後編)中国IPビジネス:国民全体がビジネスマンの“商人の国"で悟ったイイもん作ってナンボの“職人の国"日本の売り込み方…中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」第111回
事実は小説よりも奇なり。米国帰りの帰国子女、名うてのゲーセン“使い手"としてゲームに没頭していた一青年が、東大・電通を経て弁護士になり、経産省で海賊版つぶしをしているうちに中国にのめりこみ、現地で探偵会社を自腹で買収して初めての起業。中国を相手取って2006年に中国知財法の改正にも日本側からの海賊版対策にも寄与した経験をもちながら、2010年代には一介の探偵事務所として世界を席巻するほどの中国経済で日本IPを広げていく支援を行う。何度人生をやり直しても、こんな道はたどることがないだろうというキャリアを歩んだ分部悠介氏のインタビューから、以前取材した中国市場のダイナミックな変貌が、この20年どうやって実現してきたのかを解き明かしたい。
前編)中国IPビジネス:東大・電通・弁護士を経て、中国探偵事務所社長から“日本IPの守り人"となった分部悠介
■「海賊版大国」から「世界最先端の知財立国」となった中国。突然海賊版がひっくり返った2011年の歴史的転換点
――:自己紹介からお願いします。
分部悠介(わけべゆうすけ)です。現在中国でIPフォワードという海賊版対策の探偵・コンサルティング会社をやっておりまして、現在はグループが90人弱。今は、日本IPの中国展開、日中アニメ共同制作を行う事業や、グループ会社「ぬるぬる」(両国間をなめらかにするという意味)社にて、日本IP・タレントの中国PR、ファンコミュニティ運営を支援するなどの事業側もやっており、日本企業の中国展開を法律部分から事業面までトータルサポートする事業を展開しております。
――:前回<引用>、ゲーセン荒らしだった時代から弁護士を経て経産省・中国に渡り、34歳にして探偵事務所社長から始まったキャリアについてお話を伺いました。現在も探偵事務所としての部分は続けられているんですよね?
はい、今もIPフォワードグループの主事業です。すでに13年やってきていますが、中国については(特に都市部などでは)、あからさまな海賊版商品は減ってきています。その一方で、この15年くらいのECの発展で、中国や東南アジアで製造された海賊版商品が世界中に拡散されてきている、という事象が起きています。
我々は7年前から独自のシステムを開発していて、世界中のクライアント企業様の海賊版商品の動向を監視・削除対応しています。今は東南アジアや中東、欧州など含めた全世界300~400の主要なECサイトに対して、専門アナリストが、このシステムも活用しながら、海賊版商品がないかを探索し、これが確認され次第削除をしていく、という膨大な業務を、多くのクライアント企業様のために365日対応しています。最近はAI開発なども行い、この作業の効率化を図っています。
こうしたオンラインでの対応と併行して、海賊版商品の製造・送付行為などの事件は、それこそオフライン現場で起きているので、それをつぶしにいくという探偵・摘発業務も継続しております。
▲中国地方部における海賊版摘発現場の写真
――:なるほど。それだけ長く中国における海賊版商品と向き合う中、中国の知財の状況に変化は出てきているのでしょうか?
