【連載】腐女子ルネサンス―日本唯一無二のBLサイト「ちるちる」を築いた“BL界の守りびと"井出洋 中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」第99回
BL(ボーイズラブ)は「男性同士が恋愛を中心につむぐ物語」であるが、99.9%が女性作者で、9割が女性読者という「(男性だけの)女性による、女性のための世界」という特殊領域だ。1970年代に萩尾望都の『トーマの心臓』や竹宮惠子の『風と木の詩』で目覚めさせられた少年愛の世界に始まり、1980年代のレディースコミック、1990年代にやおいがブーム化し、2000年代にBL(ボーイズラブ)と耽美(たんび)の世界として独自進化を遂げたものが、同時期に東アジア・東南アジア・欧米にまで広がっていった。だがそこはずっと女性たちだけが洞窟で種火を絶やさずに守り続けるような"秘密結社"のような世界で、2018年以降になってようやくタイ・韓国・中国で同時多発的に小説・ドラマの形で作品が爆発的に作られるようになり、日本も日本でコミックスの売上が急拡大してきた。なぜ今BLが来ているのか!?今回は15年以上も業界で唯一無二のBLサイトとして「ちるちる」を運営しつづけてきたサンディアスの創業者に話を伺った。
■BLルネサンス、人類が史上もっとも“耽美"に触れたこの3年間
――:自己紹介からお願いいたします。
井出洋と申します。BL(ボーイズラブ)漫画(コミック)、BL小説レビューサイト「ちるちる」の運営をしているサンディアスの社長です。
――:今回のBLアワード授賞式すごかったですね。全12部門で表彰されておりました。ご招待ありがとうございました。
優秀なBLコミック、BL小説を表彰するBLアワード自体は2010年からはじめて第15回目になりました。ただこのようなパーティ型にしたのは2018年以来の2回目でしたがコロナでしばらく開催できなかったぶん盛大な規模になりました。BL作家さんから編集者、出版社、メディアの方々なども含めて全部で385名の参加者になりました。
――:こんなに大きな業界だったのかとびっくりしました。一番衝撃だったのは「フラメンコショー」ですね。結構個人的に好きで見に行くことも多かったんですが、男性のみのフラメンコというのは初めてでしたし、何より9割女性という招待客の色めきだちかたが一種異様な雰囲気を醸し出していました。
本場スペインでは男性同士というのも珍しくないようなんですけどね笑。やっぱり日本だと女性のフラメンコがメインのイメージありますよね。あの踊り方・歌い方の情熱的な感じがBL業界の方々の趣向とすごくマッチしていて、前回「ちるちるフェスティバル2022」でとても大好評だったんです。それで今回も同じ催しでの開催となりました。
▲2024BLアワード表彰式の様子@2024年5月15日ホテル雅叙園
▲2024BLアワード表彰式でのフラメンコショー
――:ナマのBL作家さんたちにお会いできたのも僕にはよい機会でした。男性の作家さんはいらっしゃるんですか?
BL作家は99.9%女性作家ですし、読者もほぼ同じくらいだと思います。女性が主役の世界ですね。商業BL全体で3000人ほどは作家がいるといわれてますが、コミケもありますので二次創作をやっているひとまでいると数万人はくだらないと思います。皆が自分の表現で共感をしてもらうために作っています。
――:サンディアスはBLのみの会社なんですか?
弊社は基本的には「ちるちる」という情報・レビューサイトから飛んだ先で購入いただいたモノのアフィリエイト手数料・広告手数料が収入源の会社です。そこにグッズ販売やポップアップショップをやったり、イベント事業をしたり、BtoBではコンサルティングやBL作品のデータ販売をやっておりますが、すべてBLのみで事業をやっております。
――:「ちるちる」を拝見させてもらうと“BLのWikipedia"といった印象ですね。
はい、みんな感想書きたがっているんですよ。うちの情報は公式情報が1割で、むしろ9割は非公式でユーザーが書いたレビューです。キャラクターの誰が攻めで誰が受けなのか、プレイもどこまで過激な描写があるか、とにかく積極的にレビューを残してくれて、本になりそうなほどに大量に書いてくれるユーザーがいます。普通の人には何のためにやっているか理解できないと思います。
――:どのくらいのユーザー数がいるんですか?
