●大切なのは「コンセプトメイキング」
▲株式会社INEI 代表兼コンセプトアーティスト富安健一郎氏
富安氏が最初に語ったのは、プリプロダクションの基礎となるコンセプトアートをどのように作成していくのかだ。プリプロダクションとはゲームや映画などを制作する際、本格的な作業に移る前の準備段階のことを指す。映画であれば脚本や絵コンテなどが当てはまるが、映画やCMなどの映像作品に加え、ゲームなど様々なジャンルにおいても重要性が挙げられているのがコンセプトアートだという。
プリプロは、まずピッチコンセプトの作成から始まる。これはプロジェクトの出資者、プロデューサーなどに対して大まかな世界観やストーリーを伝える時に使われることが多い。ちなみに「ピッチ」とはその名の通り「投げる」という意味で、なにもないところに石を投げ、波を立たせるのと同じ行動であることから、この名前がついているという。
次にスタッフが集まり方向性が定まってくると、シーンコンセプトが必要になってくる。こちらはストーリーの要所ごとに細かくコンセプトを決定していくことである。物語を描く際、すべてがひとつの場所で完結するケースは珍しい。そのため、それぞれのシーンをイメージしやすくしておくことが重要なのだ。
ここまでくると続いては、アセットコンセプトの作成に移る。これから描いていく世界の中に存在する文化や気候、技術などを考察し、擦り合わせていく工程だ。例えば宇宙が舞台のSF作品であれば宇宙服はどんなデザインか、乗り物はどんなものかなどを考え、制作する。また各キャラクターの視認性を高めるため、どうデザインを変えていくかなどもここで議論される。
ピッチコンセプト、シーンコンセプト、アセットコンセプトの3種類が大きな工程だが、「これだけだとなかなか上手くいかない」と富安氏は語る。このプロジェクトは誰に届けたいのかなどコンセプトアートだけでは解決するのが難しく、かつ、プロジェクトの核となる疑問が数多く存在するからだ。そこで富安氏が取り入れるべきだと紹介したのが、コンセプトメイキングの工程。これはもっとも根本的な部分であり、プロジェクトの「基本中の基本」を明文化しスタッフと共有する作業を指す。
ここからは普段使っている「プリプロシート」を使用しながらの解説が始まる。このシートには配給メディアや予算、公開時期、ジャンル、方向性といった基本情報をまとめていく。特に配給メディアはプリプロの段階では決まっていないことも多いらしく、しっかりと考えることが重要である。
▲コンセプトを考えていく上での制限されている内容を洗い出していく
そのうえでプロジェクトを進める際に大切にしたいこと、そしてゴールを設定する。ゴールは「売上」「会社の認知度が上がること」などさまざま。このような事業的な目標以外にも「お客さんが感動のあまり帰れなくなる」といった、お客様がどういったリアクションをとるか、という具体的な目標もすべて書き込んでいくそうだ。
このように基本情報を溜め込んでいくと、今度は本プロジェクトで守り抜くことを認識する「トレードオフスライダー」の作成だ。ここでは規模、予算、時間、品質、収益の5項目を用意。妥協できる要素なのか、それとも絶対死守するべきなのかを横軸で可視化する。
▲制作背景によって大きく変わってくるが、明確にしないと制作時に方向がブレてしまう。
またターゲットとなるユーザーのペルソナも大切である。「大切にしたいこと」で例に挙げていた「お客さんが感動のあまり帰れなくなる」の場合は、誰を感動させたいのかを定めるのが目的となる。年令や性別はもちろん、職業や趣味に至るまで細かく仮定していく。「実際に知っている人を設定すると想像しやすい」とアドバイスを送っていた。
次に決めるのは「誰に、なにを提供するか」という部分だ。ターゲット層を定めたうえで、その層に提供したい情報、感情、経験を考える。さらに、それらを提供したことで起きてほしいことまで想像する。
すでに発表・発売されている作品から方向性の近い作品を探すのも大切な作業だ。かなり似ている、全く似ていないで2次元軸を作成して、さまざまな作品と自分たちの作品を比較していく。この工程を踏むことで、プロジェクトに参加する全スタッフの意識を統一できる。
同じく自身が携わるプロジェクトの立ち位置も図にして分かりやすく表現する。ポジショニングマップを用いて「シンプル・難解」「爽快・鬱屈」といった別け方をしていた。ポジショニングマップの軸の例は他にもたくさんあり、ファミリー向けかオタク向けか、暗いか明るいかなども考えられるという。
