【インタビュー】「海外展開の反転期」…ブシロードに訊く北東欧・東アジアと比較したASEAN開発市場の生かしどころ


モバイルソーシャルゲームは安定期に入り、海外展開も一巡して日本市場回帰を掲げる会社も少なくない。日本市場でトップに輝くタイトルが、一歩国外に目を移すとほとんど売上がたっていない事実も、いまいち世界経済でプレゼンスがあがらない日本社会全体の課題を映しこんでいるかのようだ。
今回、このような環境のなか北米、ASEANでモバイルゲーム開発事業に携わり、いま新たにパブリッシング事業をてがけようとしているブシロードの中山淳雄氏にインタビューを行った。
(インタビュアー:デロイトトーマツ  美田和成)

 

■成功経験企業の少ないASEAN その市場の特徴と未来


―――: よろしくお願いいたします。中山さんは、前回(関連記事)バンダイナムコスタジオのバンクーバー責任者で出て頂いて以来、2回目の登場になります。まず、現在の職務について教えて頂けますか。
 
はい、まだ転職したてほやほやですが、16年9月よりブシロードで執行役員としてモバイルゲームの海外展開を行っております中山淳雄と申します。弊社は5年前よりシンガポールにTCG(トレーディングカード)事業で拠点を展開しており、最初はCOOとしてこちらに赴任して、モバイルゲームを主軸にトレーディングカードやスポーツ系(新日本プロレスやKickboxingの団体を運営しています)の海外化も画策していく予定です。

前職では2014年、15年とカナダ・バンクーバーでモバイル開発拠点の立ち上げを行っており、今年に入ってシンガポール・インドネシアでの開発・マレーシアの拠点立上げなどを経験しておりました。これまで半年間ディベロッパーとしてかかわったそのASEANや中国含めた東アジアを、今度はこれからはパブリッシャーとしての日本IPを中心に展開を検討していくことになります。その意味では「パブリッシャー/ディベロッパー」「北米/アジア」の複数の軸から海外モバイル事業を眺められますので、自分にしかできない視点で市場展望についてお話できるのではないか、と思います。
 

―――: 東南アジアはSocial Game Infoでも以前特集があり、市場について語りました(関連記事)。こちらと違う軸で、中山さんが感じられたASEAN市場の特徴というのはありますでしょうか?
 
「(ASEANの)ゲームは完全輸入型」というところは強く同意します。インドネシアやマレーシアの市場をみると、GrossingTop100のなかに国産アプリが1つもない状態が続いています。ただ裏を返すと、「どうしたらASEANを開発市場として成立させられるのか」というところに強く関心が向きます。私自身過去3年間やってきた挑戦はまさにこういうところにあったので。

これは製糸・製鉄や自動車の歴史も同様なのですが、「政府・民間・系列産業が、うまく外資の流入も調整弁にしながら、協同してクリエイティブ産業を育成していく」という、時には必ずしも自由主義的ではないアプローチも必要となる難しいプロセスです。政府の産業への関与が特に重要なところで、私がこれまで働いてきた国々がまさにデジタルメディアの誘致を政府主導で行う先進的な場所でした。カナダは人件費の3割以上還付、シンガポールは最高17%とただでさえ低い法人税の個別交渉による特別控除減税、マレーシアは10年間の法人税無税など、産業育成に相当な行政コストを払っています。この政府の産業育成分野も色々面白いストーリーがあるので、また別のテーマの時にお話ししていきたいですね。
 

―――: なるほど、「消費市場」としてASEANが伸びるかどうかとは異なり、その国で良質なコンテンツが産めるようになるかの「開発市場」としてみる、ということですね。その点で欧米と比べて、ASEANという市場はどう見ればよいのでしょうか?
 
