一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)が、8月24日~26日の期間、パシフィコ横浜にて開催している、国内最大のゲーム開発者向けカンファレンス「コンピュータ・エンターテインメント・デベロッパーズ・カンファレンス 2016」(CEDEC 2016)。
本稿では、8月24日に実施された講演「スマホゲームにおけるゲーム性と物語性の”運用で摩耗しない”基礎設計手法~チェインクロニクル3年の運用と開発の事例を交えて~」についてのレポートをお届けしていく。
本セッションでは、セガ・インタラクティブの松永純氏が登壇。モバイルネイティブゲームにおける「ゲーム性」、「物語性」、「キャラクター性」についての基礎設計の指針を、『チェインクロニクル』開発・運用時の事例を交えながら紹介した。
▲セガ・インタラクティブの松永純氏。『チェインクロニクル』や『戦国大戦』シリーズなどのディレクションを務めている。
まず松永氏は、講演を始めるにあたって、今、モバイルゲーム業界では、ソーシャルゲームから、スマホのスペックを活かした、ハイエンドでゲーム性のあるタイトルが普及してきていることについて言及した。そのうえで、未だに「ゲーム性が作り込まれていると面倒」、「ストーリーは添え物にすぎない」、「キャラクターはお金を生むための商品」といったネガティブな風潮が強いと分析。こういった意見は、運営が必要なタイトルだからこそ起きるものであると理由を述べた。
▲ネイティブゲーム全盛期にある中、こういった風潮がなくならないのは、それが一種の心理でもあるからであるという。
そこで、運営においてビジネス的な側面と開発者としてのクオリティ価値を両立するためには、リリース時のクオリティと市場価値が担保されていることを前提条件としたうえで、開発時のクオリティ価値を損なわずに運用できるよう基礎設計することが重要であると説く。その中で、タイトルを摩耗させないための方法論を展開した。
▲リリースした瞬間は作品価値が高いタイトルも、時間が経ち運営が進むに連れ「キャラのインフレ」や「複雑なルールの追加」によって摩耗し、価値が下がってしまうケースが多く見られるという。
■「ずっと面白いゲーム性」を作るために必要なこと
まず最初に触れられたのは「ゲーム性」について。
▲運営を進めるうえでありがちな問題として上記の項目が挙げられた。
松永氏は、このような問題を防ぐために最も大切なのは、ゲームを設計するうえで「コアデザイン」と「拡張要素」をきちんと分解して設計することであると語る。また、分解したうえでコアデザインが、どれだけ複雑に作られているか、が重要だという。パラメータを数多く持たせることで、無理のない拡張が可能になるとの話だ。
▲コアデザインと拡張要素についての定義。
続いて、『チェインクロニクル』の事例をもとに、コアデザインを複雑に作るメリットを紹介した。
『チェインクロニクル』では、戦闘時にプレイヤーは6×3のマス目にキャラクターを移動させることが可能となっているが、ここでキャラクターをマス目に沿って動かすのではなく、マス目を無視した動きや、微妙な位置で立ち止まることをできるようにしている。
▲6×3ポイントのMAPに見せつつも、実は何億ポイントもの地点がパラメータとして存在しており、複雑な状況が発生する設計になっているという。
▲フリー座標のMAP設計を採用することで、「範囲内の敵に攻撃する」という必殺技スキルを追加する際にも、同じ表現で多彩なバリエーションを持たせられることを具体例として挙げた。
上記の具体例からは、コアデザインが複雑なほど、後から拡張要素を作りやすいことが分かる。逆に、コアデザインがシンプルなものになってしまうと、拡張の際にどんどんとゲームが複雑になってしまうという。また、こういった現象は、ユーザーが自分で把握できる分のパラメータしか入れられないトレーディングカードゲームなどによく見られるとのこと。
ただし、コアデザインは複雑にしつつも、ユーザーから見たゲーム性が複雑になってはいけないと松永氏はコメント。複雑な設計のゲームでありながら、ユーザーからは簡単に見えるようにすることが大事だと語った。下記は、コアゲームを複雑だがシンプルにまとめた際の良い例と悪い例のイメージ図。
<良い例>
<悪い例>
▲コアデザインの複雑化は、最初に挙げられた問題点の解消にも繋がる。
最後に、ゲーム性を追求するうえで作り手が認めなければいけないこととして下記の2点を挙げ、飽きないゲーム性作りについてのまとめとした。