軸にはプロジェクト全体を通して言えることと、ひとつひとつのアート/場面に対して言えることの2種類が存在する。前者はひとつの作品に同居することができず、かならずどちらかを選択しなければいけない。後者は同居することが可能で、必要に応じて使い分けることもできる。さらに第三の軸として、気にしてはいけないこともあると富安氏は語る。余計な情報を入れることで、魅力が損なわれる可能性もあるからだ。
最後に富安氏は「プリプロシートは小学生でも分かる言葉で書くことが重要」と語る。「収益が○円で、世界公開して映画祭で最優秀賞を取る」というくらいの分かりやすさでいいという。これだけでも、作品の大体のコンセプトは見えてくるというのだ。また出来上がったプリプロシートはプロジェクト中に何度も見返すことが大切になる。INEIではクラウド環境を使用して、幅広いスタッフがいつでも確認できる環境にしているとか。
●ワークショップでは参加者全員でコンセプト作り
セミナーの後半では、受講者からの質疑応答の時間が設けられた。ここでは「コンセプトアーティストとして求められるスキルは?」という問いに対して、デザイン力だけでなく「対人間とのコミュニケーションがないと完成しない」と話す。業務全体を振り返ると、仕事の半分くらいは誰かと話し合うことではないかと感じているというのだ。そのため仕事だけでなく、遊ぶときでもさまざまな人と絡むことを意識していきたいとのこと。もちろんデザインに関する能力も重要になってくるが、こちらについては普段の生活から、例えば車やバイクがどういう構造になっているのか?自分だったらどういうデザインを考えるのか?などの想像を巡らせているという。
また「デザインに迷いが生まれたときはどうするか」という質問も飛び出す。これには富安氏も「基本的にいつも迷っています」と笑顔で回答。迷ったからといって焦る必要はまったくなく、「どうしてもアイディアが出てこなかったら呑みに行きます」と話し、会場の笑いを誘う一幕も。粘ってアイディアを引き出すことも可能ではあるが、気分転換も重要だと説明していた。
続いての質問は「スマートフォンアプリとコンシューマーゲームでコンセプトアートに違いはあるか?」との内容。富安氏は、以前はスマートフォン向けのゲームは、コンシューマ向けを簡単にしたもの、という印象を持つユーザーも存在したと思うが、現在はスマートフォンだからと言ってそのような印象を持つことは無いのではと語る。徐々に差はなくなってきているが、スマートフォンの画面で見るデザインと大画面で見るゲームでは感じ方が違ってくると話す。また販売のしかた、宣伝のしかたも違うため、キャラクターを立たせるのか、それとも世界観を推すのかなど違いが生まれてくるという。富安氏によるとスマートフォンアプリでは、イメージしやすいように縦型のコンセプトアートを作成するケースもあるとのことだ。
また昨今盛り上がりを見せるVRでも、また違ったコンセプトの立て方が必要になると語る。従来のゲームとは視点が異なるため、敵キャラクターの歩き方、弱点の見え方なども盛り込まなければいけない。
最後に富安氏とカヤックスタッフによるワークショップを実施。新規ゲームを開発する設定で、「コンセプトメイキング」を参加者とともに考えていく。前半の講義の内容を踏襲しつつ、プロジェクト名や大切にしたいこと、ゴールなどを、ときに笑いを交えながら決めていった。
参加者だけでなく富安氏自身も積極的に議論へ参加し、「発表時期を2020年にするならオリンピックと絡めた作品にしたい」「ジャンルには誰でも分かる、ベタな言葉を入れていい」とアドバイスを送った。さらに登場人物を決めるとなると、その人物に彼女はいるか、その彼女は何人目かといった細かな設定まで詰めていく。
▲交際歴からあだ名まで細かく設定されていく
▲制作に入る前段階なので、考えが固まるまではやり直しても良いと富安氏は話す。
このような具合で富安氏が提供するプリプロシートの全項目が埋まったところでワークショップは終了。富安氏はINEI初のアート集「The Art of INEI コンセプトアート」が11月25日に発売されたこともしっかりアピールして、セミナーは幕を閉じた。
▲これまで公開される機会が少ない貴重な資料とも言える書籍だ
◼︎The Art of INEI コンセプトアート
会社情報
- 会社名
- 株式会社カヤック
- 設立
- 2005年1月
- 代表者
- 代表取締役CEO 柳澤 大輔/代表取締役CTO 貝畑 政徳/代表取締役CBO 久場 智喜
- 決算期
- 12月
- 直近業績
- 売上高174億6700万円、営業利益10億2100万円、経常利益10億3800万円、最終利益5億1100万円(2023年12月期)
- 上場区分
- 東証グロース
- 証券コード
- 3904