万再生を誇るあの「ご注文はうさぎですか?」ですら第2話の再生数は100万に満たないですし、第2話も100万再生を超えるアニメとなると「進撃の巨人」くらいしか思い当たらないのですが、そういった事からも「がっこうぐらし」の凄さがお分かりいただけるかと思います。

やはりアニメ効果も出ているようで「うまるちゃん」「監獄学園」同様、Amazonのコミックランキングでも各巻が上位に来ており、アニメ放映前の週と比べて放映後の週の売上は10倍程度に跳ね上がっているという記事も。これだけでも漫画としてはアニメ効果があったと言えますが、アニメやその他関連商品も含めトータルで売れてこそでもあるので、その辺は今後のご健闘をお祈りするところです。

ちなみに、ニコ動の再生数が高くても売上につながらないというケースは結構ありますので、だから「がっこうぐらし」も売れますとは言い切れないのですが、今回は売上ではなくそもそもなぜここまで再生数が伸びたのかに着目したいと思います。



(※以下、ネタバレを含みます)




 

■一見合わないような組み合わせ


そもそも「がっこうぐらし」は、いわゆる日常系と言われるかわいい女の子の日常を描いたジャンルで、「ごちうさ」「きんモザ」などのまんがタイム枠として放映前から期待されていた作品。………と思いきや、蓋を開けてみたらソンビに襲われた少女たちが避難した学校での暮らしを余儀なくされるゾンビホラー。そんな彼女たちの日常を描いた作品。ということで、日常系を期待して視聴した日常系難民たちの期待を鮮やかに裏切ったのでした。

ただ、ちゃんと日常系的なのほほんとした一面もあり、なのにゾンビに恐怖するホラーものでもあるものだから、視聴者は困惑。でも「日常系×ホラー」という組み合わせがまったく合わないように思いきや、そのギャップがえも言われぬ新鮮さとなって感情を揺さぶる。そんな中、期待を裏切られた日常系難民が癒しを求めてごちうさ1話を視聴し、再びごちうさ1話のニコ動ランキングを押し上げるという珍現象が起こるなど話題が話題を呼び、「がっこうぐらし」第1話は驚異的な再生数の伸びを見せたのでした。
 

これは「日常系×ホラー」という、一見「全然合わないでしょ!」と思ってしまう斬新な切り口が話題を呼んだと言えます。私もアニメから入ったくちなので、この先結局日常系になるのかそれともホラーになるのかまったくわからないのですが、2話まで見た感じだと「日常系×ホラー」というよりは、「日常系ののほほん感」がホラー部分をより引き立てて、感情の落差を際立たせる演出手法として機能しているホラー作品、という感じなのかなと考えています。当然今までのホラーにそんなアプローチはなかったわけですから、新たな切り口として日常系ファンをも巻き込んで話題になったのでは、と思うわけです。

このようにまったく別の何かを掛け合わせると、それぞれのファンにアプローチできるだけではなく、まったく新しい感覚を呼び起こし話題の種となります。もちろん、ちゃんと狙っていかないとただまったく違うものを掛け合わせただけのゲテモノになるので要注意なやり方ではあるのですが、「がっこうぐらし」はそこをうまく組み合わせていると思います。

 

■何度も見直したくなる演出


再生数が伸びた理由は他にもあります。第1話の構成として、日常系の前半とホラーの後半と分かれているのですが、前半の日常パートにホラーを匂わせる仕掛けが随所に見られ、かつヒロインがクラスメイトとおしゃべりしている風景を日常パートとホラーパート両方に用意することで、最後に「ホラーじゃん!」とわかった後に改めてその仕掛けや違いを探そうと何度も見直したくなるのです。これは「エヴァンゲリオン」や「進撃の巨人」のように「なぜこうなったのか」「この演出はこういう意図なんじゃないか」といったような思わず考察したくなる感じに似ています。
 

こうなると、仮に作者側が意図していないことであっても視聴者は深読みし、視聴者同士での議論が盛り上がりコンテンツを取り巻く空気が過熱し、それがまた話題を呼びます。

 

■続きがきになる見せ方


…で、第1話の再生数の伸びに関してはこんな感じで理由を考えたのですが、第2話の伸びについてはまた別の理由があると考えています。それは第1話の終わり方です。すごく続きが気になります!