いまは1日のPVが20~25万くらいですかね。メインアカウントで9万フォロワーはいますし、BLマンガを紹介し続ける「書店員はな」さんもTikTokで15万フォロワーとかになっていますし、本当にここ数年ですごく注目されるようになりました。
――:どのくらいの人数で運営されているんですか?
2007年に4人社員の段階で創業しましたが2014年くらいまではずっとそのままですね。そこからちょっとずつBLにも注目が集まり始めて、インターンなどで学生にも手伝ってもらいながら彼女たちが(社員・インターンともに9割が女性の会社)卒業とともにどんどん入れ替わり続けて、2020年のタイBLがブームになってきたあたりでは4人社員に20人がインターンといった陣容でした。
それがコロナ期間に将来的にも事業のめどが立ちそうだとなってきて、年2人ずつくらいは正規雇用するようになってきました。2024年の現在の時点では社員15名にインターン25名といった規模で、40名程度のサイト運用企業、ということになります。
――:インターンの数がすごいですね!それだけBLをやりたい方が結構いるってことなんでしょうか?
そうですね。基本的に皆、文章が好きで、色々なことをロジカルに考えられる大学生ばかりです。最初から即戦力で自分が中心になってイベントをまわしてくれたり、社内で正社員がやるような企画も積極的に推進してくれています。世の中こんなに優秀な人材がいるんだ!と思えるのは、弊社がこのニッチな領域に特化している役得なのかもしれません。
――:皆さんどういう経緯で最初にBLに目覚めるんですかね?
昔から少年漫画、少女漫画が好きでアイドルも追いかけていたりという話が多いですね。ただ何かの拍子に少年漫画、特に主人公格の2人の関係性のなかに何かを見出すのでしょうね。女性らしさを嫌ったり、ちょっとひねった形で作品を二次創作してみたり。1970年代はそうした定義のされない感情を『トーマの心臓』が牽引してきたんでしょうけど、もう最近は『おっさんずラブ』のお陰で大衆化して、当たり前のような形で話されるようになってきた。
<図1:日本BLをとりまく社会状況の変化>
<図2:日本BL出版点数と日本・韓国・タイの映像制作本数>
――:市場データも提供いただきましたが、1970~90年代に日本だけではぐくまれた市場のように思っていましたが、2000年代後半から10年ほどで「腐女子」という言葉とともに認知拡大され、2010年代後半から「一般化」、商業化と経済圏ができあがったのは2018年からと位置付けられています。こんなに日の目をあびるようになったのはなぜなんでしょうか?
