【人類美少女計画】布教者のバーチャル美少女ねむ。メタバース原住民からみた日本のポテンシャル 中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」第115回

中山淳雄 エンタメ社会学者&Re entertainment社長
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今回は2017年の黎明期からメタバースの世界に入り、「バ美肉」として活動しているバーチャル美少女ねむさんにお話を聞いた。2021~22年、Meta社の社名変更とともに一斉にメタバースブームとなり、cluster/Hikkyといったメタバース企業の資金調達を成功させ、バーチャル渋谷・池袋といったミラーワールドが増築された。だがブーム一過、Web3とメタバースは一気に「失望期」ともいえる状況にある。だがVRChatのユーザー数はずっと増加を続け、ヘッドマウント型VR機器も着実に浸透してきている。メタバース没入空間は我々の未来にどんな影響を及ぼすのか。そこで活動することは我々のリアル生活にどんな変化をもたらすのか。

 

【目次】
バ美肉のエヴァンジェリスト、メタバース住人として生きる文化を発信する「バ美肉紅白」
VTuberともゲームともMMOとも違う、ソーシャルVRの世界。「アイデンティティ」はどこまで敷衍するのか
メタバースは何ができる空間なのか?「なんでもできる」で試される自ら意味を創り出す力
同接13万人、伸び続けるメタバース人口。「失望の谷」でも増え続けるバ美肉人口
バーチャル大国の日本、「原住民」とともに新大陸を探求する人類の可能性の果て

  

■バ美肉のエヴァンジェリスト、メタバース住人として生きる文化を発信する「バ美肉紅白」

――:自己紹介からお願いします。

バーチャル美少女ねむ、です。「バーチャルでなりたい自分になる」をテーマに活動している世界最古の個人系VTuberです。人類すべてがなりたい自分になれる理想郷を作る【人類美少女計画】を推進すべく、2017年から活動してきました。

――:相当初期から活動されてますね。VTuberそのものが2016年11月29日に配信したキズナアイからはじまりますよね。

はい、まさにキズナアイちゃんにあこがれて、活動を始めました。X(Twitter)もYouTubeも開いたのは2017年9月ですね。顔出しはせず、アバターとボイスチェンジャーで美少女キャラクターになりきって活動しており、ソーシャルVRなどのメタバース空間で活動するようになってからは「メタバース住人」とも呼ばれていますね。

――:VTuberとメタバース住人の活動は違うんですか?

いわゆるバーチャルユーチューバー(VTuber)とメタバースというのは全く別の現象ですね。VTuberは「アバターを使った配信者」のことで、メタバース住人というのは「仮想空間メタバースに住む人々」のことを指します。VTuberは必ずしもメタバースのような仮想空間の住人ではないですし、VRゴーグルなど被らずスマホ1つでアバター使って配信している人もいます。YouTube、TikTok、Reality、IRIAMなど様々なライブ配信サービスで活動しています。配信が目的なので「VRゴーグルで没入すること」にはこだわってないですよね。

――:VTuberの数は181人(2018年1月末)→1350人(2018年3月末)→4475人(2018年7月末)→6000人(2018年12月)→1万人(2020年1月)→2万人(2022年11月)と“2018年がVTuber元年"というような状況でした。ちょうどVR元年(2016)でバーチャル空間が広がったタイミングで生まれてきたから、混同されているかもしれませんね。

私がやりはじめた当初の2017年は、ブームになる前で、まだVTuberが20人ほどしかいなかったんですよ。その後2017年末のブームの時に発足した「バーチャルYouTuberランキング」で当初私は約20人中14位でした。バーチャルYouTuber四天王(電脳少女シロ、ミライアカリ、ねこます、輝夜月)という言葉が生まれた時です。ブームの時は登録者数を競う必要もなく、何もしなくてもチャンネル登録者数が増えていました。

ただ、私は別に配信者やインフルエンサーになりたくて活動しているわけではないんです。VTuberやメタバースという社会現象が人類にとってどんな意味をもたらすのか、単純にそれが知りたくて自分の知的好奇心に従って活動しています。

――:ねむさんはバ美肉(バーチャル美少女を受肉する人)のエバンジェリストともいえる方ですよね。中身は男性で、ボイスチェンジャーとトラッキングシステムを使っていまお話されている、という理解です。もともとテクノロジーが強かったんですか?

