『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、数々のスマホゲームアプリをヒットさせた、スクウェア・エニックス所属のゲームクリエイター・安藤武博氏と岩野弘明氏。そんなふたりが毎週交互に執筆を務める「安藤・岩野の“これからこうなる!”」では、スマホゲーム業界の行く末を読み解く、言わば未来を予言(予想)する連載記事を展開していく。
メディアやコンサルが予想するのとは大きく異なり、ふたりは開発者であるがゆえ、仮説を立てたあとに実際現場のなかでゲームを手掛け、その「是非」にも触れることができる。ゲーム開発現場の最前線に立つふたりは、果たして今後どのような未来を予想して、そして歩むのか。
今回の担当:安藤武博氏
■第7回「ほとんどのターゲット設定は間違っている」
前回(関連記事)はテーマの話をしましたので、今回はターゲットの話をします。このお話は「ゼロから1作品目をつくるとき」に大切な内容で、続編やスピンオフをつくるときにはあまり参考になりません。さらに受け止め方や取り扱いが難しい領域の話です。長文ですが、最後まで必ず読んでくださいね。よく考えて欲しいお題目なので結論も先に書きません。
いざ素晴らしいテーマを思いついたとしても、誰に向かってそれをつくるのか? が定まっていないと「空き家で声嗄らす」ことになりますよね。「面白いけども売れない」と言うことが起こります。よって当然、企画を立案した時からターゲットの設定はとても大事なファクターです。これがブレているとゲームは売れません。
結構な数の企画提案書にはターゲットが書いてあるページがあります。「魚のいないところに釣り糸を垂らすな」ということで、会社から書けと言われている人も多いのではないでしょうか。それが重要なのは提案する側もわかっているので、とりあえず書いてある。でも、狙いがだいたい間違っている。ていうか嘘をついている。
今、手元にいくつかの提案書があり、ターゲットが書いてあったのでそのまま抜粋してみますね。
■「10代後半から30代全般の男子。」
■「ロック好きのスマホユーザー、主に海外、年齢不問。」
■「スマホゲームで課金経験のあるアニメ、ラノベ、マンガユーザー。」
■「ご当地キャラ、ゆるキャラ好き。」
……これはごく一般的に見られるターゲット設定です。これらの企画書が特別ではなく、ターゲットが書いてある場合は、ここから年齢層、展開地域、嗜好性が変わるくらいで、どれもこんな感じ。後はM2層(35歳~49歳までの男性)とかF1層(20歳~34歳までの女性を指す)みたいに、広告放送業界のマーケティング用語に置き換わっているものもたまに見かけます。
これが「広すぎる」んです。
上記のどれをとっても、「いったいどこに? どれだけの数がいるのか?」…マーケティングやリサーチを駆使すればある程度は判明するとは思いますが、数が出たところで範囲が大きすぎる。ひとりひとりのお客さんのプロフィールは絶対にバラバラのはず。なにより漠然としすぎていて、「狙い撃ち」している感じは全くないと言えます。これをターゲット(標的)と言っていいのか? そもそも、なんでこうなってしまうのか。ざっと考えて3つ原因があります。
■その1
それでも狙わないよりは絞れるから。当たり前の話、女性か男性かを選ぶことでも狙いが半分に定まりますよね。年齢層もしないよりは定めたほうがマシ。というやつ。
■その2
「提案者がつくりたいだけのゲーム」がプロジェクト化するのを防止するため。「これは、お前が作りたいだけで、誰も望んでないんじゃないの?」という問題を洗い出す目的で、相手のことをきちんと考える動機を作ってあげるという場合。
■その3
その2の派生とも言えますが、あなたに上司からの信頼がまだない場合。「お前の主観には乗れないから、客観的な裏付けを取りなさい」というパターン。ゲームビジネスの場合、客観的なデータが重要な場合も多々あります。現場が、これをターゲット設定にまで対応させてしまった。
こんな感じで提案書にはピンボケしたターゲット設定が記載されることになる。サラリーマンとして提案をスムーズに通す「儀式」として、書いておいたほうが波風立たない場合もあると思います。私がこの連載を通して書きたいのは、そういう建前やテクニックに関する必勝法ではなくて、おもしろくてお客様がよろこぶゲームをいかに粘り強くつくっていくかという、本質的な話です。
ズバリ言うと、ターゲット設定は上記その2とその3で防止されようとしていた、「提案者がつくりたいもの」「主観的なもの」…つまり「自分」でもいいのです。
お客様のことを考えるのはとても大事なことです。しかし、新しいおもしろさやワクワクを創造する企画立案のタイミングで、過去の事例・データや、大勢いる他人の顔色をうかがっていても、どこかで見たことのあるようなものになってしまいます。それこそ一番退屈でお客様に飽きられるものになる。また極端な話「自分の事は自分にしかわからない」、つまり「自分のこと“だけ”は、はっきりと自分にわかる」のではないでしょうか?
