【CEDEC 2022】『ヘブンバーンズレッド』におけるゲームデザイン論を展開 ノベル・フィールド・バトルから「切なさ」を感じられるようにする方法とは


コンピュータエンターテインメント協会(CESA)は、8月23日~25日の期間、オンラインにて、国内最大のゲーム開発者向けカンファレンス「コンピュータ・エンターテインメント・デベロッパーズ・カンファレンス 2022」(CEDEC 2022)を開催した。

本稿では、8月24日に行われた、WFS Studio1部・シニアゲームデザイナーの小沼勝智氏による講演「ヘブンバーンズレッドのゲームデザイン」をレポートしていく。なお、本講演にはWFS Produce室・室長の下田翔大氏も登壇予定だったが、諸般の事情につき欠席となっている。



本講演では、Wright Flyer Studios×Keyが贈るドラマチックRPG『ヘブンバーンズレッド』のノベルパート、フィールドパート、バトルパートそれぞれがどのような考え方でデザインされ、イテレーションサイクルを経て作られているかについて紹介した。

『ヘブンバーンズレッド』(以下、『ヘブバン』)は、企画・制作をWright Flyer StudiosとKeyが協業で手掛けるドラマチックRPG。原案・メインシナリオを、『AIR』『CLANNAD』『リトルバスターズ!』『Angel Beats!』などを手掛けた麻枝准氏が担当し、50人を超えるキャラクターデザインは全て『アトリエ シリーズ』『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』などを手掛けたゆーげん氏が担当している。また、麻枝准氏とやなぎなぎさんによる主題歌・劇中歌も見どころとなっている。



まず小沼氏は、本講演では以下3つの切り口で話しを展開していくと紹介。

①ブランドのデザイン
②切ないクリエイティブ
③Keyさんとの協業


1.ブランドのデザイン

最初は「ブランドのデザイン」について。



『ヘブバン』は100名以上のチームで開発を進めている。その大規模なチームを最高速で稼働させるために、まず目指すべき体験をブランドアイデンティティとして言語化した。


▲CMのキャッチコピーなどにも使用されている『ヘブバン』の代名詞「最上の、切なさを。」。これはリリース当初から掲げているアイデンティティとなる。

上記「最上の、切なさを。」というアイデンティティをプロモーションにまで一気通貫で用いることで、プロモーションからゲーム体験までを一貫した体験として繋いだ。体験が繋がることでゲームをインストールしたユーザーに定着するため、プロモーションの費用対効果が上がり、より多くの広告を出稿することができるようになると小沼氏は説明した。

こうしたブランドアイデンティティの立案は、自分たちの作っているものを深く見つめ直すところから始まるという。そして、如何に短い連想ゲームで強みを表現できるかを考え抜くことで市場において独自性のあるアイデンティティを導き出すことができるとの話だった。

次に、実例としてKeyとの協業という部分からコンテクストを見ていく。




「切ない」「スマホゲーム」といえば誰にとっても『ヘブバン』が一番に連想されることを目指すことに。そのためには、アイデンティティが日々の全員のタスクに正しく落ちるものでなくてはならないと小沼氏は話す。


▲「〇〇は、切なさに繋がるか」という命題は絵だけでなく全てのクリエイティブに共通して言えることだという。これをやりきることで、人々の心の中で唯一無二の場所を獲得できる。

「切ないゲーム」「切ないをクリエイティブするチーム」というように、ゲームのためのアイデンティティであり、チームのためのアイデンティティでもある言葉を開発できたことが、ライブサービスゲームの成功を手助けしてくれたと振り返った。


2.切ないクリエイティブ

ここからは、実際のクリエイティブについての紹介を行う。「最上の、切なさを。」というアイデンティティに根ざしたクリエイティブをどのようにして突き詰めていったのかという話を展開した。



■ノベルパート(ADV)
まずは切ないクリエイティブに繋がる2Dの"ノベルパート"について。


▲2D背景にエフェクトを付けるなど、細かなところまで調整している。ノベルゲームを初めてプレイする人から既に数多くプレイしている人まで、幅広く楽しんでもらえるよう機能開発を行っている。

