今回はメラメラジャパン2025特集で、メーカーとアニメコラボの現在地について取材を行った。イベントには2件、巨大なブースが出現した。一方はトヨタ自動車×電通×「進撃の巨人」、もう一方はスズキ×博報堂×「NARUTO -ナルト- 疾風伝」(以下NARUTO)。いずれもインドで活躍するトップ企業連合だが、それぞれアニメコラボを実現するためにどんなハードルがあったかを理解することは、「アニメ海外売上2.2兆円(2024年実績)」を拡大していくためのヒントになる。また会場アンケート結果を追跡することにより「アニメイベントでプロモーションすることは、体験価値を通じてより強く日本キャラクターへのコミットを強め、それと同時にタイアップした日本商品の購買活動にも影響してくる」という結果が得られたことは私自身にとっても自信を深める経験になった。
■インドの“てへぺろ"カルチャーとのコンフリクトのなかでビジネスを推進する
博報堂インドは10社ものグループ企業からなっており、総勢1600人。そこに7人ほどの駐在員が常駐しており、日系企業とのパイプをつなぐ。今回は片岡宏輔氏(Hakuhodo India Managing Director)、高橋尚人氏(Hakuhodo.Sync Executive Partner)、堀之内研氏(博報堂海外コミュニケーションデザイン事業ユニット、グループマネジャー)、林龍太郎氏(博報堂 クリエイティブ局/ガリガリ編集部)の4人にお話を伺った。
2024年ごろからインド市場にもコンテンツの波がくると肌で感じており、どうインド側にいる日系クライアントをつなぎこんでいくかを検討していた。今回は片岡氏、高橋氏がインド赴任者としてクライアントであるスズキと向きあい、そこにコンテンツの専門家として林氏が日本サイドから参画するプロジェクトだった。気を付けたのは企業本位ではないコラボ、企業商品の販促にもIP側にもWINWINが起こるようなロジックだ。
こういったコラボでよくあるのは「バイクが売れそうなアニメキャラもってきてよ」といったお題だ。トヨタの話を聞いても、「日本プロダクトのクオリティを一目でメッセージする」という目的のために、アニメが明確に武器になってきていると感じる。

