【CEDEC 2019】開発から一般業務まで全社的な業務改善が「ゲームをより面白くする」…Cygamesが考える働き方デザインとは


コンピュータエンターテインメント協会(CESA)は、9月4日~6日の期間、パシフィコ横浜(神奈川県横浜市)にて、国内最大のゲーム開発者向けカンファレンス「コンピュータ・エンターテインメント・デベロッパーズ・カンファレンス 2019」(CEDEC 2019)を開催した。
 
本稿では、9月4日に実施された講演「ゲームを面白くするためのプロセス改善と組織デザイン ~最高のコンテンツを実現するためのカイゼンとは~」についてのレポートをお届けしていく。
 
本セッションには、Cygames・プロジェクト共通基盤 シニアゲームエンジニア/マネージャーの金井大氏、同じくCygames・開発推進室 プロダクトマネージャー/室長の松尾秀一郎氏の2名が登壇。ゲームコンテンツを面白くするための改善プロセスのあり方について、Cygamesでの取り組みを踏まえて紹介した。
 

■「ゲームを面白くするための時間を確保する」ために必要な取り組みや考え方

 
まずは金井氏が登壇し、本講演の概要の紹介を行った。本講演では、ゲームコンテンツを面白くするための改善プロセスの在り方について、Cygamesの取り組みを踏まえて紹介していくという。
 

▲Cygames・プロジェクト共通基盤 シニアゲームエンジニア/マネージャーの金井大氏。
 
Cygamesでは2018年より「ゲームコンテンツを面白くするための時間を確保する」というビジョンを持った部署「開発推進室」が立ち上げられた。そんな「開発推進室」では、昨今、モバイル端末の高性能化にあわせモバイルゲームコンテンツのボリュームが増大しており、開発コストが問題視されつつある中で、コストのみに着目するのではなくゲームを面白くするための改善に取り組んでいる。金井氏は、これらの改善を進めるための考え方や組織体の在り方、プロセス改善への取り組みの事例についての解説などを行った。なお、本講演を通して得られる知見として、下記の3つを挙げた。
 
・組織に対してどのように改善プロセスを導入していくか、その考え方と進め方
・ゲーム開発現場が持つ特有の課題を発見、解決するための気付きと注意点
・開発効率を上げるためにどのような技術を適応できるかの具体的な事例
 

▲金井氏のプロフィール。2014年にCygamesに入社した後、2018年に「開発推進室」や「プロジェクト共通基盤」を立ち上げて社内の開発プロセス改善に取り組んでいる。昨年は「アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ 制作事例 グラフィックスの超高品質化をいかに短期間で実現するか?大型アップデート成功のための開発手法」の講演にも登壇した(関連記事)。
 
続いてはCygamesの会社概要を紹介。同社は2011年に立ち上げられ5名からスタートしたが、現在では400倍以上の規模となり、2019年6月現在で2371名が所属している。スタッフの構成は、開発系が8割強を占めており、非開発系に携わっているのは2割弱となる。こうした組織の成長が、今の開発を改善していくという動きに繋がっているという。そちらの活動背景やビジョンについては、松尾氏から語られた。
 


 
●活動の背景とビジョン

▲Cygames・開発推進室 プロダクトマネージャー/室長の松尾秀一郎氏。
 

▲松尾氏のプロフィール。元々は大手メーカーでコンシューマーゲームの開発や支援活動、一般的な業務プロセスの改善などに携わっており、Cygamesに入社してからは開発プロセスの改善、チームマネジメントの強化支援、全社的なナレッジの統合など、全体最適に基づいたマネジメントの支援活動をしている。
 
まず松尾氏は、昨今のモバイルゲームの開発情勢について、端末の性能向上やユーザーニーズの多様化に伴いコンテンツ開発の規模は確実に上昇していると説明。その中でも、Cygamesでは「最高のコンテンツ」を作ることをビジョンとして掲げており、これを達成するためにも「面白いゲームをユーザーへ届ける」ことが必須となる。そのためには、本来やるべきである「ゲームを面白くするための時間を確保する」というビジョンで活動(カイゼン)に取り組むべきだと背景を語った。なお、よく言われる「コストカット」はいわゆる引き算の考え方であり、「最高のコンテンツ」に対して必ずしもポジティブに働くわけではないとも述べた。
 

