世界エンタメ特集「インド編」-#1モディ首相が主導するエンタメイベントWAVES

中山淳雄 エンタメ社会学者&Re entertainment社長
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これまでインタビュー・対談とは別に各国のエンタメ事情を取材してきた。米、欧、中国、ASEANといった国々はそれなりに日本人からも馴染みのあるものであっただろう。だが今回は満を持して「インド」という第三の大国に乗り込んだ。アニメ・ゲームメディアとしてレポートされている記事はほとんど見かけることがないこの謎の大国で、今日本のエンタメは強く求められているということを実感した取材でもあった。

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●Web3編
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カンボジア編
●マレーシア編
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ポーランド編

 

■モディ首相の号令で世界のトップCEOが招集された前代未聞の巨大エンタメイベント、予算はSusHi Techの30倍

2025年5月1~4日WAVES(World Audio Visual Entertainment)がムンバイで開催された。基調講演の登壇はモディ首相、5000人ものボリウッド界のトップ俳優やアーティストが並ぶ中で、全世界から400名の国際的なゲストが集められ、その中にはAdobe社CEOのShantanu Narayen氏、Netflix社CEOのTed Sarandos氏、ソニーCEOの十時裕樹氏、YouTubeのCEOのNeal Mohan氏、NVIDIAのVPなどが含まれていた(そもそも米国企業におけるインド人CEOが非常に多い。来印はできなかったがApple CEOのSundar Pichaiも本イベントのメンター)。現地でも(総資産15兆円越えでインド一の金持ち)リライアンスグループ総帥のMukesh Ambaniや、ボリウッド版のトム・クルーズ、ジョニーデップともいえる“3大カーン”のShah Khan、Aamir Khanなどが一堂に会して、インドにおける「最高峰」がすべて一堂に会した豪華なイベントだった。

100あるビジネスセッションにおいて、日本人が出ていたのはたった4つ。ゲームでSEGA社CEOの内海州史氏。アニメではAvex(AnimeTimes)の勝股英夫氏、手塚プロダクションの手塚眞氏、ブルーライツの木村誠氏、そしてエンタメ社会学者の中山淳雄。テレビではテレビ朝日の稲葉真希子氏、インフルエンサーとしての人見眞代氏、以上である。ブース出展はJETROと併設でのテレビ朝日のみ、参加者としてもソニー(Crunchyroll)、Mixi、円谷など全部でも10~20名程度であった。インドで前例のない巨大なイベントに出席した限られた日本人、それが現在のこの市場における日本の立ち位置を表しているようにも思えた。

全体の開催費用は4000万ドル近く(約60億円)に及び、いまだ日本13兆円のコンテンツ市場に対して半分以下の5兆円でしかないインドとしては分不相応なほどにお金をかけたカンファレンスで、インド企業からしても正直前例のない規模だった。帰国後参加した3日で4万人を集客するSusHi Tech Tokyo2024が東京都負担で2億円。その30倍が「インドで」かけられているということ自体が衝撃である。日本のメディアも皆無のなか、今回GameBizのみが独占取材で参加した。

アニメとゲームの招待客選定を任された筆者も、今回は「That’s India(これぞインド)」を最初から最後までたっぷりと味わった。これほどのカンファレンスにも関わらず、日程が確定したのは1か月半前。2024年末の時点で実は一度本イベントは2月頭と予定されていたが、突然「モディ首相が出られなくなった」ということで全日程がキャンセル。ようやく3月中旬に「5月頭」の日程が確定し、ホテルのブッキングが決まったのはなんと1週間前。これほどの規模のイベントがここまで直前まで難航しているのは前代未聞だが、それですらThat’s India。事務局は「よくあること」といった雰囲気で、“難航”という認識は最後まで一致しなかった。

正直これほどの大規模なビジネスカンファレンスはアメリカや中国でも私自身、経験がない。広告スペースのいたるところにWAVESの看板で、陸上はおろか海上にまでウキのついたWAVES看板が。開催地ムンバイだけかと思えば、ニューデリーのバス停までもがWAVES一色。乗用車が警察官にストップされても(インドでは何らかの違反を指摘して罰金をとられることが多い)「あ、(モディ首相が言っている)WAVESのゲスト…?」と見逃されることも度々あった。

