パシフィコ横浜で開催された「Computer Entertainment Developers Conference 2016(CEDEC2016)」最終日。面白法人カヤックから、VR部リーダー兼エンジニア・原真人氏による「VR体験を『自分ごと』と感じさせる導入演出、およびナラティブなVRコンテンツへの発展の考察」と題した講演が行われた。
▲原真人氏
■実例から見る導入演出
自社サービスであるLobiと受託開発業務をハイブリッドさせているカヤック。中でも今回講演を行う原氏のVR部は、その名の通りVRコンテンツを世に生み出している部署だ。同氏が語ったのは、「VR体験を『自分ごと』と感じさせる導入演出」について。
まず大切なのは、現実の空間では無いどこか、「別の世界へ行っている」とユーザーに思ってもらう事だという。ただ単に立体視を用いたゲームをプレイしているのではなく、感覚ごと意識ごと、VRに入ってもらう。そして、「VRで見た出来事が『自分自身に起きた事』となるべく錯覚してもらう事」が重要だと語った。
この演出部分については細心の注意を払って丁寧に設計しているそうだが、一言で言ってしまうには難しい事柄。よって、次に実際の開発事例を交えての解説がなされた。
実例として挙げられたのは、「シドニアの騎士」「ミリオンアーサー」「ガジラVR」の3つ。カヤックが手掛けるコンテンツはほぼイベント向けVRデモとなっており、所要時間は1回3分~5分程度。上記の3つのコンテンツもこのイベント向けVRデモであり、VR体験としてはルーチンの中で提供されたものだ。
どのVRデモでも、装着前のフラットな状態から、装着中~装着後の現実/VRの切り替えポイント、VR本編への流れとなっているため、ユーザーがどのような意識の状態にあるかを想定してコンテンツを作る事が重要だという。
この「装着中・現実/VRの切り替え」においては、「なるべく大げさなものではなく、現実の延長として感じられるもの」にする事でユーザーに「まだ導入部なんだな」と実感してもらうのだ。導入・待機の状態にはシンプルなものを表示して、本編にてVR世界の中にどっぷり浸かれる派手なものに遷移する事で、より大きな「体験」を生み出している。
「シドニアの騎士」継衛発進体験装置の導入演出について。このコンテンツでは、継衛がシドニアから発進するシークエンスを体験可能。静かな待機シーンから轟音鳴り響く本編へと遷移する。
「乖離性ミリオンアーサー」VRデモの導入演出については、基本演出はシドニアと同じだが、待機から本編へ移る際、空間全体が変異していく構成・演出。こうする事で、待機から本番への流れをユーザーが認識できるようになっている。
3つめは「ガジラVR」の導入演出。このガジラとは、岡山県のタグチ工業が手掛ける「PROJECT GUZZILA」の事で、巨大な解体重機=解体ロボットというもの。現実のツインアームの重機「アスタコ」もこんな感じだったら嬉しい。このガジラ、外装はタグチ工業が、VRコンテンツと内装・パネル周りをカヤックが担当。
導入部では作業空間への転送に失敗し、地下作業庫へと転送されてしまう。この時現実のガジラから見える360度空間の映像を見せる事で現実空間と錯覚してもらい、本編への遷移をシームレスなものにしているところが特徴だ。
現実とVR空間の操縦席のデザインを同一のものにできた事も、これに一役かっている。つまり「VR体験を自分ごとと感じさせる導入演出」とは、現実とVRとの境目を丁寧に演出する事で、「自分は今違う空間に来ている」と自覚させる事なのだと結論づけた。
■ナラティブなVRゲームの考察
ナラティブについてはいくつかの解釈があり、明確な言葉で言い表す事は難しいが、原氏はそれをこう仮定義する。
ゲームのナラティブ = ゲームのストーリーをゲームのプレイを通して実感できる事
体験を経験にするとも言われるナラティブだが、概念的には新しいものではなく、古くからコンテンツの中で息づいてきたもの。普遍的なストーリーを己の追体験・経験に転化する作品がそうだとも言われている。
ここで原氏は、ストーリーの置かれる状況を過去現在未来に区分し、メディアの違いで表現。静的メディアの場合、現在にいる読者・視聴者から見て執筆や撮影は基本的に過去の出来事であり、媒体を「記録」として認識する。一方ゲームの場合、現在に存在するプレイヤーにとってゲーム・モニターという媒体は今現在プレイしている、現在の出来事だと認識するそう。リアルタイムな体験としてストーリーを構築する事が、ゲームのナラティブの難しいところだと原氏は語った。
■VRゲームにおけるナラティブ
VRゲームと非VRゲームの最も大きな違いはどこか?
