■なぜいま長沙なのか。中国地方部におこるコマース革命
中国の都市別GDPをみると上海/北京/深圳/広州/重慶と日本人にもよく知られた都市が並び、その15番目ほどに「長沙市」が現れる。日本でいえばGDP15位の県庁所在地は「栃木県」である。今回、なぜ“中国の栃木”といえる、いわゆる微妙なポジショニングにある都市をあえて調査したのかについてまず語りたい。
GDPでは中位であっても長沙というのは実は「年間消費金額」でいうと中国都市の5位に浮上する(4.5万元)。なぜなら住宅が安いからだ。平方メートルあたりの金額でいえば6.7万元の上海、4.4万元の北京に比べると長沙は1.4万元と1/3以下。所得が高いわけでもないが、住宅価格の低水準が幸いして「可処分所得」が高く、中国における一大消費地としてのポジションを謳歌している、というわけだ。
たまたま住宅が安い、という偶発的な理由だけでもない。長沙は建国の祖、毛沢東の生誕地ということがあり、地方行政としても自由度が高い。観光名物として「深夜経済」とあげられるように、夜仕事終わりに街にでるとこのありさま。平日の夜でも常に人がにぎわい、消費をすることそのものに大きな活気がある特徴的な地域だ。
英語は通じない。いわゆる「外国人」もほとんどいない。そんないわゆる「中国地方大都市」というのは、上海や北京といった“外向きの特別な中国超大都市”とは違う顔つきをもつ。日本人ビジネスマンがよく出張する北京、上海、広州、深圳は“超一線都市”、いわゆる改革開放の時代から国をあげてグローバル化のミッションをもち、特別にテコ入れされてきた都市だ。だからこそそれは中国人にとってすら特別な街である。逆に長沙のような街こそが中国のリアリティであり、14億人の691都市というこの巨大市場は長沙の延長線上にこそ広がっているのだ。
そうした中、ショート動画が2019年ごろから急騰し、全体の30%を占めるほどの旺盛な消費量になっている。実はEC全体が伸びているわけではない。2010年代に旺盛な成長をしてきたTmallやJD.comもいったん成長の突き当りにきている。中国だからと言ってなんでもかんでも成長しているわけではない。 変化の正体はTikTokだ。可処分時間のシェアは2021年の6%から24年の30%まで圧倒的な勢いで伸びている。Instant MessageもOnline Videoもコロナ後にシェアとしては伸びていない。この5年間で急激に増えたのは「ショートビデオ」、このTikTokが生み出した「ショッピングとエンタメの中間」にある娯楽なのだ。

すでに中国においても1人あたりのネット使用時間は突きあたりにきている。毎日5時間、月160時間。中国の無数のエンタメやEC事業者がこの時間を奪い合う中で、「長沙」は各事業者にとっての試金石であり、注力エリアでもある。この地から世界ブランドになった企業でいうとAnkerや三一重工といった企業があげられる。今回そんな調査ツアーに日本・中国それぞれ50名程度のメンバーで構成される日中リーダーシッププログラム(JCLP)の研修プログラムで参加してきた。

▲長沙の商業中心地。不況期とは思えないほどに常に人だかりが絶えない

▲夜22時ごろになると交差点はこれだけ大量の人手が押し寄せる。

▲東京の渋谷や秋葉原のピーク時も思わせるほどの混雑。土日の夜はいつもこんな感じ。

▲毛沢東の生誕地ということもあり巨大な彫像は観光名物になっている
■地方テレビMango TV(湖南電視台)がショートドラマで成功できた理由
2024年時点で1兆円(500億元)と言われる中国ショートドラマ市場は3年後には倍になると想定されている(2027年で1000億元予想)。ドラマで10兆円というのは日本からすると???という数字だ。そもそも日本のテレビ産業(N・地上波・衛星・BS)すべての市場規模が3.5兆円、いま勢いのあるVTuber市場でも0.1兆円を超えたところ。全局のドラマ制作費が300億円にすぎない。中国ではどうやったらこんなに短期で巨大な市場が形成できたのか。

