脚光を浴びる「ゲームのアフレコ」に必要なスキルとは? 専門学校東京声優・国際アカデミー布施川一寛氏にインタビュー

今やコンシューマゲームだけでなく、スマートフォン、PCブラウザゲームでもフルボイスは珍しくない。それに伴い、声優の専門学校では「ゲームのアフレコ」を講義として教える機会も増えているという。

代永翼さんや甲斐田裕子さん、佐藤拓也さんなどを輩出してきた専門学校東京声優・国際アカデミーもそのひとつ。今回は同校で講師を務め、自身も声優として活躍する布施川一寛氏にインタビューを実施し、ゲームのアフレコ特有の難しさ、そして学校でどんな教え方をしているのかを伺った。

ゲームアフレコで大切なのは、意図を汲み取る能力

――布施川先生は講師として活動する一方、現役の声優としても活躍されていますが、どういった経緯があったのでしょう。

声優になったきっかけまで遡ると、学生時代に東京アナウンスアカデミーという、本校に付随するスクールで声優とナレーションの授業を受けていたんです。最初は「喋って飯が食えたらいいな~」くらいの感覚で、ナレーションやアナウンサーをメインで考えていましたね。
ただ、そこから縁あって賢プロダクションに所属することになり、アニメや映画の吹き替えで声優をやらせてもらっています。

専門学校東京声優・国際アカデミーの講師になったのも賢プロダクションの縁があったからです。賢プロダクションの役員を務める野村道子が市原光敏校長と知り合いで、僕が卒業生ということもあり「講師をやらないか」と声がかかったのです。
実は若いころから先生として人に教えたい思いもあって、大学時代は外国人に日本語を教える日本語教育も学んでいました。声がかかったときは驚いたものの、引き受けることになりました。

――実際に授業をする側になって分かった苦労はありましたか?

どの学校でも同じことが言えますが、授業の講義構成に関しては「教え方はお任せ」というのが多いんです。例えば今回のテーマである「ゲームアフレコについて教えてください」と言われても、どうやって教えるかは僕が一から考えなければいけない。どんな内容で、どんな順番で、どんな教え方をするのがベストなのかを模索する必要があり、それは苦労しましたね。

――ということは、ゲームアフレコの授業についても模索しながら進めていったと。

はい。アニメとゲームではアフレコの仕組みがそもそも違うので、それをどうやって2時間ほどの授業に落とし込んで、到達目標をどのあたりに設定するかを考えて。さらに難しいのが、自分の考えた方法が正しいのか、実験できないことです。実践しながら修正していく必要もあり、今もまだ模索中です。

もうひとつ頭を悩ませているのが、年々授業を受けたい学生が増えていることです。人が増えればその分一人にかけられる時間は減るし、全員が平等に学べるように方法を変えなければいけません。ゲームアフレコは卒業生からの人気も高く、年々科目を選択する学生が増加している状況は、嬉しい悲鳴でもあります。

――そんなに人気が高いんですね…。逆に言うと、それだけゲームアフレコの授業は価値がある、ということですよね。

実際そうだと思います。ゲームのボイスが、アニメと同じレベルにまで達してきたと言いますか。ゲームから声が出るのが当たり前の世代であり、声の仕事のひとつとして確立されてきたのは間違いありません。

――では、ゲームアフレコの講義ではどんな教え方をしているのかを教えてもらえますか。

そもそもゲームアフレコを教えることになったきっかけとして、卒業生の意見が大きく影響しています。学校を卒業して、声優事務所に預かり所属になった子には、ゲームに関する仕事がポンと入るものなんです。すると、ゲームの収録がどういうものであるかを知らないのに、いきなり現場に入る状況が生まれてしまいます。
もちろん最低限の演技はできる子たちなので言われるがままにアフレコに臨むものの、どうしても上手くいかず、ダメ出しをされてしまうんです。この問題を解消するために、より実践的な内容で教えようというのが経緯でした。