 
こういったビジョンを達成するために、専用の部署となる「開発推進室」や「プロジェクト共通基盤」が必要となるという判断で両部署が立ち上げられたのだと改めて経緯を明かしてくれた。
 


▲開発業務だけでなく、一般業務全般においても効率化や技術支援が必要になるということも大きな要因だったようだ。
 
組織構造としては、まず開発推進室がCygamesスタッフの中にある問合せを受け付けることで、現場のニーズを収束している。また、それと合わせて全体を踏まえた戦略策定も担っている。そこに、プロジェクト共通基盤が定常的に技術的な支援を行うという図となっている。
 

▲開発推進室を中心に情報を集約させることで改善のスパイラルを起こしている。
 
●開発推進室の紹介
次に、開発推進室のより具体的な紹介へ。2018年6月に設立された開発推進室は現在、10名の構成員(うち5名が中核メンバー)で形成されている。課題解決のためのブレインとして活動しており、技術的課題を解決する際には、必要に応じて関係部署と協力して課題解決にあたっている。さらに、2019年4月にはデザイナー部からも「開発推進室」が設立され、全社的な改善が進みつつあると現状を説明した。
 

▲「ゲームを面白くするための時間を確保する」ことでアウトプット量を増やして仕事の質を向上できる機会と環境を提供している。
 

▲こちらは開発推進室の主な活動内容。CEDECの講演資料作成や事務局対応なども行っているとのこと。また、社内カンファレンスイベントCyStudyにも取り組んでいる。
 
また、開発推進室のような部署はいきなり設立されたわけではないと話す松尾氏。部署設立以前から、さまざまな新規プロジェクトで改善を進めていたという。こういった活動が周囲から高評価だったことから全社導入をすることになったのだと設立の経緯を語った。
 

▲開発推進室設立前から現場のメンバーと共に課題を見つけ、改善を進める推進活動に取り組んでいた。
 
では何故、改めて開発推進室を部署として設立する必要があったのか。その理由は、大きく分けて3点あると続ける。ひとつは、「プロジェクトの進め方を共通化してさらに良い開発ができた方が良いのではないか」という現場からの強いニーズ。2つ目に、組織体にしなければ活動が一時的なものとなり途切れる可能性があるということ。そして3つ目は、推進をしたい人が責任領域や役割を明確にし、社全体に訴求していくためには組織体を作って進めていく必要があったということだ。
 

▲また、Cygamesはこういった取り組みを”チャレンジ”として寛容に認めている文化が根付いており、その点も活動が良い形で進められた要因になったと松尾氏は述べた。
 
次に、こうした推進活動を成功させるポイントについて改めてまとめた。まずは、先ほども述べられた通り「実験的な活動が許容される環境を見つけること」。これは、今までに使ったことのない手法やツールを実験的に入れるような動きができた方が、改善確率が確実に上がるからだと松尾氏は話す。
 
また、「手段に捉われず、課題の解決にフォーカスすること」が重要になるという。さまざまな手法やツールを検討する際には、どこかで手段が目的になってしまうケースがある。そうなってしまうと、肝心の課題の解決が遅れたり、クイックバリューが出ないケースが多いと松尾氏は語った。極端な話ではあるが、レガシーな技法や手段であっても、課題に対する解決手法に適しているのであれば、そのための手法を採用した方が効果も高いのだという。
 
成功させるために大事なポイントとして最後に挙げられたのは「ミニマムスタートを徹底すること」。もちろん、大きな改善は大事だが、規模が大きくなるほどさまざまなことを1セットで進めないといけなくなる。そうするとコンテンツを開発すること以上に、改善自体が大きなチャレンジになってしまい結果的に判断が遅くなるため、まずは如何にして細かく改善を積み上げていけるかの方がプロジェクトや会社にとってより良い形になるのではないかとの考えを示した。
 
こうしたポイントを念頭に置いて改善を重ねることで、良質なモデルケースの構築と、横断的な展開を視野に入れることが可能になったのだという。
 
●働き方を戦略的にデザインする
次に松尾氏が言及したのは、「働き方を戦略的にデザインする」ということについて。これは、開発推進室の「面白くするための時間を確保する」というミッションに対して、どのように取り組んでいくかという話である。
 

▲場当たり的に進めることは危険であるため、導入や開発の対象となるサービスが組織の働き方に合っているのか、また働き方自体を変える必要があるのかは長期的な観点で判断する必要があるとのことだ。
 