ちょっと面白いデータがあります。14年4月から約2年間の間で毎月のApple/GoogleのGrossing世界トップ1000(月商$150K程度)に入ったパブリッシャー1035社を全部マッピングしてみたんです。すると、ほぼ市場規模と相似するように「米・中・日・韓」の4か国だけで7割を占めます。衝撃的なのはASEANですよね。シンガポールとインドネシアに1社ずつ、ちょうど年商1億円というまだ日本的には駆け出しサイズの規模ですら、ASEAN中の数百社のうち2社しかいない、、、

この「成功経験企業・開発者の少なさ」はかなりクリティカルです。モバイルの開発からリリースまでノウハウは経験的・集積的です。アートだけいいものつくれても、エンジニアの腕がよくても、大規模MAUをさばくサーバー負荷分散やデバッグ能力、サブミットからフィーチャー・集客に至るまで「一気通貫でワールドワイド向けに何本かリリースして、ちゃんと売上があがっていく波形をリアルタイムでみながら運営した」開発者でないと、結局色々な穴にひっかかってタイトルを成功にもっていける確率がガクンと下がります。そうした未経験者の取りこぼしは、日本から数人経験者をもっていくくらいではカバーしきれなかったりするので、結局「安いからとりあえず手軽に開発」というわけにはいかないんですよね。


  

 Top1000(iOS/GP合計月商$150K)が最低限の開発・運営が出来ているラインと想定すると、
ASEANには2社しかランクイン経験した企業がない計算になる。
 

―――: 市場ポテンシャルはありながら、開発側からみるとなかなか厳しい現状ですね。ASEANのゲーム市場というのは今後どうなっていくのでしょうか?
 
「自国市場の大きさ/言語リテラシーの低さ」というアドバンテージがないことはASEANの不利な部分ですよね。日中韓の良さは十分な自国の市場規模があり、英語リテラシーが低いがゆえに他国のゲームに移り気にならない消費者がおり、必然的に自国の開発会社が育つ土壌があります。ところがASEANはそうではない。英語主体の欧米ゲームが普通に普及し消費されるため、自国でインディーズに企業がちょっと工夫してタイトルを出してもチープにしかみえなくなってしまう。

小さい成功事例は単発では生まれるんです。たとえばインドネシアで「Tahu Bulat」というタップタップ系のIdlingゲームが国産でようやく売上Top50に入るクラスになってきました。それですら月100万DLの売上400万円くらいです。2010年など、トップでも月1億円くらいの黎明期であれば、こうした国産タイトルがTopランクに入って、徐々にその経験者が各社に散らばり、類似タイトルも生まれ、と経済圏が生まれる余地があるんです。でもいまは2016年。月商100億のグローバルタイトルの大波に、小さなヒットがあっという間に飲み込まれて、消えてしまう。

これって甲子園⇒大学野球⇒プロ⇒大リーグみたいにステップを踏んで成長していくフェーズに、甲子園選手がいきなり大リーガーに叩きつぶされてしまうようなものですよね。世界の開発レベルと歩調をあわせた成長をした国でないと開発市場が育たず、消費市場としてだけ「食い荒らされてしまう」ような事態が世界各地で起こっています。だからこそ、中国市場のような閉鎖性は程度問題ではありますがその意味では必要なことなのだなと、開発市場育成の観点から強く感じます。

 

―――: 自国市場が小さく、英語リテラシーの高いASEANは、ゲーム市場形成では不利、ということですね。ASEANならではの勝ち筋というのはあるのでしょうか?
 
