【CEDEC2015】「度重なるミーティングは不毛なやり取り」…無駄を省いてヒット作を生む、新たな開発スタイル「放置型開発」に迫る


2015年8月26日(水)~28日(金)に、パシフィコ横浜(神奈川県横浜市)で国内最大のゲーム開発者向けカンファレンス「コンピュータ・エンターテインメント・デベロッパーズ・カンファレンス 2015」(以下、CEDEC 2015)が開催。

本稿では、3日目(8月28日)に実施されたセッション「150万DL達成の放置型ゲーム『昭和駄菓子屋物語』を放置型開発する方法」を取材。放置型ゲームとして各所で話題を呼んだゲームアプリ『昭和駄菓子屋物語』だが、実際の開発もコミュニケーションコストを最小限に抑えた、まさに”放置型”開発工程で進めていったという。果たして実際にそんなことが可能なのか。

 

■「管理することから脱却」…無駄な工数を避けるためには


講師を務めるのは、『昭和駄菓子屋物語』の企画原案・シナリオ・プロデュースを担当した株式会社GAGEXの代表取締役 井村剣介氏(写真左)と、ディレクション・企画詳細化・プログラムを担当した合同会社2DFantasistaの代表 渡辺雅央氏(写真右)。

そもそも『昭和駄菓子屋物語』とは、昭和生まれ世代にとっては懐かしい駄菓子屋が舞台となる放置型ゲーム(2014年8月リリース)。プレイヤーは、さびれた駄菓子屋にお菓子を仕入れて、おばあちゃんといっしょにお店を繁盛させていく。

駄菓子や来客は図鑑に登録されていき、思わずニンマリしてしまう、あれやこれといった逸品が楽しめる。図鑑が増えてくると、じょじょに駄菓子屋にまつわる「心にしみる」物語が展開。
 
 
 

全世界でリリースされており、現在は累計190万ダウンロードを突破。セッションタイトルから40万上乗せしているが、井村氏いわく「今日の段階で200万に届いてないのが、奥ゆかしくて我々らしい」とぼやき、会場の笑いを誘った。ビジネスモデルは広告のみで収益を得ている。詳細な売上は明かされなかったが、「開発が続けられる」ほどには成り立っているようだ。レビューも平均☆4以上と好評。なお、開発概要については、「開発期間は4ヵ月弱、開発人数は4名」とのこと。
 

▲海外では、台湾・中国などでヒット。北米でもリリースしているが、比率としては1%も満たないという。また、香港のApp Storeでは無料ランキング(ゲームカテゴリー)で2位を獲得。「これもまた1位じゃないところが我々らしい(笑)」と井村氏が笑いながらコメント。

さて、そんな放置型ゲーム『昭和駄菓子屋物語』だが、ふたりは開発でも“放置型”スタイルで進めていったという。この“放置型開発”とは、場所や時間などの拘束から解放された環境で、ノンストレスで開発するスタイルのこと。一見「放置」と見ると、無鉄砲でいい加減な物言いかもしれないが、あくまでも明確なコンセプトを共有したもとで、先方に「お任せする」といった意味合いが込められている。

本来であれば、“ガッチリと管理して内製で開発する”ことで、クオリティの高い作品は生まれるのかもしれないが、ふたりが今回のセッションで伝えたいのは、そうした固定概念とは異なる、真逆の開発スタイルで成功を収めた実例だ。もちろん「決してこうすると成功するわけではなく、あくまでも一例として汲み取って欲しい」と断りを入れてくれた。


ここからは、企画から開発、完成にいたるまでをフェーズごとに解説してくれた。

Phase1. 企画(期間:2週間)
井村氏と渡辺氏の出会いは、2014年2月に京都で開催されたインディーイベント「Bitsummit」。当時、渡辺氏は2DFantasistaとしてゲームアプリ『タップ・シーフ・ストーリー』(関連記事)を出展していた。井村氏は同作のファンであり、当初から「Bitsummit」に来場する経緯も開発した2DFantasistaに会いにいくためだったという。そして、実際に渡辺氏と会場で会い、その場で意気投合し「何かやりましょう」という流れになったとのこと。

東京に戻った井村氏は、すぐにゲームの企画に取り掛かった。色々作ったようだが、どうもしっくりするものがなかったところ、就寝中に突然アイデアが舞い降りて、そこから飛び起きて、ものの3~4時間で10ページの企画書を手掛けたという。

ここで井村氏が考える企画書の注意点として、「そもそも(相手が)“やりたいか”どうか」とコメントした。企画に参加してもらう際に、一時の金銭的な依頼で開発が進むこともあるが、やはり相手に「これ面白そうだね」と思ってもらえないと成功しない。お互いで強い合意があってこそ、開発のモチベーションにも繋がっていくのだろう。
 

Phase2. 仕様化(期間:2週間)
企画が立ち上がったら、具体的な仕様を詰めていくことに。「企画の内容を両社で相談しシンプル化。そのため、ほぼ箇条書きレベルの仕様書を作成」と井村氏。ちなみに開発当初は、舞台の駄菓子屋はそのままで、10円のミニゲームを通して商品を集めていく内容だったという。実際には、目指している開発スケジュールに収まらないため、企画そのものをブラッシュアップ、現在の放置型ゲームに落ち着いたようだ。
 

