「自分が上場企業の社長になるとは思ってもいなかった」。
そう過去を振り返る林社長がエイチームを立ち上げたのは、今から15年前。幼少期からプログラミングに親しみ、フリーのプログラマとしても活動できたが、「チームで開発する」という明確なイメージがあったという。事業が軌道に乗るまでに紆余曲折はあったが、その中でエイチームのアイデンティティとも言える経営理念が生み出された。今の勢いは、経営理念なくしてはあり得なかったと言えるほどの大切な言葉。そこに込められた想いを、林社長に語ってもらった。
■人間関係はゲームに影響を与える
──:業界の中でエイチームの優位点はどこにあるとお考えですか?
現場の雰囲気ですね。他社で働いたことがないから比較はできないんですけど、スキルと人間性を兼ね備えたメンバーが多いと思っています。意見を自由に出し合いながら、みんなでよりいい作品をつくろうという意識が高い。独りよがりなメンバーはあまりいませんよ。
──:一致団結していると。
よく映画の試写会で、「現場の雰囲気がよかったからいい作品ができた」というコメントがありますけど、ゲームも同じで、人間関係の良さが大きく影響します。たとえばデザインにしても、デザイナーとプランナーがお互いに主張し合うと、全体の統一感がどこか損なわれてしまう。仲が良いと、キャラクターからUIまでの全てに整合性が生まれ、それが結果として面白さやクオリティといった部分につながっていくのだと思っています。
──:クリエイターは主張の強いタイプが多いと思いますが。
実力が中途半端な人ほど、むやみに自己主張したがるものです。優秀な人は「自分を認めてくれ」なんて言いません。個人のエゴで動いていないんですよ。むしろチームに貢献したいという気持ちの方が強い。ときには意見を戦わせることもありますが、「どうすれば組織がうまくいくのか」という目線も併せ持っているから、軌道修正もちゃんとできます。
──:オフィスにお邪魔したときにも雰囲気の良さを感じました。急な撮影にも気軽に応じてくれるなど、全体的に温かみがあるというか。
昔はうまくいかない時期もあったんですけどね。従業員数が10名程の頃は、雰囲気が殺伐としていましたから。あの時期は辛かった。会社をやっていく意味が見出せなくなったときもあります。もう戻りたくないですね。その気持ちが、今の1つの支えになっています。
──:強迫観念のようなものですか?
そうとも言えるかもしれません。
──:会社を畳んでフリーになろうという気持ちはありましたか?
多少はありましたね。「漫画喫茶をやろうかな」って考えたこともありました。当時はマーケットに出はじめたくらいで、ビジネスとして面白そうだなって。
──:会社が立ち直っていく転機になったのは?
『非常識な成功法則』という本との出会いはターニングポイントでした。「夢は紙に書くことで実現できる」という内容で、実際に手帳に書いてみたんですよ。その中の1つが、「2年以内に売上を10倍にする」という言葉です。みんなで歩んでいける目的があれば、組織としてまとまるのではないかと。
他にも「エイチームの幹部は優秀な人材で構成されている」とか、「利益を生み出す子会社をつくる」とか、いろいろと書きましたね。書いていて恥ずかしかったのを覚えています。
───:そこから、雰囲気が変わりはじめた。
当時は着うたなどのビジネスも手がけていたのですが、下請けをストップさせて自社ゲームに注力するようになりました。優秀な人も少しずつ来るようになりましたね。
──:「みんなで幸せになれる会社」「今から100年続く会社」という経営理念が生まれたのもその頃ですか?
それはもう少し後の2005年になります。1つの契機となった出来事があって。メンバーにシステムを盗み出されたんですよ。そこで強引に解雇せざるを得なくなった。
──:苦しい決断ですね。
そのとき、なぜそんな出来事を起こったのかをじっくりと考えてみたんです。そのメンバーは、「自分だけが幸せになる」という独りよがりな行動によって、信用を失ってしまった。であれば、「それぞれの幸せをみんなで実現できる会社」をつくっていけば、こういった不幸を防げると思ったんです。当時、33歳。やっと気付くことができました。あの出来事がなければ、この理念は生まれていないでしょうね。反面教師的に生まれたものなので。
──:「みんなで」という部分が肝ですよね。「みんなが」ではない。
「みんなが」だと、結局は個人の幸せを追求することになりますから。経営理念が浸透し出してからは、「どうすれば組織に貢献できるのか」を多くの社員が考えるようになりました。
──:経営理念はすごく大事な言葉なのですね。
経営理念こそが会社の根底だと思っています。組織が1つになる上では、共通となる指標が欠かせませんから。シンプルな言葉ですが、その中にはいろいろな想いやストーリーが詰まっているので、会社説明会のときにも長い時間を取って話しています。
■上る階段の高さは、目標から逆算して決める
──:幸せの形はさまざまですが、林様が考える幸せはどのようなものでしょう?