 

▲空港から会場に至る道は“ほぼすべて”Wavesの看板

 

▲ムンバイ都心から離れ、南方の湾岸上にすらWAVESの広告があった

 

それもこれもモディ首相が「これからインドはエンタメ大国になる」という号令のもとで開催された“国家的行事”であったからこそ。基調講演でも20~30人ものボリウッドスターたちが口々に「偉大なるモディ首相のお陰で…」と賛辞が惜しみなく続く。世界トップ企業の40人だけが招かれたモディ首相とのプライベートなランチ会でも(日本からは唯一SEGA社内海氏が参加)同様の“儀式”が繰り広げられ、現在のインドにおけるナレンドラ・モディ首相の求心力の強さをこれでもかというほどに見せつけた。

会場のオペレーションもThat’s Indiaで、モディ首相が来場するにあたり、前後1時間は完全に交通がブロック。来場者たちもエレベーター・エスカレーターを停止され、その時間は“軟禁”に近い状態で悲鳴に近い声もあがったりと、とにかく混乱は極めていた。しかしながらそういったものを置いておいて、「このカンファレンスは大成功であった」と声高に主張し、全メディアがそれに賛同していくような勢いがあり、SEGAの内海氏もこうした産官学含めて全体でトレンドを作っていくような合意形成の圧倒的なパワーを「日本ではこうはいかない。本当にうらやましい」とコメントしていた。

 

▲来賓ゲストだけで5000人に及んだモディ首相講演

 

▲会場に入りきれないゲスト達で常に通路はあふれかえるほどの盛況ぶり

 

モディ首相の力強い演説は30分以上にも及んだ。「1913年に我が国の映画産業が始まり」という歴史から始まり、ここ数年多くの映画、音楽、ゲームのスター達・プロデューサー達に会ってきたという。2018年にマハトマ・ガンジーの生誕150周年を記念して、世界124か国のミュージシャンたちがバジャン(ヒンディーの宗教音楽)の「Vaishnava jan to tene kahiye」をメドレー式で歌い上げ、世界が一つになった感動が忘れられないと語った。あの時に想像したものが今実現しており、インドのファッション・映画・ゲーム・音楽は今後のグローバルハブになる可能性を強く秘めている。2023年に『RRR』は第95回アカデミー賞最優秀歌曲賞を受賞(インド映画としては初めての受賞)、プラットフォームではない、こうした産業を盛り上げるあなたたちのような人材に投資をしてほしい、と雄弁に語った(モディ首相自身はエンタメに詳しかったわけではないが、この2018~19年ごろから商工会でロビー活動を展開するなかで徐々にリテラシーをあげていき、近年映画・音楽・ゲームがいかに産業として重要であるかを再認識し、5年以上かけてこのWAVESが計画され、開催にこぎつけた、ということだったby インド商工会議所連盟理事長のMunjal Shroff氏)。

 

■新海アニメインド誘致を実現した10人の名もなきサムライたち。正規ビジネスを拒むインド海賊版の壁

日本アニメのインド展開は実質2019年9月の『天気の子』に始まった、と言ってよい。映画館での上映では『万引き家族』や『ドラゴンボール超ブロリー』の2作が当時実績としてあったが、欧米上映から派生しての展開が主。日本オリジナルアニメとして直取引で始まったのが『天気の子』で、本作のストーリーが有名なのはそれが「ファンの署名活動によって始まった」ことによる。

 

▲新海誠監督がプレミア上映にゲスト登壇(C)2019「天気の子」製作委員会

 