・人は、同じゲームにいつか必ず飽きる。
・運営スタッフは、要素が乏しいと無茶をしなければいけなくなる。
■「物語の価値」を守り続けるために必要なこと
続いてはゲーム内に導入される「物語」について。物語についての問題点はゲーム性に比べて少なく、下記の3点が主なものになるとのこと。
特に、業界内では現状、ストーリーパートが不要と判断され、カットされることが多いとの話だが、ここに大きな誤解があるとのこと。松永氏いわく、運営が行き詰まった際に投下できる施策には限界があることに対して、物語はコスト感とクオリティが伴っていれば最高の消耗品になり得るため、原理上は最強の運営リソースであるという。これは、物語は無限に拡張が可能であることや、投下することにリスクがないことが大きな理由として挙げられるからだと述べた。
▲行き詰まった際に投下できる施策はどれも消耗品であったり、リスクが伴うものが多く、無限に作れるものではない。
では、何故ストーリーを導入することが懸念されているのか。これは、偏に開発効率が低く、高い価値を出すためにコストがかかるからに尽きるという。ひいては、この問題が、他の問題点であるボリュームダウンやクオリティダウンにも繋がってしまうと続けた。
つまり、スマホタイトルにストーリーパートを入れるためには、如何にして効率を上げるかが重要になると松永氏は話す。
▲効率を上げる方法として、2つの解決策が紹介されたが、本公演では「物語を、効果的に配置する仕組み」にフォーカスを当てて話が展開された。
まず始めに紹介されたのは、たくさんの人が見る場所に、良い物語を置くこと。スマホタイトルではゲームが進行するほどユーザーが減少していく傾向にあるため、より多くの人が見られるような場所に力を入れたストーリーを配置することが、新規ユーザー獲得や継続率アップに繋がるという話だ。
▲例として、『チェインクロニクル』では、入手難度の低い☆1キャラの専用シナリオに重点を置いて制作されたこともあるのだとか。
そして、次に大事なのがシナリオの密度・テイストに緩急を付けること。濃いシナリオばかりを続けてユーザーが読み疲れしないよう、システム的に行間を取らせたり、間に軽い物語が入る設計にするのが効率的だという。
▲『チェインクロニクル』では、キャラのレベルによって専用の「絆クエスト」を解放するシステムを取り入れている。ユーザーが”キャラクターと共に旅をしてきた”という行間を活かした形で物語を体験させることによって、説明を省ける部分が出てきたり、ユーザーの感情を高めやすくなるとのこと。
そのほか、同じノリの物語を遊び続けることがないよう、「骨太なメインストーリー」、「キャラクターを深掘りした絆クエスト」、「様々なキャラクターの共演が楽しめる軽めのイベントクエスト」など、プレイサイクル自体に物語の緩急を意識した設計にしているのだとか。
そして、3つ目に重点を置いているのが達成感とシナリオクオリティを結びつけること。感情の起伏がないときに物語を読ませても非効率的なため、バトルで勝利した後にストーリーを配置するなどして、達成感との結びつけを実現しているとのことだ。
▲『チェインクロニクル』で、キャラを引いたときに短いドラマを入れてみたところ非常に高い効果が得られたとの話も。
最後に、物語の価値を維持するためには、効率的なゲームの土台を作り上げ、良い物語を、ユーザーが100%良いと感じられるようにすることだとまとめた。
■「キャラクターの価値」を守り続けるために必要なこと
次に、「キャラクター」について。松永氏は、キャラクターは物語と異なり、拡張することで摩耗していくものだと語る。また、拡張する際の問題点として下記の2点を挙げた。
そして、この問題点を解決するには、すべてのキャラクターに唯一無二の特徴を持たせることが必須になると続けた。これを実現するためには、あらかじめキャラクターの特徴を数多く出しやすい世界観を作っておくことだという。
▲『チェインクロニクル』では、国ごとに職業や世界観レベルで異なる特徴付けを行い、さらに国の中で細分化を図るために勢力を持たせたりしている。
キャラクターの価値については、この部分で全てが決まると言っても過言ではないとのこと。
講演の最後に、松永氏は、「ゲーム性」、「物語性」、「キャラクター性」、3点について解説したうえで、すべてに共通するのは初期段階で合理的に設計されていることが最も重要であるとまとめて締めとした。
(取材・文:編集部 山岡広樹)
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