俗に「VR元年」といわれるほど、さまざまなVRゲームが開発されているゲーム業界。しかし快適なVRゲームを開発するには、人間の五感や感性に対する知見が欠かせない。そこで活用したいのが学会や研究者の知見だ。一般的に学術界では産業界の5~10年先を進んでいると言われ、膨大な知見が論文という形で眠っている。
もっとも産学連携が盛んでない日本では、ゲーム開発者とVR研究者の間に溝があるのも事実。これを埋めるため、CEDECで情報処理学会及び情報処理学会EC研究会と共同でパネルディスカッション「エンタテインメントVRに役立つアカデミックの知見」がおこなわれた。パネリストは梶本裕之氏(電気通信大学)、長谷川晶一氏(東京工業大学)、北崎充晃氏(豊橋技術科学大学)の3名だ。
モデレーターをつとめたユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの簗瀬洋平氏は「気になるトピックを見つけたら、ぜひウェブで検索して知見を深めてください。そして学会に足を運んでみてください」と呼びかけていた。本稿ではセッションで紹介された知見をダイジェストでレポートする。
▲梶本裕之氏(電気通信大学)
▲長谷川晶一氏(東京工業大学)
▲北崎充晃氏(豊橋技術科学大学)
▲モデレーターを務めた簗瀬洋平氏
タブレット上のカーソルを指で動かしたとき、遅延の長さで受ける感覚が異なる……。視覚と運動に関する有名な研究だ。触覚インターフェースについて研究をおこなっている電気通信大学の梶本裕之氏は、この研究に関する知見から解説をはじめた。
これによると数ミリ秒から数十ミリ秒で人は遅延に気づき、100ミリ秒だとほぼ知覚できないこと。そして数ミリ秒の遅延で人は動きに粘りを感じるという。
また叩き動作の場合は、人は5.8ミリ秒の遅延で気づく。気づきは触覚の違いとして認識され、遅延がなければ叩いた表面の材質感を表現できる。
梶本氏は聴覚と触覚の関係性について調べるため、音楽にあわせてシャワーの水流が変化する器機も開発した。もっとも音楽と水流が完璧にシンクロすると、肌に当たるまでの時間差で違和感が生じてしまう。研究の結果、人間は約44ミリ秒の遅延まで認識できることがわかった。これにあわせて水流と音楽のタイミングを調整すると、快適な「音楽シャワー体験」が得られたという。
これらの研究をベースに開発されたのが、鍵盤に振動子を内蔵したピアノだ。鍵盤を叩くと振動子が特定のパターンで振動し、ギターなど別の楽器を演奏した感覚が得られるという。これは「運動・聴覚・触覚・視覚」の合わせ技となる。
最後に梶本氏は「上がり続ける(下がり続ける)」エレベーターも紹介した。エレベータの上下運動にあわえて、VR HMD内の映像を適切に切り替える。すると前提感覚と視覚が協調し、「上がり続ける(下がり続ける)」エレベーターができたという。また、VR酔いへの影響も少なかったという。
ぬいぐるみロボット・バーチャルクリーチャー・物理シミュレーション・VR・ARを研究している東京工業大学の長谷川晶一氏。長谷川氏は1960年代に研究で明らかにされた、パーソナルスペースの解説からはじめた。
人は社会的関係において適切な距離を無意識のうちに取ろうとする。これがパーソナルスペースの概念だ。家族や恋人では45cm(インティメイトスペース)、友人関係では1.2m(パーソナルスペース)、商談や会議では3.7m(ソーシャルスペース)、講演者とは7.6m(パブリックスペース)といった具合である。これらは実空間だけでなく、VR空間でも同様に機能する。
なお、社会的関係を越えて対人距離が近づくと、距離を広げようとしたり、アイコンタクトが減少したりする。3分間でアイコンタクトが続く時間は、「女性から女性」が最も長く、「男性から女性」が最も短い。
実際にパーソナルスペースにわりこんできたキャラクターに対して、NPCが視線やリアクションを返す様は、すでに「グランド・セフト・オート」シリーズなどで実装されている。