主導したのは当時ニューデリーにいた学生たち。当時高校生のDivishth Pancholi(パンチョーリ)だけが日本メディアに取り上げられたが、実際にはShubham Sharma(シュブハム)含めた10名ほどのチームで署名活動を実施した。彼らは『君の名は。』に強い感動を覚え(当然ながら視聴手段は海賊版サイトしかなかった)、2019年7月に新海誠監督の新作『天気の子』が全世界で同時配信されるというニュースを耳にする。しかもそれが「インド以外」で、ということに強いショックを受けた。学生の彼らがINOX、Cinepolis、PVRといった三大映画配給・興行の会社にかけあっても、歯牙にもかけられない。そもそもインドの映画配給・興行の会社そのものが日本の版元に交渉ルートがないのだ。そこで当時15歳の高校生であったシュブハム氏は「Petition(署名)」活動を始めた。

 

▲左から映画館スタッフ、Sarthak Kumar、Manish(InsaiyanTV)、シュブハム、Ankit(Negus)、パンチョーリ、Ken Xyro、Sagar Naidu。ここに来れなかった3人も加えた10人が署名活動チーム

 

“#IndiaWantsAnime”というハッシュタグを2019年2月に作り、アニメオタクたちよ立ち上がれとばかりにツイートする。拡散に協力してくれたのが本連載でもインタビューしたことがある「インドで一番有名な日本人」である人見眞代氏だ。毎回、新海監督自身をタグ付けしていたことで、たった10人の知人同士ではじめたプロジェクトに5万人もの署名が集まる過程で(最終的には8万人)、新海氏自身も気づくことになる。行動を起こしたのは実は新海氏自身のほうだ。あまりにインドからの熱烈なラブコールに驚き、インドの日本大使館に連絡する。何か自分がインドのファンに向けてできることはないか、と。

 

▲インドでフォロワー350万人を超える「インドで最も有名な日本人」MayoJapan

 

ファンダムがクリエイター本人も動かす、という事例がなぜか日本エンタメと疎遠なインドで起こったということに面白さがある。新海監督、そして東宝の海外配給担当、VKaaoの買付担当にも話が広がり、インドでのプレミア上映が決定(興行はPVR)。大使館からJapan Foundation(国際交流基金)に話が入り、新海監督のインド招待も実現。新海監督もファンのためにとインド各地からくるファンのために交通費を支給するという施策まで一部に走らせ、2019年9月27日にプレミアム日に新海監督の来印が決まった。200席に2000人の応募が殺到、会場はShinkaiコールで狂喜乱舞、一部には落涙するファンすらいた。新海監督は「この先日本とインドのアニメーション映画の形が少し変わるかもしれないし、日本の映画産業の形が少し変わるかもしれない。心から凄いことだと思う」と語っている。

一点だけ残念なことにあくまで大使館やJFがPVRと共同開催という形をとったため、呼ぶべきリストのなかからこの“名もなき10人“は選考から漏れてしまった(シュブハム氏が自腹でお金をだして呼ぶような事態だった。それでも彼らは遠距離でも新海氏を見ることができて感激していた、とのこと)。

『天気の子』は32都市75館で上映され、初日興収は非英語の外国映画のトップの660万ルピー(約1000万円)。正直、その金額は大きなものではない。2022年の『すずめの戸締り』でも120万米ドル(約2億円弱)と日本映画のインドで最高記録(この時にも新海監督の来印を実現)。とはいえ2.8億ドルの全世界の興行収入からみれば0.5%でしかない。座席・曜日によって価格は変動するが1人300円程度の入場チケットしかないインドでは、約60万人に届いた『すずめの戸締り』でもこの金額になってしまう。

『天気の子』以来インドの配給・興行が日本映画を取り入れるようになったという事実が重要なのであって、むしろ入口である映画を通じてその後どんなビジネスをしていくか、ということを我々は考えなくてはいけない。気になるのはこれらの成功体験を経て、インドがどう変わったか、だ。「僕らはたった20-30人の輪で始めたんだ。なんでこんな不可能なことが実現したかって?君だよ、君たちだ。何千人とサインしてくれたことが新海監督に届いて、こんな夢のようなことが実現できたんだ!」と熱っぽく感謝のポストをするシュブハム達。この名もなき10人のサムライはどうなったのだろうか。