出典)iiMedia Research
半分は広告費でショートドラマに差し込まれる広告費は250億元(2024)→350億元(2025)と毎年40%単位で伸びるような急成長だ。残りはダイレクトな商品販促によるタイアップやIAP(1話ごとの直接課金)といったところだろう。広告費の源泉となるのは、その広大な視聴人口である。現在5.76億人が視聴し、1人当たりでいえば150分も“平均”で毎日見視聴している。なぜショート動画にこれほど夢中になっているのか、といえば「中国農村部の中高年層」を捕まえたことにある。地方部で50歳以上の視聴者が2-5分尺のビデオを熱心にみるようになっており、それは「ドラマ」だけではなく、「ショートコメディ」などジャンルも増えている。
今回は湖南省におけるショートドラマの雄「湖南電視台(Mango TV)」に専門部署を統括するプロデューサー小虎牙氏(Ailin)に話を聞いた。Ailin氏曰く、ショートの大ヒットの背景には3つの理由があるという。「時間の細分化」「復讐や大成功などの感情的なフック」「Douyin(抖音:海外ではTikTok)などプラットフォーム間の競争」である。 逆に短尺競争が激化するなかで横型動画では25分以上の長尺のものが出始め、テレビに近づいている。MangoTVではとある音楽メンバーを共同生活させて、そのなかで生まれるコメディを番組素材としている。
製作コストは数十万元(300~1000万円)で、通常のドラマ番組に比べると低コストである。撮影も2-3週間、通常の長編ドラマ(2年周期、数億元(20-30億円)の投資)に比べて試験コストが安い。そのうちの8割のドラマは「パターン化された内容」になっており、復讐劇だったり生まれ変わりモノ(日本でいう“異世界転生”)にKPIの結果が出やすい傾向となっている。「結婚」「お見合い」のように○×の結果が出やすいモチーフも向いている。
政府のコンテンツ規制ももちろん影響はあり、タバコはダメだったり、いじめを禁じるような教条的な内容を入れていったり。残り2割で様々な模索はしており、最近であれば観光系コンテンツを162作品も作っており、これらを合計して76億回も再生されているなどそれなりの成果が出ている(1作品で4700万回再生、とかなり数字もよい)
内容のみならず、ショートドラマはプロダクトプレイスメントとして「商品ブランドの販促機能」も担う。そのため、ブランドをどう見せるのが一番良いかを逆算してドラマをつくる。Kansというブランドは湖南ショートドラマの影響で374%も売上を増加させた、とのこと。地方政府の観光誘致も「ショート動画」が主戦場になっており、各自治体が補助金をだして優秀な制作会社のリソースを取り合っている。ドキュメンタリータッチの観光動画が、いま中国国内旅行の誘因として一番効いているのだという。
トップ級のショートドラマになるとそのトータル売上は20億元(40億円)の収入になることもある、という。MANGOとしては過去6-7億回再生されたショート動画が成功事例であり、まさに小虎牙氏が手掛けた作品である。
AIをつかって脚本や制作の一部工程の省力化も手掛けており、すでにそれなりの効能も実感している。日本のメディア業界との差を痛感するのは中国では映像を「作品化」せず、あくまでコマーシャルものとしてどんどん量産する。制作のサプライチェーン化が著しく、いままで1か月かかっていた脚本完成工程が、いまや1本72時間で作ってしまう、という話だ。
2000年設立と無錫の次にはじまり、放送グループとしては黎明期に立ち上がったMangoTVは、テレビ、ラジオ、映画製作に新聞社や広告代理店をもつ巨大な「地方メディアグループ」であり、中国のなかでもバラエティ番組では国内で定評がある。年間売上100億元(2000億円)、従業員数4500名と地方テレビのなかでもひときわ大きなグループだ。売上もサブスク4割、広告費3.5割、オペレーション売上2.5割と非常にバランスしている。現在国内7500万人の視聴者に対して(しかもその76%が18-35歳という若者層である)番組を配信しており、そうした「番組制作力のある地方テレビが本気でショート動画に取り組んでいる」という状態が日本とは大きな差を痛感する。実際に長尺のテレビ番組を作れるプロデューサーたちの創作力は、ショートドラマでも十分に通用することは実績としてもあらわれてきている、とのこと。自社制作のものと3rdPartyで外部制作のものを競わせながら、自社プラットフォームを豊かなものにしている。

海外展開にも余念がない。すでに2023年からシンガポールやタイなどASEANで展開を始めており、次は日本も含めた「海外展開」がMangoにとっての次なるチャレンジになる、という。すでにアメリカ、欧州、ASEANに展開し、毎月数十億円の収益を得ているReelshortの展開から学んでいる部分も多い、とのこと。「コンテンツが随時アップグレードできる」「AIなどテクノロジーの強化」「Short動画自体がグローバルのレイアウトになって国境をこえて広がる」というのがショートドラマが海外でも広がっていく背景にあり、今後も力を入れていく予定だということであった。
日本ではキー局以上に、地方テレビ局の事業ピボットの必要性が叫ばれている。この湖南テレビの成功は、「地方」にあって「規制産業」であることが、決して言い訳にはならないという反例でもある。同社は国有企業ではあるが上場しており、れっきとした営利企業である。新しい文化に柔軟に対応するカルチャーがあり、ショートドラマのような新しい市場では20-30代の若いプロデューサーが中心となって番組作りを行っている。湖南テレビでショート動画向けの同部署が立ち上がったのは2019年だが、あっという間に会社内ではコンテンツ制作の中心部署となった。Douyinとも戦略的な提携を行い、年間100億回のトラフィックがもらえる仕組みになっている。
日本と違って中国はテレビ局が「配信」と手を組んで成長してきた。Weibo、Bilibili、TikTokと配信側で新しいプラットフォームが立ち上がるたびにテレビ局もまた自社制作物を展開し、新しいテクノロジーにキャッチアップし続けてきたという点では、底力がある会社が多い。
■地方テレビもMCN・デジタルマーケ全振り。日本に来航するライブコマース3.0時代
Mango MCN(マルチチャンネルネットワーク)として2019年から立ち上がったインフルエンサー育成会社の女性社長の話も伺った。MCNはUUUMなどと同様にオンラインプラットフォームでクリエイター支援を主業とする業態で、配信プログラム開発やクリエイターのタイアップ案件獲得、デジタル著作権管理、営業などをとりまとめる事業体だ。オーディション番組を制作してきた同社では湖南電視台でチャンネルのIP化を行い、現在5000万人を超えるネットワークを豊かにすることが使命となっている。2023年には日本のキャストも登場させ、AVEX社との提携や日本俳優の佐藤健を出演させた実績もある。
現在フォロワー100万人を超えるKOL(キーオピニオンリーダー)を80人以上抱え、月6000本ものショートドラマを製作している。自社内でアカウント数は600チャンネルを超え、ショートビデオの再生回数は17億回に及ぶ。湖南省のMCNのなかではトップ、中国全土でみてもトップ10位に入るという同社が設立されたのは2019年とまだ5-6年の話なのだ。

