【連載】なぜ人は施策単位でしかマーケティングをしなくなるのか…森下明のマーケティング虎の巻:第三回WACUL垣内氏対談
ゲームビズでは、「いちばんやさしいアプリマーケティングの教本」の著者であり、ブシロードが誇る完全無欠のモバイルマーケターの森下氏による連載を掲載。マーケティングに関わる人との対談や森下氏の実体験を基にしたマーケティング動向を紹介していく。
第三回では「デジタルマーケティングの定石」著者である株式会社WACUL取締役垣内勇威氏との対談が実現。
これまで3.6万サイトを超えるWEBサイトの分析とユーザー行動観察を行ってきた垣内氏。アプリマーケティングを行ってきた森下氏とは異なるマーケターだが、WEBとアプリでも違いはあるのだろうか。
本稿ではデジタルマーケティングの考えやゲームにおけるマーケティングについて話してもらった。
なぜマーケターは施策単位でしかマーケティングをしなくなるのか
Bushiroad International Pte.Ltd.
Head of Mobile
森下明氏
2018年、株式会社ブシロード入社。デジタルマーケティングチームの立ち上げに参画し、自社IPのデジタルマーケティングを務める。現在は海外HQであるBushiroad Internationalのモバイル事業責任者として複数のモバイルゲームのマネジメントに従事している。また、「いちばんやさしいアプリマーケティングの教本」の執筆も行い、本特集ではファシリテーターも担当。
株式会社WACUL
取締役
垣内勇威氏
2013年に株式会社WACUL入社。改善提案から効果検証までマーケターのPDCAをサポートするツール「AIアナリスト」の立ち上げ。2019年に産学連携型の研究所「WACUL Technology & Merketing Lab.」を立ち上げ、所長に就任。現在、 研究所所長および取締役として、インキュベーション事業を牽引。新規事業や新機能の企画・開発および大企業とのPoCなど長期目線での事業開発の責任者を務める。
森下氏(以下、森下):垣内さんが執筆されている「デジタルマーケティングの定石」。デジタルマーケティングの誤解や正しい考え方について書いていただいており、私自身もすごく参考になりました。なので、この対談企画でもご一緒してみたいと思い、ご連絡させていただきました。本日はありがとうございます。
▲垣内勇威氏著「デジタルマーケティングの定石」
垣内氏(以下、垣内):こちらこそ、勉強になる機会となりますのでありがとうございます。
森下:著書内でもあります「局所最適化の横行」といった話は、私自身もまさしく様々な企業と仕事をしてきて感じる部分ではありますが、どういった経緯でこのような結論になったのでしょうか。
(デジタル活用の結果、)コストを浪費する最大の原因は、デジタルという手段にとらわれた「局所最適化」の横行にある。「デジタルの部署」内だけで仕事を完結してはならない。
▲垣内勇威氏著「デジタルマーケティングの定石」より。デジタル活用の目的は本来コスト削減になるが、多くの企業でデジタルの活用がコスト浪費だけに終わっている原因に、「局所最適化」の横行があると著書内で垣内氏は述べている。
垣内:多くの企業にコンサルティングをご提供する中で”組織が縦割りになっている”というのがデジタル活用の最も大きな障壁になっているケースが多くあったからです。
実際、この縦割りを打破することで大きな改善に繋がったことは枚挙にいとまがありません。
今でこそDXというワードも出てきて、ビジネスの中でいかにデジタルを取り入れるかという取り組みが当たり前になっていますが、昔はデジタルやWEBがよくわからないものだったので、適当な部署をつくり日陰にいる人をアサインするといった扱いでした。
そういった経緯が多かったので、ある意味「WEBサイト縛りで仕事をする」といったような、一つのWEBサイトだけでできることを考えがちになります。
ただ、そうなると、ビジネスでどう活用するかという発想にはならないので、ボタンの配置や色、説明文の変更などの局所最適化の繰り返しでうまくいっても数ポイントの改善しかできず、ただコストを浪費するだけという事態が起きていました。
一方で、ビジネスモデルを変えようとか、営業を改革しようという観点を持った人がデジタルを管掌するようになり、できることが増えていったと思います。
かつては手段ありきで考える時代であったので、WEBサイトで使うことだけを考えていたことが多かったのでしょうね。
森下:そういった事態は大手事業会社に多かったのでしょうか。
