【インタビュー】「UXポリシーとKPIを突き合わせたデータ分析を」…Precious Analytics米元氏に訊く 売上を維持するゲーム運用設計とは

昨今のアプリゲーム市場は、競争が激しく、コストを掛けて開発しても売れるかどうかがわからないレッドオーシャン化が進んで久しい。その為、一度上げた売上を維持して利益をしっかり確保することが以前にも増して重要になっている。今回、そうした中で、売上を維持するための秘訣について、株式会社Precious Analyticsの代表取締役CEO米元広樹氏にインタビューを行った。

今回は、前回のインタビュー「UXポリシーに基づいたパラメータ設計」の第三回目にあたる(インタビューアー:美田和成氏) 


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◼︎データ分析とは、定量化したUXポリシーとブレイクダウンした目標の地道な突き合わせ














 株式会社Precious Analytics
 代表取締役CEO
 米元広樹

―――: よろしくお願いいたします。前回はUXポリシーに基づいたパラメータ設計のフローについてお話いただきました。今回は、設計後の運用についてのお話をお聞かせ下さい。
 
よろしくお願いいたします。スマートフォンゲーム運用の理想形としては、お客様に提供する楽しみを最大化しつつ、その対価としての売上を無理なく維持する、というところだと思います。そのためには、ユーザーの動向を見ながら、ユーザーが自然とゲームに定着しハマっていく、という流れを作り維持していけるかが重要となります。

ゲーム開発時にそのあたりは当然考えられているのですが、実際にリリースすると想定と異なることが多々出てくるので、それを踏まえて、ユーザーが求めているものを把握し、それに沿った形で少しずつ改修を重ねていき、よりユーザーが定着しやすいゲームにしていくということが重要ですね。イメージですと、このように、ユーザーがハマっていって難易度が上がっていくステップがあるとすると、ここが凸凹していたり、先がなかったり、という部分を運用で埋めていくようなイメージになります。

 

―――: 階段をきれいに整えていくのが運用のイメージなのですね。どのような方法で行うのが理想なのでしょうか?
 
そうですね、理想の方法はチームの強みを活かした形であれば何でも良いと思っています。各社見ていると、徹底的なデータドリブンを行っているところから、感覚主体の運用まで様々あります。私はデータドリブンかつ仕組み化された運用を推奨する立場ではありますが、究極のところ、運用が上手く行っていれば、感覚的な運用でも良いとは思っています。というのも、中途半端なデータ分析に基づく運営より、感覚が優れたプランナーさんの意思決定に基づいた運営の方が上手くいくこともありますので。

ただ、データを活用しない感覚的な運用の場合のデメリットとしては、メンバーの交代があった時に運用のクォリティを担保できないリスクが高いことや、ユーザー動向を網羅的に見ることが出来ていない場合に、施策の方向性やパラメータ設定などを誤って売上に影響を及ぼすなどのリスクが高いことが挙げられます。そのため、データ分析を使ったほうが属人化せず、低リスクであると思いますし、設計ミスとかに気付きやすく、かつ修正もし易いと思います。


―――:なるほど。では、データドリブンでの運用とはどのような状態が望ましいのでしょうか?
 
理想としては、売上などの大きな目標があって、それに向けてブレイクダウンされた小目標があり、仮説をもとに施策を行うことで、その目標に向かっているかを確認している、という状態ですね。ここまでは、データドリブンかどうかに関わらず重要なことですが、更に、データなどユーザーの反応を見ながらチューニングを重ね、試行錯誤しつつ目標を達成していくことが出来るような仕組みが回っていると良いと考えています。

なので、適切な目標とそれをブレイクダウンしたKPIを設定すること、そしてそれらを活用して効率的にPDCAを回していくことが重要になります。PDCAについては、既にご存知かと思いますが、簡単に説明させていただくと、Plan、Do、Check、Actionの頭文字を取ったもので、プランを立て、それを実行し、チェックして、次のアクションに活かす、というサイクルです。


―――:PDCAは具体的にはどのように回していくのが良いのでしょうか?。
 
まず、PDCAは何か大きく向かう方向、つまり目標を設定して行うと効率が良いものなのですが、スマートフォンゲーム運用では、先ほどお話した、タイトル固有のブレイクダウンされた目標をKPIとして、そこをめがけてPDCAを行っていくイメージになります。

KPIを達成するために、現状と理想とのギャップの原因となっている課題を見つけ出し、仮説を立てて施策に落としていき、その結果をそのKPIで確認し、次のアクションにつなげる、といった流れですね。

その為、前回、前々回とお話させていただいた、UXポリシーという、ユーザーがゲームを通じて得られる体験のポリシーが定量的に設定されていると、目標KPIが立てやすく、PDCAが回しやすくなります。

また、施策自体は、上手く行ったものもあれば、そうでなかったものもあるので、それらの施策を次に活かすことが出来るかが大きなポイントです。ここでの要因分析でデータ分析を活用することで、PDCAの質と速度が劇的に改善します。


―――:なるほど。では、データ分析を活用したPDCAを行う上で特に難しい部分はどのあたりなのでしょうか?
 
