『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、数々のスマホゲームアプリをヒットさせた、スクウェア・エニックス所属のゲームクリエイター・安藤武博氏と岩野弘明氏。そんなふたりが毎週交互に執筆を務める「安藤・岩野の“これからこうなる!”」では、スマホゲーム業界の行く末を読み解く、言わば未来を予言(予想)する連載記事を展開していく。
メディアやコンサルが予想するのとは大きく異なり、ふたりは開発者であるがゆえ、仮説を立てたあとに実際現場のなかでゲームを手掛け、その「是非」にも触れることができる。ゲーム開発現場の最前線に立つふたりは、果たして今後どのような未来を予想して、そして歩むのか。
■第3回「制作費が二億円を超えそうなときに読む話」
まずは岩野の第二回を読んで感じたことから(関連記事)。
>ゲームの「おもしろさ」は情報によって理解するものではなく、「体験」によって理解するからです。「ライブっていいなぁ」ということを安藤に話した際「それ、ミリオンアーサーでもできへんかな」という話になったのですが、今思えばそれが『実在性ミリオンアーサー』の制作のきっかけの一つになったように思います。
『実在性ミリオンアーサー』は私に以下の「体験」があったため、うまくいきました。
・実写ゲームの制作体験があるため、実写でバリューが出せることを理解していた。(2000年)
⇒プレイステーション用ソフト『鈴木爆発』
・TV番組制作を体験していたため、座組みを理解していた。(2005年)
⇒TV番組「ヘビメタさん」 (関連サイト)
・過去作を一緒に作ったことで人脈(ILCA)ができていた。(2005年)
⇒プレイステーション2用ソフト『ヘビーメタルサンダー』 (関連サイト)
・委員会を組成して費用を効果的に執行できるスタッフを他社から招聘した。(2013年)
⇒広野啓プロデューサー
・女性キャストによるドラマ&歌を中心にしたエンターテイメントのバリューを体験していた。(2014年)
⇒宝塚観劇を週一回
それぞれのトピックだけ取り上げると大失敗したものもありますが、実体験の組み合わせで新作のアイデアが生まれるのは間違いない。15年前、10年前の体験が現在に交錯してヒットするわけですから、エンタメは負けても勝つまで続けるべきです。勝ってもまた負けますが、それでも勝つまで続ける。これの繰り返し。
それぞれの体験が、うまくつながらずにヤキモキする事が若いうちは特にあると思います。体験と失敗に無駄打ちは一つとしてありません。くさらずに挑戦していけば、「自分の予期せぬタイミング」でいいことがありますからね。
さて第3回は制作費用のお話です。第1回で現在、サービス開始までの制作費用の相場が1億5000万から2億。『乖離性ミリオンアーサー』は5億かけたと書きました。実際その領域に踏み込んでいる方も多いのではないでしょうか。自分の手がけるプロジェクトの予算がはじめて2億円を超える場合、その前に一度よく考えてみて欲しいのです。「そのプロジェクトは本当に、そんなにお金をかけなければいけないのか?」と。
結論から言うと「お金をかければいいってもんじゃない」のです。
■高額な制作費用への過剰な不安は…
ゲームのランニングコストはそのほとんどが人件費です。リッチなモデル、テクスチャ、モーション、マップ、背景、アニメ、ムービー、これらの物量をこなすアーティスト。それを動かすプログラマー。複雑になったゲームシステムを分担する企画者。これらの仕様をネットに繋げるエンジニア……。
高いクオリティのゲームをつくりこみ、差別化を図るには人数がいないと勝てない。ゲームがすぐに遊び尽くされないよう大量のアセットをつくらないと長く売れない。並行して新しい仕様もアップデートする必要がある。それにもやはり人数がいる……などと皮算用するとスタッフはどんどん増え、従ってお金もかかってしまう。このように足し算していくと、あっという間にエクセル上での額面は2億を超える。いや、おそらく2億どころではなくなっているはず。
