【連載】スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」 - 第4回「IPを育てよう」


『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、数々のスマホゲームアプリをヒットさせた、スクウェア・エニックス所属のゲームクリエイター・安藤武博氏と岩野弘明氏。そんなふたりが毎週交互に執筆を務める「安藤・岩野の“これからこうなる!”」では、スマホゲーム業界の行く末を読み解く、言わば未来を予言(予想)する連載記事を展開していく。

メディアやコンサルが予想するのとは大きく異なり、ふたりは開発者であるがゆえ、仮説を立てたあとに実際現場のなかでゲームを手掛け、その「是非」にも触れることができる。ゲーム開発現場の最前線に立つふたりは、果たして今後どのような未来を予想して、そして歩むのか。


今回の担当:岩野弘明氏

 

■第4回「IPを育てよう」


先週の安藤の記事にて「お金をかければいいってもんじゃない」とありました(関連記事)。

全くその通りで、制限の中で作ることでコンセプトが明確になり企画がぶれる可能性が低くくなり、結果うまくいく確率が高まります。大きな予算、長いスケジュールのPJの場合、企画がぶれて方向性があっちこっちいきがちなのですが、その原因の元を断つというのはPJをうまく進めるためにもいいことだと思います。

一方で、ゲームのリッチ化・高精度化のための開発費や、送客のための広告宣伝費の高騰化は必至。もちろんお金をかけずに売れるゲームをつくる事は今でも可能ですが、その難易度は格段に上がっています。そのため開発リスクは高まる一方なのが現状です。

そんな感じで開発費・宣伝広告費の高騰化が悩みの種となっている昨今のスマホ市場ですが、ここで改めて注目したいのがIPです(本記事では強力なIPを「IP」と呼称します)。直近のApp Storeの売上ランキングを見てもTOP30の中に10弱のIPタイトルがランクインしています。今後この流れは続きますし、任天堂IPが加わり競争が激化することを考えればさらにIPの重要性が増してくるでしょう

任天堂とDeNAが資本業務提携…任天堂のキャラを使ったスマホゲームの共同開発や会員制サービスを共同開発


▲任天堂のIPを活用したスマートデバイス向けのゲームを共同開発


IPタイトルの強みは何と言っても多くのファンが付いていること。あらゆるコンテンツにおいて、最も重要な要素はキャラクターであると私は思っているのですが、強力なIPは魅力的なキャラにあふれています。そこにファンがつきます。

F2Pビジネスにおいては送客がとても重要ですが、タイトル数が膨大に増えた現状ではそれが中々難しい。なのでファンが付いていることは大変なメリットになります。さらに、既に世界観やキャラがあるので、素材の作成費用も抑えることができます。ファンからすれば好きなキャラが出て嬉しい、開発側からすれば既にある素材を活用できるということで、非常に効果的です

しかし、そんなIPタイトルもメリットばかりではありません。IPを外から借りようとすると利用料が発生しますし、そもそも大きなIPともなれば借りること自体難しい。また、作業面においては監修を通す作業が発生してスピード命の市場においてなかなか苦しい運営を迫られます。なので、個人的にはよっぽどそのIPに思い入れや成功の見込みがない限り、外からIPを借りようとは思いません。

売れる算段はつきやすいが、取り扱いが難しい。そんなIPタイトルですが、借りるのが難しければ自分で作り育てればいい、と私は考えます。自分で作ってしまえば上記のデメリットは一切無くなりますからね。

本来IPを作り育てるというのは簡単なことではありません。とっても難しいです。ですが、今こそチャンスだとも思っています。特に、いわゆるソシャゲやスマホゲームでオリジナルタイトルをヒットさせた経験のある会社や人たちにとっては、より可能性が高い状況だと思います。

今や携帯電話はどこのプラットフォームよりも多くの人の目に触れられていて、この分野でのヒットは他のプラットフォームでのヒットよりも人数的な規模が大きい。

いうまでもなく、IPをIPたらしめているのは多くのファンであり、それはユーザー数の多いプラットフォームであればあるほど獲得しやすいです。そんな携帯市場でヒットを出したことで、そのヒットタイトルにおけるファンの中に、世界観・キャラが思い出となって残ります。それがそのタイトルの次の一手に生きてくるのです。世界観やキャラが濃い作品であればよりIPが育つ可能性が高い。だから我々は世界観・キャラを重視します

 

■IPを育てるには…


では具体的にはどうやって育てていくか。IPを育てるにはファン数を維持・拡大する必要がありますが、そのためには「話題を提供し続け」「ファンの興味と熱量を維持し高める」ことが大事です。スクウェア・エニックスが『ミリオンアーサー』で行っている事例を交えてその方法を紹介させていただくと、こんな↓感じです。

・ファンイベント、大会などのオフラインイベントの開催
→ファンイベントである御祭性ミリオンアーサーの開催


・メディアミックス展開
→漫画化、実写化、キャラソン、グッズなど
 
▲漫画化、キャラクターソング


▲グッズ(抱き枕)