はい、残念ながらASEANは開発市場・消費市場としてそのOpenさゆえに不利な状況にあります。シンガポールのようなずば抜けて行政に柔軟性がある国であればまだしも、ASEAN諸国はどちらかというと保守的な動きの国が多いです。ただそうした中で、ASEANが指針にすべきなのは北欧・東欧・台湾、あたりではないかと思います。

北欧も税制優遇などないことはありませんが、基本的には起業家体質の教育方針や流動性の高い市場がゆえにノキアやロビオから派生した技術者たちの技術転用がその開発市場を支えています。「優秀な技術者を、既存産業から成長産業にスムーズに移行させる仕組み」は真似るべき成功事例でしょう。東欧は、2000年代初期から賃金格差を利用して「開発の部分外注を請け負いながら、徐々にバリューチェーンの上流を提供できるように人材を育成してきた」場所です。ポーランドが現在その最たる成功例ですが、直近の数年でウクライナも特にそうした勢いを強めています。同じようなところでは東アジアの台湾がそうですね。XPECのように、アートの外注から始めながらその外注領域を広げ、10年単位で自社開発、そして自社パブリッシュ、最近ではオルトプラスへの出資など全てのビジネスレンジをカバーするようになりました。

ASEANの生きる道は、国の産業振興や閉鎖系マーケット構築という大きな動きも連動が必要ですが、同時に東欧や台湾のように「10年単位でクリエイティブな産業育成のため、人材の技術転用や外注からパブリッシュまで地道に得意領域を広げていく動き」が必要になのです。その相手が日本であったり、韓国・中国であったり。

 
 

■「奪われる側」となっていく日本のゲーム人材 海外市場獲得としてのASEAN展開の可能性


―――: 現地の産業・開発会社としての視点はそうだと思いますが、逆に日本の企業にとってASEANに展開して産業を育成していくメリットはあるんでしょうか?
 
もちろんです。それがなければ他社より10年早くスズキがインドに自動車工場つくることはないですし、ヤクルトが1人あたりGDPが1000ドルもいかない時代のインドネシアに進出していく経済的合理性もありません。日本のゲーム会社が「海外の」開発ノウハウを得るというのは本当の意味でASEAN以外にはないと僕は思っています。北米は開発の考え方・プロセスが違いすぎて、色々な失敗を繰り返しながら「任せていくのが究極な形」という結論に帰結してしまいます。日本人を組み込んだ開発体制を敷きにくい。中・韓は日本同様ユーザーのテイストが自国に偏りすぎており、逆に各々の消費市場にフォーカスしたものしか作りにくい。そうなるとASEANもしくは台湾などが、同じアジア文化圏の共通性をもって日本人の育成土壌になりつつ、「外の市場獲得のために開発をしていく」ハブになります。
 

そして同時に、ここから10年で日本の人材は枯渇します。モバイル含めた日本ゲーム業界は、成長産業が少なかった独走時代に比べ、医療金融などTechの力を借りて産業リノベーション中の産業に人材を「奪われる側」になっていきます。ゲームデザイナーはまだしも、エンジニアやアーティストなど業界横断性が高めの職種は、他産業が雇用の吸収口となるなかで確実に希少化する。そうしたときに、2006-07年の好景気で高度人材を外に求める時代がまた何度もやってきます。そこで多国籍な人材をマネジメントしながら日本市場以外に向けてコンテンツを展開する「コンテンツの産出土台・チーム・組織をつくるノウハウ」自体が会社の成長幅を規定します。

今の不況期トレンドのなかでASEAN展開の意思決定は、合理的判断というよりもそれに賭けるしかないという度量の問題になってきています。インドのスズキ進出の話は僕が大好きな海外展開事例の1つなのですが「別に先見の明があったわけではない。(軽自動車のニーズが先進国になかったため)行くところがなくて、仕方がないからインドに行った」という言葉にすべて表現されています。低価格で市場がなかったはずのインドに1983年に進出(ホンダは1995年、トヨタは1997年進出)し、低価格でも利益が出せる小型車の製造・販売を現地のジョイントベンチャーによって達成しました。

ASEANは市場になるのかならないのか、開発力はあるのかないのか、そんなことをつぶさに議論していたら出ないという判断が優勢になるにきまってます。数年ちょっと出たくらいで、産業はつくれません。先述の北欧や東欧も10年単位の歴史で、徐々にバリューチェーンの一部を担うようになっているのです。コンソールはまた別ですが、モバイルの海外展開などたかだか5年、今海外拠点の撤退ラッシュが起きてるのはちょっと出て火傷して退散するような小事件のようなものです。

