【CEDEC2015】「運営無能杉」…非難轟々な状況下も様々な施策で解決へ 「売上3万円」から始まった『ドリフトスピリッツ』ヒットまでの軌跡
2015年8月26日(水)~28日(金)に、パシフィコ横浜(神奈川県横浜市)で国内最大のゲーム開発者向けカンファレンス「コンピュータ・エンターテインメント・デベロッパーズ・カンファレンス 2015」(以下、CEDEC 2015)が開催。
本稿では、3日目(8月28日)に実施されたセッション「『ドリフトスピリッツ』 ~加速進化する運営の秘密~」を取材。今や大人気ゲームアプリの『ドリフトスピリッツ』(通称:『ドリスピ』)だが、ヒットの陰には様々な試行錯誤と苦悩があったようだ。本稿では、赤裸々に語られた『ドリスピ』におけるこれまでの軌跡、もといタイヤ痕についてレポートしていこう。
■「最初の1ヵ月は売上が芳しくなかった」
本セッションで登壇した『ドリスピ』のプロデューサーである中西俊之氏は、1998年にナムコ(現:バンダイナムコエンターテインメント)入社後、『風のクロノア』シリーズをはじめ、数々のコンシューマゲーム開発に携わってきた人物。
『ドリスピ』の開発経緯については、ソーシャルゲームバブルの当時に会社から「ソーシャルゲームの企画を考えてみてよ」という依頼が降りてきたのが理由と、開始早々ぶっちゃけトークを展開してくれた。そのため、今回の『ドリスピ』は自身初めてのスマートフォン(ソーシャル)ゲームの開発になるという。
そもそも『ドリスピ』は、タップ操作だけで簡単に迫力あるドリフトバトルが楽しめるスマホ時代の新感覚レースゲーム。登録者数は国内で500万人、App Storeのトップセールスでは最高TOP10入りするなど、レースを題材としたスマホゲームのなかでは数少ないヒットタイトルだ。「電車の中で遊べるレースゲーム」をコンセプトで開発を進めていったとのこと。
開発は2012年11月にスタートし、当時のスタッフは6人。2013年11月のiOS版スタート時点では15人となり、2014年6月リリースのAndroid版では20人、そして2015年6月リリースした海外版の時点では30人規模の開発体制になっているという。
今や大ヒットアプリの『ドリスピ』だが、中西氏いわく現状のヒットは「ラッキーだった」と振り返った。というのも、リリース初日の売上はわずか3万円で、その1ヵ月間は売上も芳しくなかったようだ。しかし、広告やアプリストアのフィーチャーも無いにも関わらず、自然流入で15万人ものユーザーがいたという。その理由に「国内では競合があまりいなかった」とレースゲームがブルーオーシャンであったことを語った。
もちろん競合が少なかっただけで成功したわけでは決してなく、中西氏のなかで幅広いユーザーに楽しんでもらえるよう、レースゲームの敷居を下げたことも大きな要因である。「レースゲームをこれまでにないくらいライトな層に向けてアピール」と中西氏。
『ドリスピ』の特徴は、従来のレースゲームのようにハンドルを操作するものではなく、表示されるノーツをタイミング良くタップする、言わばリズムゲームの要素も兼ね備えているところ。タイミングが成功することで、より迫力あるドリフト演出が見られるなど、前述したように誰でもレースゲームの雰囲気を堪能できるのが魅力だ。
しかし、開発当初の試作版をプレイした社内の車好きは、「やっぱりハンドルは自分で操作したい」「せめてブレーキは自分で操作したい」といった否定的な意見が寄せられた。ただ中西氏は「従来のレースゲームと変わらない要素を入れては意味が無い」と切り返し、現在のライト層に向けたゲーム仕様に決定。結果、当初の予想を遥かに上回るユーザーに遊ばれることになり、まさにレースゲームというニッチなゲームジャンルを大衆化させることができた。
■飽きさせない演出作り
続いて、中西氏は聴講者に向けて「家庭用ゲームとスマホゲームの最大の違いは何だと思いますか?」と問いかけた。双方の開発を経験する中西氏だが、その違いに「スマホゲームは短い時間で繰り返し何百万回も遊ばれること」と説明してくれた。
さらに分かりやすく食事で例えてくれて、ゲームのメインの遊びは言わば「ごはん」のようなもので、毎日繰り返し食べても飽きがこないものと説明。逆に味が濃すぎるものは飽きが早く、ゲームで言い換えると最初凄く面白いものはすぐに飽きが来るという。そのため、最初からすべての要素を盛り込むのではなく、追加要素や異なる遊びはイベントなどでまわるのが良いと中西氏は語った。当然、「マズいごはん(つまらないゲーム)は駄目」。
それでは、実際に中西氏は「美味しいごはん」にするため、どのような工夫をゲームに施したのか。ひとつは単調なレースを飽きさせないように演出面を強化したという。たとえば、カメラワークを工夫することで、見た目の変化を生じさせて、プレイヤーに不意な刺激を与えるなど。
