【CEDEC 2022】オリジナルIPを成功させるためのマーケティングを『ヘブンバーンズレッド』の事例から紹介 如何にして認知を"広げ"、ファンの愛を"深めた"かについて
コンピュータエンターテインメント協会(CESA)は、8月23日~25日の期間、オンラインにて、国内最大のゲーム開発者向けカンファレンス「コンピュータ・エンターテインメント・デベロッパーズ・カンファレンス 2022」(CEDEC 2022)を開催した。
本稿では、8月24日に行われた、WFSマーケティング部の小泉義英氏、五十嵐美里氏による講演「ヘブンバーンズレッド「最上の、切なさを。」伝えるマーケティング」をレポートしていく。
▲WFSマーケティング部・部長の小泉義英氏(写真中央)と、同じくWFSマーケティング部の五十嵐美里氏(写真左)。
一部長期タイトルによるシェアの占有や外資系企業の台頭など、超レッドオーシャン状態にある昨今のスマートフォンゲーム市場。本講演では、その厳しい市場へ完全国産オリジナルIPゲームがどのように勝負を挑んでいったのかという話を展開。
『消滅都市』『アナザーエデン 時空を超える猫』などオリジナルIPゲームを作り続けてきたWright Flyer Studiosと、Keyとのタッグで生み出された集大成とも言える作品『ヘブンバーンズレッド』。その完全国産オリジナルIPゲームが、2年を超えるマーケティング準備期間を経てどのような戦略でリリースし売上ランキング1位を複数回獲得するタイトルになったのか。
「最上の、切なさを。」伝えるマーケティングを、戦略から詳細施策まで伝えた。
※本講演では、ゲーム配信前のアニメ放映や漫画展開など事前の展開がなく、ゲームリリースを最初に展開していることをオリジナルIPの定義として話を進めている。
▲『ヘブンバーンズレッド』は2019年11月に情報を初公開。2021年8月31日より本格的なプロモーションを開始している。生放送や動画投稿、Twiterキャンペーンなど積極的に展開してきた。
■スマホゲーム市場について
まずは小泉氏がスマホゲーム市場の現状を紹介。2013年~2021年の期間にiOSで日本のセールスランキング1位を獲得したゲームアプリは50本あるという。その中でも、オリジナルIPとしてリリースされたものは20本、さらに国産のものに限ると11本という結果になる。また、最も新しい国産オリジナルIPで1位を獲得したタイトルは2018年まで遡る必要があり、ここ4年は登場していない。
▲こちらは2013年~2021年に1位を獲得したタイトル数の推移をまとめたグラフ。現在は20本近くのタイトルが首位争いをしていることが分かる。
近年のスマホゲーム市場の動向として、2012~2015年頃にリリースされた長期運営タイトルが未だに売り上げの上位に君臨している。アニメ・ゲーム系のビッグIPを用いたタイトルも成功を収めるものが複数出てきており、直近では『ウマ娘 プリティーダービー』の大ヒットなどが目覚ましい。また、海外勢による高クオリティなゲームかつ潤沢な資金を投資したメガプロモーションにより複数のヒットタイトルが生まれ、超レッドオーシャンと化している。
ここまで聞くとかなり厳しい市場であることが分かるが、その中であえて国産オリジナルIPとして挑戦した『ヘブンバーンズレッド』(以下、『ヘブバン』)が如何に1位を獲得したか。プロモーションの観点から、戦略や施策に関しての詳細を話した。
■オリジナルIPで勝つためのターゲット設定
前提として、『ヘブバン』はWright Flyer StudiosとKeyの協業から生まれたタイトルである。そこで、1stターゲットはKeyや麻枝准氏のファンに定めた。ただ、数百万単位の人に知ってもらう必要があるスマートフォンゲーム市場で戦うには、さらにターゲットを広げる必要があったという。そこで、より幅を広げた2nd~4thまでのターゲットを改めて以下のように設定した。
その中でも、「このタイトルを好きになってくれる人」「深く遊んでくれる人」など、親和性の高い層にリーチすることを重視。インストール数よりも、継続率や課金MAUを第一に考えてプロモーションを展開していった。
次に、どのように目標KPIを深掘りしていったかについて言及。一例として、目標KPIを事前登録の有無と獲得経路別にブレイクダウンすることで目標達成に向けてのシミュレーションを行ったことを明かした。
▲数値は仮のものだが、傾向としてはこのような結果に。事前登録者かつ自然流入のユーザーが最も課金率が高く、事前登録をせず広告流入で遊び始めたユーザーの課金率が割合的には最も低いことなどが分かる。ここから目標課金MAUを達成するために初月に必要なインストール数などを逆算していったという。
