【CEDEC2013】「秘訣は“パズドラ(成功体験)に縛られない”こと」…ガンホーの森下社長が語る熱くもユニークなゲーム開発論とは?
CEDECとは、コンピュータエンターテインメント業界内外の有識者が開発者に新たな知見をもたらす基調講演と特別招待セッションが行われるほか、ワークショップ、ゲーム開発やビジネスに関して公募を中心とした発表の場。
開催2日目となる8月22日のオープニングには、ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社の代表取締役社長CEO・森下一喜氏による「開発讃歌」と題したカンファレンスが行われた。
今年で創業から11年目を迎える同社は、オンラインゲームやコンシューマーゲーム開発・運用を展開する企業。カンファレンスでは、そんな森下社長が大切にしている“ガンホー流のゲームプロデューサー論”や“ゲームデザイン”に関してのお話を、同氏の好きなTVドラマの話しと交えてユニークに語ってくれた。
本稿では、言わずと知れた『パズル&ドラゴンズ』や『ケリ姫スイーツ』を中心とするスマートフォン向けゲームが生まれた背景に、“面白い作品の本質”に迫った森下氏による熱のこもったゲーム開発論をお伝えしていこう。
■“ヒットの方程式”は「やっぱ、ない」
登壇した森下氏は、「開発讃歌」と題された講演において、恐縮な面持ちになりながらも「素晴らしいゲーム開発者の皆様の前で、講演ができることを嬉しく思います」と話進めた。そして講演のはじめには、誰しもが気になる“ヒットの方程式”について「やっぱ、ない」と面白おかしく突き放した回答で、会場を笑いに誘った。
これは、同氏が続けて語った本質に差し当るであろう「“詳細な戦略”よりも “面白いゲームを作るだけ”」と言うように、作品がヒットする方程式が存在したら、このゲーム業界は誰もが成功者になっている……という意味合いを込めて、言い放った発言であろう。
また、森下氏は最近注目しているTVドラマの名台詞を引き合いに出して、ゲーム業界や自社の制作ポリシーについて一喜一憂する制作現場の世界を「ゲーム開発はドラマである」と表現。
というのも現在ガンホー社では、さまざまなタイトルが開発されているが、なかにはプロジェクトを中止する作品も多数にあると話続けた。ときには悔しくて涙を流したり、ときにはチーム分解が起きたり、そして、ときには突然スタッフが会社に来なくなったり……。森下氏は現場で実際に目にしてきた様々な事件について触れるものの、それでも「チームで作品を創っている事実については、やはり素晴らしいことである」と語った。
やはり10数年ゲームを作り続けていれば、その作品数だけ様々なドラマが生まれてくるようだ。そこで趣向を凝らして森下氏は、自身が感化された人気ドラマの名台詞を、「企画」や「開発」、「運営」など、同氏がゲーム制作に関する考え方に置き換えて、茶目っ気たっぷりに紹介してくれた。
■ 第一話 「企画」について
「モノを食べるときはね 誰にも邪魔されず自由で なんというか 救われてなきゃあ ダメなんだ」―― 『孤独のグルメ』より
「新しいゲームアイデアを考えるときはね 誰にも邪魔されず自由で なんというか 天邪鬼でなきゃあ ダメなんだ」
ゲームを企画する際には、誰にも束縛されず自分勝手で「天邪鬼(あまのじゃく)」になることが大切と語る。これは、右斜め上の思考や常識に捉われない非常識な発想が、ときにアイデアにおいて功を奏することが多いようだ。
また、企画に関して、遊びの核となる“直感的”な面白さが必要だと話すと同時に、マーケティング案だけに頼り周囲に流される人にも注意を促した。もちろんゲーム開発に置いてマーケティング・分析は重要ではあるが、あくまでも周囲に流されずに、ゲームの面白さという本質を見失わないことが必要なのだろう。
「考えるという行為は、人間に与えられた最大の楽しみだ」――『ガリレオ』より
「新作を考えるという行為は、開発者に与えられた最大の楽しみだ」
ガンホー社では、事業計画のためにゲームを手掛けるというプロセスは無いという。作りたいゲームのアイデアが浮かべば、つねに予算外で制作することがあり、言わば「売上や業績を伸ばしたいから新たらしいゲームを作る」のではなく、単純に「こういうゲームを作りたい!」という欲求が先行しているということだ。
そのため企画は、つねに考える癖を身に付ける必要があると語る。当然たくさんのアイデアが出てきても、それらを上手くゲームとして落とし込むのは難しいもの。しかし、森下氏は「いま使えなくても別の機会に役立つときが必ず訪れる」と話した。よくアイデアが閃く際に、“神が降臨してきた”などの比喩表現をされるが、これは決して運ではなくて「日々の考える努力を行っているから実を結ぶもの」だと続けた。
「秘訣は、目を開けようとしねえ事です、目の事は忘れて弾の行方だけ追えばいいんだし」――『八重の桜』より
