【ATDC特集#3】日韓ポジションの大転換: 配信/監督/脚本、それぞれのパワーバランス~第15回日韓アジアドラマカンファレンス@石川県加賀屋 ~

中山淳雄 エンタメ社会学者&Re entertainment社長
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日韓中を中心とするアジアで活躍する放送作家(脚本家)・プロデューサー(制作者)を約200名集めた「アジアテレビドラマカンファレンス(ATDC)」が開催された。今回何が特別だったかといえば、過去2006~19年の過去14回はその主催が「韓国」による招致だったのに対して、第15回となる今回「日本」が主催し、招致するものとなった。これまで韓国政府の助成によって成り立っていた同カンファレンスは、日韓ドラマのつながりを深めるイベントの重要さを感じた日本側が企業版ふるさと納税スキームを使ってようやく開催にこぎつけたのだ。2年かけて実現した3年半ぶりのドラマカンファレンスに取材をした。 

 

  

■日本動画プラットフォーム攻防。一頭地を抜いたU-NEXTから韓国ドラマへのラブコール

U-NEXT社社長堤天心氏のプレゼンは日本動画配信市場の説明から始まり、1,429億(2017)→2926億(2019)→4614億(2021)とコロナ禍で大きく成長した同市場が→7241億(2026)と、次の3年間でさらに2倍になる想定が発表された。長い間、過密な競争で分散していた動画配信市場も、着々と寡占化に向けての動きが進み始めており(世界各国の中で日本は異常なほど競争過多で分散型の市場である)、1位Netflix23%、2位AmazonPrime12%強に次いで、3位U-NEXT12%弱と有料会員280万人という規模をベースに、この世界大手2社にキャッチアップしている状況も伝えられた。ちなみに4位DAZN、5位Hulu(日テレ)、6位Disney+、7位dTV、8位dアニメストア、9位Telasa、10位Paraviとなっている。

 

※本講演では伝えられていないが後日、3位U-NEXTと10位Paraviの合併が発表され、有料登録370万人と国内動画配信プラットフォームとしては他社を引き離すポジショニングに立つことになる

 

U-NEXTの売上はすでに714億円、昨対比でも約20%増しており、ドラマ含めた映像を買い集めるプラットフォームとしては日本有数ということになる。なぜならU-NEXTの3万本の映像アーカイブは、2位AmazonPrimeとダブルスコア以上の差をもっており、実はHuluやdTV、Abemaといった企業と比べても作品数では桁違いに多いのだ。

目をひいたのはU-NEXTにおける「1人あたりの(月間)視聴時間」である。2018年の6時間から、順調に伸び続け、約2倍の12時間近くまで伸び続け、それまでトップを争っていたNetflixを引き離すダントツ1位である。比較するとAmazonプライムやHuluがいまだ6時間前後であり、Disneyにいたっては2時間もきってしまっている状況。登録者数・有料課金者数という“表面の数字”だけでは見えない、水面下の攻防でもこうした結果の違いが生まれ始めているという事実は、あまり知られていない情報ではないだろうか。

 

 

そうした好調な事業推移をみせるU-NEXTにとっても、実は「韓国ドラマ」は特別な位置づけを示している。ドラマやバラエティのみならずスポーツ、ライブ、舞台など様々なコンテンツに投資をしているが、そのなかでも「韓国ドラマ」だけはかなり特徴的な結果を残している、という。9割女性というユーザー数の特殊性もさることながら、「エンゲージの高さ」という点では断トツなのである。1話目をみたユーザーが、最終話まで見続ける割合は他のジャンルの比ではない。だからこそU-NEXTは「ほとんど初めての協賛参加」というADTCに参画をし、年間20本以上、年間1億ドル以上を計画した韓国コンテンツへの積極的投資を宣言していた。

 

   

■31歳で突出する2人の若手監督。配信時代における新しい人材育成は映像業界の急務

若手クリエイターセッションでは、2人の若手映画監督についてフィーチャーされた。1人目はAOI Pro.の風間太樹監督、2017年『帝一の國~学生街の喫茶店~』(フジテレビ)でデビュー後、2020年『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい(チェリまほ)』で大好評を受け、今回はTVerでフジテレビの歴代最高となる531万回を再生された『silent』で22年12月度ギャラクシー賞を受章した。2人目は是枝裕和監督率いる映像制作者集団「分福」に所属し、デビュー作『マイスモールランド』で第72回ベルリン国際映画祭のアムネスティ国際映画賞(日本作品としては初の快挙)のスペシャル・メンション(特別表彰)を授与された川和田恵真監督である。