ノベルパートは、Key作品として最も厳しく見られる部分でもある。そこで、以下の4点について紹介を行った。

・背景と立ち絵の視差を出す
・視線移動ができる
・非同期処理の命令
・カットイン

ここで「背景と立ち絵の視差を出す」ことについての事例を紹介。

『ヘブバン』の背景素材は、横に少し長くしてあるという。理由はキャラの立つ位置を左、中央、右にして視差を生み出すためだと説明した。



▲キャラの立ち位置が変わることで背景の見え方が微妙に異なることが分かる。

これにより、カメラを左右に向けたような芝居を作ることが可能となり、キャラがどこに立っているかということも表現できるようになる。さらに、カメラを横にPANした際に立ち絵と背景をずらしてスライドすることで実際にカメラが首を振っているように見えるという。




完全に背景を切り替えずとも、ある程度の差分距離を稼ぐことができれば画面が切り替わっているような体感を与えることが可能だと小沼氏は話す。背景素材を左右に伸ばすコストはかかるが、実際のカメラのような動きができるようになることで、場の空気感や臨場感を表現できるようになるというメリットがある。また、ドラマや映画の構図も参考にできるようになるため、やり切るのであればコストパフォーマンスも良いと述べた。


▲上記の例では、背景と中央に表示されたキャラが左にずれて別のキャラが入ってくることで、カメラが右に振られたように感じさせることができる。

次に「視線移動ができる」ことについて。先の、背景と立ち絵の視差を出すことで臨場感を持たせた結果、キャラを横並びで会話させた際に気になる点が出てきた。それは、"キャラはどこを見て話すべきなのか"ということ。


▲例えば、キャラたちが正面だけを見て会話をしていると、テレビを見ているときの家族の会話のようになってしまう。


▲右のキャラの視線を動かすことでキャラ同士で会話をしているように見えるようになる。その結果、『ヘブバン』では全てのキャラの基本表情全てで左、真ん中、右が見られるように設計している。

『ヘブバン』では、視線が正面を向いている際は対面にいるキャラに、左右を向いている際は画面内にいるキャラ、または画面外を見る想定して使用している。なお、上下の視線移動を採用しなかった理由については、全キャラで対応するとコストがかかりすぎてしまうこと、ポーズに影響が出る可能性があることを懸念したと説明した。ただ、「あればよかった」と思う場面も多いため、今後、主人公格のキャラには実装されるかもしれないと展望を語った。



▲目については、そのほか目閉じも各キャラに用意している。

ここまで紹介した通り、視線移動ひとつで雰囲気がガラッと変わる。また、目の芝居が加わることでキャラが生き生きと自然に見えることが分かった。

続いて「非同期処理の命令」について。『ヘブバン』が一般的なノベルゲームと異なる一番のポイントは、"非同期処理が使えること"だと小沼氏は話す。

非同期処理とは、キャラが会話をしている途中で別の命令を実行する仕組みのこと。


▲例えば、左のキャラが話している最中に右のキャラの視線を動かすことができることを紹介した。

非同期処理を用いることで、話しかけられた際に相手を見る、相手の会話を聞きながら表情を変えるといったことがことができるため、現実やアニメの会話と同じようなキャラの動きが作れる。

また、表情以外にも、背景やSE、BGMなどほぼ全てのアセットを非同期で操作することが可能となっている。


▲シビアなタイミングが必要になるギャグシーンでは、それを前提として表情を変えたり動きを付けることで人間臭さが出るようにしている。例えば、ボケに対して引いている動作を付けることで行間を埋めるようなことも可能となっている。

最後に「カットイン」について。カットインは、漫画のコマ割りのような表情差分を作って、それを感情の起伏が大きいときに使い、感情のメリハリを作りたいと考えて用意されたもの。


▲カットインの表情にもいくつか種類があり、豊かな感情表現を可能にしている。

ノベルパートの切なさに繋がるクリエイティブについて、小沼氏はここまでの話を以下のようにまとめた。



■フィールドパート
続いては、切ないクリエイティブに繋がる"フィールドパート"について。


▲『ヘブバン』のフィールドは、3Dで作られたマップを移動できる。RPGの町を歩くような体感でキャラに話しかけたり目的の場所へ移動したりできる。

フィールドパートの代表格となるのが「学園基地」と呼ばれる拠点である。これがゲームの特徴のひとつにもなっており、より雰囲気が出るように工夫が凝らされている。その工夫について、今回は以下の3点を紹介した。

・光と色味の表現
・見どころをつくる
・キャラクターの配置

この中でも『ヘブバン』で最も気にしているのは「光と色味の表現」についてだという。

記憶に残る素敵な光と色味を考えたとき、「おばあちゃんの家で見た夏休みの青空」「学校のグラウンドで見た鮮やかな秋の夕日」「仲間とでかけた山の頂から見た日暈(ひがさ)」などが思い浮かべられる。そこで、リアリティを追求するよりも、どういう体感になって欲しいかを突き詰め、共通認識を呼び覚ます光や色味を模索することに。また、模索を進めるうえで自分が過去に感じた光や色味が重要になってくる。