2018年テレビ朝日がやった『おっさんずラブ』ですね。あれで潮目がかわって、腐女子たちが外にでてくるようになった。そこにタイや韓国からBL小説やBLドラマがどんどん入ってくるようになって、図1のように、BLモノの出版点数は10年で1000作強が2500作強に2.5倍生み出されるようになりました。そしてBLドラマブームは明確にタイが牽引していますね。2019年ごろから量産されて、いまや年80本強。ひっぱられるように日本でも30本、韓国でも20本つくられています。
――:正直こんなに急拡大しているのは驚きました。
中山さんもご存じのようにBLはセクシャルな部分があって、“人権がなかった"んです。それが『おっさんずラブ』からはじまり、タイBLと韓国BLと交じり合うことで、ルネサンスのような状況になった、というのがこの3年間くらいの出来事ですね。
■大学出てモラトリアム延長でフリーター。出版社をやめて700万円で作った「ちるちる」、女性社員の間違いからBLに
――:出会いは突然でした。昨年、僕のオフィスに「ちるちるBLアワード」の本が、井出さんのお手紙とともに届きました。
実は前々から中山さんの著書には注目していたんですよ。なんかすごいペースで本とか記事だしている人だなと思っていて。最初に拝読したのは、実は『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(2012、PHP研究所)でした。新聞広告でみかけて本をよんだら、ガチャゲームとよく言われていたソーシャルゲーム業界を中身がしっかりと分析されていて、印象に残っていました。その後、しばらくしてから『推しエコノミー』(2021、日経BP)を拝見してから同じ作者だったということに気づきまして。
推し領域もよくあるような作品の熱心なファンが出しているような本ですとあんまり当事者性とか共感視点が強すぎて一般にはあまり読まれないんですよ。そうした中で、ちゃんと数字やデータ、現場で実際におこっている現象から分析してくれる人って全くいなかったんです。中山さんの『推しエコノミー』はここまでの情報量と客観性を担保した唯一無二の本でした。それでお手紙をお送りさせていただきました。
――:インタンビュワーなのに、そこまでお褒めいただくとなかなか嬉し恥ずかしい感じです笑
でも本当にそのくらいスゴイなと思って、どうやって調べているんだろう、と。それでぜひBL業界にも目をむけてほしいなと書籍をお送りした次第です。
――:そもそも井出さんはどうしてこのような仕事をすることになったのでしょうか?
僕はしばらく就職もせずにフリーターをやっていて、流れ流れて出版社に入社した、という人間なんです。長野出身で大学は新潟に出て社会学を学んでいたのですが1992年に卒業するはずが2年留年して、1994年に卒業します。そしてそのままフリーターです。
――:就職超氷河期にはいって、「フリーター」が流行語になるのが2000年なのでちょっと時代に先駆けた感じですね
はい、就職活動もそんなに厳しかった時代ではないはずなんですが・・・働きたくなかったんですよねえ笑。なんとなくモラトリアムになってしまって。そのまま新潟で4-5年暮らし、1999年になってから東京にきてアングラ系の出版社に入ります。30名くらいの会社でした。
――:雑誌はまだ調子がよかった時期ですか?1990年代後半から出版社の雑誌売上は現在に至るまで四半世紀下がり続けている状況です。
紙雑誌はその後孫正義さんがYahoo!BBを配りまくって、ネットが普及してくる2003~04年くらいから急激に厳しくなっていくんですよ。ちょうどその手前、最後のアダルト系雑誌が隆盛した時期に、編集出版を手掛ける出版社に入れました。
もう30歳前後になっていた僕はそこでなんとなく自分の適性に気づいてくるんですよね。文章を書くのは特異だけど、営業は苦手。上の指示に従うのが得意ではない。
――:たしかに井出さんご自身の印象も、やわらかくオープンで、たしかに「売上つくる」みたいな創業者タイプの感じはしないですね。
協調性がないんですよね。中学校でもサッカーやっていたけど、なんとなくプレーヤーじゃなくてマネジャーっぽい役割やっていたり。高校は新聞部で1人コツコツ書いていたタイプだったので。それがこの2000年前後がよい時代で、出版社で一人で取材して記事を書くというのは水にあったし、当時Webでホームページ制作したりすると結構お金になるんですよね。
それで2000年代前半にはそのアングラ系出版社をやめて、パソコンでプログラムが得意な友人と組んで掲示板つくったりHPつくったりという会社をはじめてます。いまのサンディアスの前身ですね。
――:サンディアスは2007年設立の前から動いていたんですね。
いや、単に2人組が人づてでWebの仕事をとっていただけなんです。いま思うと、よくあれでおカネとれてたなと思うような体制で仕事してました笑。
