今日のビジネスはデジタル・テクノロジー抜きには語れない。これは日本企業にとって追い風になるのか、それとも向かい風になるのか。日本のアプリゲーム市場においては、追い風だ、と答えたい。(執筆者:シンキングデータ社)
日本のアプリゲーム市場の概観 | 強みと弱みを明らかにする
アプリゲーム市場を概観してみると、以下のような特徴が見てとれる。
- 消費支出とダウンロード数が低下している *1 及び *2
- パブリッシャー親会社本社の分布は、日本企業が年々低下しており、中国企業が台頭してきている *2
- 各指標(ダウンロード数、アクティブユーザー数、消費者支出)を各国・地域と比較すると、それぞれの指標で1位にランクインするも他国・地域で1位を取ることはない*2
○ダウンロード数の1位:Project Sekai Coloful Stage!
○アクティブユーザー数の1位:Disney Tsum Tsum
○消費支出の1位:Monster Strike
図1:消費支出とダウンロード数の推移(2019 to 2022、*2をもとに筆者作成)
図2:パブリッシャー親会社本社の分布の推移(2020 to 2022 *2をもとに筆者作成)
日本のiモード時代から始まった携帯電話、スマートフォン向けゲーム市場はこれまで独自に成長を進めてきた。近年、全体として陰りを見せ、中国を筆頭にグローバル競争の波に飲み込まれつつある。data.aiは日本のアプリ事業者に対して「キャッチアップの必要あり」と警鐘を鳴らしている(*2)。
加えて、アプリゲームをエンターテインメント、娯楽市場とマクロ視点で捉えると、NetflixやYouTubeなどを筆頭に人々の余暇時間をめぐる競合は激化していることも容易に理解できるだろう。アプリゲーム事業者は競争相手を見間違ってはならない。
求められるデータ分析
そんな競争が激化する中でデータ分析は欠かせない。怖気付く必要は全くなく、データ分析が必要になった背景とそれによるアクションは、一般的に「徹底した顧客理解の必要性の高まり」が背景であり、「製品・施策の改善」と「新製品の開発」がアクションである。これまでの考え方、経営学の基本となんら変わらない。あくまでデータ分析は手段であり、目的ではない。
図3:データ分析の背景とアクション(筆者作成)
IMDのデジタル競争力ランキング(2022)によると、日本はビジネスの俊敏性とビッグデータの分析や活用において、世界最下位であると報告されている(*3)。 ヒトを力と現場力の強さに頼ってきた日本式経営があまりにうまくいっていたがゆえに「デジタル化」のインパクトを過小評価することになり、デジタル・イノベーションに乗り遅れていることは間違いない(*4)。
逆に言えば、日本企業には改善の余地が多く残されている。さらに、複製が極めて簡単な情報経済においては、グローバルで実績がある「成功の方程式」が転がっており、それらがご丁寧にもパッケージ・ソフトウエアという形で市販されている。日本企業においてこれらを採用しない手はない(*4)。
1. 徹底した顧客理解
データ分析の目的の一つは「徹底した顧客理解」だ。マーケターであればペルソナという単語はよく耳にするだろう。これも「顧客のことをよく知ろう」が起点になっている。これらがなければ以下の弊害がある。
- 方向性が定まらない
- 施策に対して無駄なコストが発生する可能性が高くなる
- 施策の振り返りができなくなる可能性が高くなる
つまり、的がないにもかかわらず銃を撃つために、どこを狙ったらいいか分からず、とりあえず大量に広範囲に打ち、的の中心に当たっていたのかどうかも振り返ることができなくなる。
質的な豊かさが強く志向される21世紀の消費の特徴は「多様化」と「異質化」だと言われている。多様で異質な消費者の存在は市場を細分化する。これは平均的なニーズを有する消費者が減少するとともに、マス商品・規格品では満たされないニーズや、平均とは距離を置く消費者層を生み出す。
つまり「小さいけれど確実な需要」が創造される(*5 等)。これらに対し、小コストで適切な施策を実施することで顧客エンゲージを高め、収益性を高めることができる。逆に言えば、それらを見直さずにいることは、無い需要にコストをかけ続けることになる。
図4:消費者ニーズの多様化のモデル(*5)