・なんでこんな状況(学校の周りがゾンビだらけ)なの?
・この少女たちはこの後どうなるの?
・この後どんなホラー展開が?
・まだ信じない!そうはいっても日常系なんでしょ?
・さらに驚きの展開が?


…などなど、純粋な期待の他に怖いもの見たさなどもあって次の回が気になるのですが、この終わらせ方は海外のドラマでよくある手法です。毎話毎話最後に必ず次が気になる仕掛けを用意して終わるんですよね。そしてついつい次の話が気になってしまいます。そういえば、「戦姫絶唱シンフォギア」の一期もその感じが色濃く出ていたように思います。
 

最近でいうと「メイズランナー」という洋画がそれを映画でやっていました。「CUBE」「SAW」といった密室系映画かと思いきや最後にその世界の謎がわかり、「え、この後どうなるの?」というところで終わる。そしてスタッフロールが流れた後に次回予告が流れ近日公開! という流れ。映画でこういったアプローチはあまり見たことがなかったので驚きました。

このように、アニメのしかも日常系でジャンルごとギャップを引き立てる要素にして、かつ海外ドラマ式の構成にして次回への期待感を煽るようなものは、これまでなかったなと。そういった仕掛けがうまくハマり1話2話ともに凄まじい再生数を獲得し、すごく順調な出だしを切れたんじゃないかと思います。

 

■これらの手法をスマホゲームで活かすには


近年のスマホゲーム、というかモバイルのF2Pゲームも、ソーシャルゲームからの流れの中で、それまで一切必要ないとされていたシナリオをこぞって実装し、さらには「壮大なストーリー!」と名打つほどまでシナリオを重要視するようになりました。それはゲームへの没入感を高め、ひいては主力商品であるキャラの魅力を引き立て売上につなげるといった狙いがあるからですが、大体のゲームはその狙い通りになっていないです。

理由は簡単です。シナリオが面白くないからです。より厳密に言うと、シナリオ単体が面白くないというよりも、面白く見てもらう見せ方の工夫がされていません。お客様の立場になってアプリを触ってみるとわかると思いますが、シナリオは基本的に飛ばします。売り切りのゲームでもそういったお客様は多いですが、基本的に暇つぶしでプレイするモバイルのF2Pゲームのお客様はほとんどシナリオに興味はありません。
 

でも一方で「ゲームへの没入感を高め、ひいては主力商品であるキャラの魅力を引き立てる」というのも事実です。ではどうすればシナリオに興味を持ってもらえるのか。

ひとつは、「シナリオに興味を持ってもらえる人だけに楽しんでもらう」と割り切る方法

『ミリオンアーサー』や『ラブライブ(スクールアイドルフェスティバル)』はこのアプローチで完全にシナリオモードはクエストとは別のモードとして用意しています。その上で、そんなに興味を持っていない人にもシナリオを読んでもらうきっかけとして、シナリオを読むとご褒美がもらえるようにしています。クエストとシナリオが一体になっている場合、クエストにしか興味ない人にとってはシナリオは邪魔にしかならないので一切読んでもらえませんが、別モードにしておけば時間の空いた時にいつでも見れるため、シナリオを見る事に対する心理的な障壁が低くなります。

もうひとつは、「シナリオを視覚的に演出する」という方法

クエストとクエストの合間に長々と文字を読ませるのではなく、例えばクエスト中(バトル中?)に吹き出しやキャラの動きなどでシナリオを見せるというやり方。この方法であれば、クエストとシナリオをシームレスに行き来できますし、「本を読むよりもアニメを見る方が楽」といった感覚でシナリオを楽しめます(もちろん極力煩わしくならないようにテンポに気をつける必要はありますが)。最近は特に海外のMMOやMOBAなどでこのやり方が増えてきましたが、前者の方法よりも凝った作りにせざるを得ないため、工数的にはちょっと辛かったりします。

