9月4日~6日の期間、CEDEC 2019が、パシフィコ横浜で開催された。2日目にあたる5日に、Craft Eggによる講演「Craft Eggがつくるユーザーファーストを実現する組織」が行われた。
本講演では、Craft Eggの代表取締役を務める森川修一氏と、取締役を務める村上徹氏の両名が登壇し、『バンドリ!ガールズバンドパーティ!』(以下、『ガルパ』)において注力している、ユーザーファーストな環境づくりに関する講演を行なった。
▲登壇した森川修一氏(写真左)と村上徹氏(写真右)。
今回の講演を始めるにあたり、森川氏は最初に93%と大きく書かれたスライドを会場に見せながら、その数字が『ガルパ』のユーザー満足度であることを発表した。
さらに、『ガルパ』を新たに始めるユーザーの半数が、ゲームを始めた理由として口コミを挙げていることも加え、『ガルパ』がいかにユーザーに支持されているかを示しつつ、その土台となっているのが、ユーザーファーストな環境であるとした。
そもそも、Craft Eggがユーザーファーストを意識するようになった経緯についても森川氏は話している。Craft Eggはなかなかヒットに恵まれず、『バンドリ!』の開発に着手した2016年頃から、どんなゲームを届けたいのかという命題に向き合うことになっていく。
当時運営していたタイトルでリアルイベントを開催した際に、ユーザーがコンテンツを楽しむ姿、コンテンツを応援する声というものを直に感じ、強く感動したことで、森川氏は「人生を豊かにするコンテンツをつくる。」というミッションを掲げるようになる。
ただ、この段階ではまだユーザーファーストというものには確信は持っておらず、メインのミッションとしては捉えていなかったようだ。
その後、2017年3月に『ガルパ』がリリースされる。当時のCraft Eggは、バックオフィスも含めて総勢25名の社員で会社を運営していた。この人数では満足な運営をしていくのは難しいため、会社の拡大も図っていく必要が出てくる。
リリースすればゴールする開発とは違い、運営においてはゴールが定まっておらず、意識の共有が難しい。そこで人を増やすとなればなおさらだ。そのため、森川氏は社内で共有すべきミッションを言語化するようになった。
▲玉子の黄身を意味する「YOLK」という言葉を使い、Craft Eggの中核となる思想であることを表している。このYOLKを掲げる時点でも、ユーザーファーストへの確信の度合いは50%ぐらいだったと森川氏は言う。
ユーザーファーストを大事にしなくてはいけないという確信を得たのは、リリースしてから1年が経過し、登録ユーザー数が500万人を超えた2018年の3月頃だった。
『ガルパ』が1周年を迎えた際、Craft Egg開発陣のもとには、およそ400件の応援メッセージがユーザーから届いていた。そのなかに「このゲームのおかげで友達ができた」というものや「この楽曲のおかげで勇気をもらった」など、『ガルパ』が人生を変えるきっかけとなったというメッセージがあったことで、森川氏はユーザーファーストに確信を持つようになったそうだ。
これにより、「人生を豊かにするコンテンツをつくる。」というミッションは、会社全体のビジョンとなり、それを実現するためのミッションが「ユーザーファースト」となっていく。
ものづくりにおいては、触れた人が求めることだけでなく、その人の人生が豊かになるような体験を提供することを最優先すべきだと森川氏は主張している。「こんな絵が見たい」という要望に、ただ応えるために作っていくのではなく、キャラクターの苦悩や、それを乗り越える姿を等身大に描くことを重視することで、より強い共感を得られるようなクリエイティブが大事であるとしている。
エンターテインメントは人を良い方向にも悪い方向にも導くものであるからこそ、ユーザーファーストを重要視し、触れた人の人生を豊かにするようなコンテンツを届けていきたいと、今後もユーザーファーストの開発を続けることへの意思を示しながら、森川氏による講演は終了した。
ここからはバトンタッチし、村上氏による、ユーザーファーストをどのように実現していくのかという点にフォーカスした内容の講演となる。
まず村上氏は、ユーザーファーストを実現するためには、メンバーひとりひとりがユーザーファーストを意識することが必要であり、そのために必要なポイントがふたつあるとした。