――:しかし1990年代前半にフリーターになり、その後新潟と東京で5年ずつフリーター&アングラ雑誌の出版しながら、30代に入っても友達と2人でのWeb制作会社、という感じで、なかなか不安なスタートではありますね笑。
そうなんですよ笑。もうちょっとちゃんとしないと信用力ないよねと2007年に同じメンバーでサンディアスとして会社にしようとしていました。当時は男3人、女1人の4人だけでした。
私は当初レディコミ、TLのレビューサイトをつくろうと思っていました。その唯一の社員だった女性に、参考資料としてレディコミの雑誌を数冊購入してくるように頼みましたが、かわりにBL雑誌を買ってきたのです。買い直しを指示しようと思いましたが、「この間違いは、もしやBLをやれというお告げ、運命なのでは?」と思い直し、BLレビューサイト構想に切り替えました。当時の僕はBLのことは読んだこともなければ知りもしなかった。「なんでこんなものがあるんだろう?なぜそんなことが好きなんだろう??」という疑問のなかで、同人誌即売会にもいって、直接意見をもらうようになってました。あまりの情熱に気おされながら「腐女子の方々はこういう形で物事を考えるんですね」という客観的なポジションで、ほとんど興味本位ではじめようと見積もったら700万円くらいだった。それなら今まで貯めたお金でなんとかなるかも、一財産投じてやってみるか!とスタートしたのが「ちるちる」です。ちょうど2007年11月、法人設立とともにサイトオープンでした。
■ゼロオーシャン市場でアングラ運営、秘密結社感のある10倍“濃度"のユーザー向けニッチサービス
――:すごい目のつけどころでしたね。まさかそれが現在も日本唯一のBL情報交換サイトになるとは・・・。
ただ最初から、いきなりピンチになってしまって。サイトをお願いしていたA社の委託先B社が前払いしたお金をもってトンズラしまして、、、。うちからB社には支払ってたんですが、「サイトできました!お金お願いします」ってA社から連絡があって。いやいや、もう払ってますよ、と。それでA社がその後の運営はできない、というんですが、うちはうちでもうお金もすっからかんになっていて。「痛み分けでとにかく続けられるうちはなんとかできませんか?」ということでなんとか協力してもらって進むことになりました。本当にあのとき、サイト中止してなくてよかったです笑。
――:正直2000年代、「腐女子」は知っていてもBLという概念自体、僕はほとんど聞いたことがありませんでした。
勝手にカップリングを創作して小説・マンガで描くと、内容的には18禁になってしまうことが多い。描かれるタレントやマンガの作者も気持ち悪がるだろうと配慮するものだから、余計に秘密結社的な雰囲気になるんですよね。
男性オタクが中心の業界だったらもっと表立って動いていったと思うのですが、女性同士で空気を読む人が多いから「領域は犯すまじ」「外の世界では口外すべからず」と、ひそやかな地下組織が育っていきました。色々明言されていないルールが多すぎるんですよ。男からするとそれいわないとわからないよね?ということも、張り巡らされた暗黙のルールがいっぱいあって。
――:大手企業ですと、本来商圏を確認してからサービスを開始します。そうした“表にでていない"ユーザー向けのサービスなんて、ほかの企業では難しかったでしょうね。
うちだからできたサービスですよね。最初はDailyで1,000人くらいで、同じ人が毎日訪れる“洞窟"のようなサイトでした。広告費つかって宣伝する余裕もなくて、口コミだけで広がっていって、サーバー費用だけを賄い続けている状態でした。
――:まだお金になっていない時期で、先ほどのお金持ち逃げもあるなかでよく続きましたよね。
時期がよかったですね。当時のサーバーってそんないいものでもないので動かし続けるコストも限定的でした。片手間にいろいろなWeb制作やってお金もらいながら、ちるちるはそのままおいておいて、だんだんアフィリエイト収入がお小遣いのように入ってくるようになるんです。
でも当時色々なサイトに関わっていた僕としては、コンバージョンの高さに衝撃でした。サイト訪問者の20%とかが物販サイトに飛んで、モノを購入してくれるんです。
――:え!?CTR(Crick Through Rate)ですよね?普通0.5~2%くらいの。20%って、それ聞いたことないですよ。
そうなんです笑。当時からファンのエンゲージが段違いでした。「なんかおたく、不正でもやっているんじゃないの?」と決済会社から連絡がくるようなレベルで。そのくらい腐女子の方々が情報に飢えていたし、好きなものを買える手段が限られていた。3年目でDaily6000人くらいが訪問するようになって、黒字化しました。
――:DAU6000って普通のサイトでいうと月10-20万PVみたいな話ですよね?正直普通だと、それではお金にならないはずなのですが。。サイトのポリシーとユーザーのニーズがぴったりと合致するとそんな「ソシャゲ課金上位者だけのサイト」みたいになるんですね・・・どういう部分が普通のユーザーと違うんでしょうか?