Tech畑の出身ではありました。実は金融的な興味からこの活動ははじまっていて、当初はブロックチェーンに関わる活動をメインにしていました。2018年1月に「コインチェック事件」が起こって、580億円ものNEMが盗まれました。その犯人追跡をしていたのが正体不明のホワイトハッカー「JK17」で(招待は17歳の天才女子高生なんじゃないか!?など言われてました)。その人に私もコンタクトとったんですが、「応援してくれる方々の夢を裏切りたくないので、ねむちゃんのように美少女の姿で出演できるなら取材に応じる」と語ってくれたんです。それで私はJK17を美少女の姿に変身させて、公開単独インタビューに踏み切ったんです<“【580億円盗難コインチェック事件】みなりん* JK17 いちゃいちゃインタビュー♥">。ホントに素朴でかわいらしい人柄の方でした。

※バ美肉(バびにく)とは、バーチャル美少女受肉(バーチャルびしょうじょじゅにく)またはバーチャル美少女セルフ受肉(バーチャルびしょうじょセルフじゅにく)の略語。美少女のアバターを纏うこと、あるいは、纏ったうえでサイバースペース(バーチャル空間)の美少女として、VRChat等のサイバースペースで活動したり、バーチャルYouTuber、バーチャルアイドルなどとして活動することを指す。ボイスチェンジャーを使うか自身の発声方法を工夫するなどして発声を美少女に変えるか、または地声のままで、美少女の3Dモデル・イラスト等を使い、バーチャルな美少女になること(Wikiより)

――:犯人をどうやってマーキングしたのかとかシリアス質問しながら、顔とかイチャコラ触っていて、なんか色々バグってる感じがめっちゃ面白いですね笑。

これをきっかけに私はメタバース世界で様々な方へのインタビューを自身のチャンネルで生中継するようになったんです。

――:たしかに2017年はボイスチェンジャーでいろんな声を試しながら「仮想通貨投資について語る」とか「ささやき声でやってみる」とか。キャラクターとして配信している、というよりは「美少女ボイスで実験している」というねむさんの実験記録のような。初期の動きをみていると「ボイス」へのこだわりはバ美肉にとっては容姿と同レベルで重要な問題なのですね。

 

 

メタバースにおけるアイデンティティは「名前」「アバター」「声」の3つで認識されます。名前やアバターと違って声を変えることって凄く難しくて、今のところメタバース住民の9%くらいしかボイスチェンジャーを使っていませんが(地声74%、発生技術で声を変える"両声類"5%、音声読み上げソフト2%)、自分のアイデンティティを操作する手段として非常に重要です。

こちらが私の提唱している「メタバースの定義」です。①空間性②自己同一性③大規模同時接続性④創造性⑤経済性⑥アクセス性⑦没入性、これらを人生が送れるレベルの仮想空間としてこれらが必要な要件になってくると考えています。

――:メタバースの詳細はぜひのちほどお伺いしたいです。「バ美肉紅白」も布教活動としてすごいインパクトのある催しですよね。

2020年 から初めて、2021年2022年2023年, ときて2024年で第5回の開催となりました。両声類(自分の独力で女性声を出す)VSボイチェン勢(ねむ含めでテクノロジーの力で女性声を出す)の歌合戦をしています。

 

※出典:「バ美肉紅白2024」開催レポート https://note.com/nemchan_nel/n/ndcaf26b3508c

 

■VTuberともゲームともMMOとも違う、ソーシャルVRの世界。「アイデンティティ」はどこまで敷衍するのか

――:ねむさんの“中身"はTech畑でお仕事されていた方とのことですが、もともとセカンドライフやっていたり、MMO世界の住人だったりしたんですか?

セカンドライフはやっていないですが、FF14とかマインクラフトをはじめMMO(大規模同時接続)系のゲームはちょこちょこプレイしていました。ただ、どちらかというと一人で黙々とやることが好きで、たぶんおっしゃっているような「ギルドマスター」的な感じではなかったです。

――:じゃあ特別にアクティブなプレーヤーというわけではなかったんですね。MMOやるときも女性アバターでしたか?

はい、女性アバターを使っていました。ただ、一つ言っておくと「ソーシャルVRで女性アバター(ねむ)を使うこと」と「MMOゲームで女性アバターを使うこと」は全然意味合いが違いますよ?

