【連載】中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」第10回 ホリプロ史上初のタレントマネジャーになったアメリカ人

中山淳雄 エンタメ社会学者&Re entertainment社長
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芸能事務所といえば華やかな業界の代表格であるが、タレントのプロデューサーとしてスケジュール管理をしたり、各番組出演から舞台公演まで昼夜問わずアテンドし、複雑に入り組んだ関係者への挨拶も欠かせない泥臭い仕事だ。日本人をもってしても難しい特殊な仕事と言えるだろう。ナベプロ、ホリプロ、エイベックス、ジャニーズなど多くの事務所が存在しているが、ここ半世紀の日本芸能事務所のなかでも、日本人タレントの専属マネジャーになった外国人、というのは彼以外には聞いたことがない。全くよどみのない日本語、日本大好き外国人のクイズ番組で優勝するほど日本通、そんな彼であっても芸能業界に外国人が根付くというのはこんなに大変なのか、ということを痛感したインタビューでもある。
 


▲ブレンデン・シンデウルフ氏


■日本に惚れ込んだ米国人が、東日本大震災直後に来日するまで

――:自己紹介からお願いできますか?

ブレンデン・シンデウルフ(Brandon C. Schindewolf)と申します。米国ニュージャージー州で生まれて、2011年に英語教師として来日しました。テレビ・ラジオなどのメディアで「日本に詳しい外国人」として出演する機会を多く頂き、2018年からはホリプロインターナショナルでアニソンシンガーや声優アーティストのマネジャーをやっておりました。3年ほど芸能マネジャーを担当したあと、現在はコンテンツ企画会社のISARIBIで海外統括部長、そのグループ会社である株式会社アブストリームクリエイションで海外事業を担当しております。

――:長い日本芸能の歴史の中でも、外国人でマネジャーって存在しないですよね?それがブレンデンさんだとお聞きしました。

アジア展開を考えて、中国人や韓国人の方がというのは聞いたことはありますが、欧米人・アメリカ人としては間違いなく自分が初めてでしょうね。日本で活躍されている外国人タレントや歌手の外国人マネージャーとは面識がありますが、3年間在籍した中でも大手芸能プロダクションに就職されているほかの欧米人マネージャーにお会いしたことはないです。昔から日本が大好きで、いつか日本の芸能で働きたいという気持ちがありましたので、夢が叶いました。

――:日本に惚れ込んだのはどういう経緯なのでしょうか?

小学校5-6年の時にはすでにCartoon Networkでやっていた日本のアニメにハマってましたね。当時放映されているアニメの本数はとても少なかったのですが。最初の分岐点になったのは、2006年ごろNetflixでまだゲームソフトDVDの郵送サブスクリプションが一般的な時代で、『戦国無双』をプレイしていたんです。日本語は全く分からなかったときに、ふと字幕&日本語音声に切り替えてみたんです。衝撃を受けました。その時に聞こえてきたのが声優の緑川光さんのボイスだったんですが、日本語ってすごくカッコいいな、と。日本語に強く興味をもつようになって、オハイオ州立大学では日本語を専攻しました。

――:ブレンデンさんの日本語はイントネーションもフラットで、本当に“日本人の日本語”ですよね。これはかなり苦労されたと思いますが…

幸いオハイオ州立大学はハワイ大学、ミシガン大学などと並び日本語教育では北米上位に入る大学なんです。色々なカリキュラムを受けて、毎年夏の休暇さえも実家に帰る時間を惜しんで大学の日本語の短期集中プログラムにも参加して、かなり勉強してました。初めて日本にきたのは大学4年のときの2週間の旅行でしょうか。当時もまだアニメは視聴しにくく、数か月~数年遅れでDVDなどを買って『エヴァンゲリオン』や『涼宮ハルヒの憂鬱』などを観ておりました。

――:着々とオタクの道をまっしぐらに進んでますね(笑)。日本語教育はアニメを通して覚えたんですか?

