ディライトワークスは、3月20日に「DELiGHTWORKS Developers Conference(以下DDC)」の第4回を開催した。本イベントでは、ディライトワークス所属の下舘尚貴氏が登壇し、ディライトワークス内におけるディレクターの業務内容や、適格な決断をするためのプロセスについて講習を行なった。本稿では、その内容の一部を掲載する。
「DDC」は、ゲーム業界で活動している人や、ゲーム業界を目指す人たちに向けて、ディライトワークスが開催している勉強会であり、今回で4回目の開催となる。今回は『バンドやろうぜ!』でディレクターを務めていた下舘尚貴氏が登壇し、自身の体験を踏まえた「ディレクターが「決める」ためにどう考えるべきか」と題したセッションを行なった。
▲第4回で登壇した下舘尚貴氏。
▲下舘氏は、『Fate/Grand Order Gutentag Omen Adios』などのタイトルで、ゲームデザイナーを務めた経験もある。
今回のセッションを始めるにあたり、まずはディレクターの定義から下舘氏は話し始めた。なお、ここで発表された内容は、一般的な定義について言及しているものではなく、ディライトワークス内における定義である点には留意してほしい。
ディライトワークスのゲーム開発チームでは、予算の管理責任をプロデューサーが、チームの管理責任をプロジェクトマネージャーが、ゲームそのものの品質に関する責任を負っているのがディレクターであるということは、これまでの「DDC」においても語られてきた。
それも踏まえたうえで、ディレクターを「ゲームそのもの責任者であり、最もユーザーに近いゲーム開発者」であると、下舘氏は改めて定義している。
▲開発チームにおけるディレクターの立ち位置を図式化したスライドも用意されていた。クオリティの責任者として、開発チームとユーザーの間に位置している。
具体的な役割として、開発メンバーに開発のゴールや、そこへ至るまでの手段を提示することから始まり、メンバーが制作したゲームの確認や編集を行ない、それをユーザーに届けるといった内容となる。
これらの業務をこなしていくなかで、ディレクターに求められるのが意思決定であると、下舘氏は自らの経験をもとに語っている。指示を出しているディレクターの決定がなければ、制作は立ち行かなくなってしまう。どのように意思決定をするかが、ディレクター業務においては重要となる。
ここからは、下舘氏が『バンドやろうぜ!』の開発チームにアサインされてから、実際に体験してきたケースをもとに、ディレクターの意志決定の重要さと、意思決定に必要な思考は何かを提示していく。
そもそも、下舘氏が『バンドやろうぜ!』の開発に携わるようになったのは、ゲームリリース直後のことであり、元々はゲームデザイナーとしてアサインされていた。その後、課題解決に向けて稼働していくなかで、ディレクターを交代することとなった。
開発に参加した当初は、不具合に関する課題やコンテンツボリュームに関する課題解決に取り組み、ディレクターとなってからは、長期運営のゲームであれば誰もがぶつかる停滞感への課題や、新たに発生する不具合への対処、開発チーム内で抱えている課題についても取り組むようになっていったという。
これだけ聞くと、やるべきことが多すぎてまとまりがないように思えるが、下舘氏はそうではなかったと語っている。やらなければいけないことは多くとも、開発チームで使える人材や機材など、リソースは有限である。
であれば、すべての案件で最大効果を求め、同時に進行するのではなく、より多く、より早く、より効果が高く、それでいて現実的な解決策を模索し、それを決定していかなくてはいけなくなる。
では、意思決定をしていくためには何が必要となるのか? 下舘氏は、まず「事実の収集」、そして「判断軸の設定」という準備の必要性を訴えている。
何かを決めるためには、判断材料が欠かせなくなるが、開発や運営の期間が長くなればなるほど、蓄積される情報も比例して増えていく。古い情報はどうしても伝わる過程で人の主観も入り交じり、精度が下がっていく。誰かの主観が混じった「真実」ではなく、客観的で正確な「事実」を集めることが、意思決定には欠かせないとのこと。