腐女子の方々が違うのは、一致団結して一つのものを推していく力ですね。いわゆる“オタク"のイメージと違って、共感性もあって社交性も高い。男性の場合は同担拒否(同じ推しがあるファンと仲良くしない)があったりバトル的になる場面もあるのに、女性の場合は「皆で守っていきましょう、皆で推しあげていきましょう」という文化が当時強かった。全然男女で違うんだなと思いました。
――:僕自身も女の子・男の子を一緒に育ててみると、幼稚園・小学校からすでに「社会脳」のレベルが段違いなことに気づきます。AちゃんがBちゃんとCちゃんを嫌っているけど、Bちゃんは気づいてCちゃんは気づいていないからこの場合の会話は・・・みたいな複数次元の計算を幼稚園ごろからやっている女子と比べ、男子脳のシンプルさに驚愕します。2007年当時、どうやって皆は情報交換したり、推していたんですかね?
YouTubeも普及していない時代でしたので、ブログでどんどん広げるような形でしたね。ティーンズラブ(10-20代女性向けジャンルで成人向けのような性的表現が物語で展開される。1990年代後半に始まり、『エルティーンコミック』や『少女革命』が草分けとされる)もまだあまりBLのような濃い目の性描写はかいてなかったので、「BLだけが特殊なんだ、だったら商売になるかもな」という軽い気持ちでサイトをたちあげたんです。今考えるとあの当時で競合も一切いないなかで、よくそんなことができたなと思います笑。
――:逆にレッドでもブルーでもないそのゼロオーシャン市場に、なぜ井出さんがいつづけられたのか、ということが大変興味深いです。
BL以外の女性向けを広く扱っていたサイトはいくつかあったんですけどね。もうBLはBLだけに特化したサイトは、「ちるちる」だけが残りましたね。
――:最近になっても競合はいないんですか?
比較的近いのはコミコミスタジオとか、ホーリンラブブックスですかね。ただ彼らもメインとしては販売サイトですので、一緒にプロジェクトをすることもあるんですよね。
我々自身は出版社でもないし販売もしていない。商品仕入れをしない仲介のみに特化したサイトで、このサイト経由で購入されたときのアフィリエイト収入といういわゆるマージンだけで運営される、という意味では15年たっても弊社1社だけ、といえますね。
――:BL特化のコミケみたいなものもありますよね?
Jガーデン(創作オンリーの同人即売会を主催するCOMITIAの影響を受け、1996年より立ち上げたBL創作オンリーの同人誌即売会。年2回開催)も赤ブーブー通信社(1988年より年20日間ほど日本全国で同人誌即売会Comic Cityなどを開催)もどちらかというと閉鎖的で、誰もが知っているようなマーケットではありませんでしたね。いまでは両社イベントあわせて年間15万サークル?ですけど、その当時でも十分ににぎわっていて数万サークルはありましたよ。
もともとコミケのなかで「絡みの多い男×男の同人誌」というニーズに特化した即売会ということで1990年代に分かれていったんですよね。最近ではコミケと同じ冬の時期に大型の即売会イベントをぶつけるようになりました。
――:なぜ「ちるちる」だけが15年以上運営し続けられたんでしょうか?