先生もびっくりするような言葉をアニメから覚えてましたね。『涼宮ハルヒの憂鬱』の長門有希のセリフで「この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース、それがわたし。」というのがあるんですが、この意味を教えてほしいと先生に聞きに行って、「こんなものは日本語じゃないッ!!」とはねつけられたのを覚えてます。

――:ちょっと驚いたのはブレンデンさんがその後、2011年3月に茨城県の英語教師として赴任してるんですよね!?これってちょうど東日本大震災ですよね。ほとんどの外国人は皆脱出して出国してました。私の知り合いのカナダ人も、政府から旅客機を出すからすぐに母国に戻れと大使館から連絡あったりしましたが…

はい、親は大反対でしたね。仲介の会社も「強くは勧めない」みたいなスタンスでした。でも自分としてはもう3月に来日することは決まってましたし、ようやく日本に住むチャンスを得たという気持ちでしたので、ここで諦めたくないなと強行しました。結果的に英語の教師が急激にいなくなった年でしたので、仕事的には困らない状態でしたが…。

 
■日本に詳しすぎて日本大好き外国人のテレビ番組で日本通1位を総ナメ

――:2011年大震災後に日本に住み始めます。学校の先生をしながら、メディアでも有名になっていったのはどういった経緯なんですか?

『戦国無双』明智光秀役を演じられている緑川さんの影響もあり、オハイオ州立大学での卒論で「本能寺の変」を書いていたんです。日本の城なども大好きでしたので、Instagramでもそういったことをつぶやいていたら声をかけられました。フジテレビの番組で「織田信長に詳しい外国人」として紹介されて、当時伊集院光さん、美川憲一さん、柏木由紀さん、ブラックマヨネーズさんたちも出ていた番組に出演するようになったんです(「JAPANニッポン大好き外国人No.1決定戦」)。2012年でしたが、演歌・アイドル・織田信長の3カテゴリーに分かれていて、私は「織田信長」カテゴリーで呼ばれて、優勝したんです。そこから色々番組などに呼ばれるようになりました。

2016年にもテレビ朝日でヒロミさんと田中みな実さんが司会の「超ニッポン好き外国人No.1決定戦 クイズジャポン」にも呼ばれて、そこでもコンテストがありました。こちらもカテゴリー別で得意分野の質問をされる形式でしたが、最後は「ラーメン好き」外国人とのし烈なバトルがあったのですが、「お城好き」の私がそこでもなんとか優勝できました。

――:並みいる日本好きを押しのけて、在日外国人で頂点にたったんですね笑。アニメなどのオタクジャンルだけじゃないのもスゴイですね。ブレンデンさんは歴史・お城に詳しいともお聞きしてます。今、百名城めぐりもされてるんですよね?

はい、百名城のうち、今86個までは見に行きました。建築としての城の構造も好きですが、「ここで何が起きたのか」「ここでの出来事は日本の歴史にどんな影響を与えたのか」という、かなり深いかつマニアックな部分まで見ています。まだ北海道の松前城とか沖縄の首里城とかまだ行けてないところもあるので…時間をみつけて、なんとか百名城クリアしていきたいです。

――:そこから芸能のお仕事で働くことになったのはどうしてなんですか?

2011年に来日してから、約6年間は茨城県、東京都などで中学校英語教師ではあったんです。ただ少しメディアには露出できて、実際に芸能の方々とも個人的なお付き合いさせていただくことも増えてきておりました(田所あずささんのラジオ番組に準レギュラーの英語教師として出演など)。それでも「日本の芸能で働く」というチャンスにはなかなか恵まれなかったんです。そのあとも英語教師を派遣している会社の人事部やリクルーティングの会社などで働いたのですが、どうしても自分には天職と思えない部分があって。

