【CEDEC 2021】リアル脱出ゲームのSCRAPがコロナ禍で「オンライン」に挑戦! 体験型で培った"リアル感"をデジタルに落とし込むための工夫とは


コンピュータエンターテインメント協会(CESA)は、824日~26日の期間、オンラインにて、国内最大のゲーム開発者向けカンファレンス「コンピュータ・エンターテインメント・デベロッパーズ・カンファレンス 2021」(CEDEC 2021)を開催した。

本稿では、824日に行われた、SCRAP代表取締役の加藤隆生氏による「オンラインリアル脱出ゲームの作り方」をレポートしていく。



オフラインイベントばかりを作ってきたSCRAPが「オンラインリアル脱出ゲーム」に向き合うこと約1年。本セッションでは、多数のタイトルを開発して見えてきたポイントを、ゲーム企画~制作の流れと共に紹介した。

まず加藤氏は、SCRAPがオンラインリアル脱出ゲームを制作することになった経緯を説明する。同社は、13年前からリアル脱出ゲームという体験型の謎解きイベントを作ってきた会社である。しかし、昨年初めからのコロナ禍でイベントが逆風に合い、お店に人が来ない・お店を開けないでほしいという要請が都や国から来るように。会社がかなり危機的な状況に陥った中、今までリアルで培ってきたものをデジタルに落とし込むという形でオンライン謎解きゲームを作ることとなった。 



コロナ禍の初期は、いつかコロナもなくなって立ち直るのだからリアルなイベントを作り続けようと思っていたという。周りからは「ネットのゲームを作れば?」という声もあったが、それは肩を壊した野球の投手に「サッカーをしろ」と言っているようなものだと例え、リアルのイベントとデジタルのゲームがかけ離れたものだと思っていたと説明した。

しかし、人が来ないことから危機感を感じた店舗のスタッフたちが、人が誘導する形のオンライン謎解きゲームをスタートさせたことが始まりとなる。これは普段、実施している店舗でのゲームを、スタッフがスマホを通してお客様の目や手になって伝えることで進めていくというものであった。

これが意外と好評で20003000人に遊んでもらえたという。そこで、「ひょっとしたらスタッフを使わないゲームも作れるのでは?」となり、昨年4月辺りからデジタルの部分にも進んでみようと思うようになったと加藤氏は心境の変化を振り返った。


▲ここからは1ヶ月に2本ずつのペースでオンラインリアル脱出ゲームを制作することに。

上記4つの公演は形式が少しずつ違っており、まず「エイリアン研究所からの脱出」は、普段から店舗を使った公演を行っていたもので、先ほど説明があった通り、店舗の中でスタッフがスマホを持ち歩きながらお客様に状況を伝えることで、これまでのリアル脱出ゲームと同じ体験ができるというもの。

「ある2つの通信基地からの脱出」は、キット(謎解きグッズ)を送付し、それを使ってネットで遊ぶタイプのものである。これが39000部のヒット作となり、普段のイベント売り上げと変わらないほどの売り上げに。「デジタルのゲーム、ネットでの謎解きをこれほどたくさんの人が買ってくれるのか」ということに驚いたと加藤氏は話す。また、作った時の経費の違い、家賃や人件費がいらないため、1度作ってしまえば維持費がかからないことに衝撃を受けたという。

「封鎖された人狼村からの脱出」は、完全にネットで完結するタイプの公演でキットがなくても遊ぶことができる。その後も、オンラインリアル脱出ゲームは30000枚~60000枚のペースで売り上げが推移していくこととなる。

最後に、「青梅雨に届いた手紙」は、キットを送付したうえで店舗と連動するという形式となる。そのため、参加費はこれまでの公演と同等となっており、他に比べるとやや高めに設定されている。


▲現在は、ネット完結型とキット型を主に制作している。

ここで加藤氏が伝えたかったのは、思ったよりちゃんとした金額で、思ったよりちゃんとした数字が売れたということ。最も驚いていたのは自分たちで、今までデジタルゲームには何の実績もなかった自分たちのゲームをこんなにたくさんの人が遊んでくれたことにとても励まされたという。

ここから加藤氏は、オンラインリアル脱出ゲームが上手くいった理由を考察していく。なお、ここで言う「上手くいった」は、3000円のゲームが4万~5万枚売れることであると前提を述べた。

・リアルで培った経験をデジタルゲームに落とし込んでいった。
最初は店舗連動型のゲームから始まったこともあり、リアルの場所でどんなこと起これば人々が喜んでくれるのかということはかなり分かっていたと加藤氏は話す。それを如何にデジタルに落とし込んでいくのかを考えながらゲームを作った結果、比較的、これまでのお客様にもスムーズにゲームを遊んでいただけたのではないかとのこと。