画面ラフのサンプル。画面構成は左が現在の形、中央がクォータービュー視点。渡辺氏らは、画面ラフを早々に手掛けて、井村氏に共有したという。早い段階で共有することで、ゲームのイメージが沸くだけではなく、システムにも取り掛かりやすいとのことだ。なお、キャラの等身は3等身と2等身を用意。渡辺氏のなかでは2等身と決めており、井村氏も2等身を選ぶだろうと思っていたが、あえて意識合わせするために3等身も用意。


▲「本作が初めてのネイティブアプリだったので、広告の導入は慎重に検討」と井村氏。もちろん商業的な成功も意識しているため、ユーザーの不快にならないようなデザインも心掛けており、なるべくゲーム画面に合うようなバナーレイアウトにしたという。


▲実際のゲーム画面では、従来の上下のバナー広告に加え、掲示板にアイコンを掲載したり、おすすめアプリのリンク先に飛んだりする仕組みを採用。こうしたゲーム側の世界観に合わせることで、広告の不快さを軽減させているとのこと。
 

▲ゲームに登場する駄菓子ネタのリストは、Googleのスプレッドシートを活用。これは井村氏を含む開発者全員に共有してチェックしたという。それぞれ「デザインにしづらい」「これはぜひ採用しよう」など、コメントを書き込んで優先順位はもちろん、この場でコミュニケーションも行ったとのこと。


▲なお、開発者同士のコミュニケーションは基本的にチャットツールの「chat work」で実施。メールや電話もほぼ使っておらず、実際に顔合わせての打ち合わせは、企画立案からリリースするまで2回だったとのこと。「コミュニケーションを軽視するのは危険なことだが、何でもかんでも打ち合わせしては駄目。やるべきポイントをきちんと見極めるべき」と持論を展開。


▲テキストや画像データの共有は、Google Driveを利用。ただ、セキュリティや内部統制の問題もあるため「リスクとメリットを正確に把握すべき」と言葉を添えた。

Phase3. 開発(期間:2ヵ月)
企画・仕様も固まり、ここからいよいよ開発へ。だが、開発中は井村氏いわく「2D Fantasistaさんの血の滲むような努力と作品への愛情によって、製品に命が吹き込まれていったが、基本お任せしていたので開発中の詳細は全く知らない」とコメントし、むしろ「作っていたことも忘れるほど」と会場の笑いを誘った。

いい加減と思われるが、企画段階における事前の擦り合せが十二分に出来ていたことと、渡辺氏側からは重要な箇所は確認を行っているため、“毎日報告書あげてほしい”や”毎週必ずミーティングを行って進捗確認”などは行わなかったようだ。「そもそも何を作っているかお互い分かっているので、度重なるミーティングは不毛なやり取り」と渡辺氏が切り替えした。

Phase4. 試遊(期間:1ヵ月)
テストを含む試遊期間では、DeployGateで実施。「関係者が同一のアプリを閲覧できる」というメリットを挙げて、さらにスプレッドシートで意見やバグを書き込んでいくとのこと。試遊では、定期的にフィードバックを送り合い、良い点や悪い点を共有。もちろん「chat work」でだ。早期の共有が奏功して、良い点はさらに昇華させる時間を設けるなど、自然とクオリティの向上にも繋がった模様。

ただ、放置型開発の注意点として、「スケジュール遅延を容認できる体制が必須」であることも語った。スケジュールは日付ではなく、マイルストーン毎の内容と品質が優先される。また、「品質における合意が重要」とも語り、「ただし到達点だけでなく妥協点も必要」であることも言葉を添えた。
 

▲そうして完成した『昭和駄菓子屋物語』。ちなみに写真のバナーは、井村氏が依頼せずとも2D Fantasista側が制作してくれていたという。


▲バージョン管理ツールでは、「Bitbucket」を使用。
 
Phase5. 配信
「結果論かもしれないけど」と前置きしながらも、改めて“放置型開発”に関して「管理することから脱却、あるいは逃避したスタイルだと考えている」とコメントし、「Managedな製品を完成させることを諦める代わりに、低ストレスで効率的に作りたいものを作ることに成功した」とも続けた。優先順位を付けられず、気付くと“やらなくてもいいこと”をやってしまい、結果、無駄な工数が積み上がってしまうのかもしれない。

また、井村氏は「じつは我々が出会ってから実際のリリースまで、6ヵ月しかかかっていない」と明らかにしてくれた。顔合わせてのミーティングは2回、メールや電話もせず、基本的なコミュニケーションはチャットで対応。「たとえばメールで連絡する際に“いつもお世話になっております。前回の○○の件で打ち合わせした議事録をお送りします。こちらは…”などなど、こうしたやり取りをしている時間があれば、関数が3つ書けます、キャラが1体作れます」と渡辺氏は語った。

もちろん決して密なやり取りを否定しているわけではないし、そうした工程を踏まないと作れないタイトルだって存在する。ふたりが伝えたいのは、そもそも“密な打ち合わせや取り組みを、必ず行わなければならない”という思考回路を持っている人に対して、警鐘を鳴らしているのだ。

本当にやることと、やらなくてもいいこと。放置型開発は、無駄を省いた新たな開発スタイルかもしれない。
 

 
(取材・文:編集部  原孝則)

 
■『昭和駄菓子屋物語』
 

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