2017~18年ごろ、日本にいてもこのまま終わってしまうのは不本意ですし、そろそろ米国の大学院にでも戻って日本の歴史研究でもしようか…と悩んでいた時期がありました。その時にたまたま関係性のあったホリプロの金成雄文さん(現ホリプロインターナショナル取締役)から「ちょうど今、ブレンデンを必要とする会社が設立されるんだけどどうかな」というお声がけがあって、幸運なことに、立ち上げメンバーの社員としてホリプロインターナショナルへの入社となりました。

――:ミラクルですね!ホリプロさんの長い歴史の中でも、この2018年初めてなんですよね。世界規格でのタレントを発掘・育成するという海外向けの芸能部門会社化は。しかしタレントの海外化はありますが、マネジャーの海外化はダイナミックな判断ですね。

はい、最初からタレントマネージャー兼海外事業担当でした。正直タレントさんについてはよく知っているほうでしたし、詳しかったのですが、「マネジャーがどんな働き方をするか」については全くの素人でした。苦労することもいっぱいありました。


■ホリプロでのマネジャー業務、日本人・業界人しかいない環境に「異邦人」が入っていく難しさ

――:働き手として考えた場合、日本の就労環境がマニュアル化もされていない「背中で学べ」タイプの仕事なので、どれだけ日本語が流暢であっても外国人であるブレンデンさんには理解不可能な部分が多かったと思いますが。

もちろんマニュアルがあるわけでもないですし、1人1人のマネジャーが違う働き方をしてますし、自分なりのやり方を見つけるしかないんです。どれだけ日本語が話せても、どれだけ日本の歴史に詳しくても、私にはプロモーションの経験もありませんでしたし、業界のネットワークもなかった。だから本当にゼロから覚えていくしかなかったんです。

ライブハウスを探してほしいと言われても、そもそも人生で2、3回しかライブハウスにいったことがなかったんです。とにかく何とかしなきゃと、ネットで探して電話をかけて、直接お願いにいくけど、あちらからは外国人というだけで警戒されてしまう。名刺渡しているのに、それでも上司や同僚に取り次いでもらわないと、信用されないケースもありました。

――:そうなんですよ。日本全体としてはインバウンドで外国人観光客も増えましたし、英語で道を聞いても答えてくれる人も増えてきました。でも業界で働く、まして日本人にとっても入るのが難しい職人性の高い芸能界なんて…。

私が関わらせていただいたホリプロインターナショナルの声優・アーティストたちが本当に温かく受け入れてくれました。よい人たちに囲まれて、Welcomeされた環境で働くことは楽しかった。でも正直、「はじめての人とどう信頼関係を構築するか」では、自分の「異邦人」である意識が邪魔をするせいか、すごく苦労するときがあります。例えば、声優さんの収録スタジオにアテンドすると、もう5-6人しかいない空間ですよね。突然白人顔の自分が「ホリプロインターナショナルのブレンデンです」と言っても、きょとんとして、30秒誰も声を出さずに黙りこくられてしまったこともありました。よく「外国人からは日本語を期待していないから、最初は日本語で発言しても何を言っているか聞き逃してしまう」とかは周りから聞きますが。そのとき、自分から「…あの、名刺交換させていただいてよろしいですか?」と声をかけて初めて場が動きましたが、あの30秒間の沈黙は今でもトラウマで、それ以降は初めて行く現場では「アメリカ人ですけど、マネジャーをやっているブレンデンという者が伺います」と事前に連絡いれないと、という気持ちになりました。

――:私自身もカナダでマイノリティとして働く機会がありました。ある意味差別のようなことも経験されたのではないでしょうか?