――なるほど。

だから、ゲームアフレコがどんなものなのか、大体でも把握できるよう、「現場はこんな感じですよ」と経験させることにしたんです。具体的には、まずは感情表現。ゲームだと同じセリフでもさまざまな感情で表現する必要があります。台本といっても1枚の紙にト書きで「怯える」とか「怒っている」とか、一言しか書かれていないことがあるんです。だから、誰が聞いても怯えている、怒っていることが分かる表現は、特に新人だととても重要なのです。

これができるようになると、さらに踏み込んでいきます。一言で「怒っている」と言っても、なぜ怒っているかによって喋り方が変わるじゃないですか。大勢に向かって怒鳴ったり、逆に怒りを抑えながら静かに話すのか、といった具合ですね。

――確かに、ゲームだとフルボイスではない場合もありますから、短いセリフで感情を表現するのは大切になりそうです。

その通りです。ゲームアフレコの現場だと、その場で「このセリフ、大勢に向かって怒鳴っている言い方をしてほしいんです」とディレクションをされることも頻繁にあります。そんなときでも瞬時に対応できるよう、あらかじめ引き出しを増やしておくことが大切なんです。ゲームの場合はアニメと違い、映像という演技のヒントがない場合が多いため、対応力の高さが求められます。
引き出しがないと本人も、そして現場のスタッフさんも困ってしまいます。最悪のケースだと、声優の変更をお願いされることだってあります。

また、ゲームの場合は行動を声だけで表現することも大切になります。例えば「座る」「走る」「ジャンプする」「転ぶ」などで、もっとも多いのは「大ダメージ」「中ダメージ」「小ダメージ」といった、攻撃を受けたときの声です。これらは単純な声の演技だけでなく、息遣いも含めて練習を重ねる必要があります。

――それは覚え方、あるいは布施川先生の教え方はどのような内容になるのでしょう。

行動の表現に関しては、とにかく物量を意識しています。「大ダメージ」「中ダメージ」「小ダメージ」をそれぞれ1種類ではなく、「小ダメージ」だけで3種類の演技をしてもらう形です。
これは実際のアフレコ現場でもまったく同じことが求められます。頭の中で殴られる場所のイメージを変えるなど、学生のうちからバリエーションを増やす工夫をしてもらいます。
これが実際にできるよう、まずはその行動を実際に動きながら声を出して演じる練習を行い、その後動かないで声のみで演じる練習を行います。

そして最後はより実践的に、自分でゲームのキャラクターを想像し、他の人に演じてもらう授業を行います。

――個人ではなく、チームとしてキャラクターを生み出していくと。

架空のキャラクターの設定を考えるところから始まり、台本も自分自身で作ります。もちろんどんなゲームのジャンルなども想像しながらですね。
作ったのは自分なので、キャラクターのイメージはできているんですよ。ただ、それを他の人と共有するとなると、とても難しい。これによって、作った側は「もっとこんな風に演じてほしい」とディレクションすることになります。要するに、演技の勉強と同時にゲームのディレクターさんの思いも知れるわけです。

――演技だけでなく、ディレクター側の苦労も分かるという。

まさにその通りです。セリフにどんな意図があるのかを説明するのは困難で、うまく言葉に出来ないものです。すると自分が演じる側に回ったとき、ディレクターさんの意図を汲み取ろうとする意識が生まれます。ディレクターさんの説明が曖昧でも、「こういうことですか?」と汲み取ることでコミュニケーションが生まれ、スムーズな収録が実現します。その瞬間、二人三脚で一緒に物を作ることが可能になるのです。

僕自身、新人のころはディレクターさんを怖い人だと思っていたんです。ミスしたら怒られて、もう仕事がもらえないかもしれない。そんなことを考えると、余計に演技の幅が狭くなってしまうんです。
でも本当はディレクターさんだって、同じ作品を作る味方なんです。スタジオにいるスタッフさんは全員味方なので、あとは僕たち声優が歩み寄ることが何よりも大切ですね。

若手時代に直面した失敗…。だからこそ、学生のうちに経験してほしい

――ゲームアフレコにおける、役の決定から実際の収録へ行くまでの流れも教えてもらえますか。

あくまで僕の分かる範囲ですと、ゲームの仕事をいただくのは大きく分けて3パターンあります。ひとつ目は所属事務所に「このキャラクターを○○さんにお願いしたい」と直接オーダーが来るパターン。これは主役級のキャラクターに多いです。