垣内:いえ、制作会社や広告代理店などその道のプロフェッショナルと思われる、デジタル活用を支援する側でもよくありました。結局は大企業の案件が細分化して仕事を任されるので、様々な会社がそうでしたね。WEBサイト制作会社はWEBサイトのことしか見ませんでしたし、広告会社はコンバージョンの事しかみないようになりがちでした。
今は、デジタルと経営が一気通貫にみられるような時代になってきたと思います。ですから最近になってDXというワードが多く聞くようになってきたと思います。
森下:本当に力のある人がデジタル領域にも参入してきたと。
垣内:私の書籍も、今でこそ”参考になった”というお声をいただきますが、昔であれば叩かれていたと思います。「何言ってんだ、こいつ」と思われていたでしょうね(笑)。
森下:なるほど。ゲームアプリでも局所最適になりがちですが、経緯としては異なっている印象です。多くのゲームアプリ会社はゲームアプリしか作っていません。
その中で主に開発部隊とマーケティング(プロモーション)部隊に組織を分けて前者には開発系のKPI(RRやARPUやPUR,ARPPUのような課金系のKPI)を後者にはインストール系のKPI(CPIやROASなど)の責任を持たせることが多く、その中で局所最適していく光景が多い印象です。
垣内:デジタルを運用することが前提に生まれた会社は自ずと局所最適になっていますよね。ただ、その組織編成としては施策単位になりがちです。
本来はKPI単位にして、全体最適もできるようにしないといけません。
「あなたはSNS担当、きみは広告担当」といった組織構成にしますと、施策単位で視野が狭まっていくので、結果ビジネス自体では伸び悩むことが多いです。
ですから、本来は新規ユーザー獲得担当とLTV担当といったKPI単位など目的にそって分けるべきです。どうしても「SNS担当」など手段での切り分けになりがちにはなりますがね。
森下:ゲームアプリで言うと、新規流入担当とLTV担当で分かれているところが多いと思いますが、あまり機能できていないと思います。
というのもKPI単位で分けたとしても、結局は施策単位の視野でしか見られないといった事態に多いと思います。
垣内:どういった原因なのでしょうね。
森下:ゲームアプリで言うと、新規流入を担当するのが主にプロモーション担当やマーケティングという名がついている部門でLTVを担当するのが開発部門というケースが多いです。
そうなると、新規流入を担当するのが主にプロモーション担当やマーケティング担当は「ゲームの中には干渉しない、できない」という考えや環境になりがちです。
そこで、新規流入部門では「獲得単価を下げろ」とCPI至上主義になりがちになって施策単位の視野でしか見られなくなり、広告単位でしか局所最適化をしないような思考停止になりがちです。
ですから、プロデューサーや経営者のようなPL責任者からみると、このアプリの反響や寿命を考えたら今が伸ばしどころなのに、なんで縮小最適化をしているんだと思うような歪んだ形に陥ることもあります。
垣内:どの業界でもあり得る話だと思いますね。結局はみんながPL責任者の視点で仕事ができればいいですが、簡単な話ではありません。
というのも組織的に考えれば局所最適させるべきなんです。日々の業務もありますから、組織が回らなくなりますからね。会社が成長すればするほどそうなります。
ただ、おっしゃる通り、PL責任者の目がある程度届くような体制にするか、高速で色んな仕事を経験させて、いろんな視点を持って取り組んでもらうしか解決しなさそうでもあります。
森下:私自身はPL責任者が全方位に目を見張るしか方法がないのかなと思っていましたが、垣内さんがいろんな企業さんとお取り組みする中で、良いなと思った方法はあるものでしょうか。
垣内:仕事を経験させるという意味で、部署異動しまくるというのは一つの良い手段だと思います。
わかりやすい例だと、マーケと営業、BtoBの部署とBtoCの部署をそれぞれ経験させることです。それぞれの部署や仕事を理解すると、相手やユーザーの気持ちが分かるようになり、全体最適を考えられるようになります。
あとは、横串の組織を作るというのも手段としてあります。先程の話だと、新規獲得とLTVの組織がいたとして、”ユーザー体験”担当みたいな横串の組織ですかね。
そういった網目構造の組織にするのは大企業ではよくみますね。アマゾンではUX担当という横串組織がいることで有名です。
他には、簡単に成果を伸ばすことができる施策に関わる権限を分けるようにしています。例えば、ECだと値引きする権限を分ける、などです。
ECでは、基本的に値引きをすると売上は短期的に上がります。どの商材においても言えることです。ですから、商品担当と値引き担当を分けることで、安易な選択をしないようにしたり、視野を広げざるを得ない環境にしたりすることができます。
