【インタビュー】「AROW」は低コスト・低工数で3Dマップを実現する位置情報ゲームの開発PF…ドリコム櫻井理映子氏に聞くサービスの特徴と市場の展望

木村英彦 編集長
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2019年のスマホゲーム市場のヒットタイトルといえば、『ドラゴンクエストウォーク』だろう。『ドラゴンクエスト』という国民的な人気RPGと、位置情報ゲームを組み合わせることで新しいユーザー体験を提供したが、位置情報ゲーム×IPは成熟期に入ったスマートフォンゲーム市場での一つの「解」として注目を集めている。

今回、位置情報ゲームの開発プラットフォーム「AROW」の開発を発表したドリコムのDRIP部部長の櫻井理映子氏にインタビューを行い、「AROW」のサービスの特徴や商業化の時期、位置情報ゲームの展望について話を聞いた。



──:まずは今回お話していただく「AROW」がどんなものなのか、改めて教えていただけますか?

弊社ドリコムの「AROW」は、3Dリアルマップや位置情報を使ったARアプリ開発プラットフォームと銘打っています。ARと言うと、皆さんがご想像されるのは、カメラで撮った映像にバーチャルを重ねるようなものが多いと思います。

ドリコムのARは少し違ったアプローチをしています。3Dリアルマップと位置情報によって現実を拡張した体験を提供することを目的としています。皆さんには、あの角にコンビニがあるとか、あの坂を登ったら駅があるといった、生活されている町の知識があります。それをゲームの世界と重ねることで、コンビニがゲームの中ではアイテム屋になっていたり、駅がバトルアリーナになっているといったように、3Dリアルマップのゲーム世界を位置情報と連動させることでAR体験を生み出そうというのが、このプロジェクトの起点となっています。

現在、AROWではオープンテストバージョンを提供しています。こちらでは、3Dのリアルマップデータ及び、POIデータと呼ばれる、どの場所に何があるかを示すデータを提供しています。これらのデータともに、これらのデータをはUnityで編集可能するSDKを提供しています。AROWオープンテストバージョンは現在無料でご利用いただくことができます。

 



──:既存サービスとどういった点で異なるのでしょうか。

まず大きな点として提供方法があります。他社さんでは、おそらくAPI形式が多いと思います。通信をして従量課金型にするのがメインかと思いますが、弊社の場合はマップデータであったり、POIデータというものを提供して、マップサーバー自体は開発者自身に立てていただく形式をとっています。そういった部分での利用料金は他社に比べて低く抑えられていると考えています。

2点目は、データの生成においてAIを活用している点が異なります。通常であれば、提携業者さんを使いながら色々なデータを収集していくケースが多くなりますが、弊社は建物の高さといった数値を、独自AIを用いて算出した概算値を使っています。ゲームでの利用を目的にしているので、細かいデータよりも、景観としてそれらしく見える高さがあればいいという観点から、AIを活用しています。

3点目は、よりリアル感のある3Dリアルマップの実現が可能である点です。現状の位置情報ゲームを見ていますと、マップが道で構成されていて、あまりリアルな建物を用いたものは出てきてません。マップが平面的で地形まで活かしきれていないようにも感じます。

「AROW」なら地形データもありますし、その地形に合わせてオブジェクトを配置するといった機能も兼ね備えています。



──:他社で地図情報を使ったゲームがいくつかありましたが、コスト面が難しかったようです。

データ自体にお金をかけて作られていることが多いかと思うので、どうしても初期費用や月額利用料が開発者にとって足かせになってくると思います。その点で差別化するためにも、MAUでの課金プランを考えています。1万MAUまでは無料で提供する予定なので、個人の開発者の方にも気軽に使っていただけると思います。ユーザー規模が50万人とか100万人になった場合の料金体系については現在検討中ではありますが、既存サービスと比べても一桁は費用が変わるような価格設定にしたいと考えています。


──:開発を始めたときからインディーズを念頭に置いていたのでしょうか?

