【中国特集】わずか1年でポケモンブームを巻き起こした中国TCG市場…唯一無二の管理システムを構築し世界トップクラスのユーザー体験を提供

中山淳雄 エンタメ社会学者&Re entertainment社長
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▲「ポケモンマスターズ・上海」で中国全土のチャンピオン達が、株式会社ポケモン 代表取締役社長 石原恒和氏と並んで登壇

 

【目次】
世界ギネスと並ぶ大興行となったポケモンマスターズ・上海
40年のTCG市場は日本・米国が世界をリード。“最後の秘境"だった中国市場
1年で実現した中国ポケモンブーム、日本IP中国展開史の金字塔
中国攻略の鍵はCRM、世界最先端のユーザーエクスペリエンス

 

■世界ギネスと並ぶ大興行となったポケモンマスターズ・上海

今回は2023年12月16-17日で行われた「2023ポケモンカードゲームマスターズ・上海(宝可梦卡牌大师赛・上海)」を取材した。はじめて簡体字版(中国語)が公式リリースされてから約1年、ポケモンの中国浸透は想像以上の広がりを見せている。なぜなら、eスポーツ選手さながらにカードの対戦プレーヤーとして集まったのが4千人強(会場全体では初日だけで非TCGプレーヤーも含め1.6万人が来場)、実はこの人数は40年にもなるカードゲームの歴史において、伝説ともなっている2012年3月のアメリカ・ロングビーチにおける遊戯王100回目記念の4363人と並んでいる。しかも今回は気候の影響で、推測で、北京など遠い都市からの参加者約1千人が“欠場"していた状況での数字、本来はカードゲームの歴史を塗り替える記録更新の予定だった大会だった。しかも驚くべきは、10年以上運営されてきた遊戯王カードゲームのその数字を「たった1年で」「TCG文化が根付いていなかった中国」で追いついてしまったという点だろう。

「マスターズ」は3カ月ごとに中国一線都市で展開される。広州(3月)→北京(6月)→深圳(9月)→上海(12月)、ここに出場できる選手は抽選応募から始め、各店舗大会を勝ち上がり、次に各市の公式大会を勝ち上がり、そして超级赛と言われる地域別の公式大会を勝ち上がった“勝者"が、ようやく立てるステージなのである。中国全土の選りすぐり5千人が集まったということは、一体その背後に何十万人~何百万人のプレーヤーがいるのか、を想像すると今回の大师赛がポケモン社にとってもいかに記念すべきものだったかが分かる。


▲中国版幕張メッセのような国际展览中心(上海虹橋国際空港近く)はほとんどポケモンの広告が占領していた


▲20元(約4百円)の有料入場で顔認証登録、入口も限定され、巨大すぎる登録スペースが印象的


▲入口から入るとTCGイベントとは思えない巨大すぎるスペース(これでも半分)


▲カードスペースは常に満杯。これでもピーク初日を過ぎた、2日目の様子


▲カードゲーム大会スペースとは別展示場でさまざまな体験型スペースがあり、非TCGプレーヤーで子供たちも沢山いた。「ポケモンガオーレ(アーケードゲーム)試遊・ポイント競争


▲前大会でもあったポケモン×バスケ体験スペース、人が途絶えた瞬間がなかった


▲モバイルゲーム「ポケモンユナイト」の対戦なども行われていた。同タイトルはまだ正式にはリリースされておらず、2024年からスタート予定

 

■40年のTCG市場は日本・米国が世界をリード。“最後の秘境"だった中国市場

そもそもTCG(トレーディングカードゲーム)の歴史は1993年にWizards of the Coast(1999年から米国玩具大手のハズブロ社が買収)によって生まれた「Magic: The Gathering(以後MTG)」に始まり、日本で最初に大流行したTCG「Pokémon TCG(以後ポケモンカード)」として1996年に日本で生まれ、それが米国へも広がっていった。2000年代後半には、もう世界三大カードゲームは確立する。MTG、ポケモンカード、そして1999年に出来た「遊☆戯☆王オフィシャルカードゲーム(以後OCG)」の3つであり、この40年は数百種類という単位で新しいカードゲームが創られ続けていながら、ずっと寡占状態が続いてきた。