森下:値引き担当は面白いですね(笑)。ゲームで言うと、ガチャ施策とプランナーを分けることで安易な復刻ガチャや限定ガチャなどを選択せずにストイックに面白いゲームを考えるようにするといったものでしょうか。
その場合、値引き担当者は何をKPIにしていく形でしょうか。
垣内:売上計画管理などになりますかね。ですから、商品担当は本当に良い商品を用意しないといけなくなります。ECやWEB事業で言うと、さらに商品仕入れ担当と掲載担当を分けるのも良いかもしれません。そうすると、良い商品しか掲載されなくなります。
商品仕入れ担当というのは、花形と言われる担当になることが多かったので、担当者の好きに商品を掲載できる側面もあったのですが、権限を分けていくことで、商品仕入れ担当の目利きか悪かった場合、それをECに掲載できないように権限を分けます。そうすることで誤魔化すことができないようにすることが可能です。
結局、何をやらせたいかで組織や権限を分けていくことが大事だと思います。担当者さんが頭を切り替えて仕事をしているケースもありますが、同じチーム内でも担当を分けた方が良いと思います。
森下:実際に、そのような組織構造にしている会社はあるのでしょうか。
垣内:ディノスさんという通販を行っている会社では行っていたりしているそうですよ。
PL責任者が見ていくのは大前提として、他の人たちもPL目線で動いていくには組織やKPIの設計を考えていくしかなさそうです。
ゲームアプリで考えるとなると、ロイヤルユーザー担当を立てるのが良いかもしれませんね。ECにおいても購入したことない人に新規購入を促すよりも、定期購入いただいている方にさらに購入していただく方が良いですから、ゲームアプリでも通ずると思います。
森下:LTVを上げるという観点でも、売上への貢献度で言えば、既存のロイヤルユーザーの声をできる限り検知してアップデートさせていく方が良いかもしれません。
垣内:あと何年も運営していく中で、ある程度フォーマット化されていく部分もあると思います。担当者としても新しい刺激として、定期的にユーザーの行動観察を行うのも良いことでしょうね。
森下:書籍でもユーザー調査やデプスインタビューも重要だとありました。私自身もデプスインタビューはマーケティングにおいて必要不可欠だと思いますが、その際に気をつけるべき点などはどういったところにあると思いますか。
垣内:定量調査の場合は、ある程度の仮説が用意できていないと難しいと思います。仮説がなければ取得したデータの使い道が見つかりませんからね。
ですから、まず初めてみるといった場合だと、定性調査から入った方が良いかと思います。
定性調査だとインタビューをして、触ってもらった方がどういた背景を持った方で、触った時に見たものとか考えていたことを聞くのが良いでしょうね。
森下:また、ゲームアプリではデータが集まりすぎる弊害というのもあります。様々なデータが多く、身動きが取れなくなり、取っても意味のない業務もやりがちです。WEBの分野でもそういった事態はまだあるものでしょうか。
垣内:やりたいことがあって始めて、データを取得していくものなので、今でもよく目にしますね。
Google Analyticsを使いこなしたいという声はよくお聞きしますが、そのほとんどが売上やKPIに寄与することではないので「見なくて良いです。使う意味がないですよ。」と答えます。
森下:なんの仮説もなく、定点的に観測するのは良くないです。
垣内:データをとって仕事をする、というのがカッコ良く見えてしまいますからね(笑)。データがあるから使わないといけないという考えが間違いで、データのほとんどがゴミです。意図的に取りにいかないと意味がありません。
運用や効果・効能のチェックの為にデータ分析を行うのであって、何もないところからデータ分析しても意味はありません。
カスタマージャニーを調べたり、営業担当にヒアリングするとおおよそ仮説は組み立てられたりすると思います。そこからクロス集計の軸を設計していくと良いでしょう。
慣れてくると、ある程度のフォーマットが培われていくので、調査票も作成できるようになってくると思います。
マーケティングを突き詰めたゲーム「ハイパーカジュアル」
垣内:私自身、ゲームについてはそこまで明るくはないですが、日々多くのゲームアプリがリリースされていますよね。ですから、オンボーディングをある程度雛形できるのであれば、業界にとってもかなり有意義なものになりますよね。