詳しい従業員が多くて、任せていったのがよかったんだと思います。僕自身は何かに強くこだわりがあるタイプではなくて。腐女子たちは対象が好きになると熱烈で、ちょっとしたミスオペレーションがとんでもないトラブルになる。ヘイトも起きやすくて途中で似たようなサイトが炎上してなくなっていくなかで、ちるちるはずっと安定運営していました。
■性描写の強さがバリアーとなって秘密結社化するBL。“女性の退路を断ってはいけない"ハードルをコロナが越えさせた同調開放新時代
――:BLって基本はエロとともにありますよね。
基本的には「絡ませたい」というのがあって、そこだけがピックアップされてしまいますよね。物語重視でキスもないというものも1割くらいはあるんですが、どちらかというと半分以上はセックスもある強めの性描写があるものです。エロが絶対的に必要とはいいきれないのですが、エロがあったほうが確実に売れる、という結果も出ている。この「エロがあること」が、世間から冷たい目線を向けられがちなポイントですよね。
――:でも根本で違うのは男性でいう「抜き」のためのものではない。ここは大事なところですけど「性描写はあるけど、性自体が本質的な消費対象物ではない」ということが伝わっていない気がします。男性同士のキャラクターだから、関係性の結実が「セックス」という最終ゴールに“せざるをえない"。関係性を深めるストーリーが本質なのに、“道具としてのエロ"という観点は男性向けアダルトと混同される傾向にあります。
儀式なんですよね。男性同士なんだからべつにこすりあっているだけじゃダメだろう、と。やはり中にいれて結ばれましたという「儀式」がないと最終的な満足感が得られない。水戸黄門のように物語のクライマックスに向けて、それまでの関係描写を丁寧に描かれていてきます。
――:腐女子の方とお話すると「女女した世界が嫌い」な人が多いんですよね。「壁ドンされてる自分がキモイ」とか。“女扱い"が結局は「男からみた女」の箱のなかで規定され、それを代替消費するしかなかった20世紀に対して、21世紀に入って女性による女性のための世界というのが開かれてきた。それがBLですし、女性向けコンテンツということで以前アニメライターの渡辺由美子さんにお伺いした世界でもあります。
僕自身そうした世界に、社会学もやっていたから興味があったんだと思います。中山さんの本に通じるものを感じたのはそういうところなんですよね。
――:そうなんですよ。結構BLも百合もLGBTもセクシャリティと趣向の境界にチャレンジしているものだから社会学の素材にもなりやすかったんですよね。男同士だからとLGBT文脈でゲイと一緒くたにされた時代もありました。
BLは基本的に異性愛(男性と恋愛をする)の女性が楽しむもので、同性愛の男性からは素材にされて嫌がられてたりもしますよね。
――:しかし、なぜジャンル化しないんですかね?男性であれば少年誌/青年誌/エロ本という区分けがちゃんとありますよね。でも女性向けの場合だけ女性誌/BLの間の境目がグレーすぎる。それが誤解を生むモトな気がします。
最近はBLの中でもちゃんとカテゴリーを分けていこうという動きがあります。ただ男性でも「エロ本を買うこと」に抵抗あったりするじゃないですか。女性の場合はそのハードルがもっと高いんですよね。だから「これはエロ本ですよ」と明言されてしまうものはそれはそれで一気に引いてしまう。
“女性の退路は断ってはいけない"という点もよく言われていて、言い訳ができる環境をつくってあげることも大事なんですよね。だからエロの件も含めて濁しておかないといけない、というのもあります。
――:中国BLがまさにそういう状況で「硬核(明示的な描写、露骨な身体細部描写)/軟核(暗示的な性行為)/清水(軽くキスや抱き合う程度で性描写なし)」の三段階でわかれています(『BLと中国』より)。でもおっしゃることわかります。コロナ禍でコミックシーモアやめちゃコミでエロ系が売れたのって女性ユーザーがすごかったんですよね。電子版だと親兄弟や友人から本棚でバレることがないので、安心して購入される時代になった。
