これまで、アプリゲーム事業においてデータ分析がなぜ重要であるかを解説した。しかし、実際のゲーム運用の場においては、データ分析を行おうにも、複雑で根深い課題が存在する。
今回は、その複雑かつ根深い課題の一つである「アナリストがいない」「分析スキルがない」問題を取り上げ、その解決の糸口を紹介したい。この問題は、組織、人材・スキルといった面であり、最も変化させることが難しい。しかし、それを解決できれば、競合他社に対して強い差別化要因となる。(執筆者:シンキングデータ社)
目次
1.「アナリストがいない」「スキルがない」問題
この記事で「分析の必要性は感じているが、ビジネス価値に繋げられない」という声に対して、データ分析の観点として以下の点を指摘した。
- 分析の粒度は適切か:
粒度が荒すぎると一般的な洞察しか導き出せずに施策につながらず、逆に細かすぎると施策も細かくなりすぎて施策実行の優先度が下がってしまう - 分析の手法は適切か:
正しい手法が取られていない場合、信頼性の低い洞察しか得られず、施策実行を行うメンバーの行動に繋がらない
しかし、では具体的にそれらを実行するためにどうしたら良いのか、さらに誰がそれを実行するのか、という観点が更なる課題になる。
図:求められるアナリスト像と考えうる施策
まず、採用という観点では、日本は「データの分析や活用」に疎いとレポートされている(*1)。労働市場にデータアナリストの総数が少ないと言っていいだろう。実際にアプリゲーム業界の方々と会話をすると「アナリストが採用できない」との声をよく耳にする。
次に、育成という観点では、そのための工数やコストを創出できず、中途半端になってしまったりしているのが現実ではないだろうか。さらに、外注という選択肢もあるが、その効果や評価をどのようにするのかなど、この選択肢も課題が多い。
改めて、データ分析をめぐる問題群の関係を再掲する。
図:データ分析をめぐる課題の関係性
1.1 「アナリストがいない」問題
IMDのデジタル競争力ランキング(2022)によると、日本はビッグデータの分析や活用の度合いは他国と比較して低い。調査対象の主要63カ国中、直近3年連続で最下位に位置している(*1)。
図:ビッグデータの分析や活用の国際比較(主要7カ国)
さらに肌感覚としても、ゲーム業界のみならず全ての産業において「データ人材」「データアナリスト」「データサイエンティス」等の求人は絶えず、採用しようと試みていることが見てとれる。
1.2 「スキルがない」問題
データアナリストの採用がうまくいかない場合には、現在いる運営メンバーを対象として、データ分析に関しての教育を行い、育成するという方向性も検討されるべきだ。
厚生労働省の労働経済の分析(2018)によると、企業の能力開発費の割合は米国、フランス、ドイツ、イタリア、英国と比較して低い水準にあり、経年的にも低下している。
図:GDP(国内総生産)に占める企業の能力開発費の割合の国際比較
独立行政法人労働政策研究・研修機構(2015)によると、人材育成上の課題として以下のものが主に言及されている。
- 業務が多忙で育成の時間的余裕がない
- 上長等の育成能力や指導意識が不足している
- 人材育成が計画的・体系的に行われていない
- 人材育成を受ける社員側の意欲が低い
ゲーム業界は激務であるとよく言われるが、その中でデータ分析に必要とされる数学や統計学、データ管理等の知識を獲得しそれを業務に活かしていくためには、膨大な時間を予算が必要だ。さらに慢性的な人手不足により、指導意識や人材育成計画の立案なども、「やりたいができない」のが現実だろう。
この実際にデータ分析をしたいと思っていても、採用や育成に注力できないというのは、複雑かつ根深い課題の一つであり、賛同いただけるのではないだろうか。
2.そもそも分析とは何か
第一回と第二回でも述べた通り、競争が激化する中においてはデータ分析は欠かせない。一方でデータ分析とビジネス価値の橋渡しができない問題も顕在化している。分析の必要性は感じているが、ビジネス価値に繋がっていない。
データ分析の目標としては、現実的な分析の工数において、「あるユーザー層がこの変数の変更する(=現実的な施策)ことで主要KPI(=ビジネス目標)を向上させる可能性が高い」と示唆を導き出せれば、万々歳だろう。
2.1 WHY. 顧客を理解する
まず、なぜ分析を行うのか。その答えは「徹底した顧客理解」だ。顧客を知らずには効果的、効率的なビジネス価値向上のための施策を立案することはできない。「徹底した顧客理解」がない場合の弊害として以下のようなものがある。
- 方向性が定まらない
- 施策に対して無駄なコストが発生する可能性が高くなる
- 施策の振り返りができなくなる可能性が高くなる
環境の変化によって消費の特徴も変化している。21世紀の消費は「多様化」と「異質化」が拡大していると言われ、市場の細分化は経営において喫緊の課題と言える。
この背景には国際化、情報化、多様性への許容があげられる。
図:多様化の背景
- 国際化により、世界との文化的・経済的な距離が縮まったことによって人々の往来、文化の交流、企業間での直接投資等が増加した。これらによって新しい文化や競合企業を取り込んでいる
