【ATDC特集#1】日韓ポジションの大転換:いかに韓国ドラマに追いつくか ~第15回アジアテレビドラマカンファレンス@石川県加賀屋 ~

中山淳雄 エンタメ社会学者&Re entertainment社長
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日韓中を中心とするアジアで活躍する放送作家(脚本家)・プロデューサー(制作者)を約200名集めた「アジアテレビドラマカンファレンス(ATDC)」が開催された。今回何が特別だったかといえば、過去2006~19年の過去14回はその主催が「韓国」による招致だったのに対して、第15回となる今回「日本」が主催し、招致するものとなった。これまで韓国政府の助成によって成り立っていた同カンファレンスは、日韓ドラマのつながりを深めるイベントの重要さを感じた日本側が企業版ふるさと納税スキームを使ってようやく開催にこぎつけたのだ。2年かけて実現した3年半ぶりのドラマカンファレンスに取材をした。

 

■第15回ATDC、企業版ふるさと納税9割還付を活用した協賛金集め

冒頭述べたようにATDCは2006年より韓国主催で開催されてきた。場所としては中国で上海(2007#2)1回、日本の長崎・福岡・北九州(2008#3、12#7、15#10)で3回、それ以外の10回は韓国での開催であったが、運営費用に関してはこれまでずっと韓国政府が負担してきた(韓国・中国・日本の開催都市が費用の一部を負担、#14の韓国仁川@パラダイスモールではカジノプレイ用チケットまでが配られていたという)。

問題になったのは2020年。コロナ禍で物理的に開催ができなくなったこの時期にK-Dramaは『愛の不時着』(2019)や『イカゲーム』(2021)などNetflixを中心に動画配信マーケットを席巻した。

第15回を初めてすべてを日本主催で率いたのはテレパックの取締役兼プロデューサーで今回の一般社団法人ATDCの理事長を担う沼田通嗣氏。1億円サイズの開催費用にもなるBtoBイベント、それを日本側で負担するのは日本政府としても協賛企業としても容易ではない。きっかけは東武トップツアーズの前会長本保芳明氏、初代観光庁長官を務めた同氏から観光庁の実証事業をすることで地方自治体(七尾市)の国際会議開催へのモチベーションを醸成する方法を助言され、最終的には内閣府の制度である「企業版ふるさと納税制度」を活用することで資金調達を行った。

沼田氏は2010年のヒットドラマ『花嫁のれん』のプロデューサーでもあり、石川県七尾市で「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で過去36年連続、日本一に輝いてきた加賀屋での撮影を行った経験があり、同市でのATDC開催に奔走した。

すでに日本では約5千件、総額226億円の実施がされる「企業版」スキームも、8,300億円にもなる「個人版」に比べるとまだまだ普及していないのが現状。スキームの企業への提案体制が整っている地方自治体もまだまだ少ない。ATDCの沼田氏が1社1社足しげく通い、最終的に1月下旬の開催直前に協賛を決めた企業もあったほどギリギリまで調整が重ねられた。私自身、実は以前アニメイベントでの活用経験があるが、「イベントでプロモーションをしたい担当者」と「予算決裁者」、「行政と手続きを行う経理担当者」と担当が分かれていることもあり、「本当に9割還ってくるのか?」といった社内調整事項も多く、還付されるからと容易に進められるものではない。

※企業版ふるさと納税:企業が地方公共団体の地方創生の取り組みに対して寄附を行った場合に法人関係税を税額控除するもの。1億円寄付したとして、年度末の法人税に対して9割分の9千万円が控除されるという形で「9割還付」となる。

 

今回は東武トップツアーズやロート製薬など19社もの企業から合計7000万円を超える費用を集めた。「渡航費」のみ参加者の負担となったが、それ以外の食費・宿泊費・移動費などは同スキームでカバーされた。事業者180名、主催側やアルバイトも含めると約300名を2泊3日でステイしてもらうためのコーディネートは、費用面の心配はなくても大変な作業である。東武トップツアーズが旅行代理店としてロジスティックスを担当しながら、加賀屋側も「あえの風」や「虹と海」は会場・ホテルごと同カンファレンスのために貸し切りにした。

 

■3日間のイベントで痛感したのは日韓の差

参加者は韓国、日本、中国、台湾、マレーシア、シンガポール、タイなどから多く集まった。テレビ局、配信業者、プロデューサー、監督、放送作家・脚本家、俳優、学者など。個人的に衝撃だったのは、50名近くの学生ボランティアたちの口からこんな言葉が出ていたことだ。「韓国ドラマ、大好きだったんですが、こんなに日本と差が開いているとは想像してませんでした。日系のテレビ・代理店に就職しようと思っていたんですが、、、今回のイベントを通してちょっと就職先は考えなおさないといけないなと改めて思いました。」

もちろん日本ではトップクラスのドラマのプロデューサーも参加し、海外で成功している事例なども共有されている。ただ韓国や中国の放送・配信関係者がいかに精力的に海外市場に向けて展開を進めているかを目の当たりにすることになった同カンファレンスは、業界部外者の私自身も非常に刺激になった(次回以降の特集で詳細お伝えします)。

3年前とは全然違う世界線だった」と長年参加を続けている脚本家は言う。2019年まではそれでも「日本に学ぼう」という全体的な空気感がATDCにはあった。だがコロナでの動画配信ブームの旗手にもなった韓国ドラマにとって、今みているのはゲーム化やWebtoon化などより大きな周辺産業との提携・IP事業化であり、ドラマ制作者同士での競争からは一歩抜け出た感が如実に出ていた。「もはや韓国に学ぶ時代、大きな差を痛感した」という事業者の声が聞かれ、その意味でも3年ぶりに無理をおして日本側が主催となって開催された第15回は、まさに開催されるべき意義のあるものだったといえよう。

 

▲ATDC全景写真

 

▲左手の750m^2のフェスティバルホール「鳳凰」での大会場、右手の大宴会場「でか山」での各協賛企業ブースをはさんでのホワイエ「エストヴァン」の写真。手前のダルマは石川県PRマスコットキャラクター「ひゃくまんさん」

 

▲シアターダイニング「花舞茶寮」ではイベント発表、パフォーマンスなどがステージで展開されながらのウェルカムパーティとなった

 

▲カンファレンスで英語・日本語で総合司会を務めた米倉リエナ氏(演出家、カミノレアル社長)、岩瀬顕子氏(女優・脚本家・プロデューサー)、会議中は日本語・英語・中国語・韓国語で同時通訳が常に走っていた

 

▲フジテレビ系列で放送された東海テレビドラマ「『花嫁のれん」』で2010~2015の全4シリーズにわたってヒロインを務めた羽田美智子氏の挨拶

 

▲1576年の七尾城攻略時に上杉謙信勢を打ち払ったとされる御陣乗太鼓(石川県無形文化財)

 

▲2日目ビジネスマッチングの様子

 

▲3日目の撮影ロケーション紹介ツアーで訪問した能登演劇堂。仲代達也氏が設立に大きく寄与しており、2009年に在住者6万人の街で能登現地のみの開催での50回公演で3.2万人を集めた伝説的な『マクベス』公演の内容などが紹介された

 

▲2日目夜に終幕フィナーレであいさつした第15回ATDCの主催グループ。左から安達友香氏(東武トップツアーズ主任)、会田正裕氏(株式会社アップサイド社長)、赤石真菜氏(脚本家)、新井静流氏(脚本家)、沼田通嗣氏(ATDC理事長)

会社情報

会社名
Re entertainment
設立
2021年7月
代表者
中山淳雄
直近業績
エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
上場区分
未上場
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