劇場アニメーション『がんばっていきまっしょい』櫻木優平監督インタビュー 初心者の動きを再現するため、自らボートに乗った…そのこだわりを聞いた

10月25日より公開中の劇場アニメーション『がんばっていきまっしょい』。本作は、1995 年に「坊っちゃん文学賞」大賞を受賞した同名の傑作青春小説「がんばっていきまっしょい」(敷村良子)を原作としており、自然豊かな愛媛県松山市を舞台に、ボート部に青春をかけた女子高校生たちの成長や、等身大の心のゆらぎを瑞々しく描いている。

過去には、1998 年に田中麗奈主演で実写映画化(制作:アルタミラピクチャーズ)されロングランヒットを遂げ、2005 年にも鈴木杏、錦戸亮主演でドラマ化。そして2024年、3DCGにより満を持してアニメ化を果たした格好だ。

今回は、本作の監督を務めた櫻木優平氏にインタビューを実施。数々の展開を見せてきた『がんばっていきまっしょい』を3Dアニメでどのように表現したのか、さまざまな質問をぶつけた。

自らボートに乗ることで見えた新たな発見

――本日はよろしくお願いします。まず、なぜ今回『がんばっていきまっしょい』のアニメ化という企画が始まったのか、教えてもらえますか

もともと松竹さんから「なにか作品を作りましょう」というお話をいただいており、企画を進めていました。そのなかで「女の子が頑張る」作品にしようということで意見が合致し、最初はオリジナル作品企画として走り出しました。ただ、「女の子が頑張る」というテーマは既存の作品でも多く出ているジャンルなので、どうしても他の作品と似通ってしまい。であれば、なにか原作を探したほうがいいのでは、という結論にいたりました。そこで自分が提案したのが『がんばっていきまっしょい』でした。

――『がんばっていきまっしょい』といえば過去には実写ドラマや映画にもなった作品ですが、櫻木監督は過去に原作も読んでいたと。

最初にこの作品を知ったのは中学時代、実写映画を見たときで、その後原作小説も読ませていただきました。当時は、スポーツが題材ではあるものの、ただのスポ根ではなく、学生の情緒を切り取った、不思議な空気を持つ作品だなという印象がありました。
その後、TVアニメを中心に「日常系部活もの」というジャンルの作品が増えてきて、あのとき自分が『がんばっていきまっしょい』に感じた空気は「日常系部活もの」と同種のものだったのでは、と気づきました。

――最初に実写映画に触れていたとなると、今回アニメ映画を作るにあたって、意識したところもあったのでは?

アニメとして新しい作品にしたいとは思いつつ、過去の実写作品をまったく無視するのも違うと思っていました。実写作品の印象が心に残っている方も多い原作なので、それを無視したら『がんばっていきまっしょい』ではなくなるなと。原作をベースに現代劇として再構成しながらも、実写作品で感じた空気感は大切にしながら制作しました。

――アニメならではの要素もあると。

実写映画と実写ドラマ、どちらも映像化として完成している作品なので、それをわざわざアニメで再現してもしょうがないなと思い、企画初期の段階からアニメならではの作品として再構成したいと提案していました。原作の敷村さんにも同意をいただきまして、現代劇として新しいキャラクターたちで描かせていただくことになりました。

――新たに作品をアニメとして構築するうえで、楽しさ、あるいは難しさは感じませんでしたか?

『がんばっていきまっしょい』の持つ作風は、自分が作りたかった作風の一つだったので、それを作らせていただけること自体に楽しさを感じていました。ただ、原作はもちろん実写映画と実写ドラマにもそれぞれファンの多い作品なので、そういった方々から「これは違う」と思われないラインを維持しながら、『がんばっていきまっしょい』に初めて触れるアニメ好きの方にとっても楽しめるよう、バランスを取るのが難しかったです。

――本作の大きな特徴として、前編が3DCGで描かれています。櫻木監督自身はもともとCG作品が得意と聞いていますが、新しい挑戦、試みはあったのでしょうか?

明確な目標として掲げていたのが、人物をしっかり描くことです。例えばファンタジーやSF作品だと、壮大な世界の描写であったり、エフェクトやアクションなど、3DCGの得意とする表現で魅せ場を作ることが出来ますが、『がんばっていきまっしょい』は現実の世界が舞台であり、物語も日常芝居が中心に進んでいきます。人物を描くという意味では、逃げ場のない作品とも言えます。

――人物というと、具体的には体の動きや、表情になるのですか?

それら全部です。体の動きや表情、そしてもちろんキャストの方々の声、これらすべてがしっかりと連動して、自然な表現になることを意識しました。
それぞれの要素が融合したときにどれだけ違和感なく見せられるか。例えば体は細かく動いても、表情が硬いとまるでお面のように見えてしまいます。体の動きの情報量が多ければ、それに合わせて表情芝居にも同じくらいの情報量をもたせられるように意識しています。

――実際に映像を見てみると、風景の美しさに驚かされました。

舞台となった松山には実際に取材へ行って、風景はもちろん、建物も可能な限り街にあるものを使わせてもらいました。ミーティングで訪れる喫茶店も実際の店舗をモデルにしています。
その一方で、アニメならではの魅力を持たせるための追求もしました。彩度はリアルよりも高めに設定して夏の空気感をより鮮やかなに見せたりなど、実写とは違ったアプローチをしました。

――映像表現としてこだわった箇所は?

