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【連載】ゲーム業界 -活人研 KATSUNINKEN- 「社長トーク!」第1弾 コロプラ 馬場功淳 社長【前編】

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ディー・エヌ・エー(DeNA)<2432>の馬場保仁氏が、ゲーム業界の人材・採用に関して語っていく連載記事「ゲーム業界 -活人研 KATSUNINKEN-」。現在同氏は、DeNAのスマホアプリ開発のプロデューサーを担うほか、人事・採用担当も兼任している。開発現場・採用担当、双方の視点からゲーム業界における“人”に対してスポットをあてた連載記事。

今回は趣向を凝らして「人材」に関する対談記事を展開。


 

■「活人研・社長トーク!」第1弾 コロプラ 馬場功淳 社長・前編



株式会社コロプラ 代表取締役社長 馬場功氏(写真左)
株式会社ディー・エヌ・エー プロデューサー 兼 採用担当 馬場保(写真右)
 
今回で4回目となる、活人研ですが、趣を少し変えて、人材について他の方と対談をしてみましょう! 「活人研・社長トーク!」ということで、(株)コロプラ の馬場功淳社長にご登場いただきました! ご自身のこれまでの経験や、学生時代の話なども含め、ゲーム業界に、コロプラさんに、求める人材とはどんな人なのか? も含めてお聞きしたいと思います! 前編、後編の二部にわけてお送りいたします。

 

■「素直さ」と引き出しの多さ


馬場保(活):こんにちは!

馬場功(コ):こんにちは。

馬場保(活):SCIさんで現在、「活人研」というコラムを書かせて頂いています。人をどう活用していくか? を業界全体でこの先考えていかない時代にはいってきていると思っています。

スマホのアプリも言い方へんですけど、ヒットしてしまいますと運用でものすごい数の人が必要になってくるじゃないですか? でも、そんな簡単に人は採れるわけはなく…なので、今後は業界全体で人材を考えていく、つまりは、採用して、育成して、活用していくことと真剣に向き合っていかないと、この先業界がマズイだろうな…というのが発端で、始めさせていただきました。

そんな中、わたしが企画・運営している「HEAT」というイベントでは、各デベロッパーさんの社長さん達に「人材」に関してストレートにお伺いしていて、業界にとってもその会社にとっても学生にとっても、この先どうなっていってほしいかというメッセージを頂いています。

今回、この連載の対談企画の第一弾として、同じ苗字の誼(よしみ)ではないですが、馬場功(コ)さんにご登場をお願いたしました。よろしくお願いいたします!(笑)
 

馬場功(コ):はい、よろしくお願いします(笑)。
 
馬場保(活):では、まずざっくりと、ゲームクリエイターとして、コンシューマ・スマホゲーム関係なく、ゲーム作りで必要なスキルというかマインドというか、馬場功さん個人として必要なもの、どういう人がこの業界として望ましいか、お教え頂けますか?

馬場功(コ):難しいですね。新卒向けですよね? どちらかと言うと「いかに育てるか?」ということが重要だと思っています。ですから、新たに入社する人という観点で言うと、今後伸びる力や素養をみています。

馬場保(活):伸び代、ポテンシャルということですね。

馬場功(コ):入社したら、いろいろと教えるじゃないですか。その教えをきちんと自分で考えて、とらえてほしいですし、それをさらに伸ばせる人でないといけないと考えています。コロプラでは人間の気質として、「素直さ」を重要視しています。
 
馬場保(活):すごく大事な才能ですね。「素直」って。

馬場功(コ):はい。素直な人は、適切な教育を提供すれば伸びていくんです。どれだけ頭が良くても、どれだけゲーム作りのセンスがあっても、「素直さ」がないと基本的に内定を出していません。
 