そうですね、さすがに私も怒り心頭になった事件もありました。ある大型フェスでスタッフとしてライブをみている時に、外国人がいることに違和感があったのか「お前は一体ここで何をしているんだ!?」とばかりに何度もバイトや裏方の人々から“職務質問”のようなことをされるんです。いうまでもなく、タレントが多く集まる現場の警備が大事であり、パスを確認したりすることは当然のことです。ただし、All Accessパスも首からぶら下げているし、企業名が明記されている名刺も入っているんですが、私も来られるたびに説明していました。さすがにこれは、と思ったのは、3度も4度も確認にこられた後に、そのうちの1人が英語が喋れる外国人のガードマンを連れて再び来たんです。彼も嫌々だったと思うんですが「Who are you!? Why are you here!?(おまえは誰だ?どうしてここにいるんだ?)」と英語で追及されて、これまで何度も何度も説明した経緯を話したら、彼もだいぶ呆れて同情してくれました。「外国人がライブのスタッフにいる」ということに、こんなに過剰に反応されて、そういうときは非常に孤独感を感じましたね。

――:見慣れていない、ということがこんな恐ろしい差別を生むんですね。それはもはやハラスメントの領域ですね。

 
■「迷子にさせてナンボ」の人材育成を変える方法、芸能事務所の海外化の覚悟

――:実際に海外にいく機会は多かったですか?

MOTTO Carnivalで中国広州に行ったり、AFAでシンガポールやインドネシアに行ったり、機会は多かったですね。海外イベントや出張は10回近くは行ってますね。海外のメディア取材との間に入ったり、企業訪問したり、現地でのタレントのアテンドやバックステージでの手伝いなどをしておりました。

――:ホリプロからISARIBIに転籍された経緯について教えていただけますか?

コロナがあったので海外系のイベントが一時期なくなってしまって、そして自分としてもずっとマネージャーよりはきちんと日本での作品作りやプロモーションにも関わりたいということがあって、現在はISARIBIに転籍いたしました。多大なるチャンスを与えてくれたホリプロインターナショナルには感謝が堪えません(ISARIBIもホリプロインターナショナルの出資会社なので関係会社への転籍の位置づけです)。

今度のISARIBIは、ホリプロインターナショナルも出資しているコンテンツ制作の企画会社ですが、様々な業務委託案件やコンサルティングを実施しています。例えば、オーディションから約2年間放送終了までは「MUTEKING THE Dancing HERO」(ホリプロインターナショナル、タツノコプロなど出資)の製作委員会で英語監修や海外周りのサポートをさせていただき、他にももう一つのアニメ制作委員会に出席させていただいています。

基本的には作品のプロモーションについて関わっています。作画について外国人の視点からアドバイスをしたり、実際に海外でウケるものを作っている制作会社さんと一緒に自分も貢献できていることがうれしいです。最近では、国内外で人気が止まらないVTuberの業界にも入っており、運営や海外進出計画を中心に動かしています。

――:外国人がマネジャーをやるということで、後塵に道を示したという効果もあったのではないかと思います。ほかにも外国人で日本芸能のマネジャーになりたい、という人もいるんじゃないですか?

なりたい人は結構いますよ。よく相談も受けます。ここ3-4年は特に海外でアニメの急激な浸透もありますし、もう7割以上のアニメが字幕ではなく吹き替えになっている時代で、北米でも日本の声優の需要というのは着実に増えてきている。日本で働きたいという相談も受けます。でも彼らに言うのは「日本語が完璧にならないと難しい」と伝えています。

自分も日本については外国人の中では相当詳しいほうだと思うんです。小5からアニメにハマり、16歳に戦国無双で緑川さんに出会い、大学で死ぬほど日本語や日本史を勉強し、日本でももう11年近く、小さな町にも大きな都市にも住んで生活してきています。そんな自分であっても、日本人のように子供の頃からテレビを観たり芸能人の情報を聞いたりすることはなかったので、いきなり芸能マネジャーになったら何をすればいいか正直分からない。「こうしてください」と言われても背景が理解できないことが多く、いつも「迷子になるのが当然」の生活だったとは言えます。もちろん、周りの先輩や上司に相談してどうすればいいか一緒に考えるようにしていましたが、この国で育ってきた皆さんよりもちょっと時間がかかったりすることは確実にありました。

――:日本の芸能事務所も声優事務所もコロナで一旦ストップはしていますが、皆海外をみないといけないというのは共通しているかと思います。今後もタレントやマネジャーでの外国人の起用は増えると思いますか?海外で活躍する声優さんも増えますか?