「秘訣は、パズドラに縛られねえ事です、パズドラの事は忘れて自分達が創りたいものを創ればいいんだし」
企画や仕様を考えている際に「パズドラのときはこうだったよね…」と過去の成功体験が先行して、思い込みが発生してしまう……と自分自身に言い聞かせるように語る森下氏。悩んだときこそ、いったん成功体験は忘れて、もう一度自分たちの創りたいものを再確認するのが大切とのこと。革新的なゲームデザインを生み出すには、パズドラフォーマットをぶち壊すくらいの考え方ではなければならないようだ。
「旧産業中央……旧東京第一……そんなものは知った事ではありません!!」――『半沢直樹』より
「ブラウザ……ネイティブ……そんなものは知った事ではありません!!」
“ブラウザ or ネイティブ”という議論は、現在のゲーム業界でも取りざたされる内容だが、これに対して森下氏は「我々が作るゲームは、よく“ネイティブアプリ”と呼ばれるのですが、特別意識して作っていません」と話す。
時代のニーズという波に乗るのではなく「波は起こすものだ!」と語った同氏は、「制作したいゲームによって、最適な開発手法やプラットフォームを選ぶ」と続けた。ゲームを遊ぶ多くの顧客自体もブラウザかネイティブなど、さして気にしていないということだ。
「この世に無駄な研究なんかはない」――『ガリレオ』より
「この世に無駄な企画なんかはない」
ガンホー社には、会社の重要なファイルと同じくして、開発が中止となった制作途中のゲームソースや、ボツになった企画書を全て取っておいてあるとのこと。それは、たった1枚の“ペラ1”の企画書であっても必ず保管している。「保管場所は宝の山。どこかで活かせるときが必ずあるに違いない」と嬉々として話した。
「さっきから、都合のいいことばかり書いてんじゃねーぞ!記録!」――『半沢直樹』より
「さっきから、都合のいいことばかり書いてんじゃねーぞ!事業企画!」
会社経営者による意外性の飛んだ発言(スライド)に、会場が笑いに包まれた。「事業計画は机上の空論。この時間を、もっと面白いことの発想に費やしたほうがいい」と語った森下氏。しかし、会社として監査法人から事業計画の作成を追求されるため、「とはいえ事業計画はきちんと作成しています(苦笑)」と渋い表情で言い添えた。
これはゲーム制作の熱が強い同氏だからこそ、企業の業績を第一に考えたお堅い書類に対して、“ゲームの本質”にブレが生じるのではないか、という危惧に警笛を鳴らした発言であったのだろう。
■ 第二話 「開発」について
「人と人との繫がりだけは、大切にせなあかん。ロボットみたいな仕事だけは、したらあかんど」――『半沢直樹』より「核となる遊びとゲームサイクルとの繫がりだけは、大切にせなあかん。ゲームリソースの追加だけを考えることはしたらあかんど」
ゲームリソースに迷ったら一度分解するほか、継続的にゲームを長く遊んでもらうためにエコシステムを創りあげる必要があるとのことだ。また森下氏は、“修練度と偶発性”のバランスも大切と語る。
いわゆるリソースを追加するのはいいが、それがすべてにおいてどう影響するか、ゲームシステム全体をつねに俯瞰する「ミクロではなくマクロ」の視点が重要なのであろう。
「刑事なら、目的地くらい頭に入れとくべきだ」――『ガリレオ』より
「開発者なら、ゲームの最終イメージくらい頭に入れとくべきだ」
ゲームイメージをヴィジュアルで脳内保管することは、ディレクターやプランナー以外のスタッフもきちんと理解しておく必要があるとのこと。そのためにも“プロトタイプ”の存在は重要だと話す。よくプロトタイプは、本開発の承認を得るためのプロセスだと思われがちだが、「開発に関わる全てのメンバーに対してイメージを共有する」うえで、非常に大切なアクションだと言う。
■ 第三話 「運営」について
「人材を得る事が第一に候。迂遠(うえん)に似候えども教育よりほか道は御座無く候」――『八重の桜』より
「面白いゲームを創ることが第一にて候。迂遠(うえん)に似候えども日々の運営よりほか道は御座無く候」
面白いゲームを開発するのは当然だが、きちんと運営・サービスを行えていないと、ユーザーから信頼を得ることができないもの……そう「サービスインが決してゴールではない」。そして森下氏は、運営に関して熱のこもった言い方で「コンテンツ(開発)とサービス(運営)の一体化を目指すことが大切」であると語った。
「どうかな?追い風は得てして、向かい風に変わる」――『半沢直樹』より
「どうかな?向かい風は得てして、追い風に変わる」
オンラインゲームの運営には、トラブルが付きものだ。もちろん未然に防げることが一番望ましいものだが、トラブル後の告知や迅速な対応は、時として信用や印象を上げることにも繋がる。