インドでのビジネスの難しさは?と問うと、根本的にインド人の価値観と日本の価値観の違いの大きさだと片岡氏は答える。インドでは「失敗はするもの」「ひとに迷惑はかけるもの」、仕事としては“てへぺろ"が許されてしまう許容性の高いカルチャーがある。電車にのっていても、新聞を置きっぱなしにして次々に人がそれを手に取って読み捨てていく。新聞・メディアはみんなのもの、という感覚もある。
そういえば、と中山が気づいたことは、ほとんどのインド人がペットボトルから口を離して流し込むように飲む光景だ。これも「あとで誰かとシェアするかもしれないから」というメンタリティからきているようだ。これはまさに海賊版がはびこる根本の価値観なのかもしれない。
インドの人に伝わるコミュニケーションも考える必要がある。今までは「広告で伝える」がメインだった。日本に比べると広告への受容性が高く、2020年代においてもインドでは昔の日本型で「テレビで広告枠を買ってメッセージを伝えるプッシュ型マーケティング」を続けてきた。だが子供たちは基本YouTubeをみるようになって、テレビに広告費を投下することにためらいは生まれている。今後はネット・SNSチャネルなどもメディアニュートラルで選定し、「伝わるコミュニケーション」としてどんな作品×どんな商品が適しているのかを考えなければならない。
広告は「教育」にも使われる。博報堂のインド子会社MA&TH社は120名ほどのサイズだが、そこはボリウッドの映画トレーラーなどで実績のあるインドローカルのボリウッド業界に強いブランドエージェンシーを買収して取り込んだ。同社は6年前にインドの海賊版撲滅キャンペーンを手掛け、成果をあげている。インドでは海賊版に対して、クリエイティブが問題を解決する、と画期的な成果をあげた。34億ルピー(約60億円)の興行収入をあげた『URI: The Surgical Strike』は、2019年公開時にまるで違法で無料ダウンロードが可能なダミーリンクをアップロードした。映画の主演俳優が直接のビデオメッセージで「違法はダメだよ。映画館で見てくれ」と訴える仕掛けだ。普通に映画が始まったと思ったら、海賊版撲滅啓蒙の動画だった!というように、映画の中身と地続きの作り方をした啓発動画なのだ。
映画館で平気で携帯をかかげて動画撮影する観客が後を絶たない中、今インドもまた国を挙げて海賊版撲滅への動きを推進しており、たった22日間で法律を変え、その刑量の重さも100倍に引き上げた。ボリウッド・タリウッド・トリウッドと映画の都が散在するほどのインドでは“映画は道徳教育でもあるという考え方がある。映画は教科書のように道徳の勉強素材でもあり、国をあげて海賊版摘発をしようという姿勢は変化の機運を感じる。
■13年前「巨人の星」で学んだこと。アニメでインド人にメッセージできる時代になった
博報堂は2000年という黎明期からインドに進出している。片岡氏が赴任したのは2010年、まさに『巨人の星(Suraj: The Rising Star)』で講談社とアニメ展開をしようとしていたタイミングだ。片岡氏自身は、スキームはよいけど「社会現象化するのは難しい」という実感を持った。チャンネルが多すぎて、全体視聴率でいえば視聴率0.01%などといった数字になってしまう。制作費はなんとかなっても当時はテレビ放映しか手段がなく、その枠でいかに高額の局をおさえるかが成否を分けた。
当時各社に協賛をお願いしにいったが、日本企業はこのコンセプト自体に共感してくれても、インドローカル企業の協賛が集まらない。コストコンシャスなインドで高い値段でこの枠を買う理由が分からない。日本ではクールジャパンの展開事例としてよく紹介されていたものの、実際のローカル視聴率が取れなかったというのが当時の現実だったようだ。
もともとそういったポテンシャルがあったものが、コロナ後になって「全然違う」反応になってきた。CrunchyrollからAnime timesから、インドでもアニメを視聴できる環境が整ってきた。これまでは放送・ケーブルにのった数少ないアニメとしての『ドラえもん』『怪物くん』『忍者ハットリくん』などが人気アニメだったが、この5年明らかに人気のトレンドは大人向け深夜アニメにも広がっているという。
今回スズキと博報堂は海外窓口のテレビ東京と調整して「NARUTO」コラボを実現、メラメラでもブース展示を行った。インドでスズキにとっても実はアニメとのコラボはこの2025年が初めての取り組みである。電通インドでもHakuhodo Indiaのメンバーでも、担当者はエンタメの専門家ではない。奥が深すぎて、最初は一体誰にコンタクトとって良いかすらわからなかった。助力を要請したのは博報堂内ではエンタメ専門組織“MAC"とアニメ、マンガ、キャラクターなどIPコンテンツを使った企業コラボ専門のクリエイティブ・プロジェクト「ガリガリ編集部」のプラナー林龍太郎氏だ。今回はまず林氏がテレビ東京とつなぎ、「NARUTO」の版権調整、各種のプランニングを行っている。彼の助力なしでは広告会社である博報堂にとっても今回のプロジェクトは実現が難しかったという。広告会社内部でも、海外のアニメコラボを推進するためのアプローチは加速していく様相だ。
今回の9月末のコラボまで急ピッチで進めてきた。だが、Hakuhodo Indiaにとっても大きな学びになったのは「アニメの話になった瞬間、インド担当者のノリ方が全然違う」ということだったという。様々な広告メニューを提案してきたが、常に現地のインド人担当者は「Lean Back(後ろにどっかりと座って受け身の姿勢)」な感じ。しかしそこに突如NARUTOを提案書に入れて、アニメとのコラボを…と提案したとたんに全員ががっつりとテーブルで前のめりになったという。明らかにクライアントの態度が違う。インド人でもこれほどワクワクするのか!?と驚きの事例だったという。
アニメがもつ独自のパワーというものがある。広告はメッセージを伝え、ブランドを確立するための投資ともいえる。だが常に「コスト」としてだけ考え、14億人への大海の一滴のように“溶ける"ことに戦々恐々としてしまう傾向がある。アニメがもつキャラクターや人間関係のありかた、道徳心を芽生えさせるストーリーも含めて、そこに日本のメーカー製品が相乗りすることで価値を正しく伝えることもできる。インド市場において広告会社の存在意義を、今回のプロジェクトを通じてより強く実感することができたという。

▲左から堀之内研氏(博報堂アカウントマネジメントグループ、グループマネジャー)、片岡宏輔氏(HAKUHODO INDIA Managing Director)、林龍太郎氏(博報堂クリエイティブ局/ガリガリ編集部)
■MMAJ参加前/参加後でどれほどインド消費者の意識が変わったか
第5回でサマリーを伝えたように、MMAJは5.3万人で94%が29歳以下という「世界で最も若いアニメイベント」の水準にある。アニメやコミックについては米国産・韓国産を消費している人も2-3割はいるが、圧倒的多数として8割以上が日本モノを消費している(インド国産のものすら6割程度)。アニメとマンガについては明確な差別化ができており、つぎに音楽やOTT・TV放送・映画、モバイルゲーム・ビデオゲームなどが続き、これらは国産7-8割だが、日本産も5-6割は消費している。わかったことは「日本アニメが好きな層は、マンガも、そして日本産の映像や音楽・ゲームも欧米産/韓国産よりも好む傾向がある」といった風潮だろう。
今回はそこに一歩踏み込んでアニメイベントがインド消費者にもたらしえた影響について分析を深めてみる。前回同様、本調査はNRI India(Nomura Research Institute Consulting and Solutions India Pvt. Ltd.)が行った結果である。イベント参加前(9月13-14日に会場現地で聞いた426名)とイベント参加後(9月15日の会期終了後に追跡調査236名)で比較しているが、「参加前」がイベント参加最中であること、「参加後」も同一のユニーク回答者ではないため完全には比較できないものだが、相対値として感覚を掴むことはできるだろう。