これだけ配信にコンテンツを提供している会社ならではで、SEOでバズる動画の検索ワードを引き上げたり、TMallや拼多多(Pinduoduo)でも同じワードでフィーチャーされるように営業をかけ、KOLの育成も順次続けている。このプロジェクトを主導している女性は日本大好きな20代女性で、年に2回は日本旅行を楽しみにしている“普通の日本アニメファン”であった(1年間で有休休暇は5日間しかないらしく、その5日を毎年日本のどこに旅行しようかを計画するのにワクワクしている、とのことだった)。

こういった配信に向けた展開はMangoTVのみならず他のテレビ局もやっているのかという筆者の質問に、CCTV(中国版N)も含め中央のテレビ局も積極的に取り組んでいる(ただし公共放送という建前上、我々ほどラディカルな動きはできていない)という回答だった。「中国では地方テレビは皆、ニューテレビ(配信、ショートドラマ)に事業ピボットをしている」という発言は鮮烈だった。この国は本当に資本主義国以上に資本主義的である。
山榕竹(SRZ)というMangoTVとゆかりの深いMCNの女性社長からも話を聞いた。こちらは完全な「ライブコマース会社」といった趣で、設立1年で1500人のインフルエンサー(提携型も含めると1万人)を育て、2024年の1年間でコマース売上5億元(100億円)を達成した、とのことだった。
彼女たちの強みは「普通の人をインフルエンサーに育てていく工程」だという。学校を立てて、そこを卒業した人間とMCN契約を結ぶのだという。いまやEC3.0の時代だ!とその変化を語る。EC1.0が検索型ECの時代、EC2.0がKOLを使ったライブコマース時代、そしてEC3.0は興味型ECでユーザーのファンベースを中心としながらTikTokで視聴した動画からダイレクトで衝動買いができるサービスによって切り開かれる、と(まさに日本でもTikTokが2025年6月にこの機能が実装される予定で、日本でもライブコマース全盛時代への“黒船”と呼ばれている)。中国のライブコマースはブランディング、マーケティング、プロモーションが三位一体となった、商品販売の進化系を示している。

これまでのECというのはあくまで商品・ブランド側にたってプロモーションとしての紹介をしていたにすぎない。今後は消費者目線にたって、ブランドを選んでいくライブコマース全盛時代になる。視聴した動画ではデートをする際に必要なブレスケアとして「お口の香水」のような商品を取り扱う。この1動画だけで500万元(1億円)の商品売上になるというから、動画のクオリティにはこだわっている。こちらがクリエイティブを提案し、メーカーが思ってもみなかったような動画で売上をグッと伸ばす。
姿勢補正機も本来は子供向けだったが、それを大人の女性向けに販売。なぜ今姿勢を正す必要があるのかをインフルエンス力のある女性が説得力をもって喧伝する動画1本で700万元(1.4億円)の売上をゼロから生み出した。日本からみると違和感しかないような、強い口調で商品のメリットをガンガンと早口で説明する動画1本1本に、実績としてのKPIがつき、“クリエイティブ動画の商品化”が徹底している様子が見えてくる。確かに日本の地方テレビのショッピング番組もここまで徹底すれば、成熟市場でも大きな成長が見込めるのかもしれない。
今回は湖南省長沙のポテンシャルとMangoTV周辺に生まれるショートドラマ、ライブコマース、MCN経済圏についての記事をまとめた。次回はそれがリアルの小売の場にどう発展しているかについて記事を書いていきたい。
会社情報
- 会社名
- Re entertainment
- 設立
- 2021年7月
- 代表者
- 中山淳雄
- 直近業績
- エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
- 上場区分
- 未上場