働く上での幸せは大きく3つあると考えていて、1つは「みんなから必要とされる存在になる」ことです。では、どうすれば必要とされるのか。まずは、相手を必要とすることです。たとえば、プログラマはデザインを描けるスキルがありません。だからデザイナーのスキルを必要として依頼し、その仕事に対して感謝する。これは相手のすごいところを認めているわけです。そうすると、相手も自分のいいところを見てくれるようになり、共に必要とし合える関係を築くことができます。これは依存ではありません。お互いを認め合った上での関係です。
──:2つ目は?
「金銭的に裕福である」ことです。エイチームは利益を追求することにも気を配っています。独りよがりのものをつくるのではなく、今世の中で何が求められているのかを常に考えながら、コンテンツに取り入れていく。ソーシャルゲームにおいても、ライフスタイル事業のWebサービスにおいてもそうです。だから、何かをリリースして外すことはほとんどありません。
──:利益をはじめ、会社のデータは全社員に公開されているそうですね。
エイチームでは多くの社員が当事者意識を持って経営に向き合っています。たとえばグラフィッカーのメンバーであっても、絵だけを描くのではなく、経営のことも考えながら業務に向き合う。そういった集積が経営状況の向上につながり、組織に発展性がもたらされるんです。そして最後の3つ目が、「幸せにしたい人を幸せにできる」こと。この3つを、働く上での幸せの定義として位置付けています。
──:中途入社だと、意識が大きく変わる人も多そうですね。
あるメンバーは、エイチームに転職した後に前職の同僚と会ったとき、「前よりも元気だね」と言われたそうです。働くよろこびが大きくなったから、そう見えたのだと思います。
──:林様はエンジニア出身なので、頑張りも汲み取ってもらいやすいのでは?
細かいところを見てもらえるのは、よろこびの1つに結びついているでしょうね。「数字以外の部分も評価されるようになった」という人は多いと思います。あとは、やっぱり職場環境ですね。「あの人と顔を合わせたくない」というネガティブな声はほとんど耳にしません。採用の際に理念をきちんと伝え、共感し、納得した上で入社してもらっているので、どの部署であっても雰囲気が良いのでしょう。人材は必要ですけど、採用に妥協はしていませんから。
──:10年前、今の状況は想像していましたか?
全くしていません。上場企業はすごい人だけがつくれるものだと思っていました。自分がそうなれるとは、思ってもいませんでしたね。
──:なぜ成し遂げられたと思われますか?
経営理念に全てがあると思います。そこでエイチームは大きく変わりましたから。
──:経営理念が生まれてから、林様は常に高い数値目標を掲げていらっしゃいます。敢えて高い目標に挑んでいく理由はどこにあるのでしょう?
その方が、歩幅が大きくなるからです。今の歩幅を基準にするのではなく、目標から逆算して階段の高さを決める。それを1歩ずつ上っているわけです。10年前に「2年で売上を10倍にする」と手帳に書いたのも、まさにそれですね。企業は水平飛行で成り立つものではありません。明日が約束されていない状況では、常に上を向いている必要があります。
──:目標をマストとして設定すると、日々の心構えも変わりそうですね。
「多分こうなっていると思います」ではいけないんですよ。高い目標を設定すると、「どうクリアしようか」というプロセスを考えなければなりませんが、そのときに以前では思いもつかなかった発想が浮かぶことはよくあって。そのときに味わうワクワク感やキラキラ感は、企業経営の醍醐味ですね。
──:最後にお聞きします。今、林様が設定している3年後、5年後の目標はどういったものですか?
いろいろとありますが、ひとつは知名度を全国区に広めることです。多くの人が知っている企業だということは、多くの人が必要だと望んでいる企業であるとも言い換えられます。有名なゲームタイトルやサービスを発信しながら、日本の半分くらいの人たちが名前を知っているくらいには知名度を広めていきたいですね。
──:それもまた幸せという部分に帰着していくと言えそうですね。
言えると思います。多くの人にゲームをプレイしてもらえることは、クリエイターとしてはこれ以上ないよろこびですから。エイチームが起こしているアクションや描いている未来像は、最終的には全て経営理念に行き着くのかもしれません。
■エイチーム
会社情報
- 会社名
- 株式会社エイチーム
- 設立
- 2000年2月
- 代表者
- 代表取締役社長 林 高生
- 決算期
- 7月
- 直近業績
- 売上高239億1700万円、営業利益5億6200万円、経常利益6億900万円、最終利益9億5300万円(2024年7月期)
- 上場区分
- 東証プライム
- 証券コード
- 3662