若手声優の場合だと、複数の脇役のセリフを受注するパターン。これは量も多いので、10人程度の若手声優に事務所側が振り分けることが多いですね。
そしてもうひとつは、「何人使ってもいいので、グロスですべての声を収録してもらえませんか」と提案されるパターンです。これは脇役含めて100役以上ある大作ゲームでよくあるケースで、事務所側がもらえる報酬に合わせて役を振り分けていくのです。配役まで事務所が決められるという意味では、珍しいケースとも言えますね。

――布施川先生が若手の頃は、やはり事務所に役を振り分けてもらうパターンが多かったのですか。

そうですね。とはいえ新人のころは自分も硬さがあって、スタッフさんの言われるがままの収録でした。同じスタジオに入っていた先輩に説教を食らったこともありましたね。

――あぁ、やはりそういう経験もあるんですね。

そのとき先輩に言われたのが、「そのやり方だと楽しくないよ」という言葉でした。クリエイティブじゃないし、演技ではなく作業になってしまう。それからはどんな配役でも「演技は楽しいもの」という意識も生まれましたね。

――布施川先生自身、若手のころはどんな失敗がありましたか?

もうたくさんありましたよ(笑)。一番印象に残っているのはロボットゲームのパイロットを演じたときです。そのロボットはスナイパーで、「入ったら撃つぜ」というセリフがあったんです。恐らく射程に入ったら、という意味だと思うのですが、現場では「入ったら撃つぜ」の一言だけをもらったので、一体どんなニュアンスで喋ればいいのか、まったく分からなくて。

実際に収録してみると、ディレクターさんの方に「スナイパーっぽくない」と言われてしまいました。今なら「スナイパーっぽくないなら、こうすればいいのかな」と答えを出せますが、若かった当時はその時点で混乱してしまい、分かってないのに「はい、分かりました」と答えてしまったんです。結局プランをまったく変えられてないので、何度やっても同じ声しか出せず、最終的に他の声優さんに変更することになってしまいました。

――そんなことが…。まさにゲームアフレコの授業にある、ディレクターの意図を汲み取ることができなかったと。

そうなんです。スナイパーっぽくない事実だけ理解できても、どう演技を変えればスナイパーっぽく聞こえるか、という変化を提示して対応することが出来ませんでした。今、この学校で僕が伝えてることって、僕が若いころできなかったことなんです。言い換えると、僕が若いころに知っていたら失敗しなかったかも、ということですね。ただ、全部先回りして教えると薄っぺらくなるので、実践の中で失敗してもらいつつ、教えていくように注意しています。

――実践的な授業に対する、学生の反応はいかがですか?

やっぱり「難しい」とよく言われます。でも同時に嬉しそうな表情も見せてくれます。難しさを感じつつ、どうしたら解決するのかも見つけられている証拠だと思います。僕も笑いながら「難しいでしょ? だからお金もらえるんだよ」と返しています。

失敗からの経験は、声優に限らず一般社会では必ず起こることです。現実的なことを言ってしまうと、声優の勉強をしても、声優になれない人のほうが圧倒的に多いです。それでも失敗から学んだ経験自体は、どんな業界でも活かせるはずです。これこそが、僕の授業の根っこと言えますね。

――厳しい業界だからこその授業ですね。では最後に、これから声優を目指す学生に向けて、伝えたいことはありますか?

とても素敵な仕事ではありますが、いろいろなものに許されないと挑戦できないのも事実です。経済的にも、環境的にも。
それがクリアできるのなら、まずは挑戦するべきだと思います。挑戦してみて「違うな」と思ったら、辞めればいいんですから。声優を目指す強い気持ちと同時に、気軽さも同じくらい大切です。

そして、周りの環境が許さないなら、目指さないほうがいいです。無理して目指しても、それを乗り越える強い覚悟を持てない限り途中で折れてしまいます。
とはいえ、苦労も苦悩もするけど、その中には楽しさも確実にあります。もし、今後専門学校東京声優・国際アカデミーに入学するのでれば、苦労も苦悩も楽しさも共有できたら幸せですね。

――ありがとうございました。