■オリジナルIPで勝つためのUSP設計
続いてはUSP設計について。「USP」とは、Unique Selling Propositionの略で、強みを分析し、お客様に分かりやすく集約したもののこと。簡単に言えばその作品の「売り」となる部分である。では、『ヘブバン』のUSPはどこになるのか。
ひとつは、Keyの麻枝准氏が手掛ける15年ぶりの完全新作ゲームであるということ。これは他社にはない絶対的な「売り」となる。
ただし、「美少女が戦う」という世界観。これに関しては世の中にも他の作品が溢れており、単体ではUSPにはなり得ない。そこで、麻枝准氏が描くバックボーンなどを含め、シナリオやゲームシステムを含めた強みを再設定することに。麻枝准氏が紡ぐ切ないストーリーとゆーげん氏が描く淡いタッチのキャラクターは、「切なさ」を表現し、他社と一線を画す作品性だと分析した。そのため、他社よりも深く、キャラごとの物語への没入体験ができる点が本作ならではの価値になっていると述べた。
▲「Key・麻枝准が描く、48人の少女たちの切ない物語」が『ヘブバン』の「売り」となった。
■オリジナルIPで勝つためのタグライン設定
『ヘブバン』のタグラインは、TVCMのキャッチコピーなどにも使われている「最上の、切なさを。」だが、これはどのようにして決まっていったのか。
「タグライン」とは、その作品がどういった価値をユーザーに提供するかを一言で表したものである。そもそもタグラインを設定する理由について小泉氏は、Keyファン以外のマスに広げていくにあたって、USPで設定した作品の「切なさ」を伝えていくために必要であると理由を説明した。
また、USPの仮説を立てたうえで、広告の検証で数値的な確信を得るため、複数のタグラインを作成し、Googleサーベイと運用型広告で検証を行った。
▲ここで「最上の、切なさを。」というタグラインが最も効果があったことからマーケティングの方向性も明確なものとなった。
▲この言葉はタイトルロゴの上にも記されており、広告やPVなど全マーケティングにおいて前面に押し出されている。
全体戦略として、市場の把握をしたうえでターゲットを設定し、USPやタグラインの設定を行っていったとここまでの話をまとめた。
■USPを伝えるクリエイティブ
ここからは、設定したUSPやタグラインを伝えるクリエイティブや施策についての話へ。
最初に紹介したのは、2月3日のリリース直前生放送で発表したファイナルトレーラーだ。「最上の、切なさを。」を表現することだけを考えており、『ヘブバン』最大の特徴である、"日常と非日常の落差"を、ストーリー紹介やキャラ紹介ではなく、映像作品として感情を揺さぶられる完成度を目指して作ったという。
▲事前登録の準備期間では一部の人にしか届いていないため、このトレーラーによって「『ヘブバン』とは」を理解してもらうことを意識した。
また、本動画が公開された際にはスタジオで視聴していた声優陣も感動で涙を流す様子も。前半は主題歌の『Burn My Universe』に合わせてアップテンポな中で彼女たちの日常や世界観が分かるカットとなっており、後半は"その日常の先にある真実"を『After You Sleep』に乗せて表現し、前半との落差を切なく描いている。
続いてはメインビジュアルと部隊ビジュアルについて。こちらは、ゆーげん氏ならではの淡いタッチや流麗に描かれるハイクオリティな絵を『ヘブバン』の強みとして再定義している。部隊ビジュアルはゆーげん氏とミーティングを重ねて部隊ごとに8枚用意した。
■USPを伝えるマーケティング
ここからはリリース前のより具体的な施策について。『ヘブバン』では、"広げる"または"深める"と2つの視点でマーケティングを展開。
「広げるマーケティング」では、PDCAを回しながら効率的に「広く」「深く」「早く」届けることを意識。ターゲットユーザーに確実にリーチし、さまざまな訴求軸を組み合わせて多面的な魅力を伝え、リーチ到達速度も加味したアロケーションとなるようにした。
▲特に「深く」の部分は重点的に意識しており、「最上の、切なさを。」を入れ込むクリエイティブとした。
マスマーケティングに関してはタレントを起用したテレビCMを展開。ターゲットを明確にして、その層の認知度と好感度が高く「切なさ」を表現してくれる、乃木坂46の齋藤飛鳥さんを起用。クリエイティブはとにかく「切なさ」にこだわっており、斎藤さんがアップで涙を流しているシーンなどが採用されている。結果としてリリース後の認知度調査でもテレビCMでの認知が上位に入り、リリース時の認知拡大と大作感のブランディングにも繋がったという。