2人には共通点が多い。いずれも1991年生まれ、31歳。大学時代に自主映画の製作から始まり、その脚本・作品によって現在の会社にひっぱりあげられるように採用されている。どちらも海外向けを意識して作ったというものではないが、海外で高い評価を受けて、それぞれ受賞も経験をしている。

聴覚障がい者を扱った『silent』は高校時代に一度付き合ったが別れた2人が、8年ぶりに再会したときに別れの原因が聴覚障がいにあったことを知り、再び2人の物語が動き出すというストーリである。主演の川口春奈と聴覚障がいをわずらった想役のSnow Man目黒蓮のほか、夏帆、鈴鹿央士などの若手俳優を起用し、手話をベースとした会話のなかで表情やしぐさのなかに豊かな表現をちりばめ、絶賛を受けた作品である。風間監督は劇伴や間の取り方など、とにかく「音にこだわった」という。影響を受けた作品はエリック・ロメール監督、アンドレイ・タルコフスキー監督など、アート性に優れたフランス・ソ連の作品群をあげている。これらの作品はU-NEXTでもいつでも視聴できるようになったことで、ビデオ時代と比べて圧倒的にアクセスしやすい時代になったと語った。配信時代が過去作へのアクセス利便性を格段に上げている。これが今後風間監督のような長い時間軸のアーカイブ作品から影響を受ける監督をどんどん生み出す貢献になるのかどうか、注視に値する事例だろう。

『マイスモールランド』は在日グルド人の少女が、在留資格を失ったことをきっかけに自分の居場所にうまれる葛藤を経験し、成長している物語である。主演も自身が5か国のマルチルーツをもつ嵐莉菜を起用し、奥平大兼がその心を開かせる少年役を演じている。川和田監督は自身もイギリス人の父親と日本人の母親をもつミックスルーツで、「小さいころから感じていた異物感」がクルド人という分福入社後に出会った事例によって昇華されたと述べている。

分福では若手を育てる仕組みが充実しており、月1回オリジナルを基本とした企画案を持ち寄り、企画会議を行っている。『マイスモールランド』もその中から生まれた作品であり、実際に企画提案から現在まで5年の歳月をかけた作品である。同作は22年4月に川和田自身によって小説にもなっている。これまで脚本は書いたが、小説のような形式ははじめての経験であり、実際に出版されることによってどんどん作品がマルチ展開へ広がっていった。当初意図していない展開であった、と本人も語るが、まさに出版などの隣接業界からこうした新しい才能の発掘は非常に重要な役割をもつ。今後は実写映像・ドラマの監督においても、アニメ・マンガでは一般化したこうしたメディアミックス展開が仕組みとして機能していくことが強く期待される。

 

▲左から長谷川朋子(放送ジャーナリスト)氏、風間太樹監督、川和田恵真監督

 

■ライバルを師匠として考えるアジア的価値観。監督/俳優/脚本家のパワーバランスで脚本家が守るべきこと。

第二回記事で目玉となったのは日・中・韓のプロデューサーセッションだが、午後のセッションでは日・中・韓の脚本家とのセッションもまた3か国をとりまく状況の違い、スタンスの違いについてのインサイトあふれるものとなった。登壇したのは中国作家の曾丹氏、日本作家の久松真一氏、韓国作家のパク・ジェボム氏である。

曾氏からは中国の恋愛ドラマのトレンドが紹介された。10年ほど前まではアイドル的な俳優を中心にファンタジー的なラブロマンスがもてはやされた。しかし、そうした美的センス自体に疲弊がみられ、より内容・コンテンツがよいものにフォーカスがなされるようになっている。国が非教育的なコンテンツに国民を誘導しないようにという措置も影響しており、ある意味政策的な誘導にうまくのっかりながらクリエイティビティを発揮することが中国の脚本家には重要になっている点が伝えられた。一見娯楽的なテーマではありながら、人生や生活のヒントを与えるような「意味があるもの」がどんどん人気を得るような時代になっている、と語られた。