その次に、ゲーム作りの「引き出しの多さ」も重要です。つくり手たるもの、引き出しが多くないとやはり厳しいんですよね。例えば、実生活で面白い体験をしたとします。消費する側、つまり、ユーザー(=ゲームプレイヤー)としては「楽しかったな」で良いんですけど、つくり手(=ゲームクリエイター)としては「どうして面白いのだろうか?」を考えて、考えて、考え続けることが大切だと思うんです。その考えた量が「引き出し」になるので、このプロセスを学生のうちに、なんとなくできている人がゲームクリエイターとして望ましいですね。

以上のことから、「面白いこと、なにかありますか?」「どうしてこれを面白いと思いましたか?」ということを、面接では聞いています。また、「そもそも面白いとはなんですか?」という根源的な質問をすることもあります。普段から「何でだろう?」と考えている人は、何かしら答えが出てきます。そういう人は素養があると思います。

馬場保(活):「正解」なんて多分ないですからね。その人なりに自分で体得しているものというか。私もよく言うのですけど、まずは「知識」を圧倒的に入れてくれ、誰でもそれはできるからって。それをすごい量を入れればどこかで「知恵」に変換されるだろうし、そしてできれば何かの「体験」をしてほしい。そうすれば何かしらのアウトプットは(成功失敗はさておき)でるので。

今の子たちって情報をすぐ調べられるじゃないですか? スマホも身近にあるお陰で。例えば検索かければ、それをまとめたウィキペディアにもすぐたどり着けると思います。すると、それを見つけたとこで止まってしまい、それで十分ものを知っていると思いこんでいるのがたまにあるんですよね。
 

馬場功(コ):そうですね。それも時代の流れですので、仕方ない面もあると思います。
 
馬場保(活):でも、それだとスマホを「持っているだけ」と変わらないので、その一歩先に踏み込んで「体験」している人が多分、貴重な時代になってくるのでしょうね。

 

■企画とコロプラ馬場功(コ)さんの経歴について


馬場保(活):私は、企画職の採用をよく見ているんですけど、それこそ10年〜15年前であれば「シナリオが好きです」とか、「キャラクター設定がしたいです」という人がよく企画で入ってきてたんですね。また、あまり良くはないですが、「プログラミングも絵も描けないけど、ゲームに関わりたいから、企画で!」といったのもよくある話だったんですよ。そんな子、いったい誰が採るんだ? って話もあるんですが(笑)

でも、企画は企画っぽいスキルだけですと、この先食べていくのは大変かなと思っていまして。それこそ(馬場功(コ)さんは)エンジニア出身じゃないですか? デザイナー出身の方もいて、その方達が企画して、プロデュースするとか…そのように軸足を別にもっていないと、この先の企画は難しいと思うんですよね。
 
馬場功(コ):難しいでしょうね。
 
馬場保(活):設計能力がある程度あれば、アイデアが出てきた瞬間に「こう作ればいいのかな」とエンジニアは思い浮かぶじゃないですか? で、デザイナーはワードが頭に入ってきた瞬間に絵が浮かぶと思います。あとは言語化するかどうか? が企画の仕事なのでそこは各々頑張ってくれやと(笑)。(軸足という点にて)逆に言いますと、馬場功(コ)さんは学生時代からバリバリのエンジニアで、将来はコード組んでっていうのを目指されていたんですか?

馬場功(コ):はい、プログラムを組むのが好きで、将来はプログラマーしかないな、と考えていました。

馬場保(活):そうなんですね。何歳ぐらいからですか?

馬場功(コ):中学生の頃からです。そういえば当時の(伝説の)写真があって、ちょっと待ってくださいね。

馬場保(活):20年くらい前でしょう。MSX?