聞いてみるとYouTuberになった者、家の事業を継いだ者、関係のないビジネスマンになった者など色々だ。新海誠監督を招待したことは彼らの誇りになってはいても、実際にインドでアニメの仕事を探すことはほぼ不可能。アニメの仕事を今も模索しているのはShubham以外にいない、という事実が私には残酷に響いた。インドでアニメ事業にこれ以上にない成功体験をもった10人ですら、だれもアニメに関わる仕事を得ることができないのだ。

インドで日本のアニメ・ゲームなどのIPで仕事するにはどんな選択肢があるのか、直接シュブハム氏にインタビューを行った。彼が言うところによれば、「海賊版ビジネスしか選択肢はなく、しかも実際にそれが結構儲かってしまうためにジレンマにも陥る」とのことだった。彼自身もその後アニメのECサイトを立ち上げ、フィリピンやマレーシアで日本IPのイラストを“改変”しているアーティストから1枚$100程度で絵を買い上げ、それでTシャツやグッズをプリントして販売する。インド中のアニメファンから依頼がくる中で1件$5程度のオーダーが、多い月には10万件も殺到した。なんと毎月数千万円分の売上が見込めたのだ。

だがシュブハム自身はそれが途中で嫌になり、ちゃんと公式のライセンスをとって商売をしようと主張したが、IPを広めることよりも事業利益を優先する共同事業者との亀裂を生んで、やめてしまった。実際に版元に連絡してIPの許諾をもらってビジネスをしようとしたが、手練手管でいろいろなルートを使っても信用されることがなく、結果的にビジネスを始めることはできなかった。彼の夢は大学卒業間近のなかで、どこか日本企業のインド事業に関わること、日本に行くこと。今はそのために日本語の学習に精を出す日々である。

AnimeExpoもCrunchyrollもBilibiliも、もとをただせばこうした状況からスタートした。海賊版“でしか”アニメを持ってこれない状況のなかで版元自身が事業者を育てながら徐々に「公式市場」を10~20年という長い時間をかけて育てていく。公式ライセンス事業者が海賊事業者を駆逐していく過程を支援しつづけることなしに、市場化は見込めない。

 

■インドのマンガ・アニメ・ゲームのリテールビジネスにおける現実

私自身、ボンベイやニューデリーの書籍やIPグッズの店舗をまわった。東欧・東南アジア・中南米と同様に、ここは「北米・欧州・中国など日本が正規取引した商品が派生で出回る市場」であり、それは同時に「需要に対して供給が足りずに並行輸入・海賊版が中心になっている市場」でもある。出版物はSimon&Shusterのような米国出版社が発行したものがインドにも届いていた。コミックは基本的に安いもので1冊500ルピー(850円)、現地の購入体感としては日本の6倍程度と言われるのでファンたちは1冊3000円くらいで入手しているようなもの。それでも特定のファンは大好きで、いろいろな書店をまわってバラバラな巻をあつめてなんとかシリーズをそろえる。その苦労は米国や欧州とは比べ物にならず、裕福な人間は日本に旅行して原本でひとそろいさせてしまうのが一番早い、という状況である。

 

▲Mumbaiにあるアメコミ・日本マンガ・玩具の“並行輸入品”書店

 

▲(途上国ではよくあることだが)書影を無断転載しての店舗づくり

 

▲マンガはVizmediaの米国・英国・仏国での出版物がそのまま超高価格で販売されている

 

▲ショッピングモールの書店

 

▲ショッピングモールでの書店でもマンガは「貸本屋」のような陳列具合。巻数も歯抜けで半分中古本のようなものも正規価格で売っている

 

▲進撃の巨人の合本も5000ルピー(約1万円)と高額販売。

 

▲ニューデリーのカーン・マーケットにある1951年からの老舗本屋

 

▲無造作な縦積み陳列。Simon&Shusterで米国から流れてきている500ルピー(850円)

 

▲路面店のフィギュアは300~500ルピー(500~850円)、ほぼ中国製で輸送状態悪い

 

▲画像無料転載Tシャツは1000ルピー(1700円)、この商売はASEAN・中南米・アフリカどこでも見かけるものだ

 