普通であれば、「面白くするための時間を確保する」というミッションに対して、
 
・各プロジェクトが横断して利用できる技術や手法を共通化する
・プロジェクトの効率化に効果がある外部サービスやツールを導入する
・事業特性に依存しない効果の高い開発手法や組織体制を適用する
 
といった取り組みを行うことが挙げられる。しかし、これだけでは組織の働き方までは変えられないと松尾氏は強く述べる。働き方を変えるには、開発だけでなく一般業務の領域も含め全体的な改善を行う必要があるというのだ。そうすることによって初めて働き方自体を変えていく必要があるのかどうかを判断できる状態になると考えているという。
 

▲これを実現するには、ゲーム開発に必要なインフラストラクチャをしっかりと理解したうえで、その基盤を押さえる必要がある。その中で重要になってくるのが「コミュニケーションツール」「ナレッジベース」「マネジメントツール」だと説明した。
 
この「コミュニケーションツール」「ナレッジベース」「マネジメントツール」を強力に推進するためにも、開発推進室の活動として部署設立当初から、先ほども紹介された「Slack」「Confluence」「Jira」に着目して検証に注力しつつ、Redmaineなど従来の手段についても整理や移行サポートを進めてきたのだと理由を説明した。
 
その結果として現在、コミュニケーションツールはSlackとメールで統一。例外的に一部でIP Messengerが利用されている。ナレッジベースも一部の例外を除きConfluenceで全社統一に至った。
 

▲Confluenceのプラグイン機能も多数検証しており、利便性の高いナレッジベースの構築を進めている。
 
最後に、作業管理はJiraの検証を進めているものの全社統一には至っていない。現在運用中のプロジェクトもあり、バグ管理を含めて全体的に整理する必要があるため時間がかかる想定でもあり、時間をかけてしっかりと進めていく分野であると説明した。また、JSD(Jira Service Desk)をCygames社内でのサポートリクエスト手段として検証中であることも紹介した。開発推進室へのサポートリクエストは全てJSDに集約されており、プロジェクト共通基盤を含め他部署への作業依頼もJSDを起点に行われているという。
 

▲こちらは、これまでに開発推進室が行ってきた取り組みをまとめたもの。
 
●プロジェクト共通基盤の紹介
ここからは金井氏が再び登壇し、プロジェクト共通基盤についての紹介を行った。
 

▲戦略を担う開発推進室に対して、プロジェクト共通基盤は戦術を担う部署となる。エンジニアのみで構成されており、よりサービスを具体的に作っていく事例を紹介すると話した。
 
プロジェクト共通基盤のミッションは、プロジェクト側の負担となりやすい、外部サービスの検証や新規サービスおよびツールの開発を行い、全スタッフ・プロジェクトが利用できる共通基盤を構築して「最高の開発環境」を提供することであるという。金井氏は、横断的な技術支援を定常業務とすることで、全体最適の観点で作業効率が改善され、本当にやるべき仕事がやれるようになると理由を説明した。
 

▲プロジェクト共通基盤の主な活動内容。
 
●ユーザーニーズを満たすサービスを開発するために
こうした活動においては、必要なものを作らなければ意味がないと金井氏は語る。続いては、ユーザーのニーズを満たすサービスを開発するために行っていることについての話を展開した。
 
以下は、金井氏が挙げた必要とされるサービスを開発するための要点だ。プロジェクト共通基盤では、これら3つの要点に対してのアクションをきっちりと行っている。続けて、金井氏は具体例を紹介した。
 
1.ニーズのキャッチアップ
ユーザーニーズは自動収集できるわけではない。各種サービスやツールに対するニーズをどのようにキャッチアップするかが大事である。
 

▲些細なことであっても、ユーザーニーズは必ずJSDからリクエストをしてもらうようにしている。これにより、自発的に問い合わせを行う文化形成ができるのだという。
 
2.ユーザーニーズからの課題定義
ユーザーニーズからどうやって課題を定義し、対応手段を決定する必要がある。リクエストはあくまでもきっかけであり、そこから課題の本質を引き出す必要があるのだという。
 