・コロナによって現れた新しい常識をすぐにデジタルゲーム化した。
コロナによって人々の生活様式は物凄いスピードで変わっていったが、そのときに生まれた違和感や常識をすぐにゲーム化することに成功した。この点に関しては、後述で詳細を話した。

・コロナによって生まれた飢餓感を満たした。
エンターテインメントを作るうえで、今、世の中に何が足りていないのかを考えることは基礎中の基礎だが、コロナによって強制的に大量に世界中で生まれた飢餓感をどうすれば満たせるのかを考えてゲームを作っていった。

続いて、公演の事例から具体的に何をしたのかを紹介した。



プレイヤーは、10番目の村人としてゲームに参加する。他の9人がZoom上で話している顔を見ながら、誰が人狼かを見つけ出す。ここには、コロナによって生まれた新しい常識「外に出ちゃダメ」「夜な夜なZoom飲み会をする」という世界の中で謎解きをするというシーンを作った。加藤氏は、このゲームを1年前に出していても全然リアリティがなく、売れなかっただろうと話す。しかし、9人でZoomをしている画を見ていることが、コロナ禍における常識と一致しているため、いつまでも見ていられる。心をザワザワさせる物語に仕上がったとのこと。

ゲームは、映像をWebに埋め込める「Vimeo」で村人たちの会話を聞きながら進行する。映像は撮影されたもののため人件費や場所代が必要のないものとなっており、新たに何かを開発するということもしていない。映像制作や出演費など、全て込みの開発費は200万円を切るほどで、スタートから1ヶ月弱の期間で完成させたという。コロナ禍の異常な状況の中、物凄い熱量で作ったため傑作に仕上がっていると自信を覗かせた。



北極用・南極用の2つのキットを購入し、それぞれ別の場所で解いていく2人専用ゲームとなっている。作中には、ジェスチャーだけで謎解きを進めるシーンや、画面を消して音だけでやり取りするシーンなどがある。それぞれのキットに封入された脚本を互いに読みあっていくことで2つの通信基地でどんなことが起きているのか、何をすればいいのかがだんだんと分かっていく。

ここで使ったシステムやフォームはLINE@で、正解すれば次の指示が出るようになっており、新たに開発したシステムはない。本作は、コロナの中で生まれた新たな飢餓感、今ここにないものを満たすためのゲームを作りたいと考えて作ったものになる。当時、「オンライン飲み会」と呼ばれる言葉が流行り出してきた頃だったが、加藤氏はこの言葉にいまいちピンとこなかったという。普段の会食であれば、会を進めるうえでまずは「何を食べましょうか?」というところから自然と会話をスタートさせられるが、オンライン飲み会にはどうしてもしなくてはいけない会話がない。導入がないため、話していても強制的に話をさせられているような感じがしたという。そこで、ゲームを導入にすることで、謎解きをするために2人で通信する⇒その間に無駄話をする⇒ゲームが終わった後で感想を言い合う、という自然な流れができ、コロナ禍における飢餓感が緩和されたのではないかと説明した。実際、「久しぶりに友人と話しながら楽しむことができた」という声も多かったという。

さて、ではリアルな体験ゲームの強みとは何だったのか。



まずはリアルタイム性、同じ時間の中で物語が進行していることにある。1時間以内に謎を全て解き明かして脱出しなくてはいけないという設定自体が、ほとんどのデジタルゲームにと比べても特殊なものとなっている。制限時間が設けられていることで「失敗」という概念が強くなり、ほとんどの人たちが失敗するゲームを作り出すことができ、失敗することがエンターテインメントになった。

また、直接コミュニケーションする協力感が非常に重要だった。日常生活の中で、人と協力して何かをすることはそこまで多くない。仕事の中でひとつのチームが何かのプロジェクトをやり遂げて喝采するというシーンは、実はそうそう多くの人が体験できるわけではない。なので、ゲームで閉鎖された状況の中、直接コミュニケーションを取って協力するという体験自体にとても価値があり、これが味わえる場所がたくさんなかったのではないかと加藤氏は語る。

3つ目に挙げた強みは実際にモノに触れるリアル感。例えば、『ゼルダの伝説』でリンクが宝箱を開けるような体験は、ゲームで見てきたことはあっても実際にそういうシーンに遭遇したことはないはずだ。そのほか、コードを切って爆弾を止めるために実際にハサミを持ってアタッシュケースに埋め込まれた爆弾と対峙する、というリアル感を作り出すことがリアルで体験できる強みであり、そういうときにこそ会場も沸き、お客様の満足度もどんどん上がっていったという。