▲ムンバイのToyzarusは路面店を展開。商品は古びて、店員の接客・陳列レベルはかなり低い

 

▲無造作に置かれた玩具類。ここは完全に北米IPばかりが展示。ショッピングモール店舗でないと閑散としており、かなり厳しい

 

▲オーストラリアのチェーンTimezone社の筐体は欧州発のものばかり。ここまで日本IPのないゲームセンターは珍しい

 

▲UFOキャッチャーでは『ポケモン』『サンリオ』などもあるが、アームパワーもガタガタで運営力は高いとは言い難い。ぬいぐるみも無造作な配置

 

 

こうして書店、玩具店、ゲームセンターといったところをまわってみると日本IPに接する機会は本当に少ない。東南アジアであればよく見かけるものも、インドでは本当に「縁遠い」のだ。そうした中で、最も日本IP展開への貢献度が高いのはユニクロのUTではないだろうか。現地価格で1500ルピー(約2500円)でも材質も良く、人気商品。製造地は中国・インドなどがばらけているが地産地消にも挑戦しており、店舗としてのサービスレベルは極めて高い。サンリオ商品やちいかわグッズを届けるという意味では中国発のMINISOUも大きな貢献がみられる。残念ながら小売・リテールに強い中国企業がインドでは政治的な理由もあって圧倒的に存在感が低い。それはチャンスでもあり、逆に機会ロスでもある。

日本のアニメに強く感動し、インドを変えようと尽力する若者たちがいる。それでも、欲しいものを手に入れようと思うと海賊版以外に事実上「アクセスがない」状態である。まさに“20年前の中国”とよく言われるように、まだ未分化なライセンス、輸出・現地流通、現地製造の現状をみるにつけ、日本企業自身が苦手なリテール展開を取り組んでいかない限り、インド市場には食い込めないだろう。

  

■ファンダムが生み出したメラ!メラ!アニメ・ジャパン!!

インド人が日本アニメを誘致した『天気の子』の2019年が「インドの日本アニメ元年」ならば、日本人のインド駐在員たちが日本アニメを誘致した2024年のメラメラアニメジャパンが「インドの日本IPイベント元年」だろう。大変珍しいことに本イベントは在インドの駐在日本人である山中崇之氏、滝俊介氏らで立ち上げたアニメイベントであり、2024年9月に無料とはいえ4.7万人の集客を実現した成功事例である。

語源のMelaはヒンディー語で「祭り」を表す。インドの熱い気候にファンの熱量も相まって、メラメラアニメジャパン。インド現地では2011年からComic Con India(コミコンインディア)という伝統的なアニメイベントはあった。だが有料チケットの金額は年々あがり、それ以上に運営側の方針で海賊版の商品が所狭しと並ぶ。アメコミと日本アニメがごちゃまぜ、しかも海賊割合が「9割以上」。それを見て「日本人の手で、日本のモノをインドに届かせるイベントを作ろう」と毎クール60本ずつ全アニメを観ている(コレ、マジです)商社マンの山中氏、日本企業にて海外ビジネス展開に情熱を燃やす滝氏を発起人に主業務を別にもつ駐在員たちでイベント構想がスタート。

驚くべくは日本企業40社の協賛を集めた馬力だろう。CrunchyrollにYAMAHA、新海監督作品を擁するコミックスウェーブフィルムに三井物産、フジフィルム、コマツ、スズキといった日本企業が並ぶ。無料イベントにおける収支はここが分水嶺だが、年間の海外イベント出展のスケジュールがびっしり埋まっている各企業の協力をえることはよほど特別な招致活動を行わないと難しい。だが予算もない中でこれだけの協力企業をそろえたことは驚嘆に値する。それはインド市場の魅力もあるが、この新造のアニメイベントチームの尋常ならざる努力の結果だろう。約9割の企業が2025年度の2年目も協賛を約束してくれている、とのこと。