▲ときたまカメラに2台の車が収まった絶妙なドリフトシーンが発生。これは毎回だと逆に見飽きてしまうため、意図的に毎回発生しないように調整しているとのこと。
▲このほか、車に突然オーラがかかり、スピードが上がる仕様「スピリッツ」も同様で、ドリフト時に「Excellent」以上の正確な操作で発動+一定の条件(非公開)で発動するようにしており、必ずしも正確な操作だけでは出ないようにしている。
「テクニック次第で確実に出せる仕様だと、予定調和になり刺激にならない」と中西氏。また、コンボを繋げる遊びにもなっており「今回逃すと次はいつ発生するか分からないので、今スピリッツを繋げたい」と常に緊張感を持ってプレイできるのもポイント。
これら「カメラワーク」と「スピリッツ」を、プレイヤーの意図しないところで、見た目やプレイに変化をもたらして「刺激」を与えている。なかでも中西氏が意識したのは、プレイヤーが新たにルールや操作を覚える必要がなく、シンプルさを保ったままの要素であったこと。
■“分かりやすさ”を最優先
続いて、「“リアルさ”より“分かりやすさ”」に重きを置いたことに触れた。前述しているように、本作はマニアックになりがちなレースゲームをライトな層にアピールするため開発したタイトルで、当然「分かりやすさ」を意識するもの。
そのひとつに「ハンドルボタンのカウンター問題」がある。本来であればドリフト中はカウンターをあてているので、右コーナーのときはタイヤとハンドルは左に切るのが正解。しかし、実際に『ドリスピ』ではタイヤが左に向いているにも関わらず、ハンドルは右に回っているのだ。
▲もちろん中西氏たちもおかしいことには気付いている。ただ、分かりやすくしなければ、プレイヤーが右コーナーでタップしてハンドルが左に切れると、驚いて指を放したり、ハンドルを右に回そうと必死で指をグリグリしたりするケースが多発してしまうため、その予防策としての手段だったようだ。「“ハンドルは自分で回すもの”という固定概念が強烈で、タップするだけで良いという仕組みがなかなか理解されなかった」と中西氏。
▲その後、右コーナーではハンドルも右に回るように修正。
また、パラメータ名も意識。当初、車の性能を表すパラメータ名はRP(Racing Point)という名前だったが、これを思い切って「戦闘力」に変更。何ともインパクトのある名称だが、恐らくライト層からして見れば非常に分かりやすい。「世界観も大事だが、敷居を下げるための分かりやすはもっと大事」と言葉を添えた。
そして、変化に対応できるように運営では『ドリスピ』のアウトゲーム(レース以外の部分)を「WEBビュー」という仕組みで開発。「WEBビュー」とは、アプリ側のバージョンアップをしなくても、サーバー側の対応で表示物を更新したり、レイアウトを変更したりできるもの。
たとえば、『ドリスピ』はリリース時の11月の売上が大ピンチで、「なんとか年末年始に売上を上げないと」…という思いで運営をスタート。しかし、12月からではAppleのレビュー通過は年明けになってしまう。そこでアプリのバージョンアップ無しで、「レイドボスの実装」「ランキング機能の実装」「上位者の報酬」という3つコンテンツの拡充をすることにしたのだ。
その方法は、まず「レイドボスの実装」では“みんなで倒す部分”は諦めて、一人遊びのイベントとして実施。「ランキング機能の実装」は、サーバーのデータを毎日直接集計して、「お知らせ」でランキングを記載するといったアナログなことで対応。「上位者の報酬」では、報酬のアバターに直接イベントの順位を記載した。
■「運営無能杉」…ユーザーと運営の間に生じた乖離
『ドリスピ』には、ドライバーの行動力(スタミナ)とも言えるガソリンが存在し、それを回復する「ガソリンL」という販売アイテムがある。スマホゲームでは定番の行動力回復アイテムで、当初は何も考えず「100円で100%回復」仕様だった。しかし、『ドリスピ』ではガソリンを綺麗に使い切ることが難しく、1バトルするには足らない量のガソリンが少し残ってしまうため、「今100%回復させるのは勿体無い」という状況がよく発生するという。
そこで中西氏は「75円で75%回復」という設定にサービスインの直前で変更。ただ、デバッグ側からは「お客様からのクレームが懸念される」とのコメントが寄せられたが、中西氏は「75%が最も喜ばれる設定。これまでのスマホゲームの常識にとらわれるな!」とゴリ押しして実装したのだ。
結果、初日のApp Storeのレビューコメントにて「75%しか回復できないなんてケチすぎる」「バンナムは金の亡者」と酷評の嵐に。その後、中西氏はあっさり敗北を認め、回復量を100%に変更。値段は据え置きにして、良心的な運営をアピールしたものの「最初からやっとけよ糞運営」「こんなことも分からないなんて運営無能杉」と完膚無きまでに打ちのめされたという。
運営側は良かれと思ってやったことも、ユーザーには「75%しか回復しない」というデメリットの部分だけが伝わってしまったのが原因と語る中西氏。何故“75円で75%しか回復しないのか”という意図が、運営とユーザーの間で乖離していたのだ。