――:え、というのは?

MMOにおけるアバターは「画面の中にあるもの」なんです。画面の向こう側の世界。だからXのアイコンを変えたり、マウスのポインターをキャラにしたりするのと近い概念です。そういう視点では、別にカワイイ女の子のアバターを使うのもアリじゃないですか。そんなに構えるほどのことではなくて、今どき当たり前のことですよね。

でもソーシャルVRではヘッドマウントをかぶって、トラッキング付けた上で「女の子になる」なんですよ。そこでのアバターは画面の向こう側の存在ではなくて、一人称視点で見える自分の身体そのものです。体験として全然違うものです。

――:たしかに・・・「美少女アイコンをみながらプレイする」と「美少女そのものになる(バ美肉ですよね)」は全然違いますよね。ハードルもずいぶんあります。僕が衝撃を受けたのは2021年5月にねむさんが公開したバーチャルセックスなんですよね 。いわゆる“自分"であるはずの「ねむ」アバターの裸を世間にさらすことに、抵抗がなかったのかと思いまして。

好奇心が上回ってやってしまいました。半分ネタでしたけど、個人的にはすごく意義があることをやったとも思ってます。セックスは社会をつくるためのプロトコルであるとも言えます。男女のカップルというのはヒトの社会における最小単位で、家族や地域のコミュニティをつくりだす原理原則ですよね。たとえばチンパンジーとか、ヒトと同じ霊長類でも種によって全く違う性行動や社会の作り方をします。逆に言えば、仮想空間におけるヒトの性行動の変化を観察することで今後我々がメタバースで作り出す社会構造のヒントが掴めるのではないか。

本来は仮想空間では生殖はできないからセックスは不必要に思えますが、その実、バーチャルセックスが機能するものになるということはメタバースが本当の意味で人生を送る環境になりうるということだと思うんです。

 

 

――:たしかにセクシャリティの研究が一番ねむさんの著書でも興味深かったです。(日本では)中身男性9割の世界だけど8割は美少女アバターを使っていて、4割は恋に落ちたことがあり、3割は実際にパートナーがいる。これはカップルのほとんどが「バ美肉×バ美肉」という組み合わせということですよね?

恋愛経験率やパートナー経験率とプレイ時間の間には明らかな相関があります。総プレイ時間が5000時間を超えると半数以上になります。また、相手の「中の人」の性別を意識しない人が多い傾向があるのは現実世界における恋愛との大きな違いだと思います。ほとんどかどうかはわかりませんが、いわゆる「バ美肉×バ美肉」の組み合わせのカップルはかなり多いですね。

  

※出典:ソーシャルVRライフスタイル調査2023 (Nem x Mila, 2023)

 

――:バーチャルアイデンティティはリアルアイデンティティを本当に超越していますね。VRで過ごす友人とリアルに会ったりもするんですか?

ほとんど会わないです。私はけっこうアイデンティティをきっちり使い分けているほうですね。よほど気心が知れた人としかリアルでは会わないですよ。アイデンティティの使い分けの度合いは人によって本当にグラデーションがありますね。

――:1日でどのくらいの時間を「ねむ」アイデンティティで活動しているんですか?

うーん、難しい質問ですね。私にもメインの仕事はありますし、昼間はみなさんのように会社で働いています(ちなみに「ねむ」としての活動はリアルでは非公開です。知り合いにも誰にも言ってません)。夜になると今のようにお腹と足首にセンサーを付けて、毎晩3-4時間くらいはこうやって“メタバース生活"しているわけです。でも外してしまうと「ねむ」じゃなくなるかというとそうでもなくて。皆さんがXでポチポチやっているように、その瞬間はヘッドマウントつけてなくても「ねむ」として過ごしている感覚です。

――:確かに私も「エンタメ社会学者」としてのネーミングがあり、Yシャツ・ジャケットで“コスプレ"してスイッチいれると、急にカッチリ話しますね。

中山さんはどのくらいの数の「コスプレ」があるんですか?

