日本翻訳者協会、官民の「AIを用いた漫画の大量翻訳と海外輸出の取り組み」への深刻な懸念を表明

日本翻訳者協会(JAT)は、この日(6月4日)、官民の「AIを用いた漫画の大量翻訳と海外輸出の取り組み」への深刻な懸念を表明するとの意見書を発表した。意見書では、AIによる翻訳はハイコンテクストな文章の翻訳には不向きで作品の価値を損なう恐れがあるだけでなく、AIによる低品質の翻訳作品の流通は海賊版の蔓延を助長する可能性がある、とした。さらに、翻訳従事者の雇用を奪うことや、人材を安価に使い捨てることにつながりかねないことなど、専門家の技能が軽視される事態を憂慮しているという。 

<以下、意見書より> 
 

日本翻訳者協会(JAT)は、官民の「AIを用いた漫画の大量翻訳と海外輸出の取り組み」に対し、深刻な懸念を表明いたします。  

第一に、現時点でのAIによる翻訳は、作品のニュアンスや文化的背景、登場人物の特徴を十分に反映できる品質には達していません。それにもかかわらず、大量の作品を短期間で(公式発表によると5年で5万点、1点あたり最短2日で)機械的に翻訳することは、作品の価値を大きく損なう恐れがあります。

第二に、AIへの過度な依存は、近い将来、漫画翻訳を長年支えてきた方々の雇用を奪うだけでなく、コスト削減の名目で人材を安価に使い捨てることにもつながりかねません。専門家の技能と経験が軽視される事態を深く憂慮しています。

第三に、拙速な翻訳によって質の低い翻訳版が流通すれば、海賊版の蔓延を助長しかねません。低品質な翻訳は正規版への信頼を損ない、かえって多くの海賊版を生み出す恐れがあります。

漫画は日本文化の重要な一部であり、海外の人々が日本を知る上で大きな役割を担っています。だからこそ、その「言葉」を伝える翻訳を軽視すべきではありません。

私たちの知識と経験によると、AIは物語(ストーリー)が生命線となる小説・脚本・ゲーム・漫画、いわゆるハイコンテクストな文章の翻訳には極めて不向きです。

安易なAI頼みの翻訳は、漫画業界・翻訳業界だけでなく、日本の国益をも損ねる事態を招くでしょう。官民の「AIを用いた漫画の大量翻訳と海外輸出の取り組み」が、日本のソフトパワーを損なうことを憂慮しています。

日本の漫画を日本から海外に届けつづけるには、専門家による丁寧な翻訳が不可欠であると、私たち日本翻訳者協会は考えます。 今こそAI翻訳や機械翻訳を使う場合において、漫画家、事業者(発行者)、政府、翻訳者、翻訳者団体、作品の読み手をも含め慎重かつ建設的な議論がなされるよう、切に提言したいと思います。

日本翻訳者協会