◼︎脳は足りない情報を補足する
冒頭、今回のテーマを『Sense of Presence, Agency, Ownership』と説明した遠藤氏。いずれもVR(仮想現実)の研究開発で重視されるキーワードで、それぞれ「存在感」「運動の動作主体が自分である感覚」「所有感」という意味だ。いずれも「(現実世界かVR空間かは関係なく)脳が状況や対象物をホンモノだと認識している状態」を創出し、維持し続けるために必要な概念となる。
遠藤氏はこれを映画『アバター』のコピー「観るのではない、そこにいるのだ」と同じ状態だと指摘。その上で「今のVRはVRじゃない。ただの『加速度センサー付き両眼視差立体視HMD』だ」と切り捨てた。実際にVR開発者は今のVR HMDを通過点に、さらなる研究開発を続けている。しかし学生は往々にして「今のVR」をすべてだと捉えがちだ。そうならないために、視野を広げる必要があるというわけだ。
キーワードとして紹介されたのが「クロスモーダル現象」だ。仮想体験中に実際には存在しない感覚が脳の中で補完される現象で、『サマーレッスン』でプレイヤーに近づいた美少女の息づかいが聞こえた、『THE DEEP』で海に潜りながら気温の低下を感じた、などはその好例。実際にはそうした仕様は存在しないにもかかわらず、過去の経験から脳が「こんな感覚に違いない」と補完してしまうのだ。
他にも身近な例では、かき氷のシロップがあげられる。それぞれのシロップは香料が異なるだけで、味は変わらない。しかし「イチゴ味」「メロン味」などと表記されると、それらしい味がする。これは脳が「赤い色でイチゴのような香りがすれば、これはイチゴ味がする食べ物に違いない」と味覚を補填した結果だ。そのためイチゴを食べたことがない人には、そうした現象はおこらない。体験者のそれまでの体験に大きく影響されることになる。
他にも身近な例では、かき氷のシロップがあげられる。それぞれのシロップは香料が異なるだけで、味は変わらない。しかし「イチゴ味」「メロン味」などと表記されると、それらしい味がする。これは脳が「赤い色でイチゴのような香りがすれば、これはイチゴ味がする食べ物に違いない」と味覚を補填した結果だ。そのためイチゴを食べたことがない人には、そうした現象はおこらない。体験者のそれまでの体験に大きく影響されることになる。
この現象を上手く活用すると、「より魅力的なVRコンテンツが開発できる」「VRデバイスをコンパクトにできる」などのメリットが得られる。実際に視覚や聴覚はVR空間内でも、90%近く再現できる。触覚も60%近く再現可能になってきた。これに対して味覚と嗅覚はまだまだで、嗅覚で30%、味覚で5%程度とされる。こうした背景も手伝って、全世界の研究者によって、さまざまなクロスモーダル現象をベースとした研究が行われている。
◼︎クロスモーダル現象を扱った研究事例の数々
遠藤氏は国内の事例を中心に、さまざまな研究事例を紹介していった。食品の見た目をARで変化させる「拡張満腹感」はその一つ。見た目のサイズを変えるだけでなく、皿のサイズを変えることで満腹感を演出することもできる。他にARでチョコレートクッキーを表示しながら、チョコレートの香りを鼻の前に噴霧すると、ただのクッキーがチョコレート味に感じられる、などの研究も存在する。
悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しくなる……。このような研究も存在する。口元や頬の筋肉をリアルタイムで修正し、人の顔を笑顔で映す鏡「Smart Face」を用いた研究はその一つだ。お互いが笑顔な状態でブレインストーミングを行うと、ふだんよりずっと大量のアイディアが飛び出した。このように内部感覚は外部感覚によってハックされ得る。ここがVRのポイントで、その背景にあるのが3つの「センスオブ○○」というわけだ。
実際、遠藤氏は「Sense of Presence」「Sense of Agency」「Sense of Ownership」の概念を知らずにゲームデザインはできない……そんな時代が近い将来に到来すると指摘する。中でも課題となるのが「Sense of Agency」だ。ゲームを遊んで「やらされている感じ」がすると、それだけで没入感がそがれてしまう。しかし、多くのゲーム開発者は「Sense of Agency」に無頓着なのではないか……このように遠藤氏は指摘する。