――:5個くらいですかねえ。だいたい同じですけど、コンサルと大学と行政みたいな感じでちょっとずつ違いはあって。

それができるのは中山さんが法人格(会社)を持っていて特別な人だからできる、というのもあると思います。私も含めて、普通の会社員ってそういう「コスプレ」が難しいわけですよ。

でも私が目指している世界では、特別な才能のない普通の人でも複数の自分を切り替えて「自分とは違う何か」として自由に人生を送ったり、表現活動や経済活動ができるようになる。

――:将来は皆がVTuberになる、ということなんでしょうか?

そうですね。今で言う法人(会社)のようなものを、もっとカジュアルに、誰でも作れるようなイメージと考えると分かりやすいかもしれません。

――:たしかに。法人格になる(法人のミッションやキャラクターに近づける)というのとアバター社会は近いかもしれません。僕は「リクルート」にいましたけど、もう法人といいながら法人に属する個人はある種の統一性をもつんですよね。「~だから、営業くらいはできないと」とか。

そうそう、そうなんですよ。新たな人格を人工的に生み出すという意味では法人もVTuberも一緒ですよね。ただ、法人は複数の人間で一つのキャラクターを作る。VTuberは一人の人間のなかに複数の人格を作るという意味では逆の働きを持つとも言えます。

――:平野啓一郎さんの『私とは何か 「個人」から「分人」へ』ですよね。だいぶ影響受けました。“他者を必要としない「本当の自分」というのは、人間を隔離する檻である"、と。皆、家族/友人/会社で違うキャラを演じていて、皆“桃"のようにどこか真ん中に種があるように思っているけど、実態は“タマネギ"なんだ、と。偶然的な社会的関係性や属性を剝ぎ落していったら実は中身がない、と。

分人化ですね。関わる世界ごとに複数の顔の使い分けが並行してできるようになる。でもリアルの世界である限り「年齢」や「性別」などの基本的な属性は変えられないじゃないですか。いきなり女の子になってセクシー女優になってください、なんて絶対無理ですよね?でも、メタバースだとそれが可能になるんですよ。法人格よりもバラエティが広くて、肉体ができないことも可能にしてしまう。

 

■メタバースは何ができる空間なのか?「なんでもできる」で試される自ら意味を創り出す力

――:いまこの空間はどこなんですか?

Resoniteですね。まずメタバースの中が何ができるかを見てもらったほうが早いと思うのでこれから実演しますね。いま6点トラッキング(頭、両手、腰、両足)なのでそんなに細かくは動かせませんが、こうやって座ったり動いたりできます

 

 

――:こちら2023年10月に新規で始まったサービスなんですねhttps://youtu.be/nQ1QEvRa6xc。ねむさんの他には誰もいないんですか?

今はインタビュー中なので私以外の人はこの世界に入ってこれない設定にしていますが、普段は私のフレンドだったら自由に入ってこれるようにしています。Facebookのように今オンラインの友達のリストを見ることができて、オンラインの人はこの場に召喚することができます。「どこでもドア」みたいな感じですね。

――:なるほど。

メタバースとは「魔法が実装された」世界だと考えるとわかりやすいと思います。基本的に人間が頭で思いつくことは何でも実現できます。この世界では私は「魔法使い」なので、重力オフにすればこうやって空を飛べます。このまま森の中を散策できますし、向こうの山までずっと飛んでいくこともできます。結構時間がかかるので、今はしませんが・・・遠くに見える山々も絵ではなくて実際にこの仮想世界の中に存在しています。ここに世界が広がっているんです。

 

 

「魔法が使える」と言われてもイメージしずらいかもしれませんが、例えば遠くに見えている私の書斎の椅子の脇に本がありますよね。わざわざ書斎まで行かなくても、手の指先からビームを出して、こんな風に本を手元に引き寄せることも可能です。このように視界に見えている全てのものに自在に干渉することができるんです。

このまま本を開いて読むこともできます。読みづらかったら現実みたいに目をこらすんじゃなくて、こんな風に本を巨大化させてしまったほうが早いですよね。このように、現実世界のように人間ががんばって物理法則に適応してあげる必要はなくて、逆に物理法則を書き換えて世界を人間に適用させることが出来てしまうわけです。これがメタバースです。

 

 

――:こちらはどこですか?

Resoniteで作った私のMV用のステージです。ちょっと見ていてください。さっきやったように指先からレーザーを出して…太陽を“釣り"上げると、ほら、朝になりました。このまま太陽の位置を調整して、光源の微調整までできてしまいます。レフ板要らずですね。

  

 

――:これはWeb3が理想とする世界ですよね。どこのVRプラットフォームも連動していて、同じアバターを持ち込めるんですか?