中国は2001年WTO加盟以降、安価で豊富な労働力を背景に「世界の工場」として発展してきました。ですが、中国よりもさらに労働力が安価な国の台頭もある中で、付加価値が低い製品を製造して輸出しているだけでは国の発展に限界があることを認識していたのでしょう。2010年以降は知財・イノベーションを重視した政策が強力に推進されてきて、近年、その成果が出てきております。
実は中国ほど、国家レベルで知財の重要性を認識している国はないんです。90年代から外資系企業が中国で工場を造り始め、技術が中国国内に導入される中、貪欲に先進国の知財ノウハウを模倣して国力をあげることで経済を発展させて、世界における存在感を増してきました。外国の知財を模倣していくことがまさに経済発展の原動力になっていたので、知財がどれだけ国の発展にとって重要なのか、身にしみてわかっているのです。
――:確かに「知財の力を借りて」、あらゆる国を押しのけて世界の製造シェアを5%→35%に上げ、その頭角を現した中国は、まさに知財の申し子みたいな国ですよね。
「盗人猛々しい」と言いたくなる気持ちもありますが、2010年以降は中国独自の知財法の発展を志向するようになり、今や名実ともに「知財大国」となりつつあります。私が経産省の立場で中国政府と交渉していた2006年の時点では、日本が中国に知財を教える、という感じで、紛れもなく知財後進国だったんです。それがわずか10年ちょっとの間でこうまで変わっていくというのは本当に驚異的で、中国のスピード感を改めて実感します。
こうした国の政策発展のもと、民間のイノベーションも進展し、中国国内の中国企業の特許出願件数・学術論文の被引用件数も飛躍的に上がっており、様々な分野であっというまに日本を追い越し、米中の二強状態となっているのが現在です。
もとより中国では「ビジネスになる」という感じになると一斉にお金も人も流れ込むのですが、近年は知財もそういった投資対象なんですよ。日本ではあまり見られない光景だと思いますが、知財の専門取引場などがあり、オークション形式で売買するということが普通に行われています。知財をベースとしたローン・証券化などの知財ファイナンスの仕組みや、その前提としての知財の価値算定ルールなども急速に整備されていて、全体的に知財の存在感が国民レベルでもしっかり定着してきています。
――:なるほど、海賊版つぶしの対象となってきた中国が今や世界トップの知財大国になっているというわけですね。2011年の創業当時、コンテンツの業界はどんな状況だったのでしょうか?
『NARUTO』、『ONE PIECE』、『ドラえもん』など日本の有名なアニメの海賊版動画が流れまくっていた時代です。まだこうしたアニメ版権や知財に対してお金を払って取引する、なんて誰も考えておらず、日本版元企業にも自分でお金をかけて海賊版を取り締まるなんて発想はありませんでした。経産省などの政府のサポートのもと、ほそぼそと海賊版つぶしをやっていて、我々もそれを中国現地でサポートしていました。
ところがですよ。そんな中国で、突然「権利を買う」と言い出した動画サイトが出てきたんですよ。
――:2008年末に米国の海賊サイトCrunchyrollがテレビ東京と提携して2009年ごろから公式化していくような動きが、中国でもあったんですね。2009年設立のbilibiliなどでしょうか?
当時最大の動画配信サイトであった、土豆网(Tudou)ですね。日本のVC・JAFCOが投資したことなどをきっかけに、突然、アニメの正式権利を買うようになったんです。当時主要な動画配信サイトでは、文字通りすべてが日本アニメの海賊版動画でして、我々もこれに対して削除要請したり警告状送付したりしていました。ところが、『NARUTO』の権利を購入した後、土豆网から他の競合動画配信サイトに次々と『NARUTO』の海賊版動画の削除要請等、警告がなされるようになりました。
正直日本の版元から訴えられることはないはずと、ある種高を括っていた配信サイト達が、競合である土豆网が動くとなると「これはまずい」と感じたのでしょう。途端に海賊版を下げるようになり、まさにオセロを塗り替えるように、一気に他の日本の有名なアニメ作品を購入する動きが出てきて、急速に正規版を買う市場へと変わっていったんです。
※土豆网(Tudou):2005年4月にスタートし、2008年1月時点には中国の動画共有最大級となったサイトだが、2012年3月にライバルの优酷(Youku)に統合された。この优酷土豆网は2015年にAmazonが42億ドル(約5千億円)で買収した。
――:面白いですね!中国では「海外アニメ輸入額」が2010年代に急増していきます。これが2018年までは上がり続けましたね。
ビックリしましたよ。中国政府もこの流れに合わせて、インターネット上の海賊版アニメの配信の取り締まりなどを強化するようになりました。中国政府としては、外国企業の知財保護のためというよりも、国内の動画配信市場や主要な動画配信サイトのビジネスを守り、健全に発展させていくために、日本アニメを含めた知財保護を強化していった、というのが実のところです。中国政府は実に戦略的に、知財保護体系を発展させているということの典型的な事例かと思います。
■2014~18年の日本のTVアニメ・劇場版アニメ・ゲームの大活況期、輸入制限で2020年代はキャラクターグッズの時代へ
――:2010年代前半にアニメの動画配信で権利販売が始まり、2015年『STAND BY ME ドラえもん』が劇場版アニメとして配給され、5.29億元(約100億円)と当時とんでもない数字をたたき出したが、これはどういう背景なのでしょうか?