でも後者の方法は先述の通り「本を読むよりもアニメを見る方が楽」的な感覚でシナリオに興味を持ってもらいやすい。だからこそ「がっこうぐらし」や海外ドラマ的な仕掛けをきっかけに作品に没入してもらうことにつながります。もちろん、前者のやり方でも同様の仕掛けを作れるものの、より文章力が問われたり、ゲームギミック的な工夫が必要となります。

こう考えるとどっちも大変なので得意な方を選ぶ、ということになりますが、シナリオが作品の面白さをひっぱるきっかけになるというのは間違いないので、是非うまくシナリオを立てていきたいところです。少なくとも、ただゲームの邪魔になり無意味どころか工数と容量の無駄遣いにならないようにしたいところであります。 ではでは今日はこの辺で!
 

▲「がっこうぐらし」キービジュアル(2)
 
P.S.
「がっこうぐらし」、「騙されたー!」と言っている方は多いですが、これ原作ものです。だから原作を読んでいる方からすればネタはわかっているわけです。それでも第1話の放映が終わるまで「日常系だよー!」というアピールを貫いた運営はよかったと思うし、その結果ここまで話題になったとも言えると思います。

でもちょっと意外だったのは、そうはいっても原作があるわけで、しかも放映前から原作組がネット上でネタをちょいちょいばらしてて、ネット文化が発達したこのご時世、ネタを知らないままアニメを見る人は結構多いもんなんだな、と思いました。私は極力事前情報なしで作品を楽しみたいため、ほぼ情報をカットした状態で第1話を見る人なのですが、さすがに「がっこうぐらし」がただの日常系ではないらしいというのはなんとなく耳にはいっていたので、これだけ「騙されたー!」という方が多かったのは意外でした。

マニアックな視点になりすぎると、ゲームだけでなくプロモーションにも悪い影響が出ますし、もっとライトに作品を楽しむ方々の視点を意識しないとな、と痛感するのでした。
 


■著者 : 岩野弘明
スクウェア・エニックス第10ビジネス・ディビジョン(特モバイル二部) プロデューサー。『乖離性ミリオンアーサー』を筆頭に、同シリーズ全体のプロデュースを担う。
 
 
■スクウェア・エニックス

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■スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」 バックナンバー

第21回「打ち合わせや会議が増えたときに読む話」 (安藤)

第20回「「ラブライブ!」の魅力ってなんだと思う?」 (岩野)

第19回「良い作品をつくるために必要な三つのこと」 (安藤)

第18回「スマホゲームにおけるプロデューサーの重要性」 (岩野)

第17回「私はなぜスクエニの部長をやめたのか?」 (安藤)

第16回「日本のスマホゲーム業界が危うい」 (岩野)

第15回「サラリーマンクリエイターの働き方はすでに限界を迎えている」 (安藤)

第14回「ゲームを売る上で一番大事な人」 (岩野)

第13回「市場のピンチを知らせるクリエイターからのSOS」 (安藤)

第12回「F2Pゲームにおける最強の商品とは?」 (岩野)

第11回「今後どんなゲームが売れるのか、全力で考えてみた」 (安藤)

第10回「開発初期段階で必ず決めなくてはいけないこと」 (岩野)

第9回「これからはプラットフォームの垣根が無くなると言ってきたけど、どうも違う。という話」 (安藤)

第8回「打席に立つために必要なこと」 (岩野)

第7回「ほとんどのターゲット設定は間違っている」 (安藤)

第6回「売れるゲームには◯◯がある」 (岩野)

第5回「ゲーム制作、これが無いとヤバイ。」 (安藤)

第4回「IPを育てよう」 (岩野)

第3回「制作費が二億円を超えそうなときに読む話」 (安藤)

第2回「岩野はこう作ってます」 (岩野)

第1回「ここに未来は予言される」 (安藤)


 
株式会社スクウェア・エニックス
https://www.jp.square-enix.com/

会社情報

会社名
株式会社スクウェア・エニックス
設立
2008年10月
代表者
代表取締役社長 桐生 隆司
決算期
3月
直近業績
売上高2428億2400万円、営業利益275億4800万円、経常利益389億4300万円、最終利益280億9600万円(2023年3月期)
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