コロナでやることがなくなったときに一気に来ましたよね。イベントがなくなったのは大損害でしたが、そのころからBLコミック、特に電子でやっているところは急激に儲かりました。
それにユーザーも“同調開放"っていうんですかね、皆で申し合わせたように世間の目があるところでもBLを売ったり、話題にのぼるようになってきた。それまで隠れキリシタンのようだった腐女子たちが「あら、あなたも好きだったの??」と一般の人々への布教をはじめたんです。なぜか急に世間に出てきたんですよね。
――:確かに、大々的にイベントをやる、ということも以前ははばかられていましたよね。
サンディアスでも2016年に声優BL朗読イベント「CHILLCHILLBOX」をはじめ、2019年からBLソムリエ認定試験をスタートしたり、BL総合イベント「ちるちるフェスティバル」を開始しました。「ちるフェス」は、いまや毎年数千人単位で集まる大規模なイベントになってきました。
――:でも難しいのは腐女子や貴腐人たちの“審美眼"もあります。関係性に対する要望が強い反面、ファンが推してできあがる世界だから運営を誤るとすぐに炎上します。
あれだけ一世を風靡した『おっさんずラブ』も2018年4月のシーズン1に対して、2019年11月のシーズン2は炎上しちゃったんですよ。そもそもパラレルワールドで設定を変えてしまって、シーズン1で主人公が成就した相手が出演せず、シーズン2では別の登場キャラと恋をしているのがファンには許せなかったんです。たぶん世界観だけ一緒で中身をいれかえていく『寅さん』型にしたかったんだと思いますが、そういう変化にデリケートな業界なんですよね。弊社のスタッフの反応をみていたら「これは、禁じ手やっちゃったな~」とすぐわかったんですが。
シーズン1のその後を描いた劇場版は評判よかったですが(『劇場版 おっさんずラブ〜LOVE or DEAD〜、2019年8月封切で興収26.5億円、150万人動員』)、直近2024年1月で「リターンズ」でシーズン1の形にもどしたのはその炎上への対処法だったんでしょうね。
だから『おっさんずラブ』ができたからといってテレビ朝日さんがBLファンの気持ちをわかっていた、というわけではなく、あの時代にあのタイミングでBLの機運が高まっていたところにちょうどベストな作品がミートしたということなんだと思います。
■世界を席巻するBL小説⇒BLドラマ⇒ファンミのメディアミックス、大手TV局・出版社も続々BL界に参入
――:海外のBLってどんな感じなのでしょうか?
米国からきているインターンと話していると、米国って自由なようでBLのアングラ感が日本の比じゃない(現地ではスラッシュ、オメガバースなどと表現されている)。社会派ものが多かったり、ディズニーのポリコレ的なところからもわかるように、意外に表現規制がある国なんですよ。
比べてみるとアジアBLのほうがファンタジーっぽいものが多いです。タイBLで受けるのも恋愛要素のほかにギャングもので暴力があったり、社会派的な文脈をいれていく必要があります。でもその中でも日本BLってファンタジー性が高いんですよね。
――:国ごとにBLが違うんですね。
国ごとのBLがあるんです。ただタイや韓国実写BLは国境を越え始めていて、その俳優がファンミーティングを日本でもしょっちゅう開くようになってきました。
――:タイの俳優さん、BLドラマへのコミットがすごいんですよね。ドラマが終わって4-5年たってもまだ同じカップリングで同じ主人公たちの関係性のままでイベントを開いていたりする。日本では不可能だと思うんですが、タイでこうした「ストーリーの再現」がし続けられているのはなぜなのでしょうか?