その中心となってきたのは日本と米国、いずれも1000億円を超える市場である。だがそれ以外の国といえば「欧州」「南米」がそれぞれ全地域で数百億円、日米の2大市場に比するような地域は現れなかった。TCGは完全なインフラ産業、各カードゲームショップが丁寧に初期ユーザーに遊び方を教えながら、ただコレクションするだけのカードがどんどん試合に使われるようになり、公式メーカーが流通事業者、店舗と一緒になって公式大会を盛り上げ、全世界から勝者を集める「世界トーナメント」も開催する。セミプロなユーザーが強すぎると、初期ユーザーは全く勝てないとゲームを放り出しかねない。ユーザー同士が教え合い、マウンティングをしたり徹底的に勝敗を決めてしまうような文化も阻害していかないといけない。こうした数年~数十年をかけた市場形成の手間をかけなければ、根付かないのだ。

そうした中でも「アジア」は“残された秘境"といってもよかった。OCG、ポケモンカードは並行輸入品(英語版・日本語版を違法に持ち込んだもの)や海賊版(非公式に簡体字版を業者がつくって売買)が横行し、粗悪に印刷されたぺらっぺらの紙で1パック数十円といった単位で取引されていた。ショップも試合やトーナメントなんておかまいなしに、“100枚10元(200円)"みたいなバルク販売を行い、買ったところでまともに遊ぶ場所なんてなかった。それが中国という市場であり、著者自身が中国市場の開拓を行っていた2016~18年といった時代であっても「これはとても手が出せる状況ではないな」と絶望感のある環境でもあった。


▲2017年深圳にて地下のショッピングモールでは手に入らないカードはないといった具合に大量に売られていた


▲缶に無造作に入れられたOCGが全部で10元(200円)といった販売をされていた時代。当然KONAMIは「公式には中国には商品は出ていない」状態だった

 

■1年で実現した中国ポケモンブーム、日本IP中国展開史の金字塔

ご存じの通りポケモンは任天堂とのビデオゲームから始まり、TVアニメ、劇場版アニメ、TCGを中心に展開し、あらゆる商品化・グッズ化を行ってきた“世界最大の経済圏をもつ。だがそんなポケモンをしても、中国はずっと「死角」であり続けた。ポケモンが本格的に中国展開をはじめたのは2017年6月Alibaba社がポケモングッズの流通を開始してからのこと。中国で法人を立ち上げたのも2020年7月、コロナ禍まっさかりのタイミングだった。

その後、モバイルゲームの「ポケモンクエスト」をNetEase社が輸入・中国展開し(2021年5月)、「ポケモンユナイト」をTencent社が開発・運営(日本では2021年7月、その後世界展開されているが、中国大陸版は2024年予定)するようになり、そしてようやく“虎の子"でもあるポケモンカードの簡体字版が2022年10月にリリースされた、ということになる。

2023年はまだポケモンが中国に本格的に展開されておよそ6年、ポケモンカードゲームは1年に過ぎないのだ。それでもすでに売り上げは数百億円と噂されるほどの成長をみせていた。

ただ、日本のキャラクターにとって中国展開は近いような状況にある。なんなら10年以上悪戦苦闘した任天堂やソニーの家庭用ゲームソフトの販売が正式に許可をされたのが2014年。PS4(2015年許可)から始まり、Switch(2019年12月許可)をもって、ようやく世界中を席巻してきた家庭用ゲーム機が“公式で"遊べるようになったのもついコロナ前の話なのだ。日本コンテンツにとっての中国展開史は海賊版との闘いだった2000~2010年代前半期を経て、ほとんどがこの5-6年に“開始された"といっても過言ではない。

TCG各社が簡体字版を展開したタイミングは近い。遊戯王OCGが2020年9月、ブシロードVanguardが2022年夏、そしてポケモンカードゲームが2022年10月である。もちろんその前から日本語版、英語版、ポケモンカードの場合は2018年から台湾で展開していた繁体字版なども少しずつ入れていたが「簡体字版」は中国市場に向けた中国人のための商品化であり、まさにこれが日米に次いで三大市場となる中国展開の旗頭であった。

ポケモン社の展開は最初からフルスロットルであった。流通業者のうち1社のYaojiは上場企業であり、2022年39億元の売上のうち2割(約160億円)程度がトランプやポケモンカードを含めた売上である。今回の宝可梦卡牌大师赛はPokémon Shanghai がSakasaka とともに運営しているものである。