・派生・続編タイトルの開発
→唯一性MA、乖離性MA、ミリオンアーサーエクスタシスなど


・海外展開
→東アジアを中心に展開


・新たなジャンル、プラットフォームへの展開
→拡散性MAのPS Vita版、3DS版展開


『拡散性ミリオンアーサー』をリリースして4年が経とうとしていますが、その間1年に1本ペースで関連タイトルをリリースし、その間を埋めるようにオフラインイベントやメディアミックス展開を行ってきました。ただ、ファンの興味を途切れさせないためにも本来なら月1で何かしらの話題を提供したいと思っています。継続させることは重要ですが、旬などもありますしスピード感をもってやれればさらに効果的ですからね。そんなわけで、スマホ業界においては上記の展開を大体一番早く行っていたと思います。

さらにこれからの話ですが、個人的にはオフラインイベントにもっと注力したいと考えています。前回の記事に「ラブライブ!」のライブの話を書きましたが(関連記事)、ファンイベントなどのリアルで作る熱量というのは凄まじいものがあるんです。そこに参加したファンは、タイトルに対するモチベーションがグッと高まり、さらには「このタイトルはワシが育てた」という感情が芽生えます。作り手とファンが一緒に育てているという感覚が、ファンの気持ちを盛り上げるのです。そうなると、そのファンはよりタイトルを盛り上げようという気持ちになり、友達に布教したくなる。そうやってファンの数が拡大していく。

また、ファンイベントとは違った意味合いで効果的なのが大会です。大会で勝つことにモチベーションを持っているファンは、そのために日々のゲームを頑張る。その中で課金をする機会も増える。そうやって大会をきっかけにタイトルの売上があがる。他社の事例なのでタイトル名は伏せますが、とあるPCオンラインゲームでは、大会を開催する前は月5000万以下だった売上が、大会を行うようになってから月数億を叩き出すようになったこともありました。

じつは、『乖離性ミリオンアーサー』に協力・対戦といった要素が加えられる作りになっているのも、「オフラインイベントを盛り上げられるゲームをつくりたい」という思いがあったからです。これから私がつくっていくゲームもその思想がベースになるでしょう。今後オフラインイベントの重要性は間違いなく上がります。F2Pのゲームは運営が命なので、こういった視点からゲームを作るのもアリなんじゃないかと思います。

 

■アニメ化はIP育成の王道?



あと、よくアニメ化がIP強化の王道のように思われがちですが、実はこれはかなりリスクがあります。

・数億規模のお金がかかる
・ちゃんとしたものを作ろうとすると2年はかかる
・ファンの求めていない方向性だったり、クオリティが低いものになれば逆に勢いが落ちる
・人によってはタイトルから離れるきっかけになる


特にゲーム原作は、漫画や小説原作と違って世界観や物語がゲームファン向けに調整されているので、はなからメディアミックス前提で作られたものでない限り、素直にアニメ化してしまうとアニメファンにウケないものになってしまいがちです。そうなると新規ファン獲得のためのアニメ化なのに本末転倒です。重要なのは新規ファン獲得。であれば別にアニメ化でなくてもいいわけです。「実在性ミリオンアーサー」だからこその実写化でもあったわけですね。

ちなみに私はアニメ化に懐疑的なわけではなく、むしろ是非やりたい! やりたくてやりたくてしょうがない! でもそれ以上にIPをちゃんと育てなくてはいけないという思いがあるので、ちゃんとした体制で最適なものをお届けできる状況を作りたいと思っています。

いろいろ書きましたが、改めてこれからはIPを育てていくことが重要、ということを言いたいです。新しいものをつくるよりも、すでに結果を出しているものを育てていった方が遥かにリスクは小さいからです。開発・広告宣伝費用が高騰化している今だからこそ、よりIPを育てる意識を高めたいですね。ではでは今日はこの辺で!

P.S.
現在放映中の「SHIROBAKO」というアニメが大変おもしろいです。アニメ制作の舞台裏を描いた物語なのですが、ゲームクリエイター的にも共感できる部分が多く、初心に立ちかえらねばという思いにさせられます。アニメがどうやってできるのかがなんとなくわかった気になり、キャラクターもかわいい。そして自分も仕事に対するモチベーションが上がる。私のチームでは課題図書ならぬ、課題アニメとしてメンバーに見てもらいたいと思っているくらいです。今週が最終回の全24話でちょっと長めですが、本記事をご覧の皆様もご興味があれば是非ご視聴を!(ステマじゃないです)
 


■著者 : 岩野弘明
スクウェア・エニックス第10ビジネス・ディビジョン(特モバイル二部) プロデューサー。『乖離性ミリオンアーサー』を筆頭に、同シリーズ全体のプロデュースを担う。


■スクウェア・エニックス

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■スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」 バックナンバー

第3回「制作費が二億円を超えそうなときに読む話」 (安藤)

第2回「岩野はこう作ってます」 (岩野)

第1回「ここに未来は予言される」 (安藤)



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会社情報

会社名
株式会社スクウェア・エニックス
設立
2008年10月
代表者
代表取締役社長 桐生 隆司
決算期
3月
直近業績
売上高2428億2400万円、営業利益275億4800万円、経常利益389億4300万円、最終利益280億9600万円(2023年3月期)
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