- 情報化により、1.で取り込まれた新しい文化等を、情報として人々が触れることになり、さらに個々人の解釈によってさらに複雑化する
- 1.や2.で表現された多様な文化や考えを許容しようという社会的な動きから、さらなる多様化が促進される
そのため、デモグラフィック(国籍や年齢、性別等の人口統計的属性)によって、このような多様な考えを捉えることは難しくなっており、サイコグラフィック(心理学的属性)によって顧客の考えを理解していくことの重要度が増している。
2.2 WHAT. 意思決定につなげ、施策実行を支える
次に、顧客理解を深めることでより現実的な施策を検討するプロセスに追って、分析とは何か、さらに分析を行うにあたってのコツを考えてみたい。
データというものは、広辞苑によると「立論・計算の基礎となる、既知あるいは認容された事実・数値。資料。与件。」だ。要するに、計算するための数字の集まりと言える。例えば以下のようなものが数字だ。
図:数字
数字は、その状態において、ある変数が、その数字、という結果が得られているという状況の表現である。つまり数字は、あらゆる情報が削ぎ落とされた一つの値であって、それ自体に大きな価値があるわけではない。それを価値ある示唆にしていくプロセスこそがデータ分析であると言えるだろう。
大まかにそのプロセスを以下の通りまとめる。
図:分析プロセスの全体像
では、実際のアプリゲームにおけるデータ分析のプロセスを追ってみよう。
2.2.1 傾向を掴む
まずは、数字を比較することから始めよう。数字は時間と空間で比較することができる。DAU(デイリーアクティブユーザー)を例にして話を進めてみる。
アプリAの2023/01/01のDAUが123だった場合、それぞれを時間、空間軸で比較を試みている。時間軸では、前後1日間を比較対象としている。
空間軸では、アプリBとアプリCと比較している。これにより、いくつかの傾向を得ることができる。*ここでのアプリBとアプリCは同一事業者が運営しているものを想定している。
- アプリAの2023年1月1日の時点のDAUは、同アプリの2022年12月31日や2023年1月2日よりDAUが大きい
- アプリAの2023年1月1日の時点のDAUは、アプリBのDAUより大きく、アプリCより小さい
これらをもう少し拡大してみる。例えば時間軸を2023/01/01以降の30日間として、同様にアプリBとアプリCと比較してみよう。
図:DAU(30日間、アプリA-C)
これにより、先ほどの傾向に加え、より多くの傾向を得ることができる。
- 全てのアプリにおいて2023/01/01から2023/01/15まではDAUが上昇傾向にある
- アプリAは、それ以降減少傾向にある
- アプリBは、それ以降横ばいに推移している
- アプリCは、それ以降も徐々に上昇している
- 2023/01/30時点では、対象アプリのうちアプリAのDAUが最も低くなり、2023/01/01時点では、アプリBのDAUが最も低かったことから、30日間でランキングに変動が起こっている
以上のように、時間と空間によって比較を行うことで、いくつかの傾向を掴むことができる。傾向を導出するための比較軸としての時間と空間の選択にはコツがある。以下のようにまとめてみる。
時間軸
- 長期変動要因:長期的なトレンド
- 季節変動要因:1年間の周期、月別・週別の周期、週内の周期(曜日別傾向)
- 不規則変動要因:誤差的な変動、突発的に生じた特異的変化
空間軸
*ここでいう空間とは計測可能なアプリ内空間における位置や行動の差分をいう
- アプリ間(アプリA vs アプリB)
- 他の行動の合計(課金 vs 起動、バトル勝利 vs バトル敗北 etc)
- 他の指標(四則演算を経ているもの、課金率、ARPPU、リテンション率)
もしあなたがプロデューサーで「運用メンバーの声」をよく収集して理解していると思うのであれば、1日運用メンバーの業務を試してみると良い。往々にして運用メンバーの声は既定の情報処理プロセスによって加工されて、プロデューサーへ伝わっているものであり、これもまた不都合なものが削ぎ落とされている場合が多い。
2.2.2 洞察を得る
現時点での傾向を掴んだ後は、ビジネス価値の創出を目指して、事業運営として好ましい傾向を作ることが求められる。その好ましい傾向を作るのが施策であり、その背景としての洞察を得ることが必要だ。
洞察という言葉には、多義的な意味合いが存在している。前述のような「アプリAのDAUは2023/01/15までは上昇傾向で、それ以降は減少している」という傾向を洞察と表現することがある。しかし、それでは効果的で効率的な施策の根拠としては薄い。なぜなら、アプリゲームが多様な遊び方が存在するため、さらに顧客視点ではなく指標を上げる短期的な施策になりがちになるため、などが考えられる。
より良い洞察は、「あるユーザー層がこの変数の変更する(=現実的な施策)ことで主要KPI(=ビジネス目標)を向上させる可能性が高い」など、「ユーザー層」に対して「現実的な施策」を実行し「ビジネス目標」を向上させることに終始する。洞察を得るためには、以下のようなプロセスが必要だ。さらにこれらを何度も繰り返していくことで洞察として精緻で、根拠として力強くなっていくだろう。
