世界エンタメ特集「インド編2025」#6-『クレヨンしんちゃん』『おぼっちゃまくん』がインドで大人気、キッズアニメ覇者テレビ朝日の次なる挑戦

中山淳雄 エンタメ社会学者&Re entertainment社長
/

テレビ朝日が日系企業インド展開の最先端を走っている―これは前回JETROとともにWavesというインド・メディアカンファレンスで取材した内容をベースに中山が実感した事実である。「キッズアニメ」という特化したジャンルでグループ会社シンエイ動画が制作する『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』を筆頭に、『忍者ハットリくん』『おぼっちゃまくん』など懐かしい作品もインドで展開し、トップアニメとして今もファンをのこしている。実際にテレビ朝日の中でも海外市場のどこで一番収益化しているかと聞けば、「インド」という答えがくる。およそ20年前、2005年前後にインド全体でケーブルテレビが黎明期にあったタイミングから番組販売を行ってきたテレビ朝日が現在この市場とどう向き合ってるのか、インタビューを行った。

 

■インド初の日本アニメ映画ブーム、テレビ朝日が自前配給でインド市場展開で『鬼滅』12億円に『しんちゃん』で迫る

――:自己紹介からお願いします。

テレビ朝日のビジネスプロデュース局国際ビジネス開発部長の稲葉真希子です。よろしくお願いします。

――:今回のMela!Mela!でもテレビ朝日チームはずいぶん大人数で来られてますね。

そうですね、アニメチームと私の国際チーム合わせて9名きています。さらに今回は、橋本昌和監督や、シンエイ動画の制作チーム、双葉社、ADKのメンバーもインドの劇場でのプレミアに参加してもらうので総勢18名です!。今週はNew Delhiですが、私たちテレ朝国際チームはそのまま残って来週はMumbaiとインド2都市でプレミアと各種プロモーション行脚をして、来月(10月)に日本に戻るスケジュールです。

先月もインドのAnime Network Awardで5月に劇場公開した『映画クレヨンしんちゃん オラたちの恐竜日記』がBest International Animated Feature Film(最優秀外国語長編アニメーション映画賞)とBest Animated Licensed Character (International)(最優秀ライセンスキャラクター賞・インターナショナル部門)の2部門で最優秀賞を受賞しまして、急遽しんちゃんに受賞式に登壇してもらったり、本当にチーム全体がインドに集中した夏を過ごしております。

 

 

――:今回僕も2025年8月8月から日本で公開されている『クレヨンしんちゃん 超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ』を視聴してから来ました。なぜインドがテーマになったのでしょうか?

橋本監督が温めてきたテーマで、私たちも制作チームから聞いたときはテレビ朝日が長年にわたって大事にしてきた"インド"がテーマということで大変うれしく思いましたし、この映画の劇場公開を目標としてさまざまなチャレンジを計画してきました。2025年を"しんちゃんインドイヤー"として掲げ、前回中山さんが取材してくださったWAVESから、この2年目のMelaMelaと、劇場公開までの流れと、上手にいろいろなことが重なり、日印多くの関係者にもサポートいただけた形となりました。

この秋はインドではある種の「日系アニメ映画ブーム」のような状況が起きています。私たちの「クレヨンしんちゃん」の映画だけでなく、9月12日から「鬼滅の刃 無限城編」が始まり、9月26日週には「チェンソーマン レゼ編」も公開されます。こうしたムーブメントは日本のコンテンツにとっても大きなチャンスになっていくと思います。

――:なるほど、日本アニメ作品が初めてインドの映画館で上映されたのが2019年の『天気の子』。そこから比べれば、たった6年でこのトップ作品3作が一気に配給される時代になってきたのですね。

『カスカベダンサーズ』の公開時期も最初は11月にしたらどうかという話もありました。ただ、8月9月のアニメイベントなどと組み合わせたプロモーション展開が組み立てられましたし、日本の上映からできる限り早いタイミングでインドのファンに届けてみようとなり、9月公開にこぎつけました。ただ3言語への吹き替えを行うので、正直間に合うかどうか、うちのインドチーム総力戦でぎりぎりまで必死な感じです笑。

5月に公開した「オラたちの恐竜日記」もヒンディー語、タミル語、テルグ語の3言語で吹き替えを行い(この3言語話者で約4億人、インド全体の3割をカバーできる状態)、インド全土のPVR300館以上で配給しました。今回の『カスカベダンサーズ』も吹き替え同3言語、さらなる公開館数を目指すべく、事業パートナーである(インド111都市で355施設、1749スクリーンを持つ)PVRとも色々議論しています。

――:『鬼滅』や『チェンソーマン』と日本のアニメということでユーザーは重なってたりするのでしょうか?

