【連載】印刷会社が英国アニメイベントを買う。エンタメに形を与えるHYPER JAPANの挑戦…中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」第89回
日本アニメに関わるイベントは毎年7月のAnime Expoを代表に、この20年間でアメリカだけでも50以上、それも数万人から数十万人規模に及ぶレベルにまで成長してきた。コロナの3年間でほとんどが一時停止状態となったが、2023年から再開されると2019年にも増してこの3年間動画配信だけでファンになったユーザーが殺到しはじめている。いま日本アニメはこれまで以上のブーム期にあるなかで、「アニメイベント」の重要性が改めて問われている。とはいえ、「海外の」アニメイベントはあくまで現地事業者がそれぞれの事情で行い、数名~数十名規模のベンチャーばかりの事業としては不安定なものにすぎない。そこに対して2024年2月、イギリスのアニメイベントHYPER JAPAN(HJ)を2010年から運営してきたCross Media社が買収された。驚くべきことにその買い手はTOPPANホールディングス、DNP(大日本印刷)と双璧をなす日本の印刷2大大手の一角である。日本企業が海外のアニメイベントをというのも珍しいが、それ以上になぜ印刷屋がアニメイベントを??という声もあがるこの買収劇の背景にどんな狙いがあったのか、インタビューを行った。
【目次】
■アイデアに形を与える印刷屋の矜持、「アニメイベント」でキャラに形を
■打倒Japan Expoで始まった「日本人による欧州No.1の日本イベント」Hyper Japan、その買収に至るまで
■VTuberも生み出す印刷屋。イベント+αの付加価値を目指す
■アイデアに形を与える印刷屋の矜持、「アニメイベント」でキャラに形を
――:自己紹介からお願いいたします。
長谷川:TOPPAN株式会社 情報コミュニケーション事業本部 フロンティア事業開発センター 事業創発本部課長の長谷川 達(はせがわ たつ)と申します
八木:同じく情報コミュニケーション事業本部海外戦略室課長の八木 雄志(やぎ ゆうし)と申します。
▲左手より海外戦略室八木雄志氏、事業創発本部長谷川達氏
――:今回はイギリスのアニメイベント会社を買収する、という驚きの発表があって、お二人にインタビューさせていただきました。
長谷川:そうですね、我々も驚いています笑。もともとご存じのように印刷業として始まったTOPPANですが、自社事業としてBookLiveという電子書店事業を行ったり、受託事業としてIPコンテンツを活用したキャンペーンを企画していたりなどIPコンテンツの川下領域に関わる事業も行ってまいりました。そうした中で、昨今のアニメ・ゲームの海外展開好調のなかで我々もより深くその事業に入っていく方法はないかと検討しておりました。
▲2023年8月、3年ぶりにリアル開催されたHyper Japan@ロンドン
――:コンテンツの海外化は玩具や家庭用ゲームでの90年代、アニメでの00年代というのがありましたが、2010年代後半になって動画配信の浸透によって「同じ時間に同じタイミングで最新のアニメが視聴される」なかでこの直近の10年が過去にないレベルで海外に浸透していきました。
長谷川:まさに同じ認識です。TOPPANもこれまで劇場アニメ映画『伏 鉄砲娘の捕物帳』(2012、文藝春秋創立90周年記念作品)への出資をしてみたり、自社事業として「Virtual Remix Japan」というメタバース空間を構築したりと様々な取り組みをしてきました。そうした中で弊社が出来ることは「アイデアに形を与えること」だったんです。ただそれを市場が成熟している国内じゃなくて、コンテンツ業界としても課題の多い海外で何かできないという話になったんです。こちらの海外戦略部八木と連携し事業戦略を練り始めました。
八木:TOPPANはグループ全体で約1.6兆円の売上があり、昨年実績では海外売上比率33%、これをさらに引き上げていこうとしていますが、その中で我々情報コミュニケーション事業本部は国内事業が中心になっています。日本コンテンツが苦手とする「海外×川下」であればイベント・MD小売・EC・PRといった領域で価値提供ができるのではないかと思ったのです。
出典)SPEEDAデータより中山作成
――:印刷業って確かに「形を与える」スペシャリスト集団でしたよね。以前に「印刷博物館」に行ってきたらちょうど日本で印刷が始まるのも江戸幕府直前の16世紀末。あのあたりで初めて「本」でアイデアが広がっていく媒体が得られ、江戸時代に蔦屋重三郎(1750-1797)にように“版元がプロデューサー"として活躍していくんですよね。
長谷川:弊社に併設されてる博物館ですよね?ありがとうございます。そうなんですよ!18世紀の蔦屋重三郎の時代は印刷機自体が高価でハードルがあるものだったので、印刷事業者自体が「版元(大量に刷るための「原版」を絵師・彫師・擦師というクリエイターを集めて制作・保有する)」になり、コンテンツキュレーションもしてきたんですよね。
※大日本印刷:1876年創立した秀英舎(「英国より優れた技術を身につけよ」と勝海舟が命名)を発祥とし、1935年早稲田大学の印刷所日清印刷を合併した際に大日本印刷と改名。創業約150年だが創業メンバーの1人の青木弘から数えて5人の北島一族が世襲する歴史ある企業で現在の北島義斉氏が第6代目社長。
※TOPPAN:1900年凸版印刷として始まり、国内印刷業界2強の1社として大日本印刷と伍してきた。2023年に創業以来社名を変更し、TOPPANホールディングスとなる。現社長の麿秀晴氏は第10代社長。
――:逆に印刷会社がコンテンツから離れていったのはどういうタイミングなんですかね?
