ビジネスとしてのアニメを経営学はどう捉えるのか ヒット作を生む資金調達とプロデュースの舞台裏 文京学院大学トークイベントをレポート

アニメプロデュースを学ぶトークイベント「アニメ×経営学:ヒットの構造と仕掛けを解き明かす」が7月12日、文京学院大学内で開催された。イベントでは、アニメ業界の最前線で活躍する櫻井大樹氏(サラマンダー)と、井上孝史氏(日本アニメーション)、文京学院大学の平田 博紀 教授が登壇し、アニメ制作の現場で行われている意思決定や資金調達、戦略といった舞台裏を語った。司会はニッポン放送アナウンサーの吉田 尚記 氏が務めた。非常に関心の高いテーマということもあり、入学希望する高校生から社会人まで多くの人が来場し、満席となるなど大盛況だった。

近年、アニメは年齢や性別を超えて幅広い層に視聴され、国内のみならずグローバルでも存在感を増している。その盛り上がりの背景には、アニメそのものの魅力に加えて、企画・プロモーション・ビジネス展開といった“仕掛け”のあり方にも注目が集まっている。今回のイベントは、ビジネス視点からアニメを捉え直そうという試みだった。

 

■アニメプロジェクトはスタートアップの経営に類似?

アニメプロジェクトを経営学あるいはビジネス視点で見ると、スタートアップの経営に近いという。プロデューサーは企画立案から出資者募集、資金調達、アニメ制作、そして収益管理まで、プロジェクト全体の責任を負う。プロデューサーはいわばプロジェクトにおける経営者的な存在となっている。それに対し、スタートアップは、事業アイディアを考えて事業計画計画を立案し、出資者を募って資金を調達し、仲間を集めて事業を展開していく。一見すると似ているところが多い。トークイベントでは、スタートアップと比較し相違点や類似点を明確にすることで、アニメビジネスの特徴を明らかにしていった。

 

■資金調達

まず、アニメを作るためには制作リソース以外に資金調達が必要になる。井上氏によると、テレビアニメシリーズは、作品を作るための費用は現在は1話あたり3000万円くらいかかるそうだ。アニメ1話あたりの制作費は少し前まで2000万円といわれていた。アニメ関係の決算資料でもコストが上がっていると言及する会社もあるが、かなり上がった印象を受ける(関連記事)。映画の場合、最低でも5億円で、ある程度余裕を持たせるためには8億円程度は必要になるとのこと。映画については大規模なプロジェクトでは30億円規模になる。

アニメの制作資金とスタートアップの資金調達を比較するとどうなるのか。平田教授は、通常のスタートアップ企業では5000万円~1億円規模の資金調達が多いとし、かなり成長したフェーズに入って調達できる規模になるとコメントした。つまり、アニメ制作の資金規模はスタートアップに比べてかなり大きい、ということになる。

制作資金の拠出については、かつてのTVシリーズでは、テレビ局が編成費として全額拠出するものが少なくなかった。これは制作費が1話1000万円くらいの時代の話で、そういった形態は現在ではほとんどなくなっている。それに代わって主流となったのが製作委員会だ。製作委員会は、プロデューサーが立案した企画に賛同する企業が出資することで形成される仕組みだ。株式会社に似ている部分があり、製作委員会に出資する企業が作品の株主とも言える存在となる。プロデューサーにとって、出資金を集める仕事はかなり大変で、良質な作品を原作とする企画でも集めるのは簡単ではないという。

ただ、出資に関しては、アニメが好きで「応援」という意味合いで出資してくれる会社が少なくないそうだ。もちろんプロジェクトとしては利益も大事で、それがないと作品を出し続けることはできないが、櫻井氏自身は最低限、出資金が回収できればいい、という気持ちで臨んでいるという。プロジェクトが赤字にならない限り、次のプロジェクトも続けることができるからだ。

 ▲櫻井大樹氏

 

この話を受けて、平田氏は、スタートアップが出資者を集める際、エンジェル投資家などに起業プランを話して出資してもらったり、一緒に仕事をする人、事業会社、金融機関、ファンドから資金を調達したりすることが一般的になっていると説明した。そして課題解決のための資金調達、または起業家自身がやりたいことをやるための資金調達が多いという。アニメの場合は、好きなことを映像化したいという動機から始まるために後者に該当するが、実際にスタートアップでも後者の成功例は少なくないと述べた。