馬場功(コ):その頃は何もなかったですね、たしか(笑)。当時は所属していた部活で、PC98の一世代前を使っていました。

馬場保(活):もう88SRシリーズとかの時代は終わって、98になっていたってことか…

馬場功(コ):そうそう。でも、98が買えなかったので、EPSONさんから出ていた互換機を買ってもらって、遊んでいましたね。

馬場保(活):こう考えると世代間を感じますね。僕はPC6001だったので(笑)

馬場功(コ):なるほど、僕の一世代前ですね(笑)。

馬場保(活):あれを初めて家庭のテレビに繋いで、プログラムを打ち込んで、それが動いたというのは当時は相当な感動だったんですけどね。

馬場功(コ):いやぁ、プログラミングを学ぶ上で、あの頃の体験は非常に良かったですね。
 
馬場保(活):最初、大学で初めてプログラムでC言語を始めた時、「何で行番号ねぇんだ!?」「どうすればいいんだ、これ!?」「CLSとかできないよ…」ってなりましたからね(笑)

馬場功(コ):(言語を始める時は)ありますね(笑)。そうか、よくよく考えるとgoto文がないから、行番号はいらないんですよね。懐かしいなぁ。あ! ありましたよ、写真。僕がたしか中学2年生か3年生の時のものなんですよ。
 

▲馬場社長、中学生時代の夢

馬場保(活):お、すごいじゃないですか! …特にこの下のよく分からない絵が(笑)。

馬場功(コ):そうそう(笑)。

馬場保(活):冗談はさておき、すごいなぁ! 中学生でちゃんとここまで夢をもって語っていて、ちゃんと実現しているのが偉いです。

馬場功(コ):全く忘れていましたけどねぇ。そう思っていたんだ、みたいな。

馬場保(活):「多国籍企業」って出てくるのが凄いですね。

馬場功(コ):当時、学校の授業で習ったんでしょうね。習いたてだったから、使いたくて書いたんじゃないかなと。

馬場保(活):いやー、でもとにかく、素晴らしい。「ソフト会社をつくる」、当時は、どんなことをイメージしていたんでしょうね。

馬場功(コ):どういう会社でしょうね。でも、小学生の時はゲームプログラマーになりたいと、なんとなく思っていました。

馬場保(活):何のゲームをやられてそう思ったんでしょう?

馬場功(コ):何だったかな…? ただ、当時はTVゲームが主流だったので、それをつくりたいと思っていたんでしょうね。発売されたゲームは大体遊んでいましたし。

馬場保(活):ファミコンですか?

馬場功(コ):ファミコンです。ファミコン世代ど真ん中なんで。あと、当時おじいちゃんの家にワープロがあって。それがカッコよくて、憧れていました。それもあって、中学生からプログラムをさわり始めました。

馬場保(活):それはもう我流で?

馬場功(コ):部活でちょっと勉強していましたが、ほぼ我流です。

馬場保(活):僕は、最初ベーマガ(マイコンBASICマガジン)を買ってきて、それを打ち込んでましたね。誤植があって動かなかったりしたんですけど。

馬場功(コ):そうそう! もしくは、改造して自分だけを強くしたり、ここにいれば絶対無敵! という安全地帯をつくったりして遊んでいました(笑)。

馬場保(活):やりました、やりました!(笑)。ああいう経験ってすごい大事ですよね。それこそ、僕とか馬場功(コ)さんの時代に流行ったゲームに『ダビスタ』(『ダービースタリオン』)があったと思うんですよね。パスワード解析を当時すごくしたと思うんですよ(笑)。多分チェックsum入っているんで、できないのはたくさんあったと思うんですけど、これをイジったらこうなって、アウトプットがこうなるというのがショート(短期)でわかるのは良かったですね。

馬場功(コ):時代も良かったですね。中学生で吸収も早かったですし、単純に面白かったですね。

馬場保(活):やっぱり最初は、BASICなんですか?

馬場功(コ):もちろんBASICです。N88-BASICですね。

馬場保(活):なるほど(笑)。そのあと高専や大学時代はもうC言語なんですか?