▲ここでひとつの事例として、金峰山という山頂の日の出の風景を紹介した。実際に山頂で見ると目まぐるしく色が変わっていくことが分かるが、体験しなければ黄色・オレンジなど単調な色の想像になってしまう。小沼氏は、なるべく自身で体験してエッセンスを掘り起こすことを大事にしていると話した。

光と色味の表現に関しては、上記の事例のように、自身で得たエッセンスを基に、実際にフィールドを歩いたときの気持ちとストーリーで感じた気持ちが繋がるように意識してるという。

次に、「見どころをつくる」ことに言及。『ヘブバン』のフィールドは、場所ごとに見どころがあるように設計している。「段差のあるカフェテリアの建物」「ロビーにある滝」「建物の中にある天井の抜けた中庭」「トラス構造を模した柱の建造物」「ペデストリアンデッキを潜る街路」「池の奥に佇む廃墟の建物」など、10歩も歩けば何かしら見どころがあるように気を付けている。


▲理由として、体験として歩くだけにならないよう見どころを作っていると説明した。

こうした見どころは、実際の建物や風景から面白味を感じられる構造物の体感を取り入れているという。実際に街を歩いて面白さを発見し、それを『ヘブバン』のフィールドに見どころ落として込んでいるという話だった。

その結果、『ヘブバン』のフィールドは、歩いたときに探求心を喚起するものに仕上がっている。

フィールドパートの工夫として最後に紹介するのは「キャラクターの配置」について。



フィールドはキャラクター性が花咲く場だと小沼氏は述べる。表現方法が色々あるため、例えば会話をしたりキャラの反応を眺めたり、豊かな表現を行うことができる。また、フィールドにいるキャラクターは3段階に分けて配置していることを紹介した。



まずは「会話ができる主要キャラクター」。これは自分から話しかけることでそのキャラとの会話を楽しむことができる。次に、こちらから話しかけるのではなく「会話が漏れ聞こえてくる主要キャラクター」がいる。これは、キャラクター性の刷り込みを行う際に使用している。キャラ同士の距離感や会話内容からどういった関係値なのかを表現できる。最後は「会話をしないモブキャラクター」だ。軍の兵士や職員など、世界観を醸成するために必要なキャラクターとなる。

こうしてそれぞれの役割を適切に配置することでフィールドに緩急をつけてキャラクターたちの関係性がより鮮明にあぶり出されるようになっている。

そして、フィールドパートの切なさに繋がるクリエイティブについて、改めて以下のようにまとめた。



■バトルパート
切なさに繋がるクリエイティブの最後は"バトルパート"について。



バトルパートは大きく分けて「直接のバトル」と「ダンジョン探索」の2つに分かれているが、それぞれに共通する工夫がある。それが以下の2点だと紹介した。

・命のやりとり
・日本を敵から奪還する

「命のやりとり」を表現することに関して、『ヘブバン』のバトルではDPとHPという数値が設定されていることを特徴として挙げた。DP(デフレクタポイント)がバリアで、HP(ヒットポイント)が命という扱いになっており、HPが0になるとキャラクターが死を迎える。
※厳密には異なるが本講演ではHPがなくなることを死と表現している。

死ぬ、というのはやり直しではなく終わりである。そのため、『ヘブバン』のバトルは誰かひとりでも死ぬとゲームオーバーになる。この仕様は縛りとしてかなりキツイと考えていると小沼氏は述べる。しかし、『ヘブバン』の大事なところとして、命の儚さ・大切さを伝えたいという想いがある。ユーザーが大切なキャラのために頑張りたいと思えるよう、日々実現方法を考えながら運営しているとの想いを述べた。

続いては「日本を敵から奪還する」という目的があることについて。

『ヘブバン』では、日本を侵略する敵を撃退して土地を奪還していくことをひとつの目的としているため、戦いの舞台は日本の各地となっている。



上の画像は、硫黄岳の横にある爆裂火口という場所。ゲームをプレイした人が後日、その地を訪れた際に「あ、ここ見たことある」と感じられるような風合いを目指してゲームに落とし込んでいる。そういった仄かなリアリティがゲームと現実の架け橋となり、キャラたちが日本を奪還しているという気分へと繋がるようにしていると意図を話した。