中国では、映像・アニメなどのコンテンツは、すべて国が内容を事前に審査して、自由に公開できる訳ではありません。その中でも、映画は国民に与える影響が大きいということで「特に規制が厳しい分野」です。当時日本映画はほとんど配給されていない時代でした。それが、アニメ動画がまず海賊版で、その後正規版で入るようになり、段々と市民権を得るにつれて、大衆の大きな娯楽となりつつある映画についても、消費者が見たいものを流して映画市場を拡大していこうという動きが出てきました。
こうした中、中国で色々なビジネスを展開していたオリックスが、『ドラえもん』の最新映画の上映を中国で手掛けることになりました。実はこのプロジェクトから、私も同社中国支社を法務・知財面でサポートさせてもらうことになりました。
――:オリックスさん、意外な異業種のビジネスをされていて驚きました。
結果、映画が大ヒットして、ここから日本アニメ映画の中国上映が一気に拡大することになります。その後、オリックスは映画事業をスピンオフさせて、専門事業会社(OCE社)を設立し、『名探偵コナン』や『クレヨンしんちゃん』の映画配給なども成功させました。
弊社もアニメ配信権のライセンス獲得のサポート、エージェント業務やコンサルティング、映画配給権の仲介などをやらせていただくようになり、従来の知財保護を中心とした業務の担当らとは異なる職種の職員も増えてきたため、「JCフォワード」という別法人を設立して同事業を本格的に行うようになりました。
――:1つのヒットの周辺で色々な企業が新規事業を展開していったんですね。2016年はエンライト社が東宝から『君の名は。』を買って、『ドラえもん』同様に中国で大成功します。当時、映像だけでなく商品化なども含めて、日本IPの中国マスターライセンスを買うというのは結構できたんですか?
「アニメ配信権」や「映画配給権」などの正式権利売買は開始しましたが、「商品化権ライセンス」が正式に取引されて市場が出来上がるまでには、さらに数年を要しました。実は弊社も、10年くらい前のこの頃、『ドラゴンボール』『聖闘士星矢』など、有名タイトルの商品化マスターライセンス権を獲得させてもらったりもしたのですよ。結果的に、ほとんどライセンスアウト先を見つけられませんでした。隣の店やネットショップを見たら、ジャンプタイトルの海賊版商品が大量に売られていた時代ですから……
――:中山はバンダイナムコ時代、ブシロード時代に中国企業からライセンス売買の話とは接点がありました。
2014~15年あたりは、アニメ配信権、映画配給権などに続き、「ゲーム化権」なども高額取引がされるようになりました。集英社さんから直接原作版権でゲーム開発をするべく、テンセントが7~8作品という単位で、巨額のMG(ミニマムギャランティー)を払って買っていました。バンダイナムコさんもこの頃から中国に拠点展開していきましたよね(2015年4月に「万代南夢宮(上海)商貿有限公司」として上海支社を設立)。
――:その次にくるのが商品化ですよね。
ただ、そもそも海賊版商品だらけの中、消費者もあえて正規品製造・販売のライセンスを買ったり、「正規品商品を購入しよう」とは考えたりしない時代でしたので、オンライン市場の拡大に比べると、MD市場の拡大は緩やかでした。そのような時代でしたので、有名タイトルIP商品化マスターライセンス権が、こうしたビジネス実績の少ない会社に渡されたりして、その後数年間ほとんど動かなくなってしまったり、質の悪い正規版商品が出回ったりとまだまだカオスな状況でした。一度そういった形で、ライセンスを取った中国企業が開催する、某有名作品IPのライセンシーが集まる会議に参加したことがあるんですが、版元の会社の担当者が誰一人いない状態で、トップの中国人が「食べ物系はあんたのところ、洋服はこの会社、アパレルのこの領域ならあんたにあげてもいい」みたいな感じで捌いているのは、異様な光景でしたね笑。
そんな時代も経たうえで、IP商品化市場が本当に形になってきたのは、2020年代のコロナ禍以降になります。関係者にIP取引の知識が普及し、何よりも消費者が正規版商品を求めるようになったことで、IP商品化取引の基盤が整うようになり、今は逆にバブルと言えるくらい盛り上がっています。
――:しかし知財法務の会社が、どうして版権ビジネスやったり、違う事業をやるようになるんですか?