井上氏も、課題解決を目的としたアニメ企画はほとんどないとし、そういった考えで取り組んだこともないと話した。井上氏が手掛けた映画「はいからさんが通る」は、井上氏自身が好きな作品だったが、映画会社やビデオメーカーにもファンが多く、全員が「はいからさんが通る」をやりたいという気持ちで出資してくれたそうだ。大正時代において女性の頑張る姿が現代の人にも再認識され、面白いと思ってもらえるのでは、と考えたという。

 

■収益はビデオグラムから配信へ

出資者を募り、作品が完成した後、その収益化が重要になる(※アニメ制作のプロセス自体は最も重要だが、本イベントは経営学の視点であるため、収益について焦点を当てる)。井上氏は、この20年間で起こった収益化を巡るアニメ業界の劇的な変化を説明していった。20年前のアニメ業界ではレンタルビデオやDVD、ブルーレイなどビデオグラムが主な収益源だった。アニメの収益のうち、3分の1~半分程度を支える大きな存在だったが、動画配信の台頭とともに、徐々に売上を落としていった。ピーク時には万枚、作品によって十万単位で売れるものがあったが、現在では百枚単位にとどまる作品も珍しくないという。

そのようななか、収益源として注目されたのが「動画配信」だった。現在では、インターネットを通じてパソコンやスマートフォン、テレビなどで視聴できる動画配信が、映像コンテンツ視聴の主要なプラットフォームとなった。日本の動画配信の会社だけでなく、ネットフリックスやアマゾン、ビリビリ、クランチロールなど海外の配信会社の存在感が大きくなっているという。海外も含めた動画配信会社に販売することがいまやアニメの最も大きな収益源となっている。

 ▲井上孝史氏

 

ネットフリックスが日本でそこまで知られていない頃に入社したという櫻井氏も、井上氏と同様、アニメ業界が近年、大きく変わったと振り返った。世界の動画配信市場をけん引するネットフリックスの最も大きな功績は、追加料金がかからない、「サブスク」を普及させたことだったと述べた。アニメの視聴時間はこの5年で3倍になったという調査があるが、この背景には視聴者が『追加料金がかからないのなら見てみよう』という感覚になりやすいことがある。そして作品の面白さに気づくと、その作品の続きを視聴したり、原作コミックを読んだり、さらには他の関連作品にも触れたりするようになる。これまで国内のみを市場としていたコミックスが海外にも広がっていくようになった。

映画ビジネスも同様で、上映する映画館の館数やスクリーン数、1日で上映する回数、座席数などがボトルネックとなり、興行収入の天井も決まっていた。そのため、映画には十分な予算をかけられない状況だったが、配信収入の比率が上がり、興行収入やテレビ局からの収入、グッズ収入など収益のメドが立てやすくなり、積み上げ型の予算をつくれるようになり、潤沢な予算が確保できるようになった。そしてこうしたことが可能になったのはアニメに根源的な魅力があったことが欠かせない。コンテンツとしてのポテンシャルが大きかったことが背景にある。

ここで司会の吉田氏がコロナ前後でのアニメの受け止め方の変化についても紹介した。コロナ以前はシンガポールでアニメイベントを実施する際、熱心なファンだけが集まるもので多くの人の関心を集めるものではなかった。しかし、コロナ禍の巣ごもり需要でアニメが大きく普及したことによって、普通の人が買うような一般商材に日本のアニメ作品がタイアップしている風景を目の当たりにし、海外におけるアニメを取り巻く環境の変化を実感したという。

 

■プロデューサーに求められる素養や役割とは

続いて「経営者」としてプロジェクトを動かすプロデューサーに求められる素養や役割について語り合った。櫻井氏は、英語が話せることをあげた。日本以外のクライアントや取引先と直にやり取りできることは大きなアドバンテージだった。ただ、近年、AI翻訳の精度が高くなってきており、徐々にアドバンテージにならなくなってきた部分もあるという。フランスやタイの会社とやりとりしているとき、突然、完璧な日本語や英語のメールが届くことが珍しくなく、AI翻訳を活用していると推測しているそうだ。