技術面としては、大きく分けて3つあります。

1つ目が、UXポリシーの定量化ですね。例えば、こういう遊びをして欲しい、という目標を定量化するためには、数字で言うと何がどれくらいの値になったらOKなのかどうかを定義していきます。そもそも、UXポリシーは感覚的というか定性的なものなので、それを定量的に落とすのに時間がかかることが多いです。

2つ目が、最終的な目標となる売上のブレイクダウンですね。基本的な分解としては、売上はユーザー数×課金率×ARPPUとなるのですが、これを更に詳細なKPIに分解していくところが難しいところですね。例えば、課金率を上げるにしても、どういうクラスターでユーザーを分けるかというところが一番大変なところになります。

3つ目が、定量化されたUXポリシーとブレイクダウンされた目標となるKPIを突き合わせるところですね。これが地味に泥臭い作業なのですが、これを行なってしまえば、そのあとは費用対効果などの観点から優先順位を決定し、UXポリシーに基づいて施策を打ち、UXポリシーを満たしているかどうか確認し、満たした結果、売上をブレイクダウンした指標を達成しているか、のPDCAをひたすら回していくイメージになります。

 

◼︎適切な体制を整えた上でのデータ分析を


―――:技術面以外で難しい点はどのあたりになるのでしょうか?
 
そうですね。ここからが本題というか、データ分析が上手く行かないのは、技術面より、それ以外の要因が大きいと考えていまして、こちらも大きく3つあります。

1つ目が、「適切な」目標設定ですね。適切な目標というのは難易度がほどよく高く、適切なスパンで切られていて、適切なブレイクダウンがされていることが重要になります。そもそも、PDCAを回さなくても達成できるような難易度の低い目標であれば、PDCAはそもそも回りません。これは言うまでもないことですね。

スパンについても、運用でよくある、単月での売上目標を厳しく管理してしまう形にしてしまうと、短期の目標ばかりを追いがちになり、どうしても単価を上げる系の施策が多くなってしまいます。そうなってしまうと、本来運用で注力すべきであるユーザーの定着という、長期的な改善施策に工数が掛けにくくなってしまいます。

目標の適切なブレイクダウンについては、目標を設定しても、そこに至る道筋があまりに不明瞭だと、何をしたらいいかわからなくなってしまいますし、長期目標を立てたときも、途中途中のマイルストーンという形でのブレイクダウンが出来ていないと、計画通りなのかの確認もできない状況になります。

このように目標が適切に設定されないと、その先のPDCAが回しにくい状況に陥ることが多々あります。なので、1つ目の適切な目標設定については、例えば長期的な売上や、累積売上や利益とかというものを大目標にした上で、適切に小目標にブレイクダウンをし、適切なマイルストーンを設定することが重要と考えています。


 
―――:確かに、目標が不適切だとPDCAも回しにくいですね。2つ目は何でしょうか?
 
2つ目はゲーム設計の部分ですね。実は、UXポリシーそのものが、目標のブレイクダウンと密接に関連しています。なので、前回お話させていただいた通り、事前に設計をしっかり行うことで、目標設計とブレイクダウン、その後のPDCAを回しての改善が楽になります。

しかし、運用年数が経っていたり、メンバーの交代が激しかったりすると、UXポリシーが残っていないために、理想との差分、つまり課題設定がそもそもできないので、データを見ても、どういうふうに改良したらよいかがわからないのです。

その場合は、今後の運用についても大きな方針が定まっていないため、施策が右往左往しがちになります。だからこそ、リリース前のゲーム設計の段階で、UXポリシーをしっかりと詰めておくことが重要となるのです。

データ分析で効果が出る時のパターンとしては、今まで可視化されていなかった部分が可視化され、新たな示唆が得られる、みたいなことが多いのですが、要はこれって、「こんなはずじゃなかったのに」ということなんですよね。

逆を言えば、それまでは想定は何となくあっても、それを明文化と定量化しなかったので、結局どういう値になっているのか気にならず、データでも見る気が起きなくて、気が付いたら傷が拡大していて、売上に大きな影響を及ぼしていた、というケースが多いのかなと思います。

これも結局はUXポリシーが無いか、もしくは、定量化されていなくて、また、その結果との差分もウォッチされていなかったからだと思います。

 

―――:UXポリシーを定量化しないからこそ、注意がそこに向かず傷が広がっていた、ということですね。3つ目の要因は何でしょうか?
 
最後は組織としての課題ですね。1つ目の適切な目標設定も、評価制度や組織の状況によっては、長期的な目標を設定できないことがあったりしますし、2つ目のゲーム設計も、開発段階から設計をしっかりと行う文化やフローになっていないと実行が難しいですね。

PDCAについても、失敗ありきで行うのが普通なので、失敗に対する許容度が小さいと、そもそも失敗を振り返ることが出来ない、というようなことも多々あります。折角そこに成功の種が眠っていても、その種を掘れないんですよね。また、そういう環境では、何か成功しても、その要因が振り返られないことがあり、結局施策がまぐれ当たりで終わってしまうということも多いです。

更に、PDCAを回すということ自体、決して楽なことではなく、目先の業務に追いやられているとついつい後回しにしがちになるので、それを無理にでも行えるような仕組みや組織体制づくりを出来るかどうかがポイントとなります。

PDCAを回すということは、学校の宿題みたいなものであり、みんな喜んでやるようなものではないので、導入期はある程度、決まりとしてとにかく行うことをトップダウンで行えると一番望ましいのではないかなと思います。


―――:なるほど、確かに簡単なことではなさそうですね。本日はデータ分析の難しいお話になるかと思ったのですが、意外と技術面以外の課題が大きいのですね。
 

もちろん目標設計を行ったり、PDCAを回したりする上でデータ分析を用いて色々と試行錯誤することは必要であり、技術的な課題も多いのですが、そもそも前段が揃っていないと、そのデータ分析もあまり意味をなさないのですよね。見る指標はそれほど変わらなくても、この辺りの前段を揃えると示唆の出方が全然違ったりするので、そういったところが単純ではなく、面白いところでもあります。
 
―――:データ分析のひと味変わった切り口でのお話、非常に興味深かったです。本日はありがとうございました。



※インタビューに関して意見に関連する部分はすべて私見によるものとなります。
デロイト トーマツ

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