アバターの相互互換性については課題が多く、できなくはないですが、結構難しいのが現状です。単純な3Dモデルは誰でも持ち込めるんですが、アバターはプラットフォームごとにフォーマットが違うのである程度テクニカルな調整は必要ですね。こうやって歌を歌ったりMV制作もできるわけです「【MV】ディビデュアル -分人新生-」https://youtu.be/ojeO8kPeip8 。

――:これすごいですね。こういうのって時間と労力は「魔法使い」でもかかるわけですよね?

そうなんです。魔法が使える、といっても現状「誰でも簡単に」とはいかなくて、技術や工数は必要です。そして何より、ハードルが下がると言っても、結局人間のクリエイティビティが必要だということは変わりません。このMVの制作過程の映像も公開しているので、どうやって作ったかもお見せしますよhttps://youtu.be/7CGX67I3WVo&t=0s。このMVでは、2時間くらいかけてみんなで摩天楼の並び立つ世界を創る過程を丸ごと映像作品にしています。

 

 

――:これはねむさんがエンジニアバックグラウンドがあるから、とか特別なスキルに依存するんですか?

いや、全然。誰でもやり方を覚えれば作れますよ。別にテックに詳しい詳しくないは関係なく、みんなが魔法を使えるようになる。とはいえ、私自身はあまり自分自身でモノづくりをするタイプじゃないんですよ。バリバリのプロデューサータイプなのでで、今回の街づくりもみんなに手伝ってもらってます。

――:一連の「魔法」を見せてもらいましたけど、ゲームをする感じとはだいぶ体感が違いますね。

ソーシャルVRっていうとゲームの一種と思われがちですが、ゲームといよりは、もう一つのリアル世界とも言うべきものなんです。例えば、我々のリアル世界ってはっきりした目的が存在している訳ではないですよね。一生家に引きこもって過ごすこともできるし、ゲームのようにやるべきことがはっきり決まっていない。そんなリアル空間から場所と空間の制約を取り払って、魔法を使えるようにしたものがメタバースなんです。

「考えうることはすべて実現できる」―これがメタバース世界の魅力なんです。だからやりたいことはすぐにできてしまう。無限の空間と無限の移動能力、そこで拡張される創造力。

――:これはどのくらいの人が「創造力の想像力」を拡張できるのかの世界でもありますね。

現状はやはりハードルが高いので、飽きて止めてしまう人がほとんどですよ。ゲームのように目的もないので、はっきりとここでやりたいことがないと、なかなか続かないですね。ただ、将来的にはインターネットやスマホのように、ないと生活が成立しないレベルのものになるのは確実です。どんなに遅くても100年後にはそうなっているでしょうね。

――:ファントムセンスじゃないですが、これに慣れちゃうと現実での不便があったりします?中山も先日「Horizon of Khufu」という40分くらいのロケーションベースVRをやったんですが、終わってから物理的なモノとか人への距離感がバグりました。なんでも触りたくなるというか。

バーチャル住人あるある、で色々ありますよ。例えば、メタバースだと空間にモノを固定できちゃうので、ここでそれをずっとやっていた癖で、リアル空間でも空間にコーヒーを“置こう"としてしまうんです。そうするとリアルではダバダバーっと珈琲をこぼしてしまう。

――:生まれたての赤ん坊のようだ笑。重力と空間の概念がぶっ壊れますね。

 

■同接13万人、伸び続けるメタバース人口。「失望の谷」でも増え続けるバ美肉人口

――:先ほどはResoniteを見せていただきましたが、こうやって交流できるVRのメタバースプラットフォームはどのくらいあるんですか?