流れです笑。というのは半分冗談として、まず理論上は、知財保護のためには、海賊版をやっつけた後に正規版を入れ込む必要があります。これらはいわば、車の両輪のようなものです。一度海賊版を排除しても、正規版が入らないとすぐに復活して、いつまで経っても海賊版がなくなりません。だからこそ、我々の社名も、IPの保護を図るということだけではなく、これを活用・普及させて、一歩前に進めていくという意味で、「IPフォワード」としています。その意味では、偉そうではありますが、「守り」だけでなく「攻め」もやるべくしてやっている事業であると認識しています。
ハリウッドでは「エンターテイメントロイヤー」とよばれる弁護士が映像展開の事業会社をやっているケースも多く、うちのような動きも珍しくはないんですよね。日・中間ではまだ珍しいですが、我々も日本初の中国専門エンターテイメントロイヤー事務所、として認識してもらえるようになることも目指しています。
――:まさに2000年前後に分部さんが学生時代に夢見てたことが(場所は米国でなく中国になりましたが)実現された感じですね。
あと、日本IPの中国展開だけでなく、中国でも次第に素晴らしいIPが生み出されるようになってきているんですよね。そこで、中国IPで日本的な2Dアニメ制作を行うためのサポート業務なども必要になってきました。中国では、漫画よりも小説が起点となった作品やIPが多く見られます。中国最大の小説アプリで、トップクラスのIPを保有する「閲文集団」とご縁をいただいて、同社小説アプリでヒットした作品IPをベースに、日本のアニメスタジオさんにアニメを制作してもらう、という業務もやらせていただいてます。こうした業務が増えていく中、無錫に拠点を有していた、アニメの撮影工程などで有名な旭プロダクションさんと、中国IPの日中共同制作を主業務とする「Animationフォワード」を2016年に合弁会社として立ち上げ、本格的に業務展開をするようになりました。
※閲文集団(China Literature):2023年で42億元(約800億円)の売上を誇る中国最大のオンライン文学プラットフォーム。2015年にテンセントが買収し、2020年時点で1220万本の書籍作品と810万人の作家が所属している。
――:IP保護に、権利運用、果てはアニメ制作までやってたんですか⁉共同制作はどうでしたか?
とにかく大変でしたね。中国側は最初こそお金はこちらが出すので好きなように作ってくれ、と言うのですが、段々と内容についても色々と注文が出てきたりする。日本のアニメスタジオは既に長年のアニメ制作実績があり、その制作工程も非常に整然としたものですが、中国側はまだこうした経験がない。なので、はじめに決まった脚本なり絵コンテなりの内容をあとで平気でひっくり返したり、都度都度言ってくることが変わったり等々……笑。日本の制作陣からは文句言われますし、中国側はお金を出しているので当然という感じでガンガン指示がきますし、なかなかハードな調整事項が多かったですね(苦笑)
共同制作という軸でお話をするならば、この時期に日本の漫画作品の中国実写リメイクサポートの業務もやらせていただくようになりました。『ドラゴン桜』『キャッツ・アイ』などの作品について弊社にてリメイク権をライセンスいただき、中国側制作社にライセンス・制作管理・仲介を行う形で進めていましたが、これも本当に大変でした。
――:そうですね、実写の共同制作もアニメ以上にリテラシーの違いが如実にでる業務です。
中国の実写ドラマ制作技術は当時からそれなりに高かったのですが、海外、特に日本の漫画を原作としてリメイクする、ということがあまりなかった時代だったので、脚本とかが出てきても、「完全な原作コピーになる」か「真逆で全然違うものになる」で両極端な印象で、日本原作者側も当惑することがよくありました。
そこに輪をかけて、中国の場合、色々と表現規制があるので、どんどん原作の設定とかけ離れたものになっていったりして、これを日本側に説明するのも大変でした。また、これも中国あるあるなのですが、基本的に人の入れ替わりはしょっちゅうですし、M&Aで構成が変わったり、大きな権力を持つ社長の方針が変更したりなども少なくない。とにかく変更ばかりで色々と振り回されることが「常態」みたいなところがあります。中国では本当に、「一寸先は闇」みたいなことがわりと起こるので、常にこうしたことを頭の隅に置きながら、物事がうまく動いているうちにスピーディーに進めていくことの重要性を改めて痛感しましたね。