1960年代以降、現実の会話やビデオの観察などによって、会話の研究が進んだ。これらは1990年代以降、会話エージェントやロボット開発などに活用されている。これらを通して、対話をスムーズに進める要素に「感情」と「手続き」があり、後者がより重要であることがわかってきた。
感情とは会話によって引き起こされる表情などで、手続きとは無意識のうちにおこなわれる仕草などだ。目や顔を対象に向ける、話し始めるときに視線をずらして眉を上げる、指を動かすなどが仕草に相当する。
また、目の動きや視線については、さらに詳しい研究が存在する。VRゲームではキャラクターと対話したり、目を覗き込んだりといった演出がしばしば見られる。長谷川氏は「これらを知っているだけで、パラメータの初期値に使用したり、調整の参考にすることができます」と語った。
実際にインタラクティブセッションで展示された、長谷川氏らの研究「VRキャラクターと見つめあう ― 自然な共同注視インタラクションの実現」で、「反応しないキャラクターに話しかけ続けるのは辛い」ことがわかったという。
眼球運動
・サッケード(対象に素早く眼球を動かし視点を移動する眼球運動)
加速度は10000度/秒、30度の大きなサッケードでは500度/秒で100ミリ秒以下
普通は5~10度で30~40ミリ秒、2つのサッケードは最小で150ミリ秒間隔
・前提動眼反射~頭が動いたとき、反対方向に眼球を動かして網膜に映る外界の像のぶれを防ぐ
・スムーズパーシュート~動くものを注視しているときは目が追従する
まぶたの動き
・サッケードとともに起きることが多い
・まぶたは閉じる方が開くよりも2倍速い
頭と目の動きの関係
・頭と目の動きの関係~15~20度以下の小さな動きだと、サッケードだけで頭は動かない
・注意(関心)が強いと、角度が小さくても頭が動く
・目が先に動いて、50ミリ秒後くらいに頭が動き始める
視覚的注意
・パーソナルスペースをはじめ、視線は対象に対する興味の度合いと環境のバランスで変化する
・視線によって相手の注意を惹いたり、感情を表現できる。
会話
・視線によって何に注意して話を聞いているか第三者に理解させられる
・話者が見ているものを注視すると相手に対する印象が向上する
VRと知覚心理学の融合領域を研究している豊橋技術科学大学の北崎充晃氏は、開口一番「Oculasベストプラクティス」はVRゲーム作成で非常に有用で、内容も妥当だとして、VRゲーム開発者は必ずチェックするように勧めた。なお本情報はネット上で日本語でも参照できる(http://static.oculus.com/documentation/pdfs/ja-jp/intro-vr/latest/bp.pdf)。
VR酔いの原因の一つとして知られる感覚間矛盾。視覚情報は動いているのに、頭部は制止していることで、感覚器に与えられる刺激が矛盾している状態のことだ。これに伴う不快感を低下させるために、「速すぎる移動や方向変化・大きすぎる加速度を抑制する」「注視点を空間内に配置する」などの方法論が知られている。他に下記のような方法論が有名だ。
・ゆっくりした移動
・等速移動
・視点のジターの抑制(ただしベクションにはマイナス)
・移動時は鳥瞰図に変換する
・移動時に画面をフェードアウトさせる
・移動時の画面をぼかす、または小さくする
視野変化の予測がきくと酔いにくい特性もある。自動車の運転手は乗り物酔いをしない、などは好例だ。思わず酔ってしまうようなホームビデオの映像も、撮影している側は酔わなかったりする。操作性の最適化や、行為感・操作感の担保などである程度カバーできる。
また、北崎氏は「身も蓋もないいい方になるが、人間は慣れる」とも指摘。実際に宇宙酔い・シミュレータ酔いなどは訓練で低減するという。「VRゲームが浸透するにつれて、次第にクリエイターができる表現も広がっていくのではないか。逆にVRゲームの黎明期は、より配慮が必要だ」との見方を示した。