また、インフルエンサーマーケティングも行っており、ホロライブを起用した生配信を実施した。『ヘブバン』の公式からだけではなく、多くのフォロワーを抱える不知火フレアさんに配信をしてもらうことで、より多くの人に見てもらうことを狙ったとの話だった。
▲この時点ではまだオリジナルIPとして世間での認知度が低く、不知火フレアさんのチャンネルで生放送を見てもらうことで認知度が上がった。
さらに、ゲームの面白さを広げるための施策としてホロライブタレントによる実況生配信を実施。短尺の広告では伝わらない部分を、多くのフォロワーを抱えているホロライブの実況プレイで伝える狙いがあった。特に、VTuberファンは『ヘブバン』との親和性も高く、認知拡大からの獲得転換も多く見られたとのこと。
▲2月10日のリリース日から2週間に渡って毎日1時間~1時間半ほどホロライブのタレントが実況プレイを実施していた。
「わしゃがなTV」とのタイアップでは、Keyの代表作であるアニメ『CLANNAD-クラナド-』の主人公・岡崎朋也を演じた中村悠一さんが実機プレイを実施。視聴者層と『ヘブバン』の親和性が高く、認知拡大からの獲得転換が多く見られた。
秋葉原・池袋では交通広告を展開。先ほども紹介されたメインビジュアルや部隊ビジュアルを前面に出しており、絵から本能的に「切なさ」を感じ取ってもらえるよう制作したという。
そのほか、Twitterキャンペーンはリリースまでに37回実施。ギフトカードをインセンティブにしたものと、出演者のサイン色紙をプレゼントするものの2種類を展開した。特に、リリース前のオリジナルIPという点からギフトカードキャンペーンに関しては意識して定期的に開催していたという。また、登場する48キャラに差をつけることなく紹介したいとの想いから1キャラ1投稿を用意した。
こうしたプロモーション展開を2月3日のリリース直前生放送で発表。そこでは、コアファンとマスで認知してして視聴していた人との間に温度差が生まれるというトラブルもあった。そこで、コアファンがより楽しい気持ちでリリースを迎えられるよう、2月7日に急遽追加で生放送を実施することとした。
▲こちらの生放送では、プロデューサーの柿沼氏、開発統括の下田氏が出演し、これまでの放送や発表を振り返った。ここでは、「皆さんと一緒に歩んできた『ヘブバン』を一緒にリリースしていきます」というメッセージを伝えるために実施したという。
続いて深めるマーケティングについて。まずはTwitterの運用について以下のように紹介した。続いて深めるマーケティングについて。まずはTwitterの運用について以下のように紹介した。
▲毎日投稿することを心掛けており、フォロワー数がキリ番に到達した際には温かいコメントも寄せられたことからコミュニティが形成できている実感が湧いたとのこと。
次にファンマーケティングについて。先にも紹介があったコミュニケーションを大事にした生放送がこれに該当する。広げるだけではなく、初出から情報を追いかけているコアファンに向けて、9月の発表から2月のリリースまで合計12回の生放送を実施した。
こうしたファンコミュニティを作れたことで、事前登録の初期段階からいたユーザーは高い継続率を記録している。また、生放送番組という情報発信およびコミュニケーションの場を作ったことがリリース後の運営に大きな役割を担っているとの話だった。
▲初回から比べると視聴者数はかなり増加しており、現在も生放送を中心に新たな情報を発信している。
▲1時間~1時間半ある生放送を時間がなくて全て見られないという方のために、配信後に切り抜き動画をアップロードしている。これは、YouTubeチャンネルとしても如何に多くのコンテンツを提供できるかという点も意識しているとのこと。
ここまで、USPを伝えるクリエイティブを作成し、どのようにマーケティングしてきたかについて改めて"広げる"・"深める"の2点から「マスマーケティング」や「デジタルマーケティング」、「ファンマーケティング」を行ってきたと話をまとめた。
■リリースからハーフアニバーサリーまで
ここからはリリースから8月10日のハーフアニバーサリーまでに実施した施策について話を展開。『ヘブバン』は、リリースから3日で100万インストールを達成し、App Storeのセールスランキング1位を獲得するなど目覚ましいスタートダッシュを切った。ここからはリリースから8月10日のハーフアニバーサリーまでに実施した施策について話を展開。『ヘブバン』は、リリースから3日で100万インストールを達成し、App Storeのセールスランキング1位を獲得するなど目覚ましいスタートダッシュを切った。