▲運用中のタイトルにおいて起こりがちな実例として、想定していた仕様と実装内容が異なっていたケースなどを挙げている。こうした事態を回避するため、開発エンジンの上だけでなく、実機による確認の重要性についても語っている。
次に、判断軸の設定だが、開発や運営における目的やゴールを明確にすることで、意思をブレさせないための軸を作ることを意味している。ここで大事なのは、設定した判断軸をチーム内で共有しておくことだ。ディレクターが決定した事項に対し、チーム内での理解度が高まれば、作業効率も向上していく。
実際に意思決定を行なう際に、マトリクスを活用することを下舘氏は強く勧めている。今回、下舘氏は2種類のマトリクスを紹介した。まずは、重要度と緊急度で区分するためのマトリクスだ。
開発、運営には多くの問題が付きまとうが、すべてを最優先にはできない。限られたリソースで問題を解決していくためには、各案件がゲームプレイにどの程度の影響を及ぼすのかといった観点から、重要度と緊急度を設定していく。
▲実際に、運営型タイトルの開発現場でよく発生する問題を例にしながら、マトリクスで区分した状態。この図の左上が早急に対応すべき案件であり、優先度としては左上、左下、右上、右下の順になっている。なお、こちらはあくまでも例であり、タイトルや開発状況によってマトリクスの分布は変化すると補足された。
こうした振り分けをしていくことで、優先順位が明確になり、リソースをどこに割くべきかを決定しやすくなる。しかし、上の図を見てもわかる通り、優先順位が同等の案件が複数発生する場合もある。
そういったケースで使用するのがもうひとつのマトリクスだ。こちらは効果と工数による区分を行なっている。
▲2つの課題をそれぞれA、Bとし、各課題を解決するための案を比較している。
上の図でいくと、AとBのそれぞれを100%解決する案は、効果が高くなるものの、工数が非常に多くなり、あまり現実的ではない。少ない工数でAの課題を30%程解決できる案もあるものの、これは実際にリリースしてみないことには効果が確認できない案件であるため、効果は低いとしている。
Bを50%解決する案は、工数を少なくしながらも高い効果が得られるが、別の課題が発生するという懸念があった。ただし、この別の課題は運用回避であることが後々判明し、最終的にはBを50%解決しながら、別課題を運用回避し、Aは100%解決を目指すというのが、少ない工数で大きな効果を得られるという結論に至っている。
ここまで、的確な意思決定をするための手段について話してきたが、最後に下舘氏は、意思決定を担う役割としての自覚を持つことの重要性についても言及している。
精度の高い判断を下すためには、意識の有無にかかわらず、あらゆる思考の偏り(バイアス)があることに注意しなくてはいけない。日頃から、自分にどんなバイアスがかかっているかを意識しておくことが、精度の高い意思決定に繋がっていくとのこと。
▲こういった話に着目すると「自分にはバイアスなどかかっていない。常にフラットだ」と考えてしまうことがあるが、その思考がすでにバイアスにかかっているのであり、非常に危険であるということも示唆した。
そして、自分が何か意思決定をした際に、その決定によって他人の時間を浪費していることを意識することも勧めている。
人を動かす以上は当然の話ではあるが、自身の判断が他人の時間を浪費するのに値するものなのかを意識することで、限られたリソースを最大現に活用できるような、精度の高い判断ができるようになっていくそうだ。
今回のセッションのまとめとして、ディレクターの定義や、意思決定の精度上げるためにすべきことを振り返りつつ、常日頃から自分の判断を検算することの重要性についても確認しながら、講習を終えた。
次回のDDCは、4月24日の20時から開催される。「アートから受け取るグラフィックス」と題し、グラフィックスディレクターの田口博之氏が登壇する予定になっている。
●DDC vol.5 「アートから受け取るグラフィックス」
(取材・文 ライター:宮居春馬)
会社情報
- 会社名
- ディライトワークス株式会社
- 設立
- 2014年1月
- 代表者
- 代表取締役 庄司 顕仁