森下:ゲームアプリだと、最近では開発期間が2年以上かかる作品がほとんどです。そして、リリースしてから1週間程度にてその作品の寿命もある程度試算できてしまいます。
ですから、ゲーム業界の人はオンボーディングの手法がある程度形式化できたら良いなぁと思う人はかなり多いと思います。
スマートフォンゲームの開発期間の長さは長いため、企画が立案してから開発してリリースするまでの全行程に携わっている人は少ないはずです。ですから、リリースに関する様々な作業も雛形化されていくと良さそうですね。
オンボーディング:顧客が自社の提供するサービスを利用・定着させるまで支援するプロセスのことを指す。ゲームで言えば、チュートリアルなどもオンボーディングの一環とも言える。
垣内:ちょっとした調査を行うだけでも変わってくると思いますけどね。私自身、広告をみてゲームアプリを遊んでみたら、期待していたものと全然違う、といったものもあります。もしくは回りくどいと感じてやめてしまうことが多いです。
ちなみに、あのような広告はうまく機能しているでしょうか。
森下:広告表現と中身が違う、といったものが今でも目にするのは、現状で費用対効果として成立してしまっているからだと思います。
この施策のデメリットは期待していたものと全然違うから離脱率が高いという点ですが、そのデメリットを上回るメリットがあるということです。クリック後の離脱があったとしても、過度な広告クリエイティブであることでCTRがあがり、結果的にCTVRで見れば割が良いのでしょう。結果的にインストール単価も安くなるということです。
つまり、デメリットと比べてメリットが上回っているから採用されているのでしょう。
恐らく、当初はゲームの中身と一致したクリエイティブと並走してABテストを実施して、結果として広告表現とゲームの中身が違うクリエイティブが広告流入LTVとして優秀だから残ったのでしょう。
垣内:ただそうなると、広告表現で表している内容を実際にゲームとして実現したら良いよねともなりますよね。
森下:はい。実際に起きています(笑)。実装していない過度な広告クリエイティブのないようを実際に開発にフィードバックにしてミニゲームとして実装することになった作品もありました。
垣内:そこまでいくと、正しいマーケティングですよね(笑)。実際に、消費者の反響を基にサービスを作り上げたということですから。
森下:その流れをさらに突き詰めたものが”ハイパーカジュアルゲーム”だと思います。2週間でプロトタイプを制作し、広告を展開しながら、その反響で改修や別のゲームを作るというサイクルを高速で回していくモデルなのですが、企画段階でも広告として映えるかどうかはかなり意識的に考えています。
例えば、SNSなどで今流行っているものにゲームのメカニズムを組み合わせてハイパーカジュアルゲームを開発することもあります。
垣内: WEBマーケティングに似たゲーム開発ですね(笑)。従来のゲーム開発をしていた大手だとできない開発手法かもしれません。
森下:ですから、日本ではハイパーカジュアルゲームでヒットさせた会社は少ないのかもしれません。世界各国では、様々な規模の会社で制作されています。1ヶ月くらいでゲームを作って、反響がなければすぐ止めるといったサイクルなので、ある種、マーケティング思考なゲーム開発とも言えます。
チュートリアルもなく、ユーザーが直感で操作して楽しめるように、反響をみながら開発されています。
垣内:顧客主導というデジタルマーケティングを突き詰めたゲームの開発手法でかなり面白いモデルですね。そう考えると、「オンボーディング」という発想がもはやおこがましいと言えるかもしれません。オンボーディングとは言ってしまえば、「俺たちが作ったものに乗っかれ」ってことですからね(笑)。
ただ、考え方もインストールさせるとなるとオンボーディングは必要でしょうね。ユーザーに新しい発見や気づきも提供しないといけない場合とか。
例えば、デジタルマーケティングのサービスで言えば、「CPAを下げたい」というニーズがあるとします。ただ、「CPA下げる」ことはマーケティングの本質ではありません。そこで、本質や本来の目的を考えもらうきっかけとしてオンボーディングが必要な時もあるでしょうね。
森下:通常のゲームアプリでは、新しい操作や体験の説明も必要ですから、オンボーディングを考えることは重要でしょうね。
垣内:もし、ゲームアプリのオンボーディングを考えたいというゲーム会社さんがいらっしゃいましたら、一緒に考えてみたいものですね。
森下:垣内さんの知見はかなり参考になりますね。本日も興味深い話をありがとうございました。また、今後もよろしくお願いします。
連載:森下明のマーケティング虎の巻 バックナンバー