それもそのはず、15年の歴史を誇るインド最大のアニメイベント「コミコンインド」が有料6万人なので、メラメラは無料とはいえ1年目でいきなり最大級のイベントに名乗りを上げたのだ。共同発起人含め、数十人ものスタッフは皆がボランティア。『進撃の巨人』のヘッドバルーンや『呪術廻戦』の上映、特に『秒速5センチメートル』のヒンディー語吹き替え版は初公開となり、大きな反響を得ていた。歌手のスピラ・スピカ氏、春奈るな氏が登壇し、日本人アーティストがインド・イベントに招致されたのも初めてのこと。大使館も難易度が高いビザ(VISAの申請プロセスは中山自身が苦労した中国、ミャンマー、ネパールよりも難しかった!)取得には全面的に協力、1人1人の来賓ゲストには大使館員総出で観光も含めて寄り添うようにアテンドし、通訳からガイドまですべてこなした。ここまでやってはじめて「インドは良いところだ!また来よう!!」と思ってもらえる。

「正直インドのアニメクラブ(合計11万人)などの協力も得たが、招待客のファシリテーションからステージの台本まで是全部日本人たちで協力して行わないと難しかった」と、28ステージの台本をすべて自ら執筆した山中氏は語る。「100%日本人(かつ有識者やビジネスプロ)による実行委員会形式による運営」「IPホルダーも出展企業も“ALL Japan”の精神で推進」、何がすごいといえばこれを本業が全く別にある“駐在員”の2人が仕上げてしまった、という事実である。

正直ここまで見てきたように、インドにおいて現地主体のイベントを運営し、日本ゲストの期待値に合うようなオペレーションをすることは不可能である。前述のシュブハム氏は今回のWAVESのイベントでも中山の送迎やファシリテーションを担当してくれたが、「ムンバイ空港にゲストを迎えにいってピックアップを行う」という作業のために彼が電話をした回数はなんと「20回」。まずタクシードライバーにいきつくまでに何人かを経由し、何時に何ターミナルでという話をしても、すぐに零れ落ちる。ターミナルのゲートの場所と、ゲストの写真も送って、それでも当日になって別のドライバーに無責任にパスしてしまったり、飛行機が遅れでもしたら途端に迷い子のようになってしまう。

インド人はプライドがあって、できないことにNoを言わない傾向がある。その場でNoと言うほうが失礼だと思う節があり、曖昧に返事をしつつ回答を寝かせ、実際に実現しなかったことには知らんぷり。それもまた「プライドの高さ」ゆえで、とにかく日本人的な感覚で1人に仕事を預けて完遂させる、ということはほぼ無理という前提で考えたほうが良い。その代わり納得できたものへの対応速度は非常に速い。柔軟性が高く、明確なものに対してはスピーディだが、プロセスを決めてゴールを管理されることを嫌う。

ゲスト移動に確保した車も、なぜか他のゲストから飛び込みの要求で取られてしまい、“車が盗まれた”という事例が数えきれないほどあった。そこに対するシュブハムのソリューションは、全コーディネーターと全ドライバー個々人と連絡先を交換し、「友達になる」ということ。友達になってしまえば優先度が変えられることはない。いかに重要なゲストであるかを何度も口酸っぱく連絡し、直接電話を何度もすることではじめて「決められたゲストを決められた時間に送迎する」ということが実現する。

前述の山中氏の苦労がなぜ必要かを物語るストーリーだろう。アメリカのAnimeExpo(1992)、フランスのJapan Expo(1999)、シンガポールのAFA(2008)、いずれも現地の熱烈な日本アニメファンがそのままイベントを創業してきた。こうしたアニメイベントはまだ常設店舗を拓いたり深い関係のあるパートナーがいない市場にとっては、一番最初にユーザーとの接点をもち、R&Dをするためのプラットフォームである。メラメラは2025年9月にも予定されている。インド市場攻略を検討している企業はぜひ参加を検討してほしい。

 