当初はインディーズの方を想定していましたが、現状としてはインディーズの方だけでなく、IPホルダーや開発会社の方々など、大手の皆様にも魅力を伝えられるようにしていきたいなとは思っています。

開発者の方の利用者として想定しているサービスになので、開発者の方に意見を伺いながら、フィードバックを返していけるような体制を作りたいと思ってます。それは来年度以降も引き続き継続していきます。大規模ゲームで採用を検討いただく場合にも、まずは、実際に世の中にリリースされるタイトルが出てきてくれることが重要だとは思っています。



──:なるほど。

今日は、渋谷の街をポストアポカリプス風にした、バトルロワイヤルゲームのサンプルマップデータを用意しました(※モニターに表示しながら説明)。このマップを構成しているアセットは、基本的にUnityのアセットストアで販売されているものを用いて、10万円以下のコストで実現可能なものになっています。
 



駅前は手動でモデルを配置し、アセットを組み合わせることで駅周辺のランドマーク的な建物を表現することも可能ですし、渋谷の駅周辺の景観を作り込むことができます。サンプルマップデータ全体の地形は「AROW」を使って生成しています。傾斜を3倍にしているので、若干傾斜がきつくはなっていますが、1倍のままだとあまり坂道感がないので、3倍に設定しています。こうした調整も「AROW」なら可能です。
 



──:リリースで発表された渋谷のマップデータから大きく変わっていますね。そのほかの建物は実際にあるものを置き換えているんですか?

POIデータに基づき、コンビニがある地点にはコンテナを配置しています。郵便局は倉庫で置換し、小学校には住宅エリア、公園があったところには木を植林しています。実際の街並みをそのまま置換することもできますが、ゲームを考える際にはやはりPOIデータに意味を持たせて、何かしらを配置していくことが多いのでこういう形にしてあります。

サンプルマップをご覧いただいたようにUnityアセットストアの素材でもゲームの世界観を反映したリアルな3Dマップを作ることができます。アセットストアの素材であれば改変もできます(※一部アセットでは改変等に制約がある利用条件を指定している場合もありますのでご確認ください。)ので、ゲームの世界観を反映しやすいですし、マップ制作の工数をかなり削減できます。

 



──:配置はすべて手動で行なったんですか?

駅周辺以外の住宅モデルの配置などは「AROW」が自動でやってくれますので、それなりに自然な並びになりますし、地形も考慮した配置になります。木も道路を避けて満遍なく散らしたりできます。こうしたところで技術をうまく使うことで開発コストを下げられますし、サポートまでできるのが「AROW」の強みかなとは思ってます。
 



恐らく他社さんも、データとしてはこういうことができると思いますが、モデルの置換に始まり、それを町らしくを並べる、地形にも合わせて高低差を持たせて配置できるといった機能までのサポートはまだできていないのではないかと思います。現状は俯瞰で道路を構成して、どの場所なのかを認識させるものが多いですが、アングルを下げることで生まれる臨場感もあると思います。もちろん、「AROW」は俯瞰マップにも対応可能になっています。
 



──:ちなみに対応しているのはunityだけですか?

今のところはunityのみですが、ニーズに合わせてunreal engineなどにも対応を検討しています。今はunityに集中しています。 


──:「AROW」を提供してみて反応はいかがですか?

残念ながら、まだ実際にリリースされたゲームはありませんが、「AROW」をリリースしてから開催したデベロッパーミートアップであったり、ハンズオンやハッカソンを通して手ごたえを感じています。ハッカソンでは、2日間でアプリを作っていただいて、それぞれ異なる様々なアセットを使った街並みができて、ゲームの仕様もアクションゲームから謎解きゲームのようなものまで色々な作品がでてきました。

皆さんアイデアはあって、作ってみたいものがあることが伝わってきました。その2日間の間で、これだけ形になることをこちらも確認できたので、容易かつ手軽に作業ができるという「AROW」がサポートしたかったことを実現できたことを実感しました。



──:一昨年のCEDECにも登壇されていましたね。

まだ開発中の段階ですが、一昨年のCEDECではスポンサーセッションとして登壇させていただき、そちらで「AROW」のお披露目をしています。スタートアップの会社さんであったり、他社のサービスをの使用を検討していた会社さんから、価格面で利用が難しかったために、より安価で使える「AROW」を使いたいという話をいただきました。
 

▲2018年に開催されたCEDECで講演も行った(関連記事)。


──:開発者としては、やはり試してみたいことがたくさんあるんでしょうね。

本当に色々とアイデアと出会えました。リアル脱出ゲームから派生するゲームを、スマホと連動させる形で作ってみたいというお話もありましたし、フィットネスでエアロバイクと3Dリアルマップを用いたゲーミフィケーション実現したいといったお話や、ライフログアプリとして使いたいといったお話もありました。「AROW」は、ゲームをターゲットとして機能開発していますが、それをうまく使っていただいて、ゲーム以外のアプリにも活用していただけるのであれば、私たちとしても嬉しいことだと思います。


──:完成形のイメージはできあがっていますか?