アプリゲーム市場においても、徹底した顧客理解で顧客エンゲージを高めることの重要性は語られて久しい。一方でその手法や一般化できず、公開する理由も少ない。しかし一般化を試みると以下のような観点に集約することができる。
- ユーザーの行動を4W1Hで理解する
- ユーザー一人ひとりで理解する
- 時間と空間、ユーザー層で比較する
つまり、「ある人がある場所で、ある時に、このような理由から、どのようなことをしたが、Bさんはそうではなかった」という多面的な理解に加えて、比較によってそのユーザーが相対的にどの位置にいるのかを理解することが重要だ。さらにユーザーの変化が大きく、リアルタイムでのイベントが多いアプリゲームにおいては、これらがより素早くできると良い。
図5:データ分析の切り口a(筆者作成)
図6:データ分析の切り口b(筆者作成)
2. 製品・施策の改善
顧客志向やコトづくり、デザイン思考という新しいコンセプトが次々と現れるが、総じて「本質的に顧客が求めているものを創造、提供することで顧客満足度を高めよう」という経営学の基本に帰結する。逆説的には、この基本が疎かになっていないかを思い出させるコンセプトであるとも言える。
図7:顧客満足度を高める基本的な方向性(筆者作成)
顧客満足は、サービス自体の価値にパーソナライズされた価値を加えたものだ。このコンセプトは顧客の購買・消費行動等を広く観察することができるようになった現在においては、企業がこぞって取り組んでいる(*6)。後発企業が、サービス自体の価値を模倣することは容易なのに対し、各顧客にパーソナライズされた価値は、長期間のデータの蓄積によるため模倣困難であり、差別化要素になり得る。この場合においては、早く取り組まなければならない。
図8:顧客満足を高めるメカニズム
アプリゲーム市場においても、これらのコンセプトはさらに重要だ。楽しみ方が多様であるアプリゲームにおいて、本質的にユーザーが求めているものが複数個あったり、提供できる施策も限られる。
さらに成熟した市場環境においては開発費の高騰や施策の同質化などによって差別化が困難であり、競争が激化していることは否めない。そのために徹底した顧客理解に基づく製品・施策の改善、ひいてはデータ分析が重要なのだ。これらによるツボを押さえた施策の実行が求められる。
まとめ
以上からアプリゲーム市場においてもデータ分析が必要であり、それぞれの観点でポイントをまとめた。
- 独自に成長してきた日本のアプリゲーム市場はグローバル競争にのまれつつある
- マクロ視点では、競合相手は他社アプリゲームだけでなくコンテンツのオンライン化などを含めたエンターテインメント・娯楽市場まで目を向けなければならない
- 一方で、データ分析においてはグローバルで実績がある「成功の方程式」が転がっており、それを採用しない手はない
- データ分析が必要となった背景は、ユーザーの多様化にあり、伴って徹底的な顧客理解が必要となったためである
- 顧客理解が疎かになることで、方向性が定まらず非効率な施策実行が横行するなどの不利益を被る可能性がある
- データ分析による顧客理解によって顧客満足度を高めるために、製品・施策の改善を行うことができる
- 顧客満足を構成するパーソナライズされた価値は、データの蓄積によるために、一刻も早くその基盤や体制の構築をしなければならない
今後も、「ゲームデータ分析道場」ではゲーム開発や運営に役立つ分析手法や考え方を公開予定だ。
ThinkingData特設ページにて今後の記事も掲載予定となり、その他のコンテンツも掲載されているので気になる人はチェックしてみよう。
参考
*1 State of JP Mobile Games 2022H1 Report, Sensor Tower, 2022
*2 モバイル市場年鑑2023, data.ai, 2023
*3 World Digital Competitiveness Ranking 2022, IMD, 2022
*4 Why Digital Matters? なぜデジタルなのか, プレジデント経営企画研究会, 2018
*5 岩崎邦彦(2001)「21世紀における小規模小売店のマーケティング:小規模メリット活用型マーケティング」『国際生活金融公庫調査月報』484号
*6 荒瀬光宏(2022)「DXの教科書」, SBクリエイティブ