上記の基礎情報に加えて、今回分析を加えたいのは「どのジャンルのコンテンツを視聴したいか?(Categories in which People Wish to Watch Japanese Content)」である。こうしてみるとアニメイベントだけにほぼ100%がアニメをあげており、それは参加前/参加後ともに非常に高い。「体験後に消費意欲が伸びた」ジャンルでいうと、「マンガ/雑誌」が25→68%、「ライブイベント」18→62%、「テーマパーク」13→50%と、40ポイント近い成長をそれぞれ見せており、非常に効果があったといえる数字だ。やはり「体験型イベント」であるだけに、より体験にシフトした嗜好性を見せるようになっている。
これらのアニメ・アニメイベントとのつながりの他にも「音楽」や「SNSコンテンツ」も伸びているし、「ビデオゲーム」や「モバイルゲーム」も10ポイントは成長している。しかしながら一方で「映画」や「OTT」、「TV放送」などアニメ以外の映像はそこまでの成長幅は見せていない。アニメイベントに参加することで同じ二次元系のコンテンツは消費性向があがるが、さすがに三次元の実写モノにまでなると波及効果は限定的、と考えた方がよいかもしれない。

版元企業には気になるプロモーション効果だが、『NARUTO』『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』『進撃の巨人』『ONE PIECE』はすでにインドでかなり高い認知度を得ており、参加後さらにその意欲が10ポイントほどたかまっている結果が出ている。それ以上に『秒速5センチメートル』『ベイブレードX』や『タコピーの原罪』『ハローキティ』『初音ミク』『タコピーの原罪』などメラメラで販促されていた作品は10ポイントどころか20ポイントと近く伸長している事例もでてきている。

そして博報堂のインタビューに表れていたように、アニメを基軸とした商品購買性向はまさに今後のアニメイベントの存在意義に関わってくる部分だが、これは意外にもかなり感応性の高い結果がでたように感じる。大きく伸びたのがアパレル(17→61%)、伝統工芸品(16→60%)、キャラクターグッズ(23→56%)、メイクアップ(15→47%)と会場でも売られていた商品群は急激に参加者のイマジネーションを刺激して、購買意欲を高めている。「即席めん」も(会場で無料配布していたからから「参加前」カテゴリーですdえに35%と高い比率の回答がでていたが)54%と高い消費意欲を示している。これらの商品は普段はアニメやキャラクターの世界と直接的には結びつかない。だが一度アニメイベントでの「体験」を通じてプロモーションをすれば、より「日本商品」の一部として一緒の世界観のなかで売れている可能性がある、力強い数値だ。「バイク」「家具」や「自動車」など非日常的なプライシングの高額商品はさすがに購入意欲の上り幅は限定的だが、意外にもカメラ(23→38%)という消費意欲の伸長をみると、(これまではアニメイベントにおける協賛・タイアップには限定的な)数万~数十万円の価格帯の日本プロダクトがアニメ作品とコラボしていく未来に希望がもてるような数字となっている。

元来、数万人が往来するアニメイベントにおいて、こうした「参加前→参加後」を比較分析するようなアンケート調査はほとんど行われていない。顕在化していないバリューであるがゆえに、あまりアニメ・ゲーム以外の産業とは距離をおいてきた傾向があるが、黎明期にあるインド市場の黎明期にあるアニメイベントだけにむしろAll Japanで行政から製造メーカーまで市場を攻めるプレーヤーが一緒くたになったのがMMAJである。こうした追跡調査をNRIのような専門家の手で実施され、継続的に分析される結果はこの市場だけにとどまらず、今後の日本エンタメの世界展開を後押しする材料になってくるだろう。2026年以降の展開も含めて、ぜひ継続的に追っていきたい。
会社情報
- 会社名
- Re entertainment
- 設立
- 2021年7月
- 代表者
- 中山淳雄
- 直近業績
- エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
- 上場区分
- 未上場