やはり作っているうちに改善したい部分やブラッシュアップしたい部分がでてきますので、8割ぐらいまでできたかと思うと、5割ぐらい戻るみたいなことを繰り返しています。現状のオープンテストバージョンでは、マップが日本にしか対応していないので、それを北米、欧米、欧州に対応していくことが大きなマイルストンになります。日本では実現できている部分なので、海外についてもデータを整備していくという意味では、それほどの難易度ではないとは思っています。


──:AIの活用を謳っておられましたが、どういった形で活用されているんでしょうか?

高さデータの算出にAIを使っています。オープンソースとして取得できる衛星画像をベースに学習をかけて、建物の高さを4段階で判定するようにしています。予測精度については、もともとデータがないものだからこそAIで実現している部分でもあるため、言及が難しいのですが、「AROW」で街並みを生成したときに、AIデータのある状態とない状態をそれぞれ用意し、AIデータのある状態のほうが航空写真と比べても違和感がないかどうかといった比較確認をしています。
 



3DまわりのAI技術は、「AROW」のプロジェクトを始めた2年半ぐらい前だとまだまだ使えるものがない感じでしたが、そちらのAIの分野もかなり進んできているので、今後は3DモデルでもAIを活用していきたいとは考えています。効率は上がりますし、よりきれいな街並みを作るために活用できるのではないかと考えています。AIは色々な方が研究されて日々進歩しているので、それをキャッチアップしながら、使えるものを増やしていきたいです。


──:AIの利用は最初から検討していたんですか?

かなり最初の研究開発段階から、AIを取り入れることを検討していました。仮説検証を2年半前ぐらいからやっていますので、現在は高さ推定のAIなどはうまく実用化されていますけど、それ以外にあのボツになったものもいっぱいあります。

例えば、建物の表面に貼るようなデザインを既存のゲームのプレイ動画から学習し、テクスチャを生成することや、3Dモデルそのものを写真などから生成すること、あるいは道路データに表記の揺らぎがあるせいで扱いづらいものになっているので、衛星画像を利用して道路データを独自で設定することなどを試しましたが、実用化には至りませんでした。



──:これまでにもかなりのトライ&エラーをされてきたんですね。

AIは、上手くいくものもあれば、上手くいかないものもありますので、なるべく色々なところに手を広げていって、試行錯誤しながら使えるものをピックアップするのが大事だと、これらの体験から学びました。


──:商業化のタイミングは具体的に考えていますか?

来年度以降、2021年3月までにしたいと思っていますが、今はそれよりも実際に使ってくださっている方とのリレーションであったり、機能的の拡充といった部分を優先していきたいと思っています。MAUベースでの料金体系を想定していますが、細かい料金プランまではまだ確定していません。


──:機能強化は具体的にどのようなことを検討していますか?

建物の配置に関しては、より自然な並びができるようにしたり、よりバリエーションを持たせたいと思っています。あとは、道路関連のデータの部分でも、今だと道路の太さといったデータがあったりなかったりするので、より自然な形で拡充していきたいと思います。「AROW」自体が取り扱うデータの範囲が広いので、より精度を上げていったり、使いやすい形にしていく方向でブラッシュアップが必要かなと感じています。

もっと大きなところでお話すると、個人開発者の方に向けての話になりますが、マップサーバーを提供していないので、サーバーを用意しなければならないところが個人の方にはハードルになると思います。そこに関しても、何かしらのサポート機能を提供していきたいと思っています。



──:そういえば、コンテストを開催されるんですよね。

はい。「AROW」では現在、AROWを用いたゲームアプリの企画コンテストを開催しています。AROWを実際に使用するエンジニアの方だけでなく、位置情報ゲームに興味がある企画者の方でもご参加いただけるコンテストとなっていますので、是非たくさんの方に応募頂いて、いろいろなゲームアイデアが出てくるといいなと思います。2月14日(金)まで、特設サイト  にてエントリーを受け付けています。
 