もっと哲学的に突き詰めると、欲望に負けて自分でも自分のコントロールがきかない瞬間があるのが人間です。ましてや他人の事なんか分かりっこない。ゆえに(自分の)ゲームを(他人へ)商売するのは人生をかける価値があるほど奥深い…くらいに思ってから、お客様のことを考えたほうが良い。
お客様からしても「あなたがターゲットなんだけどコレって面白い?」といちいち聞かれても、悪いところやイケてないところに関しての意見は言いやすいけれども、良いところや足りていない部分に対しての具体的なアイデアを意見するのは難しい。もしスラスラ言えるとしたら、その人はつくる側になったほうがいいですもんね。
このように未来のおもしろさを発案するのは、上司でもお客様でもなく、提案者である「自分」以外にいないのです。周りは色々なことを言いますが、世界で一番その企画を愛し、熱い思いを持ち続けるべきは、誰であろう手がけている本人。まず、「本人がもっとも熱狂しているかどうか?」がゲームをつくるときに大事なのです。
あんまり楽しめてないけれども、売れそうだからやっている状態の企画は売れません。「ターゲットである自分自身」が最高だと思える内容かどうか? 提案時や製作中に確認することがあるとするならば、こっちのほうがチェックポイントとして重要です。
■「本当のターゲット設定」とは…
私は雑誌などを通して数多くのヒットメーカーと1対1で対談する機会に恵まれてきました。作品についてじっくり話し込むと、誰に向かってこのゲームを作ったのか? という話によくなるのですが、紐解いていくと、ほぼすべての人がターゲットを「自分」にしていました。結局はみんな自分が面白いと思ったものを作っている。
一方で自分自身の決めだけで長い製作期間、自信を持ってプロジェクトを進めるのは不安になります。興味深いのは、そういった時に多くのヒットメーカーが「半径5メートル以内にいる身近な人」をターゲットにしているという事。
有名なところでは『パズドラ』の嫁レビューがありますよね。「これで本当にいいのか?」…と思ったタイミングでガンホーの山本さん(ガンホー・オンライン・エンターテイメント 執行役員 山本大介氏)は奥さんに試作を遊んでもらい、その時出た意見がその後の開発指針にもなっている。
▲『パズル&ドラゴンズ』
また、アソビズムの森山さん(アソビズム 『ドラゴン』シリーズ ディレクター 森山尋氏)は「隣の席に座っている人間が喜ばないものを、遠く離れたお客様が喜ぶはずがない」ということを言われています。
▲『ドラゴン』シリーズ最新作、『城とドラゴン』
『にゃんこ大戦争』を作られたポノスの升田さん(ポノス 専務取締役 COO 升田貴文氏)の場合、独特のキモカワキャラクターをどのようにつくって実装していたか? じつは向かいに座っている女性グラフィッカーに、まず紙に描いたキャラクターを見せ、笑ったら採用、笑わなかった不採用…というやり方だったそうです。
▲『にゃんこ大戦争』
開発で逡巡した場合、この人に意見を聞けばOKという人をつくるとブレも少なくなります。ただしこの場合、その人が大勢いるお客さんを代表するプロフィールを持っているかどうかも大事ですので気をつけてください。これまでゲームをそんなに遊んだことがない女性まで楽しめるものにしたいので、その代表である嫁さんをターゲットにする…みたいな形になっていると良いですね。
話は遡って「自分」をターゲットにする場合、これもかなりの注意が必要です。このケースも自分自身が多くのお客さんを代表するプロフィールを持っていないといけない。すでに本人にそれが備わっていれば良いですが、ない場合は相当な研鑽をしないといけません。無いのに自分をターゲットにするのは、独りよがりのものになってしまうのでかなり危険です。