これらの要素が組み合わさることでリアルの物語体験を実現してきたSCRAPだが、コロナ禍になり、改めてこの3点を見つめ直すこととなった。先の2点においては、直接コミュニケーションを取ることでリアルタイムに物語が進行していくという感覚を偶発的に作ることができた。「封鎖された人狼村からの脱出」は16人用となっており、複数人で遊ぶ際は、みんなでZoomを開いて会話をしながら、別の画面で各々一斉にVimeoの再生ボタンを押して進めるというローテクを採用している。つまり、1人用のゲームをみんなで遊んでいるだけなのだが、結果としてみんなで同時に物語を体験できている。そして、その後みんなで一緒に謎を解くことでコミュニケーションが生まれてリアルタイム性を感じることができるというわけだ。制限時間がなくともリアルタイムに物語が進行していき、リアルタイムにみんなで話しながら謎を解くという体験はローテクでも面白いという結論に思い至ったと加藤氏はまとめた。

ただし、実際にモノに触れるリアル感は、デジタルの世界で作ることは不可能だった。そこでこれの代わりになるものが必要となったわけだが、ここで加藤氏は「PCの前にいる意味」をリアルに感じられるものを作ることに。以下が具体例となる。



上記のような設定を与えることで、画面の前にいる理由が「ゲームをやるため」だけではなくなる。通信技師だから外出禁止令が出ているからと、物語に対してワンランク上の状況を作ることができると加藤氏は説明した。また、PCの前にいる意味を付けることで、ゲームに対する没入感が格段に上がったと結論を述べた。


▲一万人以上が参加した「公開捜査からの脱出」では、公開捜査をしている一員だからPCの前にいるという意味が付けられた。


▲さらに、つい最近始まったシュタインズ・ゲート「繰り返す死の運命からの脱出」では、まゆりや紅莉栖とプレイヤーが通信するためというメッセージが強く打ち出されている。

最後に今後の展開として加藤氏は、リアルタイムのWeb謎解きの規模を大きくしていきたいと語る。1万人オンラインリアル脱出ゲームを実施した際に大きなうねりができたことから、10万人一度に世界中で謎解きをすればもっといろんなことができると展望を語った。

さらに今回、公演を実施した最大の理由として、よりデジタルのノウハウを持った人たちと共同で開発していきたいと呼びかけた。謎解きを行ううえでのシステムに関するアイデアは考えることができるが、実際にデジタルに落とし込むことができる方々と出会いたいと述べて講演の締めとした。



講演後には聴講者から寄せられた質問に答える場面もあったので、こちらも併せて掲載していく。

Q.オンラインリアル脱出ゲームで「※ウサギの穴(ラビットホール)」を作る際に最も大切なことは何だと思いますか?
※物語に没入するときの導入点の意。

A.1番気を付けなければいけないのはタイトル。タイトルを聞いたときに、こういう世界観でこういう謎解きをするんだな、このために謎を解くんだな、どういう体験ができるんだということを分かるようにしなければいけない。ほとんどの方はゲームが始まってからラビットホールを作ろうと考えるが、ラビットホールはゲームを買う前に作らないとまず買ってもらえない。没入の準備を完璧にしてもらった状態でゲームを始め、開始5分後にハマってもらうという造りにしなければ成り立たない。なので、大切だと思っているのは、ゲームが始まる前に何カ月も前にラビットホールを作るということ。

Q.デジタルに関して、実際どのようなことに限界を感じておられますでしょうか? 具体的なイメージがあれば教えてください。

A.まず、開発にどれくらいの時間やコストが掛かるのかというイメージができないのスケジュールが組めないこと。リアルの公演を作っている感覚でスケジュールを組むと間に合わないことが多い。

また、SCRAPはこれまでゲームの中のキャラクターを動かす開発力がないからこそ、ゲームの外にキャラクターを出して、プレイヤー自身をキャラクターとするイベントを実施してきた。そのため、ゲームの中の何かを恣意的に動かすというアイデアが没になってしまう。「あなたが主人公だ」と言い続けてきた会社なので、マインドとは合っているが、いざデジタルゲームを作ろうとすると、それが全て不可能になるため、これが実現できればどんなゲームを作るんだろうと考えている。

Q.楽しんでもらう仕組みを考える際にアイデアをどのようにして閃きますか? 参考にした書籍などはありますでしょうか?

A.ないです。アイデアは基本的に過去の自分が感じたことをもう一度掘り起こしている。自分の心がどういうときに動いたかということを記憶しておき、もう一度自分の心を動かすためにはどうすればいいのか再現するという風にアイデアを貯めている。

 

(取材・文 編集部:山岡広樹)