馬場功(コ):実は、高専時代は電気科だったんです。電気科なので、プログラミングの授業がないわけですよ。ハードの組み立てをするので、ひたすらオームの法則をやっていて。交流・直流とか(笑)。
 

そのうえ、ラグビー部に入っていたので毎日が忙しく。そこからプログラミングをやらなかった期間が3~4年くらいありましたね。高専の5年生になって大学では情報系に進学することが決まり、その後、研究室などで再びプログラミングをやるようになりました。やっていくうちに、「そうそう。こういうの、あったあった!」という風に思い出しながら、ちょっとずつプログラミング熱が再燃してきたと。

馬場保(活):じゃあそこからまたゲームのプログラムを?

馬場功(コ):ゲームではないですね。普通のプログラマーでした。当時はインターネットが出始めの頃で、僕が17~18歳くらいだったかな? 1993年頃、windows3.1の時だったような。インターネット接続もパッチを開けて、ローカルで通信をするはずなのにAPIを叩くとなぜかダイアルアップをしないといけないという、そんな時代。

当時はDelPhiとか、簡単にプログラムを組めるものがあったじゃないですか? そういうものでプログラムを組んで、遊んでいましたね。その後、大学に入ってから、もう少し専門的な事を学びました。その時はUnixなどにハマって、OSマニアになっていました。OSをビルドしてはインストールするということを繰り返しやっていましたね。

その頃もゲームの事は忘れていました。仕事でWEBサイトを作らなければならなくなって、経験があまりなかったので、どうせなら好きなものにしようと思い、ゲームサイトを作ったのがゲームと関わった最初ですね。

馬場保(活):なるほど。では、そこに10年くらいのゲーム体験が生きたわけですね。どうせなら好きなものをやろうと。

馬場功(コ):はい。だって、ベーマガに載っていたのは全部ゲームだったじゃないですか。あの時に戻った感じですね。社会人生活ではいろいろ作っていて、ゲームだけを作るという訳ではなかったです。ゲームは「コロニーな生活」という位置ゲーを個人で開発して、5年ほど運用していました。

社会人になった当初は、ゲーム業界を目指していた訳でなく、プログラミングを組めれば良かったんです。1社目に勤めていたKLab(当時:ケイ・ラボラトリー)さんからグリーさんに転職したタイミングが、ちょうどグリーさんでゲームをいろいろ作りはじめた時期だったので、そこから仕事でもゲーム作りに携わるようになりました。

会社を創ってからは、やらないと死ぬ、というリアル死が待っていたので、必死に勉強してやってきましたね。はじめは、「コロニーな生活」だけを運用している会社で、ゲームというよりWEBサービスに近いものだったので、ゲームの知識がゼロでも運用することができました。しかし、日本でスマートフォンが流行りだして、「スマートフォン向けにゲームを作らないといけないんじゃないか?」と思った瞬間から、一人で勉強が始まりました

その頃、韓国のゲーム会社さんを見学させて頂く機会があったのですが、開発のやり方について、自社との差があまりにも大きいことを目の当たりにしたんです。そこから「ゲームを作れる体制」へと会社を徐々に変えていきました。当時、社内にもコンソールゲーム会社出身の社員が数人いたので、「以前勤めていた会社はどうやっていたのか?」「どんな人員構成だったのか?」といったことを聞いては、コロプラに当てはめていきましたね。

馬場保(活):組織の構造や、それ自体が異なっていたことに気づかれたんですね?
 