素直に「これ、高すぎないか?」「回収できるかめちゃくちゃ不安だな」と思っているとしたら、それは健全。絶対ドキドキする。全然不安でないとしたら、「かかってしまうから仕方ないと」思い込んで思考停止になっている可能性が高い。もしくはそのくらいの額面をぶん回した経験があるか、事業計画の天才でしょう。
飲み会のワリカンが4000円から5000円になると「高い」と感じます。購入しようとおもっているマンションが4000万から5000万になってもやはり「高い!」となる。これが制作費用になると4000万から5000万は、「まあ、かかるよね」となり、4億が5億になるともう…「よくわからん」くなる。人間って実生活で想像できる身の丈をこえたお金が動くと、思考停止状態になるんです。制作費用だと、分水嶺が2億から。
私がはじめて2億超えの企画を経験したのは入社4年たった26歳の時(2002年)。プレイステーション2になって、会社のプロジェクト全体がこの事業規模に突入していった時代です。物覚えが悪く、商売のセンスも無かった私は、今思い返すと上記の理由で思考停止になりました。クリエティティブには絶対の自信があり、起業と比べて極めてローリスクな、会社のお金を使ったサラリーマンプロジェクトとはいえ、それでも言いようのない強烈な不安が、発売されるまでの3年間つねにありました。
どこかで「これだけお金をかけたから大丈夫だ」と自分を洗脳している部分もあったように思います。しかしお客様は制作費用の大小でゲームを選びません。あくまで手段として必要不可欠であれば、かけても良いが、費用の問題が少しでも制作の目的に入ると負ける。高額な制作費用への過剰な不安は、いつのまにかコンセプトを作り手の不安の解消へとすり替え、お客様へ良いゲームを届けるという目的から逸脱せしめる。総制作費が売りになるプロジェクトが、これまでことごとく失敗してきたのはこのせいです。結果、それくらいしかアピールポイントが無いことの現れなんです。
ではどうしたらよいのか? あえて制限をもうけて、そこに立ち向かえば良いのです。いまやスマートフォンのスペックはあがり、5億かけてもそれを受け止める性能があります。それでも「人数をかけずにつくる」「お金をかけずにつくる」ことに一旦カロリーを割いてみるのです。色々なことをあきらめたり、たくさんの何かを削ぎ落としたりする必要が出ますが、選択集中により新しいアイデアが出てきます。
身の丈以上のお金をつかって不安と戦うより、制限と戦ったほうがよっぽど良いゲームになる。お金はかけないがクオリティはあげる。一見、矛盾しますがコンシューマーゲームのクリエイターは常にこの命題に立ち向かい、解決をしてきました。それでも大規模プロジェクトにはじめて臨む場合、制限をクリアしてきたプロフィールがある人材をチームに入れる、もしくは相談してみると良いでしょう。
■「安くて、はやくて、うまいのがモバイルゲームの良さ」
■今回注目の記事
⇒スクエニ、新作パズルアクション『ホーリーダンジョン』の事前登録を開始
ディレクターの時田貴司(代表作:『ファイナルファンタジーIV』、『半熟英雄』など)とプロデューサーの藤本広貴(代表作:『ワンダープロジェクトJ』)はファミコン、スーパーファミコン、プレステ1、Nintendo64など、制限と立ち向かわざるを得なかった時代を経験したクリエイターです。20年選手が若手とタッグを組んで作り上げたプロジェクトで、これは売れる! もちろん費用、期間共に“意図的に”大規模プロジェクトではありません。
▲画面をタップするだけの簡単操作で、爽快に遊べる新感覚ほりほりアクションゲーム。プレイヤーは色々な能力を持ったキャラクターを集めてパーティーを編成し、様々な仕掛けやモンスターが待ち受けるダンジョンに挑んでいく。ストーリーは時田貴司氏、イラストは創-taro氏など、豪華制作陣による創り込まれた世界観も魅力のひとつ。
ポイントとして彼らは大規模プロジェクトも経験していますし、その額面もブン回せるということ。あえて、そこまでお金をかけなくても面白いものを作って売れる…といっている。この構造をわかった上で、それでも5億かけないとお客様が喜ばないと判断したのであれば、そこではじめて、かけても良いのです。