それ以外には、フレキシブルなこと、柔軟なこと、何でも好奇心を持つこと、素直なこと、そして目先の損得をあまり考えすぎないことをあげた。特に損得については、プロダクション・アイジーの石川光久会長から「損をしないように動くと必ず損をする」と言われた話を紹介した。損得を考えて動きすぎると成長が遅くなってしまうとし、ちょっと損していると思っても続けているとブレイクスルーが訪れて、次のステップ、ステージに登れることがあると語った。

平田氏は、経営学で言う人的資本であるとコメントした。個人が持っている資質を人的資本というが、「この人はこういう仕事をやっていたから、こういう仕事を任せよう」ということになる。水泳経験者にプールの監視員をお願いする、といったもので、何かの仕事をずっとやっていた人はそういう資質があるということで、仕事の幅が広がっていく。これをシグナリングといい、資金調達などでも、過去にこういう作品をやっていた人だから大きく伸ばせるだろうということで、出資者からするとお金を預けやすくなる。当人にとっては大きなチャンスとなる。

▲平田 博紀 教授

 

井上氏は、アニメに携わる際の大前提として「アニメ好き」であることをあげた。アニメ産業はいまも成長している業界だが、アニメーターや脚本家、監督、プロデューサーなど集まっている人は全員アニメを観ることはもちろん、アニメを作ったり、考えたりすることが好きだという。「好き」がビジネスになっているため、プロデューサーという仕事にはプラスに働くという。

そして好奇心が旺盛なこともあげた。世の中にはアニメに限らず色々なジャンルの作品がある。特定のジャンルに絞らずにいろいろな作品やコンテンツに触れていくと、自分の企画に役立つアイディアや要素を拾うことができ、仕事にも大いに活きてくるという。そして、コミュニケーション能力を伸ばすことも意識すると良いとのこと。資金調達でいろいろな出資者に話す必要があるし、作品を作り上げるにあたって何百人というスタッフとのコミュニケーションが必要になるからだ。

この話を受けて櫻井氏は、神山健治氏から教わった話を紹介し、プロデューサーは飲み会の幹事に近い役割であり、積極的に引き受けることを勧めた。飲み会の幹事はやっても得することがなく、むしろ段取りやお金関係で損することが多い。日時や場所決めなど参加者が好き勝手にいってくる。そういう調整を率先してやっていくことがプロデューサーの仕事に役立つと述べた。参加者に高校生が多いことを踏まえ、当面は文化祭のリーダーなどをやり、お酒が飲める年齢になったときに幹事をやってみては、と吉田氏がすかさずフォローを入れると会場から笑いが起きた。

平田氏は、一連の流れを受けて、「コミュニケーション」は組織を動かしていくのに大切な要素だと付け加えた。英語も同様で、コミュニケーションのための手段として言語は今後も重要になることに変わりはないと見ているという。

最後に吉田氏は、アニメ的な「教養」も大事になると付け加えた。東京大学でVRの開発を行っている稲見 昌彦教授が研究室に入る学生に対し『攻殻機動隊』を一度視聴するように指示している話を紹介した。というのは、例えば作中に出てくる「光学迷彩」を理解しているかどうかで講義の理解度が全く異なるためだ。プロデューサーに限った話ではないかもしれないが、アニメでも他の作品を引き合いに出して説明することが多々あり、アニメ的な教養の有無はコミュニケーションコストを下げる要因になる。

 

■プロデューサーを目指す学生にメッセージ

最後にこれからアニメ関係の仕事を目指す人に向けてのメッセージでイベントを締めくくった。

櫻井氏
不透明な時代で進路に迷っているかと思うが、不安定な時代だからこそ好きなことにかけても安定した時代に比べて好きなことにかけるリスクが低くなっている。夢や目標があるのであれば、それに向かって迷わずに突き進んだらいい。進むべき目標がないという人も焦らなくて良い。自分もこの仕事をやりたくてやったわけではなかったが、なにかのタイミングで扉が開くことがあるので迷わずに進むことが大事だ。

井上氏
ずっと好きなことを仕事にしてきたが、好きなことに時間と労力を使っていくことは夢が叶うことであるし、幸せが得られることではないか。「好きなことを仕事にして、どんどん時間を使っていくのは良いことではないか。たとえエースになれなかったとしても、好きなことをやっていると、辛いことにも耐えることができるし、日々幸せになれる。