長谷川:大正時代のマスプロダクションの時代あたりからかもしれません。ちょうど「出版社」が独立して、「印刷」や「取次」から離れて単独でコンテンツプロデュースに専念していくようになる。同時に新聞なども100万部発行になっていった時代ですから、ちょうど印刷会社もいかに早く正確に、出来上がってきたアイデア(テキスト、写真)を紙媒体におとしこんで広げていくか、という製造・流通部分に集中していくようになるんです。
――:なるほど、確かに16~18世紀に印刷・出版黎明期があり(それでも本を読む人はごく一部)、19世紀に寺子屋教育の浸透とともに印刷が浮世絵などの影響でどんどん「印刷業」に特化していくようになる。自然と「出版(編集)」や「取次(問屋)」、そして「作家(クリエイター)」と分かれてきたんですかね。
長谷川:はい、そうだと思います。17-19世紀と「アイデアに形を与える」をやり続けてきた印刷業が、20世紀に入ってマスプロダクションの時代に、大量印刷・大量流通のために印刷技術に特化していったことで、もともともっていたコンテンツキュレーションやクリエイターインキュベーションの部分から遠ざかっていったんだと思います。
▲TOPPANホールディングス株式会社 印刷博物館常設展示
■打倒Japan Expoで始まった「日本人による欧州No.1の日本イベント」Hyper Japan、その買収に至るまで
――:HJは英国で最大級のアニメイベントです。どうやってその事業者とTOPPANさんが繋がったんでしょうか?
長谷川:海外×川下で強みを持つためには、あらゆるプレイヤーと関係式を創れるイベントがよいのではないかという考えがありました。そこへちょうどHYPER JAPANを運営しているCross Media社の株主の1人から「まあ、一度イギリスにきてみたらいかがですか?感じるものがあるから」とお誘い頂いたんです。それで2023年7月に幾つかの会社さんも誘って、日本コンテンツのフォトスポットやグッズ販売をしてみました。
――:なかなかスゴイですね笑。あっちもいきなり印刷事業者のTOPPANさんから提携の話があったり、声かけたら実際に出展までして、驚かれたんじゃないですか?
長谷川:そうですね。本当にお宅でそういうことまでできるの!?という気持ちもあったのではないかと推測します。ただ実際に我々が出展社となって現地まで一気呵成にいったことは熱意としても理解頂けたんじゃないかと思います。
HJは正確にはアニメイベントではなくて日本文化発信イベントで、日本人が運営しており、来場者もアニメに限らず日本文化全般に関心があるのですが、やはり一番注目されているのはアニメやゲームなどの日本コンテンツなんです。我々が日本コンテンツの「海外×川下」で挑戦するにはちょうどよい機会だと思い、コアミックスさん、Aniqueさんにご協力いただいて実現しました。
――:実際に感じたモノはあったのでしょうか?日本からでいうと実はJapan Expo(フランス)は知名度あっても、Hyper Japanにあえて行く事業者さんって少ないですよね?