▲マスターズのプロモーションで「皮卡丘见面会(ピカチュウミーティング)」を実施


▲新世界城の前も巨大なピカチュウ


▲ポケモン社がある中山公園駅前はモール全体を包み込むような広告

 

■中国攻略の鍵はCRM、世界最先端のユーザーエクスペリエンス

戦術なくして戦略なし。ポケモンカードゲームの凄さは「伸びている中国に張った」「ゲーム展開と並行してTCGも展開した」といった大局的なところのみにあらず。そのすさまじさは、私自身はWeChatを使ったミニプログラムの中に発見した。WeChatは月12億人が使用している「スーパーアプリ」で、日本で言えばLINEのように普及したコミュニケーション機能が発祥だが、動画配信から決済からゲームからどんどん機能を増やせる“ミニプログラム"が2017年から急増してきた。その数すでに1000万個以上、すでに中国以外の世界中のアプリストアを寡占するAppleStoreやGooglePlayを合わせた数を抜いている。

ミニプログラムは「アプリonアプリ」とも言われ、アプリの中にも様々な機能の第三者が提供できる機能であり、その中で「ポケモンカード」のミニプログラムが無料ですぐに利用できてしまう。この扉絵のようにポケモンに関するニュースや告知に始まり、現在どこでカードゲームのイベントをやっているかがすぐに入手できるのだ。


▲WeChatのミニプロラムで展開されるポケモンカードゲームのイベントの仕組み。

 

衝撃的だったのは、このミニプログラムの参加者≒中国におけるポケモンカードゲームのユーザーであり、この会場に来ている1万人以上ものユーザーのデータが全て取れているという状態である。本プログラムは商品一覧から自分のカードデッキの登録・更新、現在中国全土で開かれている大会の申し込み・参加・実績からトッププレーヤーのデッキ/更新状況などすべてこのシステム上で管理できてしまう。過去自分がやってきた大会の戦績まで一目瞭然なのだ。

 

 

私が最も衝撃を受けたのは、今現在進行形でトーナメントを勝ち進めているトッププレーヤーのデッキが、今手元で確認することができる。タグ付けして自分がこのカードをいつか入手しようという動機付けにもつながれる。こんな完成された仕組みは日本どころか米国でも実現できていない。なぜなら「フィジカルにもっているカードのデータを1人1人がアップロードする」というとてつもない手間にインセンティブを設けることができないのだ。人によってはアプリを持たずに、手帳だけでやっているプレーヤーもいる。

これはある意味、中国の特殊事情に起因する。「年齢・性別問わずに全員が確実にスマホをもっている中国環境」「WeChatインフラの特別性(ミニプログラムというアプリ内アプリはほぼ手数料・マージンなしで提供され、AppleのiOSアプリ/GoogleのGooglePlayアプリのような作りづらさもない)」「ハードウェア調達の容易さ(顔認証やプリンタなどハード・ソフト含めたデジタルツールの調達は中国以上に簡単な国がない)」、こういった複合的要因の積み重ねとして、世界で唯一無二のTCGの管理システムが組みあがっている。

日本でこれをやろうとすれば「既存システムからの乗り換え」がそもそも最初のハードルとなるだろう。次に「ブラウザ/アプリどちらでやるか(そこに人を新たに呼び込む苦労)」、そして「ユーザー側/オペレーション側をどう作りこむか(WeChatのミニプログラムは運営側も同じ仕組みの中で完結できる)」といった難しさが何段にもある。QRコードでスキャンできなかった場合の例外対応など、中国にはないわずさわしさがある。

デジタルに入っていない人が存在しない、という特殊な環境のみで実現できている状態ではあるが、現在の中国のTCGユーザーは間違いなく「世界でトップクラスのユーザーエクスペリエンスでカードゲームを体験できている」状態である。全員がすべてOMO(Online Merges with Offline)になっているこの環境があって、はじめて「1年で日本も米国も抜くようなTCG市場が出来あがった」ということを自覚することができた。

会社情報

会社名
Re entertainment
設立
2021年7月
代表者
中山淳雄
直近業績
エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
上場区分
未上場
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