──:そもそもドリコムでなぜこのサービスを始めようと思われたのですか

今後数年間のスマホゲームの未来を考えたとき、端末自体はそれほど進化していかないだろうと思うんです。であれば、新しい体験を生み出せる場所はどこにあるのかにフォーカスすると、位置情報ゲームはまだまだ可能性があるのではないかと考えました。

さらにオープンワールドの要素を位置情報と組み合わせることで、スマートフォンでも今までにない体験を生み出せると思いました。なので、マーケットを選択するようなアプローチから始まったプロジェクトです。弊社の主力事業はゲーム事業ではありますが、ゲーム事業を拡張したわけではなく、ゼロベースから新規事業として面白みがあるエリアを選択しています。なので、「AROW」の開発はDRIP部という新規事業開発チームが担当しています。



──:内藤社長もおっしゃっていましたけど、グラフィックをリッチにするのとは違った体験を提供するというビジョンに重点を置いているんですね。

日頃ではゲームをやらない人でも手に取るのが位置情報ゲームだと思います。それは、自分の生活と密接してプレイできるからだけではなく、ゲームをしようと身構えなくても、自然と取り組めるところが大きいのではないでしょうか。歩くついでにできるから健康にも良いとか、今までのゲームユーザー層とは違った目的から、ライト層を獲得できるというところが、個人デベロッパーに限らず、大手さんにとっても非常に魅力的なところではないでしょうか。
 



──:最後に、2019年の位置情報ゲームの動向をどう評価していますか?

位置情報ゲームの開発プラットフォームを提供してはいるものの、位置情報ゲーム自体を作っているわけではないので、なかなか評価はしづらいんですけども、位置情報ゲームというものに対して「AROW」チームが考えていることとしては、新しい体験を生み出せる場として、まだまだポテンシャルあると思います。

2019年の傾向として感じたこととしては、位置情報ゲームの可能性を再確認したということでしょうか。スマホのIPゲームというと、スマートフォンの黎明期にでたゲームなど、比較的早い段階で出たゲームの方がより大きなヒットを出せる印象がありましが、それを覆していくのが、位置情報ゲームになるのではないかという感触があります。『ドラクエウォーク』のように、そのIPタイトルとしては後発タイトルであっても、これまでのタイトルでは獲得してこなかった層、おそらくライトユーザー層を獲得し、収益規模の大きなヒットタイトルを生み出せるブルーオーシャンが、位置情報ゲームなんだと思います。

あとは、「AROW」をやっていてもたまに言われることとして「位置情報ゲームをひとりの人が複数本プレイするのつらいんじゃない?」いった声があるのですが、そこはゲームの作り方次第で、複数のゲームをプレイさせることも可能だと考えています。実際、売り上げのデータを見た限りでは、新しいゲームが出たことによって他のゲームが下がるといったこともあまり見受けられません。2020年は、世の中に色々な位置情報ゲームが提供される時代になってほしいと思います。

そういった意味では、インディーズや個人開発者の方にもこれまでにないようなゲームモデルを出してほしいという思いもあります。一方で、IPホルダーの方や大規模なコンシューマゲームを作られている開発者さんには、より熟練度の高いゲームが出てくるマーケットだと思っています。



──:私もと名古屋に行ったとき、駅の近くでスマホを熱心に見ている人がたくさんいたんですが、よく見ると画面を切り替えながら複数の位置情報ゲームを遊んでいたようです。

ユーザーが複数こなそうとしてくれるのであれば、それができるような作りのゲームにすればいいと思うんです。どうせ移動するのであれば複数楽しめた方がいいというのがユーザーの視点ではないでしょうか。私自身も、私の親世代ぐらいの方が複数の位置情報ゲームを切り替えながら遊んでらっしゃる姿を見ました。位置情報ゲームは年齢層も広いですし、その方々は絶対に元々のIPへの関心は深くないと思うんです。それでも熱心に遊んでらっしゃるところを見ると、可能性を感じてしまいますね。


ーー:ありがとうございました。

株式会社ドリコム
http://www.drecom.co.jp/

会社情報

会社名
株式会社ドリコム
設立
2001年11月
代表者
代表取締役社長 内藤 裕紀
決算期
3月
直近業績
売上高108億円、営業利益22億8100万円、経常利益21億9200万円、最終利益11億5900万円(2023年3月期)
上場区分
東証グロース
証券コード
3793
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