はい、ラブライブ!でも中国ご出身のLiyuuさんなど外国人タレントがアサインされるような時代になってきた。韓国のエンタメ市場のような展開をしていくのであれば、今後はタレントのみならずマネジャーまで含めて外国人材の活用は必要なことだと思っています。

ただそれ以上に、そもそもコンテンツが英語で発信できていないことに課題感は感じています。声優業界はいまだほとんど日本語でしか仕事がないですし、声優自体を海外で売り込んでいく、プロモーションしていく動きは少ないです。海外のファンのために単発でイベントに数日出張するくらいが限界です。ファンクラブも日本語でしかサービス提供もされず、SNSの日々の発信も基本日本語でしかつぶやかない。そういったものをひとつずつ英語化しようという意欲・意識があっても、「それってどんな効果があるの?実際に明確な効果がないなら、お金は使えない」という話も聞きます。

たとえば海外をマネタイズすることが複雑で困難、専門知識や言語力を必要とするのもわかりますし、力を入れて海外に宣伝しても日本まで渡航してきてイベントのチケットを買って会場にくることや、CDを買う、グッズを買うなど数値確認できるような従来の「宣伝効果」といったものが計りづらいというのも確かです。

しかし、2022年現在では、そして、特にこのコロナ過では、海外にリーチできる手段が確実に増えています。音楽公演の生配信、楽曲のデジタルダウンロードやストリーミング、Twitterのスペース、インスタグラムライブなど、国内外を問わずユーザーが楽しめるコンテンツができるわけです。そういうのを今後サポートしていき、タレントやコンテンツの魅力を全世界に伝えたいと思います。

――:ただすでに日本アニメでも海外市場が国内市場よりも規模が大きくなった昨今、事務所が海外対応できない、ということで機会損失している事例も、現実問題として聞きます。

アーティストに接することができるマネジャーは1人です。そのマネジャーが、アーティストのために取材対応したり海外出張のアテンドしないといけない。でもそういった機会に積極的になれないから後回し、ということもあります。私のような海外人材のマネジャーがいれば、確かにそこはクリアしていけると思います。ただそれ以上に、現在の事務所、マネジャー、声優さんたちの業界全体が、莫大な認知度や人気度があるのに、外に対して情報があまりに絞られているということはぜひ認識していただきたいです。

――:そういう意味では“異邦人”であったブレンデンさんのような起用を増やしていくということを、芸能界も本当に考えなければいけないタイミングとも言えますね。数年~10年単位という時間をかけて背中で覚えていく、それでも希望者がたくさんいたテレビと芸能事務所、アニメと声優事務所という関係性に亀裂が入ってくると、「違う人々」でも一人前になれるように、マニュアルがなくても周囲がそうした人々を育成できる文化を、経験していかないといけないですね。

はい、海外の機会は確実に増えていきます。事務所も海外展開に覚悟が問われている段階ですし、自分自身もまだマネジャー業務だけでなく、プロモーションやアニメ製作委員会の仕組みなどを学びながら、今後も日本のアニメ、声優、音楽などエンタメ業界全体に貢献していきたいです。

 

中山淳雄:
エンタメ社会学者&早稲田MBA経営学講師。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイト、バンダイナムコスタジオ、ブシロードを経てRe entertainmentを創業。エンタメ社会学者として研究する傍ら、メディアミックスIPプロジェクトのプロデュース・コンサルティングに従事している。東大社会学修士、McGill大経営学修士。新著『推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』を10月14日に上梓し、アマゾンベストセラー1位を記録し、早くも増刷も決定した。

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