■インドにおける「Moral」の価値、スピードに欠ける日本企業が目指すべきところ

シュブハム氏が語ったストーリーで、とても印象的なことがあった。「自分はもともと日本のアニメが大好きでした。でも自分が興味を持ったのは、アニメそのものの物語やキャラクターだけでなく、そこにある日本人的なあり方そのもの」。彼がアニメに関わるビジネスで海賊版的なものを忌避したのには、とある日本人の“姿勢”に感動したからだ、という。「一度日本人の相手と話をした後に、その人は自分よりうんと年上の人なのに、自分が背中を向けて去っている最中にもその背中にむけてずっと頭を下げているんです。偶然鏡があって、その様子が見えたんです。それが、なんというか、あまりに美しくて雷に打たれたような衝撃でした。それを機に、いままで自分が年下には偉そうにしていたり、海賊版のものを買ったりしていたことが恥ずかしくなったんです。アニメをみているようで、それはアニメだけじゃなく、日本人の考え方や姿勢、Moralそのものも学んでいるんだと思います」

これはソフトパワーが輸出するものの一つの真実を映し出している。アニメを通じてラーメンや(日本)カレーのような商品も売れるし、コミュニケーションの仕方から友情・愛情の示し方まで対人のモラルまでも学ぶ。少なくともアニメ好きに出会うと、彼らの礼儀正しさや日本的な挨拶の姿勢に私も驚くことが多い。それはキャラクターを真似しているようで、日本人そのものをまねしている、ということでもある。

商品の輸出と産業の輸出は異なる。商品だけであれば映像プラットフォームを通じて欧米から全世界にすでに広がっており(これは放送時代と2010年代が大きく変わったところ)、そこで生まれた需要に対して現時点では海賊版や並行輸入が供給を埋めに言っている状態である。しかしそこに「産業を根付かせる」試みは10年単位の艱難辛苦が待ち受けている壮大な作業だ。

筆者が所属していたバンダイナムコも、2010年代半ばからゲームセンターの展開を2015年に「NAMCO Oberoi Mall Mumbai」で開始していた。長い時間をかけてアーケードゲームの供給網を構築し、店員のオペレーション指導を行い、2020年に2店舗目「NAMCO Seawoods Grand Central」を切り開き、文字通り10年かけてインドにゲーム産業を作る試みを続けてきた。しかしそうしたノウハウを横目に、2005年に設立したTimezoneがインド展開を加速、現在はインド70店舗を擁する巨大ゲームセンターチェーンとなった。売上7億ドル(1000億円)を超える豪州の事業者はまさに直近でGENDAが活躍しているように、レガシーとなった伝統ビジネスで日本が凋落期にあった時期に立ち上がり、インドで先鞭をつけてどんどんアジアで巨大化していった。

慎重で堅実な日本企業が5-10年という長期的視野で丁寧に育てた産業の“種”が、たった数年で現地企業に人材ごと引き抜かれ、あっという間に覇権を一手にされる、という事象はアメリカのゲームセンターでも、中国のIPグッズ事業でも、東南アジアのアイドル事業でも経験してきたものである。

日本の産業・企業・人材の長所は、創りこみ技術の秀逸さやビジネスマンから一介の主婦までもつ対人関係のMoralの高さであり、それが現在インバウンドでも外国人観光客が感嘆とともに経験しているものだろう。だがその一方で、中間管理職の膨大なコミュニケーションの末に成り立つ意思決定のシステムが海外展開においては足かせになる。海外事業への投資判断や展開スピードにおいて日本ほど遅い国もあまり見当たらない、といえるほどに、課題になるのはその「意思決定スピード」そのものである。次回、そうした課題を跳ね返し、インド展開を実現しているテレビ朝日、AnimeTimes、JETROといった各社の事例についてインタビューをしていく。

 

▲左からMunjal Shroff氏(インド商工会議所AVGC-XRフォーラム理事長)、木村誠氏(BlueRights)、勝股英夫氏(AnimeTimes社長)、Ted Sarandos氏(Netflix CEO)、手塚眞氏(手塚プロダクション取締役)、中山淳雄、Bang Keiko氏(Millenasia CEO)

会社情報

会社名
Re entertainment
設立
2021年7月
代表者
中山淳雄
直近業績
エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
上場区分
未上場
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