日本とテレビ文化が異なっていたんでしょうね。制作側も変なプライドがなくて、これが皆求めているんだからやろうよ、とファンにあわせて内容もつくっていく。俳優も俳優で、一攫千金いけるかもと思うから、かなり役柄にコミットしていきます。最近ですと韓国でも俳優の売り出しにはちゃんと色がつくBLドラマに、積極的に登場させたりしますよね。
日本ですとやはりテレビ局さんと芸能事務所さん側でBLドラマはNGとなることがまだ多いです。
――:そうなんですよね。日本のテレビ局や芸能事務所でいうと、過去本格ドラマなどで成功してきた実績もあるからどこかで「BLなんか・・・」があるんだと思います。そうした中でBLに積極的なテレビ局・芸能事務所はあるんでしょうか?
感度が高いのはキー局の中ではテレビ東京ですね、突出しています。事務所でいうとスターダストさんでしょうか。自分たちでBL出版までして、そこで自社タレントでドラマをつくろうという動きもあります。
――:BLの出版社さんたちも今回のBLアワードではじめて目にしましたが・・・フロンティアワークスさんやリブレさん(ともにアニメイトグループ)はよく知っていますが、中山もあまり聞いたことのない会社さんも多かったです(シュークリーム、ブライト出版、新書館、CLAPコミック等)
ビブロス(1988年設立で『MAGAZINE BE×BOY』を中心にやおい系・BL系を出版、2006年にグループ会社碧天舎の自己破産にひきずられて2006年に経営破綻)を継承したのがリブレ出版(2006~、ビブロスのBL出版を継承するためにアニメイト・ムービック・フロンティアワークスの共同出資で設立)です。
大手出版社も入ってきてますよ。集英社さんや講談社さんも少しずつ手掛けているんですがあまり目立たないようにやられていて、今回受賞作があった光文社さんもちょうど2023年から展開されています。まだそこはアングラのかおりが残ってはいるので、大手の会社さんはちょっと探り探り進出されている印象です。
――:アニメイトさんが東洋BLを日本に輸入している動きも以前インタビューしました。これだけのブームになると、貴社も資本提携だったり「人権がなかったBL」時代から一変したのではないでしょうか?
資本提携のお話は確かにいただきますね。正直、最近までサンディアス自体も銀行からお金すら借りられなかったんですよ。ジャンルがジャンルだけにアダルトと同じ扱いを受けていて。クレジットカード会社からの決済も断られて、銀行口座への振り込みとかしかできないんですよね。
もう20年近いですが長いこと肩身が狭く生きてきました。でもそういうところからようやく抜け出してきた感じはありますね。洞窟から光が見えてきたような笑。
――:近年は作品の傾向も変わってきているのでしょうか?
文学性が増していて“普通の作品"も増えてきたんですよね。エロがないものも増えてきていて、今までの感覚だと売れないんだよなという作品が受け入れられるようになっている。ユーザーもマス化していて、ジャニーズやBTSなどメジャーなものを楽しんでいるユーザーさんがBL界に入ってくるようになりました。
――:ちるちるさんとしても業務拡大したり、違う領域に展開したりといったことはあるのでしょうか?
一度百合モノなんかも手をだしたことはあるんですけどね・・・百合は百合で性描写に厳しくて、「キスまで」とか逆に露出は少な目なんですよね。ちるちるのファンがそれを望んでいなかったのもありますし、今は手を引いております。
弊社としては今後もBLファンのためのBLサイトということでやっていくつもりです。せっかく何十年かぶりに人権を与えられて外の世界に開けてきました。このBLブームの種火を消さないように、これからも守っていきたいですね。
会社情報
- 会社名
- Re entertainment
- 設立
- 2021年7月
- 代表者
- 中山淳雄
- 直近業績
- エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
- 上場区分
- 未上場