八木:そうなんです。やっぱりアメリカのAnime Expoがあって、その次にフランスのJapan Expoというのが日本人からみた順番なんです。ただロンドンってフランスと似たところはあっても、実は「アメリカやフランス以上にコスモポリタンな場所だ」ということを我々も実感したんです。ロンドンって夏休みになると中東の王族が避暑地として1か月生活しにきたり、繋がりの深いインドや香港からの移民も多いんです。金融の中心という意味では欧州各国からの人の行き来も多いですし、ボーディングスクールといえば米国以上に知名度があるので世界中の有名人の子女が集まる場所でもあります。そのような背景もあって、Japan Expoに比べて消費にかける金額が総じて大きいという実感もありました。
――:確かに。物価は高いイメージはあるんですが、雇用法がフランスやドイツは厳しすぎて、それもあってバンダイナムコの欧州グループも一度フランスに本社うつして、やっぱりロンドンに戻してたりするんですよね。
八木:初期進出コストは高いが、売上は倍々であがっていく、というのがロンドンでビジネスをされている方々のご意見でした。入ってしまえば、きちんとユーザーさんがついてくるので商売にはなりますよ、と。日本人からのワーキングホリデーの受け入れも1500人から6000人に増やしたり、ビザの規制を緩和したり、2024年これからより人が入ってくる時代になると思います。
長谷川:あと、そもそもHyper Japanが「Japan Expoをロンドンでやってみたい」というところから始まっているんですよ。発案者の丸茂氏が1987年に日本人向けにガイドブックの出版をするために作ったCrossMediaが主体となっていて、度々あった日本ブームに対して日本人じゃない現地の事業者ばかりが儲かっているところに疑問符をもっていたんです。それで「日本人による欧州No.1のイベントを作るんだ」と2010年にHYPER JAPANを始めたんです。
――:なるほど、それは知らなかったです笑。最初から「打倒!Japan Expo」だったわけですね。こうしてみると、Japan Expoの12年遅れで8万人集客とちょうど1/3くらいまでいったところでコロナで頓挫されたわけですね。
八木:はい、コロナ中は開催できなかったこともあり、苦しい時期もあったようです。ようやくコロナも明け、これから!というタイミングでご一緒することになりました。創業者の「打倒! Japan EXPO」という思いは継ぎながら、欧州No.1イベントを目指したいと思っています。
長谷川:日本のコンテンツを扱うわけですから、日本人が運営する日本イベントとして欧州でNo1にしたいですね!
――:海外のアニメイベントへの出資というのは中山の知っている限り、SONYさんくらいですかね。確かにシンガポールAFAも同じような規模で、2008年に電通シンガポール出身のShawn氏が立ち上げられて、2015年にSony MusicグループのZeppが出資したあとに、さらに広がっていきました。そういう意味ではAFAにとってのSonyが、HJにとってのTOPPANということなのでしょうか。
長谷川:SONYさんと比べられるのはおこがましいですが笑、我々のように「自分でコンテンツをつくってはいない」からこそ第三者の立場で中立的に日本コンテンツを集めてプロモーションが出来る、というのはCross Media側からも好意的に受け止めてもらいました。やっぱりどこかの企業、IPの色がつくことで、アニメイベントが難しくなるということはありますので。
特にHJはアニメ・ゲーム・マンガだけでなく、日本の食や観光インバウンドなども含めた日本由来のコンテンツを広く集められているので、そこはTOPPANが日本でもっているネットワークが十分に生かせるものと考えています。
■VTuberも生み出す印刷屋。イベント+αの付加価値を目指す
――:ただイベントをやればお客さんがついてくる、というわけではないですよね?
長谷川:はい、もちろんです。HJで集めたとしても、それは単に「チケットを買うくらい日本や日本コンテンツに関心があるお客さん」にすぎません。もちろん熱量のあるお客さんではありますが、きちんとCRMをやってお客さんとの接点をつないで、常時コミュニケーションができるような仕組みや息の長い仕掛けも必要になります。
ここは弊社が今R&Dしている仕組みも使えるのではないかと思います。例えば「MINTSUKU®」というオンデマンド販売のサービスや、「かなえるプロジェクト®」®」という共鳴価値創出事業を推進しています。
▲「MINTSUKU」では推しの好きな写真を選んでフレーミングにあわせて加工し、フォトグッズにすると数週間で完成品が届く
▲「かなえるプロジェクト®」は、クリエイターの『夢』を『かな』える、ファンの『想い』を『かな』えるをコンセプトに、TOPPANが推進する事業。中でもファンの『想い』を『かな』えるマーケットとして2024年2月1日に受注販売ECサイト「かなプロマーケット®β」をリリースし越境対応。あわせてコト起こしとして2月18日にアニソンフェス「VIRTUAL歌伝2024」を主催者として立ち上げた。
※出演者のうち、御恍華 ダチュラはavex picturesの協力のもとTOPPANが生み出したVtuberで、現在も個人勢として活動中。
――:こんなもの作っていたんですね!?知りませんでした・・・
長谷川:はい、実は自社事業としての川下領域へのチャレンジもいろいろと始めているんです。これはこれで広げていきたいサービスではありますが、たとえば英国イベントでも会場やECでこうした在庫リスクをおさえられるオンデマンド物販をつくっていこうと思います。
――:なるほど。「海外×川下」ということですから、ただのアニメイベントの主催者というわけでもないんですね。
八木:はい、我々の中ではPhase1にすぎません。この8万人を集める「場」に、もっと日本のアニメ・ゲーム・食・観光などのコンテンツを入れていきますが、そういった企業の課題は出展をしていくには現地支社がなかったり、本社のイベント事業部のパワーがなかったりします。弊社としては「アニメイベントの主催者」ではありますが、公式としてそうした企業さんのお手伝いをして「代行で出展ブースをまわす」であったり、「グッズを現地生産・現地販売しながら在庫管理なども代行していく」「現地ファンコミュニティと繋がってPR施策を実行する」等のサービスも考えています。
――:それはあんまり聞いたことないビジネスですね!?