もっとも産学連携が盛んでない日本では、ゲーム開発者とVR研究者の間に溝があるのも事実。これを埋めるため、CEDECで情報処理学会及び情報処理学会EC研究会と共同でパネルディスカッション「エンタテインメントVRに役立つアカデミックの知見」がおこなわれた。パネリストは梶本裕之氏(電気通信大学)、長谷川晶一氏(東京工業大学)、北崎充晃氏(豊橋技術科学大学)の3名だ。
モデレーターをつとめたユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの簗瀬洋平氏は「気になるトピックを見つけたら、ぜひウェブで検索して知見を深めてください。そして学会に足を運んでみてください」と呼びかけていた。本稿ではセッションで紹介された知見をダイジェストでレポートする。
▲梶本裕之氏(電気通信大学)
▲長谷川晶一氏(東京工業大学)
▲北崎充晃氏(豊橋技術科学大学)
▲モデレーターを務めた簗瀬洋平氏
■レイテンシー
タブレット上のカーソルを指で動かしたとき、遅延の長さで受ける感覚が異なる……。視覚と運動に関する有名な研究だ。触覚インターフェースについて研究をおこなっている電気通信大学の梶本裕之氏は、この研究に関する知見から解説をはじめた。
これによると数ミリ秒から数十ミリ秒で人は遅延に気づき、100ミリ秒だとほぼ知覚できないこと。そして数ミリ秒の遅延で人は動きに粘りを感じるという。
また叩き動作の場合は、人は5.8ミリ秒の遅延で気づく。気づきは触覚の違いとして認識され、遅延がなければ叩いた表面の材質感を表現できる。
梶本氏は聴覚と触覚の関係性について調べるため、音楽にあわせてシャワーの水流が変化する器機も開発した。もっとも音楽と水流が完璧にシンクロすると、肌に当たるまでの時間差で違和感が生じてしまう。研究の結果、人間は約44ミリ秒の遅延まで認識できることがわかった。これにあわせて水流と音楽のタイミングを調整すると、快適な「音楽シャワー体験」が得られたという。
これらの研究をベースに開発されたのが、鍵盤に振動子を内蔵したピアノだ。鍵盤を叩くと振動子が特定のパターンで振動し、ギターなど別の楽器を演奏した感覚が得られるという。これは「運動・聴覚・触覚・視覚」の合わせ技となる。
最後に梶本氏は「上がり続ける(下がり続ける)」エレベーターも紹介した。エレベータの上下運動にあわえて、VR HMD内の映像を適切に切り替える。すると前提感覚と視覚が協調し、「上がり続ける(下がり続ける)」エレベーターができたという。また、VR酔いへの影響も少なかったという。
■パーソナルスペース
ぬいぐるみロボット・バーチャルクリーチャー・物理シミュレーション・VR・ARを研究している東京工業大学の長谷川晶一氏。長谷川氏は1960年代に研究で明らかにされた、パーソナルスペースの解説からはじめた。
人は社会的関係において適切な距離を無意識のうちに取ろうとする。これがパーソナルスペースの概念だ。家族や恋人では45cm(インティメイトスペース)、友人関係では1.2m(パーソナルスペース)、商談や会議では3.7m(ソーシャルスペース)、講演者とは7.6m(パブリックスペース)といった具合である。これらは実空間だけでなく、VR空間でも同様に機能する。
なお、社会的関係を越えて対人距離が近づくと、距離を広げようとしたり、アイコンタクトが減少したりする。3分間でアイコンタクトが続く時間は、「女性から女性」が最も長く、「男性から女性」が最も短い。
実際にパーソナルスペースにわりこんできたキャラクターに対して、NPCが視線やリアクションを返す様は、すでに「グランド・セフト・オート」シリーズなどで実装されている。
■会話の観察・分析