そのふたつのポイントは「心理的安全性」と「責任と裁量」であると村上氏は提示した。その後、まずは心理的安全性とはどういったものかという点から説明していく。
心理的安全性とは、本来の意味通り、メンバーがチームに対して気兼ねなく発言をできるような状態を指している。日々のミーティングの中で、現状の仕様に対して意見があるとき、人はその発言によってチームの雰囲気を悪くしてしまうのではないかということを懸念してしまいがちだ。
▲発言を妨げる要因となる思考にも様々なパターンがある。
結果として、心理的安全性が保たれていない場においては、意見を言わずに今回はあえて黙っておこうというスタンスをとる人が増えてしまう。こうなっては、ユーザーファーストのために環境を変えていくための発言や行動ができなくなってしまうと、村上氏は考えている。
上でも述べていたように、心理的安全性と一言に言っても、不安の感じ方は人によって違っている。そのため、心理的安全性を保つためには、多角的な人間関係を築くことが重要になってくる。
そのために、村上氏が推奨しているのが「タテヨコナナメの信頼関係」というものだ。タテは上司や部下といった上下の関係。ヨコは同じ職種や同期といった、立場の近い関係。ここに異なる職種の人間とのナナメの繋がりも加えることで、あらゆる方向に相談しやすい状態を作れる
そもそも信頼とは何かという疑問に対して、村上氏は「期待と実際に起きることが一致」することなのではないかと定義した。一緒に仕事をしていくなかで、お互いに行動を想定できる状態であり、お互いを理解していることなのではないかと村上氏は語っている。
▲理解とは、仕事の実力や実績というだけでなく、相手の人となりも含めたものだることが、村上氏が挙げている例からもわかる。
これだけのことを100%理解しあうなんてことは、当然不可能であるということは村上氏も言及しているが、そのうえで理解し続けようとする姿勢を持てるような、場や仕組みを作り上げることにこそ意味があるとしている。
そうした雰囲気を作るために実践していることも、実例として公開している。
▲グループワークにおいては、自己開示に焦点をあて、それぞれが何を大事にしているのかを理解できる場にしたり、閲覧可能な人を限定することによって、心理的安全性を高く保ったアンケートを実施したりなどもしているようだ。
なかでも、プロジェクト横丁という企画では、職種の組み合わせを意識した懇親会にしていることを村上氏は子細に解説していた。デザイナーとエンジニアのように業務上の接点は多くても、何かと軋轢が生まれやすい箇所でもあるため、こうした場でしっかりと意見交換を促し、ナナメの関係性作りを進めているようだ。
続けて、ユーザーファーストな開発環境を作るためのもうひとつのポイント「責任と裁量」についての話に移る。
そもそも、個々人のユーザーファーストに向ける熱意を上げるためのサイクルというのは、ユーザーファーストを実践することで成果をあげることで、よりユーザーファーストを実践していきたいと思うようになるという、実行と成果のサイクルが必要になる。
チームであろうが個人であろうが、自身のやっていることに対する成果が見えないことには、モチベーションを維持するのは難しくなってしまう。成果が出ることを信じられないという状態は、先ほどの心理的安全性を損なった状態にも繋がってしまうことを、村上氏は危惧していた。
最初から成果を具体的にイメージするのは難しいことではあるが、まずは実行と成果のサイクルに入ってみることが大事であり、それを実践するためには、裁量や実行権限が無ければ始まらない。
それをただ無責任に投げるのではなく、タテの信頼関係を持って、どれぐらいのチャレンジができるのかを見極めながら、適切な責任と裁量を割り振っていくことが大事になるとしている。
最後に、何よりも大事なのはユーザーファーストを大切にして行動してみることだと村上氏はまとめながら、会場に「ユーザーファーストに向けて一歩踏み出してみませんか?」という問いを投げかけながら、この講演の幕を閉じた。
(取材・文 ライター:宮居春馬)
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