私が定義した「メタバースの7要件」を満たしたサービス、という意味では、米国発のVRChat、チェコ発のNeos VR、日本発のclusterとバーチャルキャスト、これらを私は「4大ソーシャルVR」と呼んでいます。

 

出典:バーチャル美少女ねむ『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』(2022、技術評論社)

 

この中では、ユーザー規模でいえばVRChatが断トツに多いですね。私の調査でもソーシャルVRユーザーの9割は以上はVRChatをプレイしています。VRChatの瞬間同時アクセス数の推移を見ると、Quest2(2020年10月発売の3.7万円単価のVR機器)発売から徐々に人口が大きくなり、2024年1月にはで10万人を突破してます。それまでのVR機器ってフルセットで20-30万円はしたんですが、FacebookがQuest2を3万円台という低価格で急激に普及させて、翌年の2021年10月にMeta社に社名変更しました。性能を考えるとおそらく当初は逆ザヤ(コストが販売価格を上回っている状態)だったと考えられますから、圧倒的な資本力によってタダでばらまいたようなものですよ。

――:ではこのVRChatの人口≒メタバース住人の全体像といってよさそうですね。Quest2やMetaの後に「メタバースブーム」が2022年に起こり、それが2023年に急激にしぼみますが、こうしてみるとVRChatとしてはずっと増え続けていたんですね。他にもブームがあったんですね。

"スタンミ"ブームですね。有名ストリーマーの「スタンミじゃぱん」が2024年6月にVRChatをはじめたことで日本ではブームが起こったんです。そして2024年10月にはQuest2の後継機のQuest3Sが発売になります。

 

※出典:メタバース人口統計レポート2025 

 

――:今回のインタビューもROBLOX(3億人)、Minecraft(2億人)といった「メタバース的なゲーム」における滞在人口と比べて、「ゲーム的なメタバース」にどのくらい人口がいるかというのをねむさんにお聞きしたかったというところから始まってます。

ゲームと比較すると人口は2桁小さいですよ。瞬間最大同時接続が13万人なのでMAU(Monthly Active User)でいうとせいぜい数百万人から一千万人でしょうか。

――:たとえば200万人とすると米国で80万人、日本で60万人くらいのメタバース住人がいて(ここ5年で10倍以上に増えている状況)、男性50万人のうち15万人くらいはメタバース内での恋愛を経験している、という状況は驚くべきものですね。ねむさんの活動のお陰で僕も無事バ美肉になりました、みたいな事例もありますか?

たまにVRChatで「ねむさんを真似して私も美少女になりました!」という人もいますね笑。

 

■バーチャル大国の日本、「原住民」とともに新大陸を探求する人類の可能性の果て

――:これはVRChatはどこまでの規模を目指しているのでしょうか?

VRChatが何を目指しているかは私にはわからないのでVRChatに聞いて下さい(笑)。私個人としては、別にVRChatがナンバーワンになってほしいとか、メタバースの人口が増えてほしいとか、そういう動機はないです。単に事実として、今はソーシャルVRの中ではVRChatが圧倒的優位だということですね。でもプラットフォームごとにいい部分もあればよくない部分もあり、だから私は幾つものプラットフォームを目的に応じて使い分けています。「住民」からすると色々なサービスを選択する自由がある状態が望ましいと私は思います。

――:そうか、ゲームと違って「沸いているから入りたい」ではないんですね。

民主的に選択ができることが重要だと思ってます。例えば、メタが作っている「Horizen」というソーシャルVRでは、アメリカのマスコミから「仮想空間はセクハラで危険だ!」と叩かれたことがあったんですよ。それでメタ社は突然仮想空間でアバター同士30cm以上一切接近できないようにしてしまったんです。これってどう思います?

――:ちょっと一足飛びに規制、というのは・・・むしろ善意のプレーヤーに対して大きな価値棄損になりますよね。

多分メタバースが自分にとっての現実だという感覚のない方にはこの恐ろしさが分からないと思うんですけど、これって、例えばリアルの現実世界に突然神様が現れて「人間どもはセクハラしあってけしからん! もう人間同士30cm以内に近づくの禁止じゃ!」みたいなものですよね。

結局Horizonのこの施策はユーザーの大反対にあって撤回されました。でも、これはHorizonのユーザー数が少なくて、ユーザーの立場が強かったからできたことです。思考実験として、もしHorizenがいまのSNSで言うところのFacebookのように利用者数断トツ1位の圧倒的プラットフォームだったら、ユーザーは神様であるメタに従うしかないわけです。生殺与奪の権を1つのプラットフォームに握られることは危険だ、というのをその時に感じました。

――:あとメタバースではなく、VRゲームの文脈でMyDearest岸上健人さんのときにもお伺いしましたが、この世界っていちおう「北米主導」ですよね?