 

▲曾氏による中国ラブロマンスのトレンド

 

久松氏は1987年に富良野塾に入って倉本聰氏に師事している脚本家であり、1991年『助教授一色麗子 法医学教室の女』で脚本家デビューして以来33年のキャリアをもつベテランである。2016年に『64-ロクヨン- 前編/後編』で日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞している。1000本以上もの脚本を書いてきた倉本氏が無償で始めた富良野塾、教育費はかからない代わりに塾生は皆富良野に住み、農家や牧場で働く必要があった。25年の歴史のなかで100人以上も脱落した厳しい教えのこの脚本家塾において、久松氏が掴んだ倉本氏からの学びをそのままここに引用したい。

「想像しなさい、あなたが生きてきた周りを。その想像力こそがすべての根幹。それは脚本家としてだけではなく人間として。北海道という大自然の中で。プロデューサーや監督や俳優と飲んで物語ができると思ったら大間違いだ。映画やドラマを観て物語ができると思ったら大間違いだ。それは二番煎じだ。オリジナルの君だけの物語を創りたかったら、街の人に会いなさい。小さな小さな人々に会いなさい。五感を使って触れあい、感じ、想像しなさい。それをCREATEといい、二番煎じをMakeと僕は思う」

パク・ジェボム氏は「怒り」を韓国ドラマを構成する重要な要素としてあげる。ドラマ自体のオリジナリティをどうキープするか、という話は「マンガのアニメ化」「アニメのコミカライズ化」「アニメのゲーム化」それぞれでも必ず必要になる要素だ。

 

▲久松氏の講演

 

3人目の韓国のパク・ジェボム氏はNetflixドラマ『ヴィンチェンツォ (Vincenzo)』の脚本家でも有名だ。パク氏はクリエイティブの根源にある「怒り」について言及した。社会に対する理不尽さや現在ある社会批評は大衆に共通する「怒り」を象徴するものであり、それをあまりに真正面から重く向き合いすぎぬよう、だが部分的にはそれをきちんと代弁するように作っていく、という。時代とクロスオーバーのない作品でヒットは無く、いかにドラマをドラマとしてのオリジナリティを担保して作るかの重要さが語られた。

 

▲パク・ジェボム氏の講演

 

この指摘は、Webtoonのドラマ化、ゲーム化などクロスオーバーの多い韓国ならではの視点といえる。それはともするとIPの力を分散するデメリットもあり、監督⇔俳優⇔脚本家のパワーバランスは国ごと、産業ごと、作品ごとに異なる前提はあるものの、それに推し負けることによってドラマ全体が損なわれてしまう事例は多くある。あまりにパワーバランスが一極に偏ると、“経営陣が好む、持続可能なシリーズもののIPストーリー”というところに集中し、ドラマ作品としての強みが失われる。“ドラマならではのオリジナリティ”を守らない、「人気Webtoon作品のドラマ化」などが先行すると、せっかくのクロスオーバーの強みは失われる。

 

 

脚本家が脚本作品の質だけに集中する時代ではなくなり、部分的にはプロデューサー的に立ち振る舞わなくてはいけない状況にある。ある程度パワーバランスのゲームのなかで、「ドラマのオリジナリティ」を守るための戦いも避けては通れない。同時に、ドラマのライバルはドラマだけではなく、TiktokやYouTubeになってきている。安易な模倣で7分以内の動画にしろということではない。それらの動画の面白さをどう読み込んで、ドラマがもつ多様性を、異なる表現媒体でも生きる形に持っていけるかどうか。

3か国の脚本家のセッションから生まれたインサイトとしては「欧米とは違う、アジアではライバルを師匠と思う文化がある」という点であった。各国の脚本家が触発しあい、お互いにアテンションの獲得競争の中にありながら、お互いに師としてその手法をリスペクトし、学び合うべきだ、というところで本セッション、そして本会議全体のクロージングがなされた。

 

▲左から長谷川朋子氏、パク・ジェボム氏、久松真一氏、曾丹氏

会社情報

会社名
Re entertainment
設立
2021年7月
代表者
中山淳雄
直近業績
エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
上場区分
未上場
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