■「まだまだアピールが足りない」
続いて「バージョンアップのタイミングと頻度」について語ってくれた。こまめにバージョンアップを行うとバージョンの管理は大変で、メンテナンスに割く時間もばかにならないものだが、中西氏は当初「これが運営だ」と必死に対応していったという。
しかし、実際にはメンテによってランキング順位が下がり、リリース直後から好調だった自然流入の勢いを止めてしまう結果に。さらにアプリのバージョンアップ後には、戻ってこないユーザーも5%~15%もいたため、DAUの増加の流れを自ら止めてしまったとのことだ。「闇雲にやってしまった」と中西氏は切り替え、現在はしっかりと更新計画を立てて、1ヵ月~1.5ヵ月のバージョンアップを心掛けているという。
また、アピールすることの大切さにも触れた。サービスイン直後、とにかく売上が少なかった本作。「とくに車やパーツを手に入れるガシャ(ガチャ)が全然回らなかった」と中西氏は振り返った。というのも、当初ガチャ画面は下部写真のように、お世辞にも欲しいとは思えない画面構成だったという。
▲性能やレアリティ、車の種類だけを見ると、分かる人にはたまらない内容であろう。
▲現在は「これを手に入れると、ゲームでどんな良いことが起きるのか」と明確なアピールをした画面構成に変更。そのなかでも車の性能を表す最も分かりやすいパラメータである「戦闘力」でアピール。車をよく知らない人にも存在感をあおるためのキャッチコピーも記載。
ほか、コンテンツのストックもたっぷり用意したとのこと。「パラメータをカンストさせないことも細心の注意が必要」とのことで、本作のドライバーズレベルの上限を当初200に設定。リリース前のシミュレーションでは、結構遊ぶ人で4年、コアプレイヤーでも2年もかかる計算だったが、実際はリリースからわずか半年でレベル200に到達するプレイヤーが現れて、慌てて上限レベルを999までに設定し直したという。
■無課金者でも楽しめる…その難しさ
『ドリスピ』では、おもに「ボスバトルイベント」(マラソンイベント)、「タイムアタックイベント」(操作スキル勝負)、「バトルロイヤルイベント」(ガチンコ対戦)という3種類の大きなイベントがある。中西氏は「このなかで、どのイベントが一番人気(参加率が高く・売上が良い)でしょうか?」と聴講者に問いかけた。
正解は「ボスバトルイベント」。戦略や操作スキルが不要で参加率が非常に高く、ストーリーがあるのも継続率に繋がっている。また、とにかく回数プレイすることが必要なため回復アイテムの「ガソリン」の売上にも寄与しているという。当然イベント専用車のガチャもよく回るようだ。「タイムアタックイベント」は操作スキルが求められるため敷居が高く、「バトルロイヤルイベント」も同様とのこと。
また、中西氏は「無課金者でも楽しめる」ようにも意識。サービスイン当初の車の種類は39種類で、従来のカードバトルゲーム等に比べると圧倒的に種類が少ない。ただ、車を増やすとユーザーのスマホの容量も食われるため、安易に車を増やすこともできなかったという。そのため、必然的にガチャで車が出る数を絞らないと提供できる車がすぐなくなってしまう状況だったとのこと。
そこでガチャで車が出る確立は絞りつつ、無課金者でも車をゲットできるチャンスを与えるために、サービスイン当初は★3車を無料ガチャ1.5%、有料ガチャ4.5%の確率に設定。しかし結果、課金・無課金と双方のユーザーから「車が出ない」と非難轟々に。その後、ユーザーに告知したうえで、★3車を無料ガチャ1.5%、有料ガチャ56%の確率に変更したところ、たとえ確率が低くとも「★3車は無料でいずれ出る車」という印象があるため、有料ガチャで出やすくても嬉しくないという結果になってしまった。
中西氏は課金者への配慮として「有料ガチャは無料ガチャと明確に差をつける」「確定車を入れることで最低限の担保」「ステップガチャで徐々に確率を上げる」という施策に変更。一方で無課金者への配慮には「低確率だが無料ガチャを引くためのポイントを獲得しやすくし引ける回数を増やす」「合成進化すればどの車でも最高レアリティにアップ可能」「不要な車をメダルに交換して、進化素材の車を入手可能」という救済策でサポートした。
こうした幾多の苦悩と解決で今日(こんにち)のヒットに繋がった『ドリスピ』。スマホゲームに最適化された唯一無二のレースゲームとして、今後も加速進化していく様に注目していきたい。
(取材・文:編集部 原孝則)
会社情報
- 会社名
- 株式会社バンダイナムコエンターテインメント
- 設立
- 1955年6月
- 代表者
- 代表取締役社長 宇田川 南欧
- 決算期
- 3月
- 直近業績
- 売上高2896億5700万円、営業利益442億3600万円、経常利益489億5100万円、最終利益352億5600万円(2023年3月期)