- ユーザー層を区分する
- 現実的な施策を一覧化する
- ビジネス目標を定め、関連性を明確化する
それぞれのコツは、別途記事を参照いただきたい。
2.2.3 行動を促す
一連のデータ分析のプロセスによって、数字から傾向、洞察へとその態度を変容させてきたが、やっとここで行動を促すことになる。ここでは根拠として行動を下支えし、推進することになる。そのためには以下のようなポイントを押さえる必要がある。
- ビジネス目標の確立と啓蒙
- データの共通言語化によるコミュニケーションの推進
- 協働意識を支えるデータによる透明・公平な評価
それぞれは別途記事を参照いただきたい。
2.3 WHO. 誰が分析するか
前述の通り、分析をすることが求められる一方で、「アナリストがいない」問題は根深い。採用は困難で、育成も中途半端になってしまいがちだ。ここでアナリストに求められるスキルセットを振り返ってみる。
図:アナリストに求められるスキルセット
この中で最重要なのは、「ゲームの知識」ではないだろうか。分析に際し必要なのは、ゲームシステムがどのようなものか、実行可能な施策は何か、遊び方を理解している、などといった仮説や知見が起点となる場合が多い。
数字は意図を持たずに眺めても、比較や深堀を行うことすらできない。まさにこれを持っているのが、既存の運営メンバーだ。最もゲーム運営に近く、効果を実感しやすい彼らだからこそ、データ分析という武器を持って欲しい。
2.4 WHO. 誰が分析するか
そんな彼らにデータ分析に必要なスキル、例えば、データ抽出のためのSQLやデータ管理等の知見、さらにはデータを解釈するための統計学の知見を、学んでもらうのは現実的ではない。
ThinkingDataが提供するThinkingEngineはそれらの課題を解決するのに、最適な分析プラットフォームだ。
シンキングデータ株式会社とは
シンガポールに本社を構え、ゲームに特化したデータ分析ソリューションを提供しているグローバルテクノロジー企業。2015年創業から900社・5000ゲームタイトル以上のデータを分析。2022年8月、国際化戦略の重点市場として、日本への本格参入を発表。ツールに留まらずゲームにおけるデータ分析のメソッドやナレッジからサポートサービスまで提供している。
ThinkingDataは「誰でもデータアナリストに」をビジョンとした、ゲーム特化の分析プラットフォームを提供しており、まさに運営メンバーにデータ分析という武器を提供している。解決策の特徴は以下の通り。
- データ分析を目的としたデータ基盤、データルール等の提供
- 実績とノウハウによる誰でも使いこなせる分析モデルの提供
これらにより、データ抽出のためのSQLは不要、データ管理、統計学などの知見は不要だ。
3.まとめ
今回は、「分析スキルがない」問題をどのように解決するかを、人材の観点とスキルという観点でまとめた。それぞれの観点でポイントは以下の通り。
- そもそも日本のビックデータの分析や活用の度合いは他国と比較して低く、アナリストが労働市場において少ない
- 企業の能力開発費も他国と比べ小さく、人材育成上の課題も大きい
- データ分析を行いたいと思っても、採用や育成に注力できていないことは複雑化つ根深い課題の一つである
- データは傾向や示唆として意思決定につなげ、根拠として行動を促す
- 数字から傾向を得るためには、時間と空間軸での比較分析を行う
- 傾向から洞察を得るためには、ユーザー軸で深堀分析を行う
- ゲームの知識を持った運用メンバーが仮説を弾き出し、分析を行うことが効果的
今後も、「ゲームデータ分析道場」ではゲーム開発や運営に役立つ分析手法や考え方を公開予定だ。
ThinkingData特設ページにて今後の記事も掲載予定となり、その他のコンテンツも掲載されているので気になる人はチェックしてみよう。
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- IMD(2020), IMD WORLD DIGITAL COMPETITIVENESS RANKING 2020, IMD, 2020.
- IMD(2021), IMD WORLD DIGITAL COMPETITIVENESS RANKING 2021, IMD, 2021.
- IMD(2022), IMD WORLD DIGITAL COMPETITIVENESS RANKING 2022, IMD, 2022.
- 厚生労働省(2018), 平成30年版 労働経済の分析 -働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について- , 厚生労働省, 2018
- 独立行政法人労働政策研究・研修機構(2015), 「人材マネジメントのあり方に関する調査」および「職業キャリア形成に関する調査」結果, 独立行政法人労働政策研究・研修機構, 2015