すこし違う、と私たちはとらえています。英語字幕でも視聴される『鬼滅』と『チェンソーマン』とキッズのファンが多い『しんちゃん』のオーディエンスまた別、ということですね。前回インタビューの際には『恐竜日記』で初めて劇場公開にトライしたタイミングでしたが、吹き替え/字幕で並行してやってみたところ、圧倒的に吹き替えが視聴され、客層がキッズやファミリーが中心であることがわかりました。

『鬼滅』はUA13+、『チェンソーマン』はAと年齢制限で切っていますが、しんちゃんはUで一番広い年齢層まで対象にすることができました。この作品の場合は「いかに日本に近いタイミングで毎年、劇場公開をつづけていけるかどうか」が非常に大事で、その最初の一歩目という感じです。

――:日本で毎年上映される劇場版しんちゃん、今後インドで毎年上映していくとすればサイクルはどうなるのでしょうか。

インドで上映するなら4-5月の“夏休み"、9-11月の“ディワリDiwali"というインドのお祭りのタイミングあわせ、もしくは12月の“クリスマス"、という3つの可能性があります。このあたりは今年の実績を踏まえてインドの関係者にも意見を聞きながら、じっくり検討していきたいと思います。

――:ビジネスの組み立て方もかなり特殊ですよね。もともとインドで人気のテレビコンテンツだったというのもありますが、“日本のテレビ局"であるテレビ朝日がインドで直接配給で劇場と交渉しながら劇場版アニメをビジネスしにいく、というのはちょっと聞いたことないレベルの事業ピボットに見えます。

ほかのエリアのようにローカルのエージェントや配給会社に委託するという方法もありえたとは思います。

ただ、これまでもインドの放送チャンネルのJio Star(前Disney)やSonyも直接取引してきた歴史があり、我々も現地でのネットワークがあったので直接配給までやってみよう、となりました。吹き替え作業、宣伝やタイアップなども手探りで実施してきたので、私たち国際のキッズアニメチーム5人がかりでこの半年間ずーっと重いタスクがつづいてきました。

 

▲Shin Chan The Spicy Kasukabe Dancersのインド映画上映にあわせて9/14にMela! Mela! Anime Japan!!で橋本昌和監督が来印。インド大使小野啓一氏、国際交流基金の黒澤信也氏、PVR INOXのAamer Bijli 氏とともに登壇イベント開催。

 

■20年間インドでトップコンテンツであり続けた『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』

――:本当に「キッズアニメ」がインドは盛んですよね。

子供が多いから、キッズチャンネルはたくさんあるんですよ。ただJioStarのキッズチャンネル「DisneyChannel」で『ドラえもん』、「HUNGAMA」では『クレヨンしんちゃん』も『あたしンち』など複数タイトル放送されていますし、高いシェアはとれているかなと思います。

 

2022年10月JETRO「インドのコンテンツ産業市場調査」より

 

――:2005~07年で『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』『ナルト』とよく日本人にも知られた作品が放送されました。もう20年前ですね。なんでこれらの作品は“買われた"んですか?

そもそも学校もあまりに人が多くて、午前と午後で交代制で2部制で通学する仕組みがあったりします。そういう子供たちに家に帰ってから見せるコンテンツが必要、ということで相当量のボリュームあるアニメが必要とされたんです。うちも1000話クラスの『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』を販売しましたが、それも毎日放送されるからどんどん消化されてしまう。もっといっぱい話数あるものはないのか?と言われて、それで話数の多い『忍者ハットリくん』や『おぼっちゃまくん』を提供していくんですが、それも消化してしまう。

それでインド向けにオリジナルのアニメを作ろう、となったのが2012年の『NINJAハットリくんリターンズ』(テレビ朝日・シンエイ動画・インドのReliance Animation, Green Gold Animation社等で共同制作)でした。

――:2013年の経産省調査(下図)でもこの時点でもシンエイ動画のアニメ作品がインドでトップ10の半分を占めていたことがわかりますね。

 

▲平成24年度クール・ジャパン戦略推進事業(海外展開支援プロジェクト)事業報告書より

 

――:これだけ競争過多ですと、日本アニメも埋没はしないのでしょうか?