今という時代は自動車・電機でいうとちょうど1960年から65年くらいの出来事に酷似しています。一発目北米に出て、市場適合・マネジメント・ガバナンスの問題で各社一様に失敗を経験する。ここから何があったか。オイルショックで消費トレンドが革命的に変化し、70年代後半から小型車が急激に売れ始める。85年のプラザ合意以降は為替メリットも後押しして、北米含めた海外展開は一気に栄華の時代を迎えます。同時に輸出型よりも現地内製化に切り替え、現地に根付いた組織運営が一般化していく。バブルの日本企業の存在感は、その前30年くらいの苦闘の結実の末にあらわれたものに過ぎないのです。

デジタル系なのでもっと早いスパンで考えてよいと思いますが、僕にとってはモバイル・ゲーム・エンタメ含め、いまだ海外展開は「1960年代の黎明期」が終わったにすぎないと思っています。我々には東京オリンピック以降にソフトコンテンツにとっての1970年代・80年代が待ち受けているのではないか、と感じます。そういったときにASEANに拠点を構え、市場と消費者にReadyができる状態でいられるポジションをとれるかどうか。それが自分が携わる会社、事業であってほしいと切に願います。

 

―――: なるほど。そうした中でブシロードさんとしてはどういったポジショニングをとられていくのですか?

ブシロードは基本的に内製開発チームをもたず、「日本のキャラクターIP」をベースに、様々な開発会社様とアライアンスを組みながら海外展開をしているパブリッシャーです。ショップ含め海外に単独で販売チャネルまでもっているトレーディングカードの世界大手の一つであり、アニメ・映画・音楽・グッズなどIP版権をベースにキャラクターマーチャンダイジングも行え、プロレスやキックボクシングなどライブエンターテイメントまで手掛けられる、ある意味「競合が存在しない」唯一無二のオンライン/オフラインを操るプロデューサー集団として、ASEANそれ以外にも手を広げていくつもりです。

開発してみないとその市場の特殊性はわかりません。ただ特殊性にこだわりすぎると、市場は狭くなります。このトライアンドエラーの中で「自分たちはこの切り口でこの作り方であれば成功確度が高い」という切り口をいくつ作れるかどうか。前職では3パターンくらい試して、7-8本の開発プロセスを経ながら、ようやく1パターンを「自分たちの芸」として開拓しました。やることはそれと同じだと思っています。キャラクターIPを使って、ブシロードならではの成功パターンを導き出せれば、と思っています。

社長も海外に常駐しており、この2016年をもっても本気で欧米・中国・ASEANをとりにいこうとしている、それもゲーム以外の商流も含めて、という条件でいうと唯一無二の存在ともいえる会社です。いま完全に仕事あまりで人が足りない、かなり面白いフェーズの会社でもあります。もし我々の野望に共感してくれて、まだもっと海外にチャレンジしたい、という「武士」がいれば、ぜひ一緒に“立ち合い”をしていきたいなと思います。

 

―――: ありがとうございました。


※インタビューに関して、意見に関連する部分はすべて私見によるものとなります。
 

 
株式会社ブシロード
http://bushiroad.com/
IPディベロッパー、それはIPに翼を授けること。 オンラインサービス充実へ
IPディベロッパー、それはIPに翼を授けること。 オンラインサービス充実へ

会社情報

会社名
株式会社ブシロード
設立
2007年5月
代表者
代表取締役社長 木谷 高明
決算期
6月
直近業績
売上高487億9900万円、営業利益33億8500万円、経常利益45億300万円、最終利益20億5000万円(2023年6月期)
上場区分
東証グロース
証券コード
7803
企業データを見る