例えば岩野が『ミリオンアーサー』をプロデュースした時も、ターゲットは岩野自身でしたが、彼自体お客様の代表であり、群を抜いてライトノベルとアニメに精通していました。しかもこれらをすべて入社後に身につけていった。元々はインプットがまったくない状態からスタートして10年近く愚直に、誰よりも、ラノベを読みアニメを見続け、現在もそれを継続させている。
いまや迷いが出ても自分に目利きの能力があるため、都度の判断でブレることがない。まだそれができていない人に知って欲しいのは、目利きはこのように後天的に開花させることが可能だということ。何かをはじめるのに遅すぎるということはありません。今から素直に粘り強くやれば良いのです。
■今回の記事
■【L5発表会】『妖怪ウォッチ』商品市場規模が2000億円突破! 第3弾の舞台はUSA、スマホゲームも3本発表、海外展開はハズブロ社が担当
以前日野さん(レベルファイブ 代表取締役社長 CEO 日野晃博氏)になぜ子供向けのタイトルを連続でヒットさせることができるのか? 今回のお題目から聞いてみたことがあります。お返事のニュアンスはこんな感じでした。「僕は子供の頃に自分が何をおもしろがって、なにをかっこいいと思っていたかを今でも鮮明に蘇らせることができるんですよ。」つまり日野さんのターゲットは日野少年ということなんだろうと思います。
▲『妖怪ウォッチ』に登場する妖怪たち
一作品目をリリースした後には、そこではじめて具体的にお客様の顔が見えます。そこから徹底的にリサーチを行い、よりかゆいところに手が届く商品、サービスを展開していく。冒頭に続編とスピンオフでは今回の話は参考にならないと書いたのは、広いターゲット設定やリサーチはむしろ二作目以降、有効な場合があるからです。
最後に、自分をターゲットにしても問題のない研鑽と熱量を持った人間が提案を持ってきて、それがビジネスとしても成立しそうな場合。上司(提案を受ける側)はどうしたらよいのか? 企画にゴーサインを出したら、しんどいですが、以降は中身に口を出さずに見守ってあげること。私が色々なプロジェクトを見てきた経験から言うと、そういった状況でうまくいくことが多いです。また、優秀な人間ほどゴリゴリ干渉する人より、信頼して任せてくれる人についていきますからね。
今回は「自分」の大事さを中心に、「ターゲットとは何なのか?」についてのお話でした。ゲームクリエーターとしての「自分」をさらに強めていくために、他にもやらなければいけない事はありますが、またの機会に書きますね。それでは!
■著者 : 安藤武博
スクウェア・エニックス第10ビジネス・ディビジョン(特モバイル二部)ディビジョンエグゼクティブ兼プロデューサー。同社ではスマートフォンゲーム事業に携わり、F2P/売り切り型を問わず『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、複数のヒット作を生み出す。
■スクウェア・エニックス
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■スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」 バックナンバー
■第6回「売れるゲームには◯◯がある」 (岩野)
■第5回「ゲーム制作、これが無いとヤバイ。」 (安藤)
■第4回「IPを育てよう」 (岩野)
■第3回「制作費が二億円を超えそうなときに読む話」 (安藤)
■第2回「岩野はこう作ってます」 (岩野)
■第1回「ここに未来は予言される」 (安藤)
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会社情報
- 会社名
- 株式会社スクウェア・エニックス
- 設立
- 2008年10月
- 代表者
- 代表取締役社長 桐生 隆司
- 決算期
- 3月
- 直近業績
- 売上高2428億2400万円、営業利益275億4800万円、経常利益389億4300万円、最終利益280億9600万円(2023年3月期)