平田氏
「好き」という内発的動機を仕事にすることは非常に強いし良いことだと考えている。同時に「好き」を作っていくことも大事だ。世の中には「好き」かどうかもわからないことが多くあるし、「とりあえずやれることをやってみる」というアプローチが大事だ。そして実際にやってみて、そこから判断してみるのが良いのではないか。

 

 

■学内ではオープンキャンパスも

▲文京学院大学の経営学部ではアニメや映画などの映像コンテンツのプロデュースが学べるコースも用意されている。今回登壇した櫻井氏も実務家の講師として活躍しており、インターンなども可能だという。

 

▲学内で行われていた説明会。参加者は熱心に聞き入っていた。

  

▲文京学院の創立者である島田依史子先生の著書『信用はデパートで売っていない 教え子とともに歩んだ女性の物語』を原案にした映画が10月に公開される。

 

▲学部・学科ごとの講義の時間割の実例。1~4年生までのスケジュールが分かる。

 

▲ヒューマン・データサイエンス学部が来年4月から新しく設立される。

 

 ▲Unityで開発したVRゲームを体験できるコーナーも。 

  

■登壇者プロフィール

櫻井 大樹 氏
Production I.G.で、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の脚本家としてデビュー。その後、『精霊の守り⼈』、『レッドライン』、『おじゃる丸』などの有名作品で脚本家としてのキャリアを積む。『ジョバンニの島』という作品をきっかけにプロデューサーの仕事を開始。2017 年に Netflix に⼊社し、アニメクリエイティブチームのディレクターとして活躍。『バイオハザード : インフィニット ダークネス』、『機動戦士ガンダム 復讐のレクイエム』、『ポケモン コンシェルジュ』、そして『グリム組曲』などのアニメをプロデュース。退社後、2023年6月に株式会社サラマンダー (Salamander Pictures) を設⽴し、新たなアニメの企画開発に取り組んでいる。

井上 孝史 氏
1991年中央大学文学部を卒業。株式会社ギャガ・コミュニケーションズにて、ブラッド・ピット主演『ザ・メキシカン』などの宣伝プロデューサー、『オペラ座の怪人』『ヴァンヘルシング』などのアメリカ映画の買付け担当。株式会社ネルケプランニングでコンテンツ開発業務に携わり、EXILEのアニメ「エグザムライ」、2.5次元ミュージカル「ロックミュージカルBLEACH」、実写映画『テニスの王子様』などをプロデュース。現在日本アニメーションにて、映画『ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年』、劇場映画『はいからさんが通る』、ご当地アニメ『やくならマグカップも』のプロデュースを担当、アニメ作品の企画開発業務に携わっている。

平田 博紀 教授
専⾨はアントレプレナーファイナンス、コーポレートファイナンス、アントレプレナーシップ。2009 年横浜市⽴⼤学⼤学院国際総合科学研究科博⼠後期課程単位取得退学。独⽴⾏政法⼈中⼩企業基盤整備機構等を経て、2019 年⽂京学院⼤学経営学部准教授、2024 年より現職。総務省統計局「個⼈企業経済統計研究会」構成員、⽇本財務管理学会理事などを歴任。近著論⽂に「⽇本の⼤学発ベンチャーキャピタルの投資⾏動に関する探索的研究 ─トップメッセージと投資⽅針のテキストマイニング─」『日本政策金融公庫論集』第 66 号、2025年2⽉ 等がある。

吉田 尚記 氏
1975年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。ニッポン放送アナウンサー。2012年第49回「ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞」受賞。ラジオのレギュラー番組のほか、テレビ番組やイベントでの司会進行などで年間200本ほど出演。特に、マンガ、アニメ、アイドル、デジタル関係に精通し、「マンガ大賞」発起人でもある。2019年には、いち早くVtuberとしての活動をスタート。バーチャルアナウンサー「一翔剣(いっしょう・けん)」としてVRイベントの司会を多く務めるだけではなく、VRのビジネスとしての側面についての知見も持ち、「ラジオ局のアナウンサー」という肩書を越境した活動を続けている。東京大学大学院在学中。