そうした意味も込めてか、森下氏は「失敗してユーザーさんから多くの叱責があります……しかし、それらを明日への糧にして、より良いサービスにしていこうと思っています」と前向きに語ってくれた。多くの失敗とほんの少しの成功で磨かれる「勘」を養うことが、今日(こんにち)の状況に繋がっているのだろう。
■ 第四話 「経験」について
「正義は、たまに勝つ!」――『半沢直樹』より「ガンホーは、たまに勝つ!」
豪語した内容ではあるが、森下氏は「運が良かったと思うようにしている」と低姿勢な雰囲気で話し続けた。当然「勝つ」という要因には、開発スタッフが懸命にゲームを制作した努力の賜物だと前置きしたが、先にあった過去の成功体験に縛られてはいけないということだ。
また、個々が積極的にゲームを手掛け、一緒に学んでいくことも大切であると続けた。ゲームには、様々な作り方があり、色々な思想や哲学もあり、それぞれ人によって考え方もある。
それは定期的に教えたり声がけしたりして、密のこもったコミュニケーションを築き上げるものもそうだが、まずは自分自身が進んで「ゲームを手掛けたい」という意識を常に据えることが大事のようだ。恐らくチーム全体が“面白いゲームを作る”という同じ方向に意識を飛ばすことが、経験から基づいた円滑な制作過程の秘訣なのだろう。
■ 第五話 「最後に」
「会津だけが利口になっても世の中は変わらねぇ。誰もが学び、世界を見る目を養ってこそ、十年後、百年後、この国はもっと良くなる」――『八重の桜』より
「市場だけが大きくなってもゲーム業界はかわらねぇ。開発者が学び、ゲームを育てる力を養ってこそ、十年後、百年後、この業界はもっと良くなる」
ゲーム業界が更なる発展するには、一人一人の志が重要であることが、上記の言葉には込められている。また、「ガンホーが嫌でやめていく人もいます……しかし、私はゲーム業界に居るのであれば、全然構わないと思っています」と自社の開発スタッフに対する想いにも触れた。
そして、ここまでたくさんのゲーム制作における助言を話してきてくれた森下氏だが、「本日発表した内容は、我々自身に言い聞かせていることでもある」と、言葉を添えた。
最後に今回の「CEDEC 2013」における講演を振り返って「多くのゲームクリエイターが集まり、さまざまなセッションを通してゲーム開発のヒントを得られることは、本当に素晴らしいことです。これからも皆さんと一緒に学んで、この業界をもっともっと大きなものに育てていきたいです」というメッセージで本カンファレンスを締めた……。
……と思いきや、森下氏が「本日一番いいたかったこと」と前置きして、これまたTVドラマの名台詞のアレンジで、最後の最後に会場を沸かせた。
「やられたらやり返す!10倍返しだ!!」――『半沢直樹』より
「つまらなかったら創り直す!ちゃぶ台返しだ!!」
講演後は、質疑応答が行われた。社長業に勤しむ森下氏に話を聞けるチャンスとあってか、いくつかの質問があったので、その一部を紹介しよう。
Q:運営タイトルが撤退していく基準などはありますか?
―― 明確な基準値はありません。じつは、弊社が運営するオンラインゲームに『エミル クロニクル オンライン』というものがあります。こちらの作品は、6年以上もサービスを続けているタイトルなのですが、リリースした当時は非常に厳しい状態でした。しかし、現在は売上を伸ばしている……。
これは現場が諦めずに作品を育ててくれたおかげで、成功していった形になります。もちろん育てれば必ずしも成功する保証はありませんが、こうしたケースを目にしてきたため、一概に“データが悪いからやめる…”という判断は、あまり急いではいけないのかもしれないと思いました。
Q:ストレス解消法について教えてもらいますか?
―― 深く考えないことだと思いますね(笑)。日々、メールで各タイトルの売り上げデータが送られてきますが、正直言って胃が痛くなることもあります。しかし、考えれば考えるほど、どんどん深みにはまるため、前を見てポジティブに行くのが大切だと思います。
とはいえ、それでも辛いことがあるかもしれません。そんなときは、会社を出てガード下のところにある“通称:ガンホーの第3会議室”と呼ばれる居酒屋で、ホッピーを飲んでストレスを解消します(笑)。
『パズル&ドラゴン』のヒットで勢いが増す同社ではあるが、これも創業当時から決してブレることのない“ゲームの本質”を追求した結果が、実を結んだものだと改めて実感した。今後ガンホー社からどのような作品が生まれるのか、いまから楽しみである。
会社情報
- 会社名
- ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社
- 設立
- 1998年7月
- 代表者
- 代表取締役社長CEO 森下 一喜
- 決算期
- 12月
- 直近業績
- 売上高1253億1500万円、営業利益278億8000万円、経常利益293億800万円、最終利益164億3300万円(2023年12月期)
- 上場区分
- 東証プライム
- 証券コード
- 3765