▲そこで、開発推進室がユーザーのヒアリングを行い、課題の本質を引き出して定義している。ヒアリングの手段は、JSD上でやり取りを行ったり、Slackを使ったり、直接話すケースなどさまざま。また、技術的な要件が強すぎる場合は開発推進室で賄えないこともあるので、そうした際にはプロジェクト共通基盤も共にヒアリングを行っている。
 
3.ニーズや課題の管理手法
ユーザーからのニーズや課題を優先付けし、作業タスク化して管理していく必要がある。ユーザーのニーズは常に変化しているため、柔軟に対応していくことが大切となる。
 

▲定常的なサービスを開発していくと、必ずどこかで技術的負債が溜まっていく。これをどこで返却するか、新しいテクノロジーへの挑戦との兼ね合いも考えなければならない。
 


▲こうした管理をCygamesでは、「カンバン」を使ったアナログな手法と、「Jira」を使ったデジタルな手法を組み合わせて実行している。迅速で柔軟な対応が求められるケースはカンバンが有効だが、物量を考えると全てをこれで管理することは難しい。要件定義された課題や定期的なユーザーリクエストに関してはデジタルで管理した方が良いとのこと。
 
金井氏は、ユーザーニーズを満たすサービス開発について、以下のようにまとめた。
 

 
●サービス開発時の課題事例
本講演最後のテーマでは、実際にサービス開発時に起きた課題事例を紹介した。
 

▲プロジェクト共通基盤の業務領域は、大きく分けると上記の4つとなる。
 
金井氏は、上記の業務領域における課題として下記の3点を挙げた。
 

 
そして、この3つの観点から改めてプロジェクト共通基盤で取り組んでいる事例を紹介した。
 
・CyResource


▲社内カンファレンスイベントCyStudyで使用された資料などが全てアップロードされている。ユーザーリクエストから作成が決定し、開発・運営を進めると利便性が高く全社的なニーズがあることも判明した。
 
・TagFinder


▲一見CyResourceと似た用途がある機能に思えるが、長期運営を続けているプロジェクトにおいては既存サービスを適応できないこともあるため、既存のワークフローを壊さずに利便性を向上させられる選択肢を用意をしておく必要があるのだと金井氏は解説した。
 

▲Cygamesでは、用途やプロジェクトごとの条件に沿って、タグによるリソース管理サービス・ツールを選べるよう複数の選択肢を設けている。
 
・Koebon


▲シナリオ執筆量が膨大なCygamesならではのサービスで、ボイス収録を行う際の台本作成などをサポートしてくれる。便利なサービスではあるが、本サービスの反省点として金井氏は、プロジェクトによってワークフローが少しずつ異なるため、プロジェクトごとのカスタマイズへの対応コストが課題となったと振り返った。
 
・CyLoc


▲こちらは社内のローカライゼーションチームのニーズを満たしたサービスとなる。本サービスを開発する際に特に気を付けたのは、サービスの横断を明確にすることだと金井氏は述べる。ローカライズのワークフローを把握し、チームとも密に連携を取って開発を行ったという。
 
・日報報告用サービス


▲元々はテクニカルアーティストチームが開発していたが、本来の業務に集中できるよう負担を減らすことで間接的にコンテンツ開発の時間を確保できるように配慮したとのこと。
 
・バーチャルアシスタント

▲URL短縮など、機能拡張は複数の部署でシェアしている。
 
こうした取り組みにより、Cygamesではゲームを面白くするための時間を確保できるようにしている。講演後には質疑応答も行われたので合わせてお届けしていく。
 
●質疑応答
Q.現在、問い合わせの頻度はどれくらいでしょうか?
A.月に50~60件ほどの問い合わせがあります。
 
Q.こういった部署があると社内に知ってもらうための苦労はありましたか?
A.苦労した記憶はないが、「開発推進室」という名前をより定着させるための地道な啓蒙活動は行っていた。
 
Q.開発推進室やプロジェクト共通基盤のメンバーは専任になるのでしょうか?
A.横断的な対応だけに専任しているため、各プロジェクトに配属されることはない。
 
Q.各プロジェクトで独自にサービスを試すことはありますか?
A.プロジェクト側でも独自の試みは続いている。我々がプロジェクト側に足を運ぶことで何か問題が起きていないか確認するようにしている。その際「ここを任せてもらえませんか?」と相談して優先度を上げて改善する試みも行っている。

 
(取材・文 編集部:山岡広樹)
 

 

CEDEC2019公式サイト