色々とあるのですが、一つ上げるとしたら空模様でしょうか。空の色がキャラクターの心情に合わせて寄り添うように、脚本段階からプランを立てて構成していきました。たとえばエモーショナルなシーンになるといつの間にか空は美しい夕景になっていたり、画面の色味を意識してストーリー全体の流れを作っています。

――アクションの部分、例えばボートのレースシーンなどはいかがでしたか?

ボートを漕ぐ動きは体全体の関節を使うので、手足の極端に長くするなどのデフォルメをしてしまうと成立しなくなってしまいます。ボートを漕ぐ動きが成立するように、キャラクターデザインの段階から、通常のアニメよりはリアル寄りの頭身で作っていきました。あと、ボートを漕ぐ動きに関して苦労したのが、資料があまりないことです。上手に漕いでいる動きはプロの方々の映像などがあるのですが、ボートを始めたばかりの初心者の動きとなると、映像が少なくて。

――なるほど、確かに…。

なので、実際自分も含めたCGチームでボートの練習に参加させていただいて、自分たちの下手な姿を撮影して参考にしました。
映像で見る以上にみんなとタイミングを合わせるのが難しいなど、実際にボートに乗ってみて初めてわかったこともありましたし、貴重な経験でしたね。

これは彼女たちが大人になっていく物語

――キャスト陣の演技についてはいかがですか?悦子役の雨宮天さんはもちろん、各々の個性がキャラクターにしっかり反映されている印象を受けました。

演技が上手い方々というのは大前提として、それに加えて、今回は作風的に通常のアニメよりも比較的ナチュラルな芝居にしたかったので、自然に役が演じられそうな方々を選びました。たとえば演技をしていない普段の喋り方が役と近い印象だったり、キャラクターに通じる部分がありそうだと感じた方々ですね。


――メインのキャラクターが5人いるなかで、全員をバランスよく見せるために考えたことはありますか?

5人の絡みという部分では、5人全員がしっかりと会話するよう意識しました。「このキャラとこのキャラ、一言も喋ってないよね」とはならないように、それでいて適切な距離感を表現できるよう意識しました。

――実際の収録時、キャスト陣になにかディレクションはしたのですか?

最初の段階で、キャストの方々が準備してきた演技プランと自分のイメージに大きな齟齬がなかったので、アフレコは比較的スムーズに進みました。
唯一わかりやすいディレクションをしたのは、高橋李依さんが演じる梨衣奈、伊藤美来さんが演じる姫の2人がキャラ被りしないように演じてもらうことです。
梨衣奈は元気に演じていただくのに対し、姫は落ち着いた感じを出したかったので、トーンを抑えめに演じていただきました。


――声にも通じるところですが、サウンド面、例えば効果音がとてもリアルで驚きました。音の使い方などで意識したことはありますか?

ロケハンで松山に行った際に、サウンドチームにも同行していただいて現地の音を収録しました。海の音、セミの鳴き声、花火大会の喧騒など、色んなシーンで現地の音を使っているのでかなりリアルに表現できたと思います。

――本作では、いわゆるスポ根的な見方もできる一方で、部としての成長であったり、彼女たちの絆であったり、たくさんのテーマが見えています。監督ご自身としては、主体となるテーマはあったのでしょうか?

最も軸になったのは、「大人になっていく」ということでしょうか。彼女たちは物語の冒頭と比べて、最後には少しだけ大人になっています。それは本人が望もうが望まなかろうが変化してしまうもので、その変化が最も大きな高校生という時期の戸惑いや葛藤を繊細に描きたいと思いました。

――最後に、すでに本作を鑑賞した人もいるかと思うので、そんなファンに向けて、2回目を見るときに注目してもらいたいポイントがあれば教えてください。

細かいところになりますが、同じレイアウトの場面を意図的に、複数回使っているんです。その時期、そのキャラクターの感情によって、見え方が変わっていきます。
わかりやすい例だと、顧問の先生が運転する車の中ですね。何度か同じ車内で同じ曲がかかっているシーンがあるんですけど、状況によって見え方が全く変わってきます。そういったところにも注目してもらうと、新しい発見があるかもしれません。

――ありがとうございました。

がんばっていきまっしょい

公開日:2024 年 10 月 25 日(金)全国公開
声の出演:雨宮 天 伊藤美来 高橋李依 鬼頭明里 長谷川育美
江口拓也 竹達彩奈 三森すずこ 内田彩
原作:敷村良子 「がんばっていきまっしょい」(幻冬舎文庫)(松山市主催第4回坊っちゃん文学賞大賞受賞作品)
監督:櫻木優平
脚本:櫻木優平 大知慶一郎
キャラクターデザイン:西田 亜沙子
CG ディレクター:川崎 司
色彩設計:田中美穂
美術監督:平良晴佳
撮影監督:権田光一
アニメーションプロデューサー:佐久間周平
アニメーション制作:萌 / レイルズ
音楽:林イグネル小百合
主題歌:僕が見たかった青空「空色の水しぶき」(avex trax)
協力:松山市
製作幹事:松竹
製作:がんばっていきまっしょい製作委員会(松竹/VAP/テレビ東京/WOWOW/愛媛新聞/南海放送/テレビ愛媛/あいテレビ/愛媛朝日テレビ/エフエム愛媛)
配給:松竹

©がんばっていきまっしょい製作委員会

松竹株式会社
https://www.shochiku.co.jp/

会社情報

会社名
松竹株式会社
設立
1920年11月
代表者
代表取締役会長 会長執行役員 迫本 淳一/代表取締役社長 社長執行役員 髙𣘺 敏弘/代表取締役 副社長執行役員 武中 雅人
決算期
2月
上場区分
東証プライム
証券コード
9601
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