例に挙げられたのが「誰でも神プレイできるジャンプゲーム」という研究だ。ゲーム側で適切にアシストすることで、プレイヤーに意識させることなく神プレイを実現させるもので、Sense of Agencyの維持が課題となる。アシストを強めすぎるとプレイヤーに気づかれてしまい、Sense of Agencyが失われてしまうからだ。このようにSense of Agencyを適切に保つことは、動的な難易度調整で重要な課題となる。
自分で選択した結果、予測範囲内のことがおきる。これがSense of Agencyが保たれている状態だ。これに対して予測範囲外のことが起きた瞬間、Sense of Agencyは失われる。Sense of Agencyが絶対に保たれなければいけない状況もある。自動車の運転などは好例だ。遠藤氏は「右ハンドルを切ったのに、左に進むとSense of Agencyが失われる。新人はそうしたゲームを提案しがちだが、つまらない」と指摘した。
◼︎Sense of Agency をテーマとしたワークショップ
セミナー後半ではいつものようにワークショップが行われた。テーマは「Sense of Agencyがないゲームを探して、解決策を探る」というもの。「このゲームのこのシーンでSense of Agencyが失われるので、このように修正したら良い、そんな風にグループで分析して発表してください」と遠藤氏はテーマを投げかける。このテーマに学生達は頭を悩ませながら、さまざまなディスカッションを開始。その後、さまざまな発表が行われた。
発表では事前に「誰も知らないタイトルで発表されるとわからないので、できるだけメジャーなタイトルにして欲しい」という説明が行われた。そのため発表では『ポケットモンスター』『ファイナルファンタジー』などが遡上にあがった。「『FF15』では車の運転中に脇道に入れない、海がきれいなのに泳げないといったシーンでSense of Agencyがそがれてしまう。対策として何かしら納得のいくフィードバックが欲しい」などだ。
また、「『ポケモン』でダメージを受けてもポケモンの状態に変化がないとSense of Agencyがそがれるため、ダメージに応じてグラフィックを変化させるといい」などの指摘があった。他にも「QTEでまったく関係のないボタン操作を強制されるとSense of Agencyがそがれてしまう。障害物を飛び越えるシーンでジャンプボタンを押させるなど、それまでの操作との関連性を保つようにするといい」など、より幅広い指摘もあった。
過去の「座・芸夢」の中でも非常に難度の高いテーマで行われた今回のワークショップ。遠藤氏は選択の理由に「VRなどで今、いちばんホットなテーマでもあり、学生に最先端の情報を伝えたかった」と述べた。また「Sense of Presenceがないゲームは早晩、商品価値を失っていく。次がSense of Agencyで、最後がSense or Ownership。今の学生が就職して活躍するようになると、時代が追いついてくる」と述べた。
このほかSense of Agencyは顧客満足度にも影響を及ぼすと補足された。「ゲームは自由な行為であることが重要で、プレイヤーの行動に対して適切なフィードバックを返すことが求められる。これがSense of Agencyの維持につながっていく」(遠藤氏)。「誰でも神プレイ〜」の研究にもあるとおり、ゲームは難しすぎても簡単すぎてもSense of Agencyの喪失をもたらしてしまうので、注意が必要というわけだ。
もっとも適切な難易度は時代によっても変化する。1980年代は難解なゲームが好まれたが、F2Pゲームが主流の昨今では、少しでも難度が高いと簡単に離脱されてしまう。いずれにせよSense of Agencyという視点でゲームを分析すると、さまざまな気づきが得られる。「ゲームだから」「お約束だから」で逃げるゲームが多い中、こうした視点は学生にとっても大いに刺激になったようだ。
最後に「座・芸夢」の旗振り役を務めるファリアーの馬場保仁氏から「ゲームの中で作業感が最も感じられる部分がチュートリアル。チュートリアルはできるだけ短い方が良いし、仕方なくデザインする上でもSense of Agencyを保つ努力が必要になる。今回のワークショップをそんな風に応用してもらえれば良いのではないか」と総括した。その上で座・芸夢を通して他校の学生と交流を深め、友達やライバルを作って帰って欲しいと締めくくった。
(取材・文:ライター 小野憲史)
会社情報
- 会社名
- 株式会社ファリアー
- 設立
- 2016年7月
- 代表者
- 代表取締役社長 馬場 保仁