非VRの場合だと、プレイしているモニター内のキャラクターに感情移入できる。VRゲームの場合だと画面内に自分自身が入り込むため、ゲームプレイが主観的な体感そのものとなる。つまり、ストーリーにもキャラクターにも感情移入し辛いという状況が発生しているのだ。
VRにおけるナラティブにとって、それは大きなデメリットとなりうるのでは……という懸念から、試験的にVRナラティブゲーム「ジョビンのたんじょうび」を作成し、それを幾人かにプレイしてもらってアンケートを集計した原氏。
登場人物(?)は仲良しトリオ、プレイヤーはアントニオ、サポーターにカルロス、目的がジョビンである。アントニオとカルロスが、ジョビンの誕生日を祝おうという設定だ。どんな演出がナラティブ性に貢献するかを判断するためにここで用いられた方法は次の通り。
○思い出の写真と姿見の鏡を用いた「自分=アントニオ」の表現
○カルロスの語る過去のエピソード
○今日が誕生日である事を表現するカレンダー
○今日が誕生日である事を強調する台詞
上記の事柄をモノローグなどで表すのではなく、基本的にHMDを通じたビジュアルとして表現、または流れの中での台詞とする事で、リアリティを持たせている。また、それぞれの項目を一つ削ってアンケートを取りグラフ化する事でどれが本当にナラティブに効果があるのか、データの比較を狙う。アンケートの結果はこちら。
第一に、上記のどの項目を削っても「ジョビンの誕生日を祝えて嬉しかった」という意見にピークが存在。ストーリーへの共感が得られている事が分かった。
第二に、思い出の写真と姿見の鏡をカットした場合。自分=アントニオだという認識に差異は無く、視覚的なギミックの有無で認識結果が変わらなかった。
第三に、カルロスの友情エピソードをカットした場合に変化があり、キャラクターの語りに効果があるのではないかと思われる。しかし、エピソード自体に情景を想起させるほどの効果が無かった。
この実験のまとめとしては、「誕生日を祝えて嬉しい」というストーリーへの共感や、設定への理解は成立しているという事と、想像とは違い、視覚より語りが重要な傾向にあったという事。この結果をもって単純に是とするわけにもいくまいが、国内において一定の指標になるものだと考えられる。
「とっかかりは掴めたが、課題は多い」と原氏。ユーザーはキャラクターの語りや舞台セットによって「架空のシチュエーション」にある程度理解を示し、楽しんでくれる事から、ナラティブなVRゲーム体験もできる可能性がある。しかし一方で、今後取り組むべき課題も見えてきたようだ。順を追って説明すると、
○キャラクターのインタラクションの充実
⇒ カルロスに触れようとする人が多数出現して、触れても何の応答も無い事に落胆。没入感が下がってしまった。「触れたら嫌がる」などのリアクションに効果が期待できる。
○視覚誘導の検討
⇒ 写真やカレンダーに効果が見られなかったが、誘導が機能していなかったのではないかと判断。要改善。
○ストーリーの充実
⇒ プレイヤーは、いくつものエピソードの積み重ねで関係性を構築する。そのためにはある程度のボリュームが必要であり、長いストーリーが必要。
○違う方向性でのナラティブVRゲーム
⇒ 言葉を使えないなど、縛りのあるナラティブVRの模索。サードパーソン・感情移入ベースのナラティブVRゲームの模索。
となり、「ゲームのストーリーをゲームのプレイを通して実感」するための足がかりにできればナラティブVRゲームは成功へと導かれていく事だろう。
講演の最後に原氏は、「VRゲームのナラティブはまだ実例が少ない。みなさんも作っていただいて検証して、情報を共有していきましょう!」と締めくくった。
会社情報
- 会社名
- 株式会社カヤック
- 設立
- 2005年1月
- 代表者
- 代表取締役CEO 柳澤 大輔/代表取締役CTO 貝畑 政徳/代表取締役CBO 久場 智喜
- 決算期
- 12月
- 直近業績
- 売上高174億6700万円、営業利益10億2100万円、経常利益10億3800万円、最終利益5億1100万円(2023年12月期)
- 上場区分
- 東証グロース
- 証券コード
- 3904