八木:普通はアニメイベントはイベント主催に特化し5-10名で人脈でまわしながら、出展したり物販したりは各版元さんやメーカーに任せますからね。日本のコンテンツもアメリカであればそういった仕組みがここ20年でまわるようになっていますが、では英国やフランスはどうかといえばまだまだ優先順位が低い。そうした中で、「日本側から海外にもっていく背中を押す」意味で、各版元さんが足りていないマンパワーの部分を弊社が代行していくという部分は、かなりポテンシャルがあると思っています。
ですからHJだけじゃないんですよ。他の海外イベントに出展していくときも弊社が伴走できるようになればいいな、というのも思っています。
――:それはかなりありがたいかもしれません・・・僕自身も海外事業部でイベント出展をまわしてましたが、1年で4-5回あるイベント企画、グッズは日本からもっていって現地での在庫処分どうしようとか、関税があって入れられないとか、もうトラブルばっかりでした。
長谷川:はい、そういうお声もたくさんいただいております。イベントのつくりそのものはまだ課題もありますが、実は現地で既に工場なんかもまわってきたんですがマグカップや紙モノ・デジタルモノはパーソナライズされたオンデマンド型がかなり作りやすそうなんですよ。IP商品の現地生産・現地販売も我々のほうで企画提案してお手伝いできますし、なにより欧州という特性なのか環境配慮型のグッズのレベルはとても高く、アニメ文脈でもSDGsなものづくりをする拠点としての欧州は今後を考えるとアリかもなと発見も多かったです。
あとギフト需要が凄いんですよ。12月のクリスマスシーズンとかは推しグッズを友達と贈り合うとか、日本にはない商流も作れそうな予感がしております。
――:それは面白いですね。アジアにも北米にもない特性、というのがあると、各社さんがあえて英国に出るメリットも感じるかもしれません。
八木:普通は北米→中国→アジアときて、その次としての欧州というイメージが強いですよね。チャンスがあるなら進出したいけれど米国のように一気呵成に現地法人を作るまではなかなか難しい。何かを流通させようにもパートナーはいないし…そこに我々が入ってディストリビューションをしたりイベントで露出したり、英国をきっかけに欧州に横展開するということに意味を作れると考えています。
――:確かに英国って米国との連携性が高いんですよね。こちら例えば映像業界では、自国の映画産業は20億ドルそこらですけど、英国でプロダクションをおこなって米国映画市場としてカウントされているものが200億ドル以上の市場になっているんですよね。こういう意味では英国は「欧州の玄関口」であると同時に「米国の玄関口」でもあります。
出典)British Film Institute; comScoreより中山作成
八木:そうですね。当面は欧州への展開を進めつつ、同じ英語圏として最大市場アメリカも睨める市場としても魅力を感じています。Japan Expo以上に、コスモポリタンに「英国から外へ広げていく」という意気込みでこのHJを大きくしていくことが、日本コンテンツの海外発信力を上げることにもつながるのではないか、と思っています。
――:実際日系企業で英国進出に熱心なところってあるんでしょうか?
長谷川:これまでのHJ参加実績でいうとバンダイさん、カプコンさん、スクウェア・エニックスさん、ブシロードさんなどゲーム関係が多いですね。改めてゲーム会社以外の企業様も広げてこれから営業させていただく予定です。
――:最後に伝えたいことはありますか?
長谷川:この取り組みは最初の一歩という認識です。コンテンツホルダの皆様と一緒に、様々な施策に挑戦しながら「英国・欧州の川下コンテンツ展開はTOPPAN」というポジションを確立したいと思っています。コンテンツホルダーさんはぜひお声がけください!!!
八木:みなさんロンドンでお会いしましょう!
会社情報
- 会社名
- Re entertainment
- 設立
- 2021年7月
- 代表者
- 中山淳雄
- 直近業績
- エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
- 上場区分
- 未上場