メタバース住人の数としては欧米が多いです。VRChat人口の比率で言うと、最新の推定値では約40%がアメリカで、2位の日本が約30%という結果になっています。

日本は人口比で言うとユーザー数が非常に多く、より一般人に近いカジュアルな層にもメタバースが当たり前に受け入れられています。欧米だとまだまだオタク向けのものとして捉えられているようです。一般のメタバース住人が当たり前のように地上波のテレビに出たり、メタバースの文化を専門としたメディアがあったり、という日本の状況は、世界的に見てもものすごく進んでいると思います。

――:米国にねむさんのようにエヴァンジェリストとして発信している人はいないんですか?

VR全般ではなくメタバース文化に着目していて、一般メディア向けで活動している人、という意味だと、ほとんどいないのではないかと思います。

日本には「バーチャルキャラクターが生きている」ということも当たり前に受け入れることができる寛容な感覚がある。これって当たり前ではなくて、世界的に見ると結構すごいことなんです。原因としては、アニメやVTuberが一般にも受け入れられていることや、人形浄瑠璃や歌舞伎のように自分以外の存在を演じることを尊ぶ文化的な下地もあると思います。こうしてなんだか怪しいバ美肉VTuebrの私の話も、学者の中山さんが真面目に聞いてくれているわけじゃないですか。この「受け止められる」ということ自体が日本の凄さだと思います。

――:確かに!VRの初期からOculusのラッキー・パルマ―も日本びいきだったんですよね。「たった数千個しかキット配ってないのに何百人が何百個も開発デモを作ってくれた」と(新清士『VRビジネスの衝撃』2016)。こうした技術感度の高さと、「僕、バ美肉やってるんですよ」って中年男性に言われてそれを素直に受け入れられる文化リテラシー、それらが日本の強みですよね。

私がよく「メタバース原住民」という表現をしていますが、これは、メタバースがまだまだ未発達の世界であるということを強調したくてこういう表現をしています。まだ全然インフラもそろっていないこの新大陸で、数多くの原住民が今いろんな実験をしている。そんなイメージなんです。例えるなら、コロンブスが大陸を発見したばかりの段階というか…

――:なるほど!それは面白いですね。アメリカ大陸の住人って1492年コロンブスから1800年でも500万人しかいなかったんですよ。それまで200年生活インフラが過酷すぎるし、帆船での大西洋横断も危険が多くて。でも1900年に7000万人と急増したのって、「蒸気船で安全に大西洋渡れる」「アメリカ大陸いっても生活がちゃんとできる」ってなったからなんですよね。メタバースにもそうした蒸気船や生活インフラにあたるものが経済性やアクセス性なのかもしれませんね。

それはわかりやすいアナロジーですね。私がこれまでやってきたことって、すべてがフロンティアにおける実験なんですよ。“信用力ゼロ"のアバターの存在である「バーチャル美少女ねむ」としてどこまで社会的インパクトを出せるものなんだろうかと。本を書いたことも、世界初バーチャルセックス生配信もそうですし、美少女アイドルになるなんて、私の年齢・性別でいったら思いもつかなかった、いつの間にか当たり前にMusic Videoまで作るようになってしまった。2023年に「IGF京都」という国連傘下のイベントで発表したことも、リアルの私ではありえなかったことです。

――:英語で発表・・・インテリですね。ねむさんの中身が本当に気になるトコロです。内閣府でも「2030年までに1人が10体以上のアバターをもつ世界にする技術基盤を整理する」という"ムーンショット計画"を発表し、追い風になってくる気風もあります。

メタバースという“荒野"は着実に住人が増えています。人類には早すぎる、と言われたメタバースですが、リアルではできないことがどんどんできるようになっている。

一般の方が当たり前にここで暮らすようになるにはまだまだ時間がかかると思いますが、みなさんがこの世界を「理解」してくれることがこの世界を発展させる上で何よりの励みになります。発展途上のこの世界で生きている住人達が既にいること。私達の生き方を一変させてしまう可能性が既に生まれていること。ひとりでも多くの人にその感覚を伝えたい。そして、このメタバース新大陸で日本ほどそれをリードできる国はないと思っているんです。

 

 

会社情報

会社名
Re entertainment
設立
2021年7月
代表者
中山淳雄
直近業績
エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
上場区分
未上場
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