スマートフォンゲームの業界は、一本ヒットが出ると市場から10億、50億といったお金が調達できてしまいます。次のトレンドに対応できるかどうかは別にして、その時点で1タイトルでも売れていたら“みなし”でお金が集まる。10億調達したら3億のプロジェクトが3本、50億集めても5億のプロジェクトが10本。実際はそこまで投下しないから半分だとしても、あっという間にそのくらいのお金はなくなってしまう。しかも、これからは3本作っても1本も当たらない。5本作ってもまだ当たらない。当たらないどころか作りきれずに途中で頓挫する。そういう事が普通に起こります。
今どきの人であれば、スタートアップ感覚で、はずれても返済義務もないし良い経験だと考える図太いのもいるかもしれません。簡単にお金が集まるのが異常なだけで、多くの人は2億を超えて精神的につらいなと思っている。いま思ってなくても、続けて売れなければ精神を消耗して、やっぱ他のサービスでもやるかと退場してしまう。そのくらいのつもりでやっている人には、これからの時代ヒット作をつくるのは無理ですが、ゲームのおもしろさに気づいて人生賭けるぞと思っている人が退場してしまうのは勿体無い。
今だからこそ制限に立ち向かい、それでも費用がかかる場合はお金と人の使い方を知っている経験者の知恵を借りる。未経験者で突っ込む場合は、ダメでも、もう一度やるチャンスを中長期的に会社がサポートする。
26歳の私は3年の苦闘の結果、初の大規模プロジェクトで6億円の赤字を出しました。その当時、いち現場の若者がどう考えたかというと「会社をやめて別の仕事につこう」と。こう真剣に思いつめていました。つらくて逃げようとしたんですね。その時、上司と同僚が「やめるな。続けろ。」と言ってサポートしてくれた。これがあったので10年後、運良く200億円以上にして返すことができた。ゲームビジネスは最低でもこのくらいのスパンで浮き沈みを判断するものです。
ハイエンド機でのトリプルAタイトルのゲーム制作に、もはや制限に立ち向かうという議論はほとんどなく、どのくらい壮大な絵を描いて、どれだけ大規模なプロダクションをコントロールするのかという世界になっています。相手に勝つには、もはや人と時間とお金をかける以外の選択肢が無いのです。
スマートフォンのアプリはまだ、こういったチキンレースに参加する必要はない。安くて、はやくて、うまいのがモバイルゲームの良さです。粘れるところまで粘りましょう。その上でどうしてもというときに大規模プロジェクトをやりましょう。でないとほとんどの会社が死にそうな目に合います。100億くらい簡単に消し飛ぶ。
今回は良いゲームを良い人材でつくり続けるために、費用に対しての意識をどうもつかという話でした。これがないと勝つまで続けられない。続けることこそが明確なヒットのメソッドですからね。それではまた!
■著者 : 安藤武博
スクウェア・エニックス第10ビジネス・ディビジョン(特モバイル二部)ディビジョンエグゼクティブ兼プロデューサー。同社ではスマートフォンゲーム事業に携わり、F2P/売り切り型を問わず『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、複数のヒット作を生み出す。
■スクウェア・エニックス
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■スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」 バックナンバー
■第2回「岩野はこう作ってます」 (岩野)
■第1回「ここに未来は予言される」 (安藤)
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会社情報
- 会社名
- 株式会社スクウェア・エニックス
- 設立
- 2008年10月
- 代表者
- 代表取締役社長 桐生 隆司
- 決算期
- 3月
- 直近業績
- 売上高2428億2400万円、営業利益275億4800万円、経常利益389億4300万円、最終利益280億9600万円(2023年3月期)