そうして、バトルパートの切なさに繋がるクリエイティブに関しては以下のようにまとめた。




3.Keyさんとの協業

最後の切り口は「Keyとの協業」について制作時の話を展開した。



まず小沼氏は、ブランドアイデンティティを実現するうえで気を付けているところに、シナリオとゲーム体験の融合があると述べる。これは、シナリオはシナリオで作っておき、ゲームをシナリオ通りに実装するという形とは異なると説明した。シナリオで語らなくてもゲーム画面を見れば雰囲気が伝わるようになっているという。これを実現するために、『ヘブバン』では少し特殊な作り方を実践している。


▲『ヘブバン』で実践している制作フローを紹介した。

本講演では、上記の制作フローに基づきメインストーリー制作の流れを追って紹介した。

まずKeyの麻枝氏が主要な出来事が一本道になったシナリオを執筆する。開発チームでは、これを「ドラマプロット」と呼んでいる。ドラマプロットには、麻枝氏がライティングした物語の骨子が含まれている。

次に、Wright Flyer Studios側でドラマプロットをゲーム体験に落とし込んだ場合の内容とシナリオの過不足について精査し、ゲームプロットを起こしていく。このゲームプロットを「プログレスチャート」と呼んでいる。この段階でシナリオに細かい採番などを振り、ゲームアセットとしてトラックできるようにする。以降は採番を使ってコミュニケーションを図っていると説明した。

プログレスチャートは、ゲーム体験が全て網羅されたチャートで最上の切なさの設計図になる。プログレスチャートを基にKeyと擦り合わせを行い、それを基にシナリオを加筆修正していく。また、社内のアートアセットや演出などもプログレスチャートを基に制作している。「楽曲制作」や「ボイス収録」、「ゲームデータの制作」など、プログレスチャートは複数の工程に渡って影響を及ぼすものとなっている。



そこから、プログレスチャートをゲームプロットとして提出する段階で全てのシーンが頭の中で再生できるまで精緻化していく。つまり、プログレスチャートが最上の切なさに向かって進むための航路となる。なお、プログレスチャートの段階である程度、切なさが感じ取れる状態が分かると小沼氏は話した。

その後、追加のシナリオが納品されデータが組み上がったところで通しのチェックを双方で行い、仕上がりに向けてブラッシュアップ指針を握る。そして演出のフィードバック・組み込み、シナリオ追加やボイスの追加収録などを行っていく。最後に、QAとKeyの監修を経て完成となる。これが、『ヘブバン』においてメインストーリーを制作する流れとなっている。

これまでの流れの中で、プログレスチャートを基に最小でも2回、KeyとWright Flyer Studiosはシナリオについて意見をぶつける機会がある。小沼氏は、このぶつかり合いを非常に大切にしている続けた。意見のぶつかり合いが新しいアイディアやゲーム体験を生み、シナリオとゲーム体験の融合を創出しているのだという。そして、融合された結果、さらなるブランドアイデンティティを満たすクオリティのコンテンツに昇華されるのだと語った。また、プログレスチャートはこの昇華を加速する土台となっている。

以下はプログレスチャートの見た目のサンプル。少し古いものになるが、プログレスチャートの方式は「エクセル型」と「ワード型」の2種類が存在している。分岐シナリオが多いときは「エクセル型」を、分岐シナリオが少ないときは「ワード型」を採用していると説明した。


▲プログレスチャートには、「いつ・どこで・何が・どうなるのか」ということがゲームの実装状態をもとに説明されている。そのため、ここを見れば各パートで何を制作すればよいかが分かるようになっているとのこと。

最後に小沼氏は、本講演において「ブランドのデザイン」「切ないクリエイティブ」「Keyさんとの協業」についてという切り口から話を展開してきたが、大事なのは"ブランドアイデンティティを定め、あらゆるクリエイティブについてブランドアイデンティティを元に考え抜くこと"だと結論を示した。考え抜いた結果がユーザーに届けば幸いだとして講演の締めとした。


(取材・文 編集部/山岡広樹)




■『ヘブンバーンズレッド』


(c)WFS Developed by WRIGHT FLYER STUDIOS (c) VISUAL ARTS / Key

株式会社ビジュアルアーツ(Key)
http://visual-arts.jp/

会社情報

会社名
株式会社ビジュアルアーツ(Key)
設立
1991年3月
代表者
代表取締役 馬場 隆博
決算期
6月
企業データを見る
株式会社WFS
https://www.wfs.games/

会社情報

会社名
株式会社WFS
設立
2014年2月
代表者
代表取締役社長 柳原 陽太
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