――:ゲームは途中から版号が降りなくなって、急激に苦しみます。
未成年者がハマりすぎて、お金を使いすぎたり等々、オンラインゲームが社会問題化したんですよね。2017年が日本からゲームライセンスが買われた最後の年でした。2018年以降急激に許可がおりるゲームが減り、263日間も審査そのものが停止して以降、国産ゲームすら許可件数が減っている中で、外資ゲームはそれ以上に出せる確率がどんどん減っていきました。近年、ようやく戻ってきましたが、それでもまだ全盛期のような状況ではなく、改めて、ゲーム市場は最大のコンテンツ市場である一方、リスクも大きい、ハイリスク・ハイリターンな市場であると感じます。
2019年からは配信アニメが与える影響が大きくなる中、こちらの当局による事前審査も急に強化されてしまい、それまで順調に伸びていた配信市場もどんどんシュリンクしていってしまいました。中国の場合、どうしてもこうした政府の政策に大きな影響を受けがちである、という点に常に注意してビジネスを進める必要があります。
▲ゲーム市場はGame Committee of the Publishers Association of China; China Audio-video and Digital Publishing Association; Gamma Data; Snowball Financeより、億元=20億円で計算
――:日本を含めた外資アニメ・ゲームが中国市場に入りにくくなったことで、どうなりましたか?
グッズです。コロナ禍後の3年間は、日本IPグッズ市場が急激に拡大しました。昔は、消費者の方も高いお金を払って本物のIPグッズを買う、という意識がなかった。なので、わざわざ高いライセンス料を日本版元側に払って、これを作ったり売ったりする中国事業者もいなかった。ただ、ようやく3年ほど前からこの意識に変化が生じて、一気にこの市場が花開いた、という感じです。
思えば2010年代は「アニメ配信から始まるビジネス」でした。それまで海賊版アニメしか配信されていなかった中、アニメ配信権がお金になるようになり、ますますファンが増えた。それと併行して、映画やゲームの権利が売れるようになったりして、市場が拡大してきました。ここ最近は、ゲーム版号がおりるかわからない、配信できるかわからない、という状況になってしまった一方で、確実にIPファンが増えた結果、リアルなIP商品の購買層が一気に増えて、中山さんの特集にもあるように、各商品メーカー、百貨店や小売店などがみな日本IPグッズに殺到している、という形に変化してきたのがこの2~3年の動きです。
ここで注目するべきは、正規版配信は減ったものの、日本IP作品が好きな消費者層は今もなお存在していて、再び昔のように海賊版で視聴しているという点です。何かしらの形で日本アニメも中国で視聴されている。ただ以前の海賊版時代と違うのは、海賊版アニメを視聴してファンになった消費者が、正規版グッズを買ってくれるようになったという点です。中国にアニメ配信ができなくなったので、中国におけるIPビジネス拡大の活動を中断・停止している企業さんもいらっしゃいますが、中国IP市場は形を変えて現在も拡大中なんです。こうした環境の変化に応じて、ビジネスモデルを柔軟に変化させ、対応していくことが重要です。
■第二次海賊版時代で多角化するIPフォワード、職人立国の日本が商人立国の中国市場でどのように戦っていくべきなのか
――:しかし「IPフォワード」に「JCフォワード」「Animationフォワード」とどんどん多角化、拡大されてますね。
幸いなことにこの10年、グループとしてはずっと増収増益を重ねてます。ただ結局は「日本のIPを守る」というのが会社のコアですので、精力的にどんどん広げようというよりは「やるべきことを淡々とやり続ける」中で、たまたまご縁があって少しずつ事業領域を拡張してきたという方が正しいですが。
10名強の状態から始まって、現在は90名弱の人員を抱えるグループになりました。守りの業務の人員が半分ちょっと、攻めの業務の人員が半分弱という感じで、中国人スタッフが大半です。経営者としてまだまだ未熟な私は、外回りばかりしていて、正直あまり会社の経営にしっかり向き合っていない時期が長かった中、幸いなことに、手前味噌ながら、中にいるメンバーが優秀で結果的に事業が大きくなっていたという感じです。
――:模倣対策自体にはIP・コンテンツ系もだいぶお金をかけるようになってきたのではないでしょうか?