馬場功(コ):そうです。全然違ったんです。当時コロプラのデザイナーはPhotoShopを使ってなかったんですよ。全部、Illsutratorで全部作っていました。「なんでうちはフォトショを使わないんだ?絵が描けないじゃないか。」というコミュニケーションから始まり、そこからグラフィッカーを採用するようになりました。

エンジニアリングの部分はできる人がいなかったので、自分でやってみて「俺ができたなら、みんなも絶対にできる」という具合に広めていきましたね。音楽については全然わからないので、フリーのものを使用したり、既に出来上がったものを購入したりしていました。3Dも知識がなかったので、制作費の金額感もわからず。今思うと、「あの3Dモデルを作るのになんで100万円もかかったんだ?」とか(笑)、そういう経験をしてきました。

要するに、ノウハウがなかったんですよね。ですので、やりながら学んでいきました。そして、今までコンソールゲーム会社で働いていた方や、それぞれの専門家を採用し、やり方を聞いては適用してきました。そういったことを繰り返しながら今に至った、というわけです。

馬場保(活):そうなんですね。サウンドクリエイターはいらっしゃるんですか?

馬場功(コ):最近ご入社いただいています。次はサウンドだろう、ということで。サウンドはゲームの中でも役割が大きい要素ですからね。これまでWEBサービスしか作っていなかった会社からの脱却は大変でした。

プランナーも専門職ですよね? また、グラフィッカーや3Dデザイナーも、モデル制作、モーション制作、エフェクト制作、背景制作など、いくつにも分かれているじゃないですか。「全部できる人はいないのか?」と聞いても、「いません」って言われて、驚愕しましたね…。

シナリオも、「誰か書ける?」「誰も書けない」…ということで、シナリオライターさんにご入社していただきました。このように専門職の方に入っていただくことで、開発体制を強化してきたのですが、サウンドが弱点でしたので、それを改善するためにサウンドの専門家に最近ご入社いただきました。

馬場保(活):じゃあコンポーザーやサウンドプログラマーも両方いらっしゃるんですか?

馬場功(コ):サウンドプログラマーはまだ採用できていないですね。今は、曲を作る人やSEを管理する人を採用している段階です。

馬場保(活):スタジオは?

馬場功(コ):まだですね。

馬場保(活):サウンドクリエイターがいると、ボイスも全部社内で録りたいとか言い出すんですよ。確かに社内にあると早いんですよね。ちょっと音の録り漏れがあると、録ろうというのができるんで。アクターさんだけは優先になってしまいますが、音を加工するのは後でやればいいとかできるので。いやぁ、コンポーザーがいるのはいいですねぇ。うちもいてほしいなぁ(笑)。

馬場功(コ):経営者の立場からすると、新しい職種を採用することは非常に抵抗があるんです。誰がマネジメントするの? とか、評価はどうするの? とか。そこは会社によって違いはありますよね。ただ、サウンドに関してはもっと早くやっておけば良かったと思っています。

 

■新入社員時代


馬場保(活):また話が戻るんですけど、社会人になられた時、つまり「新入社員」の時はどういうことを考えて仕事をされていましたか? さきほどの夢に向かって走っていたのか、何かを極めたいと思っていたとか。

馬場功(コ):とにかく一生懸命に頑張って仕事をしていました。ゲームとは関係ない、いろんなことをやっていました。サイトを作ったり、サービスを作ったり。エンジニアリングは、元々学生時代にやっていたので問題ありませんでしたが、社会人としての作法や人付き合い、仕事の進め方といったことは大分学びました。仕事を進めていく上ではいろんな人種がいて、人によって考え方は全く違うじゃないですか。社会人になって、そういったものを徐々に学びつつ、養っていきましたね。

馬場保(活):学生の時であれば、自分一人でやれるじゃないですか。特にエンジニアさんであれば、自分でコツコツやって一人で完結できるじゃないですか。ただ、仕事だと大抵は一人では完結できない。エンジニアであったとしても、二人以上でやることが多い。その二人以上で仕事をやる時に壁にぶつかったことはありますか?