1960年代以降、現実の会話やビデオの観察などによって、会話の研究が進んだ。これらは1990年代以降、会話エージェントやロボット開発などに活用されている。これらを通して、対話をスムーズに進める要素に「感情」と「手続き」があり、後者がより重要であることがわかってきた。
感情とは会話によって引き起こされる表情などで、手続きとは無意識のうちにおこなわれる仕草などだ。目や顔を対象に向ける、話し始めるときに視線をずらして眉を上げる、指を動かすなどが仕草に相当する。
また、目の動きや視線については、さらに詳しい研究が存在する。VRゲームではキャラクターと対話したり、目を覗き込んだりといった演出がしばしば見られる。長谷川氏は「これらを知っているだけで、パラメータの初期値に使用したり、調整の参考にすることができます」と語った。
実際にインタラクティブセッションで展示された、長谷川氏らの研究「VRキャラクターと見つめあう ― 自然な共同注視インタラクションの実現」で、「反応しないキャラクターに話しかけ続けるのは辛い」ことがわかったという。
眼球運動
・サッケード(対象に素早く眼球を動かし視点を移動する眼球運動)
加速度は10000度/秒、30度の大きなサッケードでは500度/秒で100ミリ秒以下
普通は5~10度で30~40ミリ秒、2つのサッケードは最小で150ミリ秒間隔
・前提動眼反射~頭が動いたとき、反対方向に眼球を動かして網膜に映る外界の像のぶれを防ぐ
・スムーズパーシュート~動くものを注視しているときは目が追従する
まぶたの動き
・サッケードとともに起きることが多い
・まぶたは閉じる方が開くよりも2倍速い
頭と目の動きの関係
・頭と目の動きの関係~15~20度以下の小さな動きだと、サッケードだけで頭は動かない
・注意(関心)が強いと、角度が小さくても頭が動く
・目が先に動いて、50ミリ秒後くらいに頭が動き始める
視覚的注意
・パーソナルスペースをはじめ、視線は対象に対する興味の度合いと環境のバランスで変化する
・視線によって相手の注意を惹いたり、感情を表現できる。
会話
・視線によって何に注意して話を聞いているか第三者に理解させられる
・話者が見ているものを注視すると相手に対する印象が向上する
■酔わないVRゲーム開発のために
VRと知覚心理学の融合領域を研究している豊橋技術科学大学の北崎充晃氏は、開口一番「Oculasベストプラクティス」はVRゲーム作成で非常に有用で、内容も妥当だとして、VRゲーム開発者は必ずチェックするように勧めた。なお本情報はネット上で日本語でも参照できる(http://static.oculus.com/documentation/pdfs/ja-jp/intro-vr/latest/bp.pdf)。
VR酔いの原因の一つとして知られる感覚間矛盾。視覚情報は動いているのに、頭部は制止していることで、感覚器に与えられる刺激が矛盾している状態のことだ。これに伴う不快感を低下させるために、「速すぎる移動や方向変化・大きすぎる加速度を抑制する」「注視点を空間内に配置する」などの方法論が知られている。他に下記のような方法論が有名だ。
・ゆっくりした移動
・等速移動
・視点のジターの抑制(ただしベクションにはマイナス)
・移動時は鳥瞰図に変換する
・移動時に画面をフェードアウトさせる
・移動時の画面をぼかす、または小さくする
視野変化の予測がきくと酔いにくい特性もある。自動車の運転手は乗り物酔いをしない、などは好例だ。思わず酔ってしまうようなホームビデオの映像も、撮影している側は酔わなかったりする。操作性の最適化や、行為感・操作感の担保などである程度カバーできる。
また、北崎氏は「身も蓋もないいい方になるが、人間は慣れる」とも指摘。実際に宇宙酔い・シミュレータ酔いなどは訓練で低減するという。「VRゲームが浸透するにつれて、次第にクリエイターができる表現も広がっていくのではないか。逆にVRゲームの黎明期は、より配慮が必要だ」との見方を示した。
(取材・文:ライター 小野憲史)