現在でもやっぱり大手製造業事業者のほうが、模倣対策にかける費用は大きいです。我々の主要なお客様である、日本の有名企業様などは、ずっと前から年間で億をこえるような費用をかけて海賊版をつぶしにいっています。コンテンツ業界は2010年代半ばくらいからようやくお金を出すようになってきた印象がありますが、まだ製造業界に比べると海賊版に対する費用のかけ方は小さいです。
――:ここまで経産省時代も含めて20年近く海賊版対策をされてきて、競合というのはあまりいないものなのでしょうか?
うちのように、知財の守りも攻めも、という事業展開をしている企業自体あまり聞かないので、全面的な競合というのはいないという認識です。中国での知財保護という点については、日系企業向けではうちがシェアナンバーワンの地位をいただいておりますが、その他に欧米企業向けでナンバーワンの会社などもあったりします。また、オンライン上の模倣品の自動クローリング探索や削除を行う業務については、欧米系企業で結構競合がいますね。
――:海賊版対策という点で、コンテンツ業界を見るとどうでしょうか。中国は知財がカッチリ守られるようになった一方で、IPを守る業務は今後も変わらないのでしょうか。
昨今IP商品化市場の拡大によって、特にこの1年で、缶バッジやアクリルキーホルダーなど、低価格な商品がものすごく売れました。ですが、これらは技術練度の低いグッズなので余計海賊版が作りやすく、商機としては今確実にあがってきてます。つまり、同時に海賊版対策も入念にやらないといけないということでもあります。
世界中で日本IPのキャラクター人気があがって需要が先行すると、供給する商品や映像などがない間は必ず海賊版が出てくるし、売れたら売れたでこれに便乗するべくまた出てきます。海賊版という現象は、世界レベルでの病気みたいなもので根絶が難しく、世界でビジネスを拡大していく以上、ずっと戦い続けないといけません。
――:中国市場を展開するにあたって、日本企業と中国企業の違いをどんなふうに見られてますか?
IPを活用してお金に換えていこうという気運は、中国企業の方が強い印象です。IPビジネスが始まったばかりの2012年ごろにテンセントの担当者と会った時、同社もまだろくに自社IPなどない時代だったのですが、既に「IPプロデューサー」という役職が名刺に入っていて、IP起点のビジネスの展開方法やIP価値の最大化について熱心に語っていたことに驚いた記憶があります。
中国政府が、IP知財を軸に国家自体を発展させようとしてきた近年の動きと重なりますが、中国は「国民全体がビジネスマン気質で、いかにこうした無形的財産の価値を最大化していくか、ということを政府から企業の人に至るまで、常に考えている」、という印象ですかね。これに対して、日本人・日本企業は全体的に職人気質、もちろんこれが結果的に良いコンテンツを生み出していくという根本的なところに貢献している訳ですが、少なくとも中国市場展開の場面においては、もっと中国的商売の視点も強めていく必要があるように思います。
――:下図のように日本IPそのものは本当によいトレンドの中にあります。『機動戦士ガンダム』や『ウルトラマン』なんてディズニーを超えているわけですよね。こうした状況において、日本企業としてはどんな戦い方をすべきなのでしょうか?