馬場功(コ):ストレスを感じたことはなかったですね。というのも、今はだいぶ丸くなりましたが、当時はだいぶ尖っていたので(笑)。

馬場保(活):まあ、いいんじゃないですかね(笑)。僕も当時、最初に入ったプロジェクトでゲームのタイトルを決める会議があったんですよ。新卒だったので議事録とりとして参加していたんですけど、あるタイトルに決まりかけた時にどうしても納得がいかなくて。超媚びてるタイトルだったんですよ。で、上司に「これおかしくないですか?」と会議を延ばして粘って(笑)。終わった後に部長に呼ばれて「馬場、言ってることはいいけど、言葉づかいは気をつけろ」と言われましたね(笑)。
 

馬場功(コ):よくあるパターンですね(笑)。まさにそんな感じ。

馬場保(活):正論振りかざすだけではダメだと。目的は、結果を通さないといけないと学びましたね。(笑)

馬場功(コ):そういうことを学びました。入社後半年から一年は、だいぶひどかったです。先輩たちも苦労されていたと思います。

馬場保(活):わかります。自分もそうだったんで(笑)。腫れ物までは言わないまでも、面倒くさい奴だったと。(笑)

馬場功(コ):そうそう。1年くらいすると、そのトゲもとれたりして。

馬場保(活):相手も理解してくれたりね。逆に、後輩が初めてついた時はどうでしたか? 自分がスーパーな存在だと、すごく厳しくしたりとか、無視して全部自分でやっちゃうとか聞くじゃないですか。

馬場功(コ):そこもベンチャー企業というのはすごくて、僕は入社して3年くらいで部下が30人くらいいたんですよ。抜擢登用ですね。当時23~24歳ぐらいでしたけど、40歳代の部下もいて。しかも、職種もバラバラでエンジニアだけではなかったので、色々考えている暇がなかったですね。ですので、後輩や年下がついた経験があまりないんです。

馬場保(活):それはまたすごい経験ですね!

馬場功(コ):学びは多かったですけどね。えらい気を使うようになった、とか。

馬場保(活):私も2年目のプロジェクトで、スタッフが5年目、8年目、9年目だったので、よく自分につけるなって思いましたね。まあでも一人逃げましたね。僕が辛くて(笑)

馬場功(コ):(笑)

馬場保(活):まあでも当時は、マネジメント経験も社会人経験もないから、厳しく当たっちゃうんですよね。今でこそ、できてこないと引き取ったりするんですけど。当時は「何でこれくらいできないの?」と。

馬場功(コ):若気の至りですね。

馬場保(活):あの経験があったので今があるんですけど、当時の人たちにはほんと、申し訳なかったと思いますね。
 
 

予定を超えても会話がはずむ…。ただ、これまで馬場社長の学生時代~新人時代の貴重な話をお聞きすることができました。素直であってほしい、とおっしゃっていましたが、自身は尖っていた。が、その後、学び、変化をしていかれています。

つまり、「素直」とは、YESマンであることでは決してなく、自分というものをもちながら、且つ、新たな知見や経験、価値観と出会った時に、柔軟に一度は受け止めてみることができること、なのではないでしょうか?

まだまだ話は続くが、いったん今回はこれまで。次回は、後編として、採用や育成に関するお話をおききしています。お楽しみに!!

<後編の記事はこちら>
「社長トーク!」第1弾 コロプラ 馬場功淳 社長【後編】
 

■著者 : 馬場保仁
DeNA プロデューサー 兼 採用担当。過去、セガ(当時 セガ・エンタープライゼス)で『プロ野球チームをつくろう!』『Jリーグプロサッカークラブをつくろう!』など多数のゲーム開発に従事。DeNA入社後は、スマホアプリの開発にプロデューサーとして従事。現在は、プロデューサーとしてゲーム開発を行うと同時に、人事も兼任し、ゲーム業界の人材育成のためにも尽力している。著書に「ゲームの教科書」(ちくまプリマー新書)がある。


■ゲーム業界 -活人研 KATSUNINKEN- バックナンバー

第三回「若手のチャンスとキャリアパス」

第二回「企業×学校×学生」

第一回「ゲーム業界って本当に人手不足なの?」

 
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