Jio Starは「DisneyChannel」「HUNGAMA」やNickelodeonとの「Sonic TV」など3チャンネルもっていて、逆にソニーは「Sony YAY!」の1チャンネル。各社最近統合されていく傾向がありますが、インドでは現在も子供の人口は減っているわけじゃないので、露出やリーチはある程度維持できているかなと思います。多くの子供たちが私たちのコンテンツに触れて大きくなっていき、ゆくゆくは親世代になっていっていくサイクルができてきているので。インドでタクシー乗ったときに運転手さんに聞いてみてください、「『ドラえもん』はもちろん、『しんちゃん』もや『ハットリくん』も知っている」と思います!

 

▲インドのケーブルチャンネルは統合・集約傾向でこの10年はM&Aも目立つ。SonyのZee買収は最終的に成立せず。(2022年10月JETRO「インドのコンテンツ産業市場調査」より)

 

――:なぜインドと日本がキッズ作品でこれだけ親和性が高いのでしょうか?

「根底にある家族の単位」に共通性があるんじゃないかと思うんですよ。『ドラえもん』も『クレヨンしんちゃん』も『あたしンち』もキッズ向けで、かつ学校と家庭の往復を描いた家族アニメなんですよね。インドの子供たちにとっても、自分・家族と学校、友達との距離が同じように遠くないものなんじゃないでしょうか。

 

▲映像系は需要高く、ゲームも比較的興味あり。音楽はまだ需要厳しい状況

 

■下ネタのインド版ローカライズ法。「お尻」も「ともだちんこ」も封じた翻案戦略

――:テレビ朝日としては米国や欧州など含めて、どのインドが?

一番売り上げているのでしょうか?

弊社では大人向け深夜アニメと、キッズ向けアニメでチームを分けています。前者は「米国」が断トツで、次に「欧州/アジア」。「中国」は審査などがありますので、そのあとにくるような感じでしょうか。これは他社さんとそんなに変わらないかと思います。

でもキッズアニメになってくると前述のように売り先は全然違ってきますね。テレビ朝日でいうと、キッズ向けアニメはインド、スペイン、ベトナムなどが主要な取引先となります。

――:インドが世界の中でNo.1って、他のメディア・コンテンツで聞いたことない衝撃的な話です。

なぜこれらの作品がインドでヒットしているかを自分達なりにも考察してみたんです。「コンテンツ自体が日本本国で今なおアクティブ(テレビシリーズの放送があり、毎年映画も制作&公開があり、IP自体にパワーがある)であること」「作品のテーマが生活/友達/学校という日常生活を描いて、日常のなかで冒険があること」そして、「現地でよいパートナーがいて、ローカライズを大事にしていること」などが共通項なんですよね。実はあてはまる作品自体がかなり稀少だと思います。

――:まさに20年前に番組販売したときからのローカライズが凄かったということですよね。『クレヨンしんちゃん』はバスク語にすらなっていて、ローカル言語からスペイン中に広まり、2003年には「最優秀エンターテイメントキャラクター賞」を受賞するまでになっています(関連)。

IPの魅力を現地の言葉や習慣にでどう根付かせていくか、は一朝一夕ではない長いノウハウがあります。インドと同じように、スペインでもカスティーリャ語、バスク語等現地の5言語で細かくローカライズしていましたしね。スペインも現地のパートナーは30年以上やっている方なんですよ。歴史があってパートナーとともに努力し続けてきたこと、テレビ朝日のなかでも20年以上も先輩方が努力してきた成果がここに結実しているんだと思います。

インドもDisney時代から信頼関係を築いてきたパートナーが劇場、放送局、配信プラットフォーマーとのやりとりに寄り添ってくれています。かなり長い関係値の信頼関係が構築されているチームがこれらの国には存在します。長い時間の中では、苦難もたびたびありましたが、つづけるための努力をお互いがしてきたこと、が大きいと思います。

――:『クレヨンしんちゃん』もそうなんですが、個人的には『おぼっちゃまくん』が大変気になったんですよ。あれだけ下ネタだらけのアニメが、敬虔なヒンドゥー教徒のインドでどうやっているんでしょうか?