日本はいいモノがホントに生まれてくる市場ですよね。中山さんが分析されていた『葬送のフリーレン』なんかも突然現れて、一気に中国全体で人気を席巻するような大作になりました。中国のコンテンツ市場の規模は今後も拡大していくと予測していますが、表現規制がある中で多種多様な内容の作品コンテンツを生み出す力という点についてはどうしても限界があります。それに対して、日本は、本当に色々な内容の漫画やアニメなどの作品コンテンツを生み出していける地盤、実績がある。日本企業は、この優位性を最大限に活用して、中国でのコンテンツビジネス展開を検討するべきであろうと思います。
とはいえ、日本のIPコンテンツだったら何でも中国で通用する、というのは、もう昔の話です。もとより、中国は世界を席巻しているTikTokや、産業規模として世界トップレベルになっているモバイルゲームなど、若者が時間を投じる先が多様化しているうえ、魅力的な中国国産IPコンテンツも年々増えてきています。そのため、『ドラえもん』や『SLAM DUNK』を知らない、という若者もでてきてしまっているのが現状です。
▲https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2023/72218cac73449251/animation-rev.pdf
――:ポテンシャルはとても高く、求められている。その期待に沿うように、認知拡大をしていきましょう、というところですね。
追加で、直近について言えるのは、自社IPコンテンツのブランドコントロール、という視点も重要になってきていると思っています。中国には、「売れる!」とわかったら一気に多くのプレイヤーが群がってしまう、という大きな特徴があります。ただ、あまりに日本の人気IP作品の商品が出回りすぎて、消費者が食傷気味になっているという点も懸念材料です。今流行っている缶バッジやアクリルスタンドといった低価格帯のIP商品は在庫も目立つようになってきて、今のバブルは一段落するであろうという印象があります。あまりに極端な状況が続くと、対象のIPイメージにも良くない影響があります。
その意味では、何でも売れれば良いということでもなく、市場におけるIP商品の流通状況が適切か、という点も視野に入れたうえで、対象IPのブランドコントロールをしていくことも重要であると考えています。これについては、アニメ版権だけでなくマンガ版権ベースのIP商品展開の「ブランド化」にも成功している「SHONEN JUMP SHOP」なども一つの成功例ですね。
――:色々とお聞かせいただきまして、中国のコンテンツ市場が、スピーディーに目まぐるしく変わりながら成長していることが良くわかりました。そのような中で、IPフォワードグループとして、どのような立ち位置で事業展開されていくのでしょうか?
引き続き、日本コンテンツの中国展開を、「攻め」と「守り」両面からしっかりサポートしていきたいと考えています。守りの面では、中心業務である「海賊版対策」の他、コンテンツ展開に重要な「商標権や著作権の登録」、「様々な規制の調査・検閲への対応」、「中国契約周りのサポート」などに対応していきます。契約書については、典型的なコンテンツ契約の日本語中国語契約雛形集を作成しており、無償でDLできる状態になっています。
攻めの面では、「中国への各種展開権の仲介・窓口対応」、あとは色々なIPの「中国SNS運営」などもやらせてもらっていて、最近では中国で「ファンコミュニティを開設・運営できるシステム」を開発しました。既に『ヒプノシスマイク』などの作品において活用してもらっていますが、今後、正式サービスとして外部リリースしていく予定です。
▲『ヒプノシスマイク』中国ファンコミュニティシステムのトップ画面
――:あとは映画配給などもされてましたね。
市場規模として大きな中国映画上映について、「映画配給」も引き続き、やっていきます。2024年、ジブリさんの『君たちはどう生きるか』の中国での上映に必要なライセンスや業務管理サポートをさせてもらいましたが、近々、いくつかプレスリリース予定ですが、よりこの分野は強化していくつもりです。ほかにも「中国コンテンツの日本展開」なども視野にありますね。
▲プレミアム上映会のための訪中時の写真:左より分部悠介氏、鈴木敏夫氏(スタジオジブリプロデューサー)、IPフォワード担当スタッフ
あと、中国でコンテンツ産業が盛んな地域である四川省成都市の地方政府が、日本コンテンツ企業との合作強化を図ろうとしていて、私は昨年より、この取り組みを支援するため顧問をさせてもらっています。今年は成都市の紹介活動や、日本と成都市のコンテンツ企業を対象としたマッチングイベントの開催を支援するとともに、同政府と弊社との間で協力に関するMOUを締結しました。規制が多い中国にて、コンテンツ産業に理解が深い地方政府がサポートしてくれるのは、日本のコンテンツ企業にとっても非常にありがたいことだと思います。今後も、この取り組みをさらに拡充していきたいと考えています。
▲2024年10月、成都市政府による紹介イベント「成都ツアー2024対日開放協力プロモーション」の写真:左より張艳氏(日中(成都)地方発展合作示範区)、分部悠介氏
中国はわかりにくいけれど、大きな市場です。わかりにくいがゆえに、我々グループが役立てることも色々あろうかと思っています。引き続き微力ながら、日本コンテンツ業界の発展、コンテンツを通じた日中交流促進、に貢献していければと考えております。
会社情報
- 会社名
- Re entertainment
- 設立
- 2021年7月
- 代表者
- 中山淳雄
- 直近業績
- エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
- 上場区分
- 未上場