▲マス×デジタル×ファンマーケティングの最大効率化によってリリース100日記念やハーフアニバーサリーの施策に繋がったと振り返った。
その後、ゴールデンウィークからリリース100日記念までの期間には、広げる施策として、第2弾TVCMや渋谷スクランブル交差点での広告展開、山手線でラッピング電車の運行するといった施策を実施した。
▲文化放送で開始した『ヘブバン』単独のラジオ番組「芹澤優と古賀葵のヘブンバーンズレディオ」は、広げる&深めるの両面からの施策となっている。
深める施策としては、週間ファミ通の表紙&特集を実施。麻枝准氏のロングインタビューを掲載するなど、『ヘブバン』の愛を深めてもらうという狙いがある。また、東京・大阪にてコラボカフェを開催するなど、自ら店舗に足を運ぶという機会も設けた。
▲そのほか、公式LINEスタンプの配信やpixivでのイラストコンテストなどを実施した。
ここで少し話を戻して、第2弾CMの展開についての考え方も明かした。第1弾CMで一定の認知を獲得できたが、その先のユーザー調査で「『ヘブバン』に興味はあるがやらない理由」が見えてきたという。ここでは大きく「携帯容量の問題」と「友達・メディア・レビューなどの評価を重要視する特性」の2つを紹介した。そこで、評価を得られた著名人やメディアからのコメントをCMのクリエイティブに落とし込んで制作したと説明した。
こうしてさまざまな施策を実施した結果、4月29日からのゴールデンウィークや、5月20日のリリース100日の2段階のプロモーションでDAUの積み上げに成功した。
ハーフアニバーサリーのタイミングでは、『ヘブバン』初の500名規模でのリアルイベント「ヘブンバーンズレッドHalf Anniversary Party!」を実施。都内のイベント会場だけでなく、全国5都市のイオンシネマでライブビューイングを行ったほか、YouTubeでも無料生配信を実施した。本イベントでは、ゲームの最新情報を発表したほか、麻枝准氏が書き下ろしたシナリオの朗読劇や、「芹澤優と古賀葵のヘブンバーンズレディオ」の出張版、やなぎなぎさん・She is Legendによるスペシャルライブなどを実施した。
▲また、ここでローソンとのコラボやアトレ秋葉原とのコラボ、第3弾TVCM展開、アドトラック展開といったプロモーション施策を続々と発表した。
▲会場に行けなかった人にも「次のリアルイベントには行きたい」と思ってもらえるよう、当日の模様を収録したアフタームービーを公開した。リアルイベントで感じた熱が冷めないことを意識して、イベント当日の夜にはラフを完成させ、翌日にはYouTubeに公開している。
さらに、第3弾CMは第2弾のユーザー調査を踏まえて、まだ一般認知が低いことを把握。並びに、友人・メディア・レビューなどの評価を重要視する特性を引き続き重視し、ターゲット層の認知が高く、「ゲーマー」としても認知されているマヂカルラブリーの野田クリスタルさんを起用したと経緯を説明した。
▲「ゲーマー」として認知されている野田さんが『ヘブバン』をプレイしてオススメしているというクリエイティブにすることでインストールを後押しするという狙いがある。
こうして7月24日のリアルイベント、7月29日のメインストーリー更新、8月10日のハーフアニバーサリー&水着イベントの開催と3段階のプロモーションによりDAUの積み上げに成功。ゴールデンウィークからリリース100日記念で得た成功体験を再現することができた。
最後に、『ヘブバン』はこれまでマスマーケティングで認知を拡大し、デジタルマーケティングで効率的にインストールを獲得、ファンマーケティングでファンの愛情を深めることによって国産オリジナルIPで成功を収めるに至ったと本講演の話をまとめた。今後も、このサイクルを欠かすことなく回し続け、引き続き『ヘブバン』を伸ばしていきたいとの思いを述べて講演の締めとした。
(取材・文 編集部/山岡広樹)
■『ヘブンバーンズレッド』
(c)WFS Developed by WRIGHT FLYER STUDIOS (c) VISUAL ARTS / Key
会社情報
- 会社名
- 株式会社ビジュアルアーツ(Key)
- 設立
- 1991年3月
- 代表者
- 代表取締役 馬場 隆博
- 決算期
- 6月
会社情報
- 会社名
- 株式会社WFS
- 設立
- 2014年2月
- 代表者
- 代表取締役社長 柳原 陽太