実は1回目はターナーで流していた『おぼっちゃまくん』があるんです。2回目が2012年に放送されていたもので人気になってます。なかなかセンサーシップにひっかかるものもあって、「ともだちんこ」などはどう言語翻訳するのかはずいぶん議論がありました。「Friendrich」であえて日本円の1円玉をつかった友達づくりみたいな形に変えています。その国でも長く残る形式にローカライズして、“翻案"しているんです。

 

 

――:『おぼっちゃまくん』は1989~1992年にシンエイ動画が作った164話で日本では終わっています。それが20年越しにインドで放送され人気作になり、2025年現在約35年ごしにインド制作で蘇る、って想像の枠外にある状況ですね。

ソニーピクチャーズネットワークスインディア&テレビ朝日、そしてインドアニメ制作会社Greengold、シンエイ動画で連携してつくりあげた作品です。そして承諾していただいた小林よしのり先生の協力とサポートも大きいです。

ソニーで今年8月に“30年ぶりの新作"としてケーブル放送されました。これからAmazon/Anime Timesでも配信が始まるんです。人気は上々ですね。日本でも見られる・・・かもしれません笑。

 

■放送局はどこまで「事業」にコミットできるのか。インドにおける映画配給、共同製作、MDまで。

――:『カスカベダンサーズ』に話を戻しますが、これは映画公開のみなんですか?

劇場をあけたあと、どこかで放送や配信でもやっていく予定です

――:しかし映像をそのまま同じ放送電波にのせるものとは違い、ローカルな独自の劇場網の「映画配給」にまで手をだしていくというのは相当チャレンジングなことをやってますよね。

「劇場での体験」は大事だと考えています劇場で映画を上映し、そこで楽しんでもらえることを形にする必要があり、その規模が純粋に毎年大きくなっていってくれたらいいなと思っています。ある程度このフローをシステム化しかないと長く続かないだろうなと考えていますが、どこの業務をアウトソースしたらうまく機能するかはそれぞれの市場ごとに環境やパートナーも特性が全然違います。ベトナムはいまTAGGERさん、スペインはLUKさんとそれぞれに配給会社さんがいますが、インドは現時点では直接劇場のPVR社、という具合ですね。

――:テレビ局がリスクをとってやる、という意味では今各局が「脱放送局」をやろうとしている流れの先端にいますね。

最先端かどうかはわからないですが、今回の劇場公開の試みの流れで"宣伝タイアップ"にもチャレンジしました。全日空さん、東洋水産/味の素 さん、ニトリさん、フジフィルムさん、パイロットさん、ヤクルトさんなどインド市場で展開されている企業さんにご協力いただき、タイアップ展開を企画してきました。インドローカルではクイックコマース(食品・日用品などのECサイト・アプリ注文を数分~30分以内で即時配達するインド特化市場)大手のBlinkitさんともタイアップしています。あとは物販・MDですよね。ほかのアジアのマーケットのようにキャラクターグッズの展開が広げられてない課題はあります。

――:リテーラーは苦労していますよね。関税問題があってタカラトミーさんもベイブレードをもってこれない。でも現地製造にはハードルがある、とおっしゃってました。政府の海外展開助成金なども使われてますか?

J-LOXなどは使わせていただいています。年度年度で募集されているものでスケジュールや条件が合う範囲のものを申請しています。サポートという意味では、今回の取り組みはJETROさんや在インド日本国大使館の方々にも大変ご協力いただきました。インドに関わる関係者に背中を支えていただき、一緒に盛り上げていただき、本当にありがたかったです。

――:テレビ朝日さんにはぜひ日本テレビアニメのインド展開の旗手として、これからも革新的な事例を切り拓いていってほしいです。ありがとうございました。

 

▲左から笹栗麻由佳氏(国際ビジネス開発部)、稲葉真希子氏(国際ビジネス開発部長)、井木康文氏(コンテンツ編成局アニメ・IP推進部)、増澤晃氏(経営戦略局投資戦略部イノベーション担当部長)

テレビ朝日

会社情報

会社名
テレビ朝日
企業データを見る

会社情報

会社名
Re entertainment
設立
2021年